どのような疾患であっても程度が重かったり、通院での治療では十分な改善が得られないような場合は「入院」による治療が検討されます。
精神疾患においてもこれは同様で、通院治療でなかなか改善しなかったり、日常生活に支障をきたすほどの精神症状が続く場合などは入院して治療をする事があります。
精神科の入院治療は他の科と同じように行われる入院治療もありますが(任意入院)、一方で他の科とは異なった形態の入院もあります。その1つが「医療保護入院」です。
医療保護入院は病識(自分が病気だという認識)のない患者さんに対して、本人が入院治療を拒否しても、人権を超えて強制的に入院させる事が出来てしまう入院制度の1つです。
あくまでも患者さんのためを考えて強制的に入院してもらうのですが、そうは言っても患者さんが拒否しているのに無理矢理入院させるわけですので、患者さんは不満を抱えたまま入院するわけです。そのためその適用は慎重を期す必要があります。
この医療保護入院はどのような時に発動し、どのような人が対象となるのでしょうか。また人権を超えた入院形態などがなぜ必要で、悪用されたりする事はないのでしょうか。無理矢理入院させられた患者さんは、異議などは申し立てる事などは出来ないのでしょうか。
ここでは医療保護入院という制度について詳しく説明させていただきます。
1.医療保護入院が必要な理由
医療保護入院という入院形態を簡単に言うと、
「自分が病気の状態であると認識できていない患者さんが、本来であれば入院による治療が必要なのにも関わらず入院治療を拒否した場合、強制的に患者さんを入院させる事が出来る」
というものになります。
本人が入院したくないと言っているのに無理矢理入院させてしまえるなんて、なんだかとっても怖い制度のように感じられるかもしれません。
確かにこの制度は患者さんの人権(入院しないという権利)を超えて発動する制度になりますので、悪用すれば自分の気に入らない人間を精神科病院に閉じ込めてしまう事も出来てしまうように感じられます。
もちろんそんな事にはならないように工夫された制度ではありますが、医療保護入院のような特殊な入院形態が、やむを得ないとは言え患者さんの人権を超え、拒否する患者さんを無理矢理入院させる制度であるのは事実であり、人権を超えて発動する制度である以上、この入院を発動させる際はやむを得ない場合に限られ、慎重に使う必要があります。
ではなぜ精神科ではこのような入院形態が必要なのでしょうか。
医療保護入院の必要性を理解するために、まずは精神疾患の患者さんの例を1つ挙げてみましょう。
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Aさんは双極性障害で近医に定期的に通院していました。
お薬を服用していれば病状は安定していましたが、ここのところ仕事が忙しく受診の頻度が次第に不規則になっていき、主治医から「必ず服用してください」と言われていたお薬も段々と飲み忘れるようになっていきました。
【双極性障害】
気分が異常に高揚する「躁状態」と、異常に低下する「うつ状態」を繰り返す疾患。
躁状態では、高揚気分(気分が良くなり、言動が浮つく)、万能感(なんでもできると感じる)、誇大妄想(自分の立場や能力を過大に評価してしまう)、易怒性(怒りっぽくなる)などが認められる。
一方でうつ状態では、抑うつ気分(気分が晴れない)、興味と喜びの喪失(喜んだり関心を持ったりが出来ない)、疲労感、無価値感(自分に価値を感じられない)、希死念慮などが認められる。
次第にAさんは、怒りっぽくなったり、家に帰っても深夜まで仕事を続けるようになっていきました。様子がおかしいと感じた家族が「病院に行った方がいいんじゃない?」と提案するも、「いや、最近お薬を飲まなくなってからむしろ調子がいいんだ」「自分はもう治ったと思う」と聞く耳を持ってはくれませんでした。
次第に言動はエスカレートしていき、職場で部下に怒鳴り散らすようになったり、明らかに実現不可能な壮大な事業計画を上司に進言するようになりました。上司が何とかなだめようとしても「あなたはこのプランの素晴らしさが分からないのか。そんな無能な人間だとは思わなかった!」と上司に対しても怒鳴り散らすようになりました。
しまいには「もう会社を辞める。こんな三流企業にいるよりも自分で事業を始めた方が上手くいく」と退職届を出そうとし始めました。
更に事業立ち上げのためにはお金が必要だと銀行に出向くようになりました。
さすがにまずいと感じた職場の上司と家族が本人を無理矢理精神科病院に連れて行きました。主治医はすぐに「入院治療が必要です」とAさんに伝えましたが、Aさんは「私は病気ではない」「私がおかしいのではなくて、あなた方が無能なだけだ」と入院を拒否しました。
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Aさんは、双極性障害の躁状態だと考えられます。躁状態では「自分は何でもできる」「自分は天才に違いない」といった万能感・誇大妄想など認めます。これらは正常な認識ではなく、双極性障害という疾患によって引き起こされた「症状」です。
妄想という症状はいくら周囲が説得しても訂正不可能ですので、本人の希望を尊重すれば本人は「病気の症状」によって、本当に仕事を退職し、莫大な借金をして、明らかにうまくいかないような事業を始めてしまうでしょう。
このケースでAさんは入院を拒否していますが、「本人が入院しないと言ってるんだからこのまま様子を見ましょう」とする事は本当に正しいのでしょうか。
確かにAさんには人権があり、入院するかしないかを自分で決める権利があります。そのため基本的には本人の希望を尊重すべきなのですが、このように自分の状態を正しく認識できなくなるような症状が発症している場合、本人の希望を尊重してしまうと、本人の将来がめちゃくちゃになってしまいます。
このような場合、病識が戻るまでの一時的な期間のみ本人の人権を超えて強制的に入院してもらう事で適切な治療を施し、本人の将来を守るのが医療保護入院をはじめとした入院形態なのです。
このような特殊な入院形態は、患者さんの人権を侵害する可能性のある行為であるため、誰でも出来るものではありません。精神科医の中でも「精神保健指定医」という国家資格を持った医師のみが行える入院形態になります。
2.医療保護入院とその他の特殊な入院
精神科における特殊な入院形態がなぜ必要なのかを理解していただけたでしょうか。
患者さんに「病識」がなく、本人の希望に沿ってしまうと患者さんの将来に大きな不利益があると考えられる場合、このような入院形態が検討されます。
しかし医療保護入院以外にも特殊な入院形態はいくつかあります。
その中で医療保護入院というのはどういった入院形態になるのでしょうか。
特殊な入院形態には、
- 応急入院
- 医療保護入院
- 緊急措置入院
- 措置入院
の4種類があります。これらは下に行くほど重症度が高くなります。
医療保護入院を理解するにはこの4つの中での医療保護入院の位置づけを知ると理解しやすくなります。
まず入院を検討する際は、原則として「任意入院」を試みる必要があります。任意入院とは普通の入院の事で、内科などでも一般的に行われている入院形態です。
医師が「あなたは今このような状態で、このような危険がありますので入院の必要があります」と患者さんに説明をして、患者さんがそれに同意する事で成立するのが任意入院です。
どのような患者さんでも、まずは任意入院に応じてくれるかを必ず確認しなければいけません。これをせずにいきなり医療保護入院や措置入院を行なう事は認められません。
患者さんが精神症状などによって病識が欠如してしまい、任意入院が行われる状態にない。しかし入院治療をしないと本人の将来や周囲に大きな不利益がある可能性が高いと考えられる時、医療保護入院などが検討されるのです。
この4つの入院形態のうち、応急入院と医療保護入院が同じような重症度に用いるものであり、緊急措置入院と措置入院が同じような重症度に用いるものになります。
応急入院と医療保護入院は基本的には同じような入院形態なのですが、応急入院は「一時的な医療保護入院」になります。同様に緊急措置入院と措置入院も同じような入院形態であり、緊急措置入院は「一時的な措置入院」になります。
これら特殊な入院形態は、人権を侵害するものであるため、発動させるためには細かい条件があります。緊急時はその条件が全て満たせない事がありますが、それでも入院が必要だという場合に一時的に条件が足りなくても入院させる事が出来るのが応急入院と緊急措置入院なのです。
Ⅰ.応急入院と医療保護入院
応急入院と医療保護入院は、患者さんが精神疾患による症状を発病していて、任意入院を行える状態でなく、「医療と保護のために入院が必要である」と1名の精神保健指定医が判断した場合に適応されます。
医療と保護のためというのは、「医療行為(治療)を患者さんに施す必要がある」かつ「患者さんのためと患者さんの周囲のために患者さんを保護する必要がある」という事です。
先ほどの例のように、入院しない事によって本人の将来がめちゃくちゃになる可能性が高いという場合は、医療と保護のために入院が必要であると考える事が出来ます。
医療保護入院は本人の同意が得られない時に発動する入院ですが、本人のかわりに家族等(配偶者、親権行使者、扶養義務者、後見人または保佐人のいずれか)に同意をもらわないといけません。家族等が全くいない方に対しては家族の代わりに居住地の市町村長に同意をもらう必要があります。
しかし医療保護入院の適応ではあるんだけど、家族等にすぐに連絡が取れない事もあります。この場合「家族と連絡がつかない」という理由で入院させずに帰してしまうと、患者さんに大きな不利益が生じる可能性があります。
このような時に一時的に家族等に連絡がつかなくても医療保護入院と同じ形態で入院させるための制度が「応急入院」です。
ただし応急入院はあくまでも「一時しのぎの医療保護入院」ですので、その効力は72時間しかありません。つまり応急入院としたら72時間以内に家族と何とか連絡を取り、同意をもらわないといけません。もし72時間以内にもらえなかった場合は効力を失い、患者さんは本人の意志で退院できるようになります。
Ⅱ.緊急措置入院と措置入院
緊急措置入院と措置入院は、患者さんが精神疾患による症状を発病していて「自傷他害の恐れがある」と2名の精神保健指定医が判断した場合に適応されます。
幻覚や妄想などの精神症状によって、自分を傷付けてしまったり、周囲の人を傷つける可能性が高いと判断される場合に適応となります。
例えば「自分は悪の組織に狙われている」という被害妄想にとらわれて、ずっと自室に引きこもっている患者さんが、「こんな隠れてばかりの生活が続くなら死んだほうがましだ」と自傷行動をしてしまったり、全く無関係の通行人を「お前も悪の組織の一員だろう」と攻撃したりしてしまったら、これは本人の将来に不利益があるだけでなく、全く関係のない第三者にも不利益が生じます。
この場合、本人が入院を拒んでいるからといって入院させなければ本人のみならず周囲の人間にも大きな害が生じる可能性があります。更に家族が「入院させなくてもいいです」と言ったとしても、そのまま帰してしまえば無関係な第三者に危険が及ぶ可能性があるでしょう。
このような場合は本人・家族の同意がなくても強制的に入院してもらう「措置入院」「緊急措置入院」が検討されます。
措置入院は「都道府県知事」の権限において入院させる形態になり、本人の同意や家族の同意も必要ありません。ただし人権を大きく侵害する行為であるため精神保健指定医2人が共に、「措置入院が必要である」と判断しないと発動はされません。
しかし病院によっては常に精神保健指定医が2人いるわけではありません。特に医師不足の地域などでは緊急時には精神保健指定医が1人しか確保できない事もあります。精神保健指定医が1人しかいないから措置入院の必要がある患者さんだけど帰そう、というのはあまりにも危険です。
このような場合に使えるのが緊急措置入院です。緊急措置入院は、2人の精神保健指定医が確保できない場合に、一時的に1人の精神保健指定医の判断にて措置入院と同等の入院を発動する事ができる入院です。
ただしその効力は72時間しかありません。引き続き措置入院の必要性がある場合は72時間以内にもう1人の精神保健指定医が診察し、1人目と同様に「措置入院の必要がある」と判断する必要があります。
3.医療保護入院はいつまで有効なの?
医療保護入院は患者さんの人権を拘束する入院形態になります。
そのため出来る限り使うべきものではなく、その使用は出来る限り短期間に留めるべきになります。
では医療保護入院で入院中の方はいつまで人権を拘束されなければいけないのでしょうか。
医療保護入院は、患者さんに病識がなく治療の必要性を感じていないけども、客観的にみれば入院によって治療・保護をしてあげないと患者さんに大きな不利益を来たす可能性が高いと判断される場合に発動します。
逆に言えば、このような状態を脱すれば医療保護入院は速やかに解除されるべきであり、退院あるいは任意入院に切り替えないといけません。
例えば患者さんに病識が生まれ、「自分は治療する必要があると思うから、入院を継続したい」と考えるようになれば医療保護入院を解除し、任意入院に切り替えなくてはいけません。
また治療によって患者さんの症状・状態が安定し、患者さんを入院によって治療・保護する必要性が消失した場合も、医療保護入院は解除され、外来通院などに切り替えなくてはいけません。
医療保護入院は人権を超えた入院であるため、その期間は必要最小限である必要があり、必要以上に長期化させる事は許されません。医療保護入院の基準を脱したら速やかに解除する必要があるのです。
ちなみに医療保護入院を発動させるには精神保健指定医という国家資格が必要ですが、解除に関しては、医師であれば誰であっても可能です。
4.医療保護入院に納得いかなくても従うしかないの?
医療保護入院は人権を拘束する入院形態であるため、悪用される心配がゼロではありません。
例えば悪い精神保健指定医が、自分にとって邪魔な人間を精神疾患患者に仕立て上げ、「お前は医療保護入院が必要だ」と診断してしまえば、無理矢理入院させる事も出来てしまいますよね。
このような事が起こらないよう、医療保護入院をはじめとした特殊な入院は、悪用できないような仕組みも整備されています。
医療保護入院は一時的に人権を超える入院形態ではありますが、これは患者さんの人権が無くなるという事ではありません。
病気の症状に支配されているという状況であっても患者さんに人権はあり、「この入院は不当だ」と処遇の改善や退院を請求する権利は当然あります。
まず、患者さんが「自分は医療保護入院の対象ではない。この入院は不当だ」と不満がある場合、各都道府県に設置されている精神医療審査会に「処遇改善請求」「退院請求」を行う事が出来ます。
この「処遇改善請求」「退院請求」は外出や電話などを制限されている患者さんであっても、決して制限されない権利であり、精神医療審査会への連絡先は病室内の目立つところに必ず張り出されている必要があります。
もし強制的な入院に納得がいかない場合は精神医療審査会に連絡し、「処遇改善請求」「退院請求」を伝えてください。
患者さんからの「処遇改善請求」「退院請求」を受け取ると、精神医療審査会の委員は本人や主治医・病院に調査に入ります。この精神医療審査会の委員は病院とは全く関係のない第三者機関であり、病院とグルになっているという事はありません。
審査には1カ月ほど要します。審査の結果「今の入院形態は妥当である」と判断されれば残念ながら基準を脱するまで今の状態が継続になりますが、「今の入院形態は不当である」と判断されれば、都道府県知事から病院に処遇の改善が指示されます。
またこれ以外にも医療保護入院が不当に長期化していないかをチェックする目的で、1年以上医療保護入院が続いている患者さんに対して、主治医は定期病状報告書を提出しなければいけません。
これは「この患者さんはこのような症状があり、このような理由により医療保護入院の継続が必要です」と報告するもので、医療保護入院継続の正当な根拠がなければ継続は認められません。
このような様々な工夫により、強制的な入院でありながらも患者さんが不当に扱われないよう配慮されています。
私自身、いくつかの精神科病院を勤務してきた実感として、この制度はおおむね良好に機能していると感じます。
これらの入院を発動させる時、患者さんが入院したくないと言っているのに無理矢理病室に連れていくわけですから、私たち精神科医も心が痛まないわけではありません。
しかし精神疾患を治療するプロフェッショナルとして、患者さんの将来を守るため、やむを得ず行っている行為なのです。
自分の希望に反して入院させられてしまうと患者さんはお怒りになるのも当然ですし、不満を感じるのも当然だとは思います。
病識を取り戻してからでも構いませんので、「あの時は分からなかったけど、先生は自分の将来を守るために入院させたんだな」と理解してもらえると、私たちとしてもうれしく思います。