患者さんの診察の中で、お薬の「飲み心地」が話題に上がることがあります。
「このお薬は飲み心地が良くて気に入ってます」
「新しく処方されたお薬、飲み心地がすごく悪いんで変えてもらえませんか」
など、飲み心地はお薬の印象に大きく影響するようです。飲み心地が良いというだけで「飲むと安心する」「効いている感じがある」とおっしゃる方も少なくありません。
他の科ではどうなのかは分かりませんが、精神科では「飲み心地」が結構大事だったりします。
今日は、お薬の飲み心地が与える影響について考えてみたいと思います。
1.飲み心地と効果は理論的には無関係
飲み心地というものに明確な定義はありません。そのため何を基準にして「飲み心地が良いか」を判断するのかは、極めてあいまいです。
ある人は、「甘い」と飲み心地が良くて「苦い」と飲み心地が悪い、と考えます。
またある人は、おくすりの形(錠剤か粉か液体かなど)で飲み心地を判断します。
お薬の色で飲み心地を判断する、という方もいました。
何を持って飲み心地が良い・悪いかというのは、その人それぞれの好みによるところが大きく、一概に言えないのです。
そして定義があいまいである以上、飲み心地とお薬の効果は関係するとは言えません。
「このお薬は飲み心地が良いから私に合っていると思う」
「このお薬は飲み心地が悪いから効かない」
このようにおっしゃる方がいますが、飲み心地が良いから良く効く、飲み心地が悪いから効かないというのはあくまでも「そういう気がする」というもので、心情としては理解できますが理論的にはあり得ないことです。
甘いお薬は良く効く、苦いお薬は効かない
粉のお薬は良く効くけど、錠剤は効かない
赤いお薬は良く効くけど、黄色のお薬は効かない
そんなはずありませんよね。
飲み心地が良いに越したことはありませんので、飲み心地はお薬を選ぶ際に参考にすべきひとつの指標ではあります。
しかし、理論的には飲み心地と効果は関係しないという事は理解しておかなければいけません。
2.飲み心地はプラセボ効果・ノセボ効果に影響を与える
理論的には飲み心地と効果に関連がないことは明らかです。しかし飲み心地は、そのお薬の「印象」に影響を与えます。そしてこの「印象」が時におくすりの効果に影響を与えることがあるのです。
飲み心地のいいお薬には、良い印象を持つはずですし、飲み心地の悪いお薬には悪い印象を持つことが通常です。(中には「良薬口に苦し」の言葉の通り、飲み心地が悪いお薬の方が良く効くんだ、と考えられている方もいますが)
そして、この「良い印象」「悪い印象」という気持ちが、お薬の効果に影響を与えることがあります。
プラセボ効果とノセボ効果という言葉があります。
Ⅰ.プラセボ効果
何の有効成分も入っていないプラセボ(偽薬)を処方しても、それを薬だと信じ込んで飲めば効果が得られること。
Ⅱ.ノセボ効果
何の有効成分も入っていないプラセボ(偽薬)を処方しても、それに害があると信じ込んで飲めば、実際に副作用が出やすくなってしまうこと。
プラセボ効果もノセボ効果も、その原因は、「この薬は効く!」「この薬は私に合わない!」という「印象(=気持ち)」にあります。
つまり飲み心地は、理論的には効果や副作用に影響を与えるはずがないのですが、プラセボ効果・ノセボ効果という気持ちの影響で、効果・副作用に影響が出ることがあるのです。
特に精神科は、「こころ」を治療する科ですので、他の科よりもプラセボ効果・ノセボ効果の影響が強いと考えられています。
そのため精神科治療において、可能な範囲内で飲み心地の良いお薬を選択することは、治療を良い方向に持っていくために意味のある事なのです。
3.製薬会社が行っている飲み心地への工夫
最近はジェネリック医薬品が市場にたくさん出ているため、私たちはたくさんのお薬の中から自分に合ったものを選べるようになりました。
多くの製薬会社がそれぞれ多くのお薬を発売しており、各製薬会社は自社のお薬を選んでもらうため、様々な工夫をしています。
最近では、同じ有効成分を持つお薬でも、飲み心地の異なる様々なものが発売されています。
例えば、リスペリドン(商品名:リスパダール)は、標準的な錠剤をはじめとして、細粒、OD錠(口腔内崩壊錠)があります。更に持効性注射であるリスパダールコンスタや、リスペリドンの活性代謝物のみを取り出し徐放製剤に改良したパリペリドン(商品名:インヴェガ)などもあります。
また2014年12月には、SSRIで初めてセルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)からOD錠も発売されました。ジェイゾロフトの飲み心地が合わない、と感じる方でも、ジェイゾロフトODを試してみるという新たな選択肢が出来たのです。
製薬会社の様々な工夫により、飲み心地でお薬を選びやすい時代になってきています。
4.飲み心地はどれくらい重要視すればいいのか
疾患に対して使用するお薬を選ぶとき、「飲み心地」はどのくらい重視すべきなのでしょうか。
飲み心地が治療経過に与えるメリット・デメリットを考えてみましょう。
飲み心地が良いお薬を選んだ場合、そのメリットは通常の効果に加えてプラセボ効果が期待できることです。プラセボ効果がどのくらい強く出るかは、その患者さんがどのくらい飲み心地を重視しているのかにもよるため一概には言えませんが、多少の効果の上乗せが期待できると考えて良いでしょう。そして飲み心地の良いお薬を選ぶデメリットは特にありません。強いて言えば、飲みやすいためついつい依存しやすくなってしまうというのがあるかもしれませんが。
飲み心地が悪いお薬を選んだ場合、そのメリットは特にありません。デメリットは、ノセボ効果が出てしまう事や、薬への抵抗から用法通りの服薬をする確率が下がるということでしょう。
飲み心地の良いお薬を選べば、プラセボ効果によって効果の多少の上乗せが期待できる。
飲み心地の悪いお薬を選べば、ノセボ効果による副作用の増加や、服薬遵守率が下がる可能性がある。
こう考えると、なるべく飲み心地の良いお薬を選ぶに越したことはないでしょう。
しかし飲み心地は、投薬治療において第一に優先するものではありません。
飲み心地が良いからと言って、効果が乏しいお薬を使うことは正しい判断とは言えません。極端な話、統合失調症なのに飲み心地が良いという理由だけで抗うつ剤を選ぶのはおかしい、と言うことです。
まずはその疾患にとって有効であるお薬を選ぶ、ということが飲み心地よりもまず優先されるべきことです。その上で、複数のお薬の選択肢があるのであれば、その時は飲み心地から自分に合ったものを選ぶことも良いでしょう。この辺りの細かい判断は、実際に診察の場で主治医とよく相談しながら行いましょう。