お薬には、副作用が生じるリスクがあります。
副作用が無いお薬はありません。どんなお薬であっても副作用のリスクは必ずあります。そのためお薬は使用するメリットとデメリットをしっかりと理解し、必要と判断される時にのみ使用することが大切です。
向精神薬(精神に作用するお薬)にも様々な副作用がありますが、その1つに錐体外路症状(EPS:ExtraPyramidal Symptom)があります。錐体外路症状は、向精神薬の中でも特に抗精神病薬(主に統合失調症に使われる治療薬)に多く認められます。
錐体外路症状は、命の関わるような重篤な副作用ではないものの、患者さんの生活の質を大きく下げてしまう副作用であり、出来る限り発症しないように注意しなくてはいけません。
今日は精神科のお薬で認められる、錐体外路症状という副作用について詳しくお話しさせていただきます。
1.錐体外路症状(EPS)とは何か?
「錐体外路症状」と難しい名前ですが、この副作用はどのようなものなのでしょうか。
錐体外路症状は、主に神経系に生じる副作用です。具体的な症状を挙げると、
- 振戦(ふるえ)
- 手足が動かしずらい
- からだのバランスがとりにくい
- ジストニア(筋肉が固まったり、けいれんしたりする)
- ジスキネジア(手足や口、舌などが勝手に動いてしまう)
- アカシジア(足がむずむずしてじっとしていられなくなる)
などがあります。
錐体外路症状は、神経経路の1つである「錐体外路」の障害により生じます。錐体外路は主に大脳の基底核という部位で調整されている経路で、反射やバランスといった不随意運動(自分で意識しなくても勝手に行われる運動)に関わっています。
私たちは普段、特に深く意識しなくても適切なバランスと取ってスムーズに歩いたり運動したりすることが出来ています。この時、私たちは大きな筋肉を動かすことは意識していますが、細かい筋肉の調整までは意識していませんよね。しかし、実はこの時、錐体外路が適切に筋肉の収縮を調整してくれているのです。これにより私たちはスムーズに身体を動かすことが出来るのです。
錐体外路が障害を受けると、このようなスムーズな運動が出来なくなってしまいます。すると、震えが生じたり、スムーズに身体を動かせなくなってしまうというわけです。
ちなみに錐体外路が障害を受けてしまう疾患としては「パーキンソン病」があります。パーキンソン病を発症してしまうと、反射や筋緊張のバランスがうまく取れなくなるため、手が震えたり、手足が動かしずらくなったり、表情が不自然になったり、転びやすくなったりするのです。
また錐体外路に関わっている神経伝達物質は「ドーパミン」だと考えられています。実際、パーキンソン病では中脳黒質という部位にあるドーパミンを分泌する細胞が著明に少なくなっている事が確認されています。
パーキンソン病以外でも、何らかの原因によって錐体外路が障害を受けたり、ドーパミンが少なくなってしまうと錐体外路症状が出現します。これを「錐体外路症状」と呼びます。
錐体外路症状はそれ自体が命に関わるような副作用ではありません。しかし発症してしまうと、患者さんの生活の質を大きく下げてしまう副作用になります。錐体外路症状をなるべく起こさないようにお薬を使っていくことは患者さんに余計な苦痛を与えることなく治療をしていくために、とても大切なことです。
2.錐体外路症状を起こす可能性のある精神科のお薬
錐体外路症状を起こしやすいお薬にはどのようなものがあるのでしょうか。
精神科領域で見ると圧倒的に多いのは、「抗精神病薬」になります。抗精神病薬とは、主に脳のドーパミンをブロックする作用を持つお薬のことで、主に統合失調症の治療に使われます。また近年では双極性障害も脳のドーパミン過剰が一因だと指摘されており、双極性障害の治療薬としても用いられています。
抗うつ剤でも錐体外路症状が生じることがありますが、抗精神病薬と比べると頻度は稀です。抗うつ剤の中でも古い三環系抗うつ剤や、ドーパミンをブロックする作用を持つ抗うつ剤で生じることがあります。
また制吐剤(いわゆる吐き気止め)の中には、ドーパミンに作用するお薬があります。これも頻度は稀ながら錐体外路症状を起こすことがあります。
ではそれぞれを詳しくみていきましょう。
Ⅰ.抗精神病薬
抗精神病薬は、主に統合失調症の治療薬として使われているお薬で、脳のドーパミンのはたらきをブロックする作用があります。統合失調症の原因の1つとして、脳のドーパミンのはたらきが過剰になっている事が挙げられます。抗精神病薬は脳の過剰なドーパミンを抑えてあげるはたらきがあります。
ま近年では双極性障害も一部統合失調症と共通した機序で発症しているのではないかと指摘されており、抗精神病薬は双極性障害の治療薬としても用いられています。
抗精神病薬はドーパミンのはたらきをブロックしてくれるのですが、時にドーパミンをブロックしすぎてしまうリスクもあります。これによって錐体外路症状が引き起こされます。
抗精神病薬の中でも錐体外路症状をもっとも起こしやすいのは、1950年頃より使われている古い抗精神病薬である「第1世代(定型)抗精神病薬」です。
【第1世代抗精神病薬】
<フェノチアジン系>
・コントミン(クロルプロマジン)
・ヒルナミン・レボトミン(レボメプロマシン)
・ピーゼットシー(ペルフェナジン)
・フルメジン(フルフェナジン)
・ノバミン(プロクロルペラジン)<ブチロフェノン系>
・セレネース(ハロペリドール)
・インプロメン(ブロムペリドール)
・トロペロン(チミペロン)
中でもブチロフェノン系で特に生じやすく、これはブチロフェノン系がドーパミンを集中的にブロックする作用を持つお薬だからです。
また第1世代には属さないのですが、ドーパミンに作用する古いお薬としてドグマチール(スルピリド)があります。ドグマチールは統合失調症・双極性障害の他、うつ病にも用いられるお薬ですが、これもドーパミンに作用するお薬であるため、時に錐体外路症状を起こすことがあります。
第1世代は古いお薬であり、近年では用いられていません。1990年頃より第1世代の副作用を軽減させた第2世代抗精神病薬が開発されるようになり、近年は第2世代が主に用いられています。
第2世代はドーパミンをブロックしすぎてしまう事が少なく、第1世代と比べると錐体外路症状を起こす頻度が少なくなっています。第2世代はドーパミンをブロックする以外にもセロトニンをブロックするはたらきを持ちます。セロトニンのブロックはドーパミンのブロックを緩和するはたらきがあり、これにより錐体外路症状の頻度が少なくなっています。
とは言っても第2世代も錐体外路症状を起こす可能性はあります。
【第2世代抗精神病薬】
<SDA>
・リスパダール(リスペリドン)
・インヴェガ(パリペリドン)
・ロナセン(ブロナンセリン)
・ルーラン(ペロスピロン)<MARTA>
・ジプレキサ(オランザピン)
・セロクエル(クエチアピン)<DSS>
・エビリファイ(アリピプラゾール)
第2世代の中ではSDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)が、時に錐体外路症状を起こすことがあります。これはSDAは第2世代の中でも比較的ドーパミンに集中的に作用するタイプのお薬だからだと考えられます。
MARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)はほとんど錐体外路症状を起こしません。これはMARTAはドーパミン以外にも様々な受容体に幅広く作用するためだと考えられています。特にセロクエルは抗精神病薬の中で錐体外路症状を起こす頻度が最も少ないといわれています。
Ⅱ.抗うつ剤
抗うつ剤も稀ながら錐体外路症状を起こすことがあります。
とは言っても、近年使われているようなSSRI、SNRI、NaSSAといった新規抗うつ剤は錐体外路症状を生じることはまずありません。
SSRI:パキシル(パロキセチン)、ルボックス・デプロメール(フルボキサミン)、ジェイゾロフト(セルトラリン)、レクサプロ(エスシタロプラム)
SNRI:トレドミン(ミルナシプラン)、サインバルタ(デュロキセチン)、イフェクサー(ベンラファキシン)
NaSSA:リフレックス・レメロン(ミルタザピン)
錐体外路症状が生じる可能性があるのは、古い抗うつ剤である「三環系抗うつ剤」です。三環系抗うつ剤は元々抗精神病薬を開発していた過程で偶然発見されたものであり、その構造が抗精神病薬と似ているのです。
<三環系抗うつ剤>
トフラニール(イミプラミン)
アナフラニール(クロミプラミン)
トリプタノール(アミトリプチリン)
アモキサン(アモキサピン)
ノリトレン(ノリトリプチリン)
などがあります。
Ⅲ・制吐剤
頻度は稀ですが、制吐剤でも錐体外路症状を起こすことがあります。
精神科領域で制吐剤を使うケースとしては、抗うつ剤の服用初期があります。抗うつ剤を服薬すると初期に嘔気・胃部不快感などの副作用が生じることがあるため、制吐剤が併用されることがあるのです。また、ストレスなどによって自律神経症状としての嘔気が出た時に制吐剤を処方することもあります。
制吐剤の全てに錐体外路症状が生じるわけではなく、ドーパミンに作用する制吐剤でそのリスクがあります。
具体的には、
プリンペラン(メトクロプラミド)
ナウゼリン(ドンペリドン)
ガナトン(イトプリド)
などでは頻度は稀ながら錐体外路症状が生じる可能性があります。
3.錐体外路症状が生じてしまった時の対処法
向精神薬の副作用で錐体外路症状が生じてしまった場合、どのような対処法を取ればいいのでしょうか。
臨床で取られる対処法について紹介します。
なお、これらの対処法はあくまでも一般論に過ぎません。実際に錐体外路症状が生じた場合は独断で対処をすることはせず、必ず主治医と相談して適切な対処を行うようにしてください。
Ⅰ.まずは減薬・変薬できないか
お薬の服用によって錐体外路症状が出てしまい、それに患者さんが苦痛を感じるようであれば何らかの対処が必要になります。
お薬の副作用で生じている錐体外路症状(EPS)は病気の症状ではありません。医原性に生じているものです。
精神科のお薬によって錐体外路症状が生じた時、多くの場合で原因薬の特定は難しくありません。多剤・大量投与をしていれば別ですが、そうでなければ「このお薬が原因だな」というのはだいたい特定できます。
そのため錐体外路症状を認めた時にまずすべき事は、原因薬の減薬や変薬の検討になります。
特に第1世代の抗精神病薬を使用している場合は、錐体外路症状の少ない第2世代抗精神病薬に切り替える必要があるでしょう。
第2世代の中でも
- セロクエル(一般名:クエチアピン)
- ジプレキサ(一般名:オランザピン)
といったMARTAは錐体外路症状が少ないため、錐体外路症状が出やすい方は主治医に検討してもらいましょう。ただしお薬で生じる副作用は錐体外路症状だけではありません。その他の副作用のリスクなども考えながら総合的にお薬は選択する必要があります。
Ⅱ.程度が軽ければ様子を見ることもある
錐体外路症状の程度が軽く、日常生活に大きな支障をきたしていない場合は、そのまま様子を見ることもあります。
特にお薬の服薬によるメリット(病気の症状に効いているなど)が大きい場合は、減薬・変薬をしてしまうと病気が悪化するリスクもあるため、そのまま様子を見ることもあります。
しかし錐体外路症状の中には、そのまま放置していると原因薬を中止した後も症状が残ってしまうものもあるため、様子を見ていいかどうかの判断は独断では行わず、必ず主治医と相談した上で判断するようにしましょう。
様子を見るデメリットが小さい場合は、慎重にではありますがそのまま様子を見ることもあります。
Ⅲ.どうしても減薬・変薬できない時はお薬で対応する
あまり積極的に推奨される方法ではありませんが、錐体外路症状を抑えるお薬を併用するという方法もあります。
お薬の副作用をお薬で抑える、というのはあまり良い方法ではありません。そのためやむを得ない場合に限られますが、現実的にはこのような方法を取る事もあります。
具体的な「やむを得ない場合」というのは、錐体外路症状がひどいがお薬を減薬・変薬すると精神病症状が悪化してしまう、といったケースになります。
あるお薬を始めたら錐体外路症状が出てしまって辛い。しかしお薬で確かに効果も得られていて症状は落ち着いている。このような場合ですね。
錐体外路症状(EPS)を軽減する「副作用止め」としてよく使われるお薬には「抗コリン薬」が挙げられます。
抗コリン薬は、アセチルコリンのはたらきをブロックするお薬です。アセチルコリンのはたらきをブロックすると相対的にドーパミンのはたらきが強まります。錐体外路症状はドーパミンをブロックしすぎる事によって生じているため、抗コリン薬でドーパミンのはたらきを強めてあげれば改善が得られるのです。
抗コリン薬は本来はパーキンソン病の治療薬として使われています。パーキンソン病では中脳の黒質という部位のドーパミンが少なくなっているため、ドーパミンを増やす抗コリン薬が使われます。しかし現在では抗コリン薬はパーキンソン病よりも錐体外路症状に対しての副作用止めとして用いられることが多くなっています。
抗コリン薬には、
- アーテン(一般名:トリヘキシフェニジル)
- アキネトン(一般名:ビペリデン)
- パーキン(一般名:プロフェナミン)
- トリモール(一般名:ピロヘプチン)
などがあります。
しかし抗コリン薬もお薬であり、副作用があります。お薬の副作用をお薬で抑えるという方法は、また別の副作用を引き起こしてしまうリスクもあります。そのため、抗コリン薬の併用は慎重に判断すべきであり、安易に選択すべき方法ではありません。