精神科の治療法には「電気けいれん療法(ECT)」というものがあります。
電気けいれん療法は「患者さんの脳に電気を流す」という一見すると怖さを感じるような治療法です。実際、昔の電気けいれん療法はやり方も雑で危険もある治療法でした。しかし現在では改良が重ねられ、安全性はかなり向上しています。
電気けいれん療法は治療効果が高いというメリットがあります。そのため、現在でもお薬がなかなか効かない方であったり、再発を繰り返してしまう方などに用いられることがあります。
今日は電気けいれん療法の特徴や詳細について紹介させて頂きます。
目次
1.電気けいれん療法(ECT)ってどんな治療法なの
電気けいれん療法(ECT:ElectroConvulsive Therapy)は、精神疾患に対する治療法の1つです。
当初は統合失調症の治療法として施行されましたが、その後うつ病や双極性障害などにも効果が認められることが確認されました。現在では幅広い精神疾患に対する治療法の1つとなっています。
電気けいれん療法は、「電気ショック療法」「電撃療法」などとも呼ばれることがありますが、どれも基本的には同じ意味になります。
その方法としては、頭の左右のコメカミに電極を当て、電気を流すという方法になります。
「脳に電気を流す」。これだけ聞くととても怖い治療法に感じるかもしれません。確かに、「では脳に電気を流しましょうか」なんて言われたら、抵抗を感じるのが普通です。しかし現在の電気けいれん療法は、患者さんに十分な麻酔を使って痛みや苦しみを感じないようにしたり、万が一にも危険な状態にならないように呼吸や循環をしっかりと管理しながら行っていますので、安全性は非常に高いものとなっています。
重篤な副作用が生じる可能性はほとんどなく、一時的なせん妄や頭痛などは生じることがありますが、ほとんどは一過性で後遺症の残るものではありません。
電気けいれん療法は、通常は1回だけで終わることはなく、何回か受け続ける方法が一般的です。厳密に何回、というのは決まっておらず、疾患や症状によって異なってきますが、週2~3回、合計で6~15回ほど行われます。
電気けいれん療法の特徴をざっくりと言うと、
- 治療効果は高い
- 即効性がある
- 効果は短期しか続かないことが多い
という特徴があります。
電気けいれん療法は偶然に発見された治療法であり、なぜ効くのかははっきりとは分かっていません。しかしその治療効果は明らかであり、お薬が効かない患者さんなどに対しても、改善を期待することのできる治療法です。治療効果の高さは薬物療法や精神療法と比べても高く、「よく効く治療法」と言えます。
デメリットとしては、効果が長続きしないことが挙げられます。電気けいれん療法で一時的に改善しても、そのまま何もせずに様子を見れる例は少なく、お薬で維持したり、お薬がどうしても効かない場合は定期的に電気けいれん療法をしなければいけない場合もあります。
2.電気けいれん療法(ECT)が行われるようになった背景
統合失調症の治療法としては現在では薬物療法が中心となっています。統合失調症の治療に用いるお薬を「抗精神病薬」と呼びますが、抗精神病薬は幻覚・妄想といった統合失調症の陽性症状を改善させることができ、また最近の新しい第2世代抗精神病薬では無為・自閉といった陰性症状にもある程度の効果が得られることが示されています。現在、お薬は統合失調症治療においては欠かせない治療法の1つとなっています。
しかしこれら抗精神病薬が発見されて、患者さんに用いられるようになったのは1950年代であり、実はまだ100年の歴史もありません。1950年代にクロルプロマジン(商品名コントミン)が統合失調症の幻覚・妄想に効果を認めることが初めて報告され、そこから抗精神病薬が急速に使われるようになりました。
しかし、1950年代以前には統合失調症を改善させるお薬というのは全く存在しませんでした。
では1950年代以前は、統合失調症はどうやって治療していたのでしょうか。
その時代は、統合失調症は「全く原因の分からない病気」であり、精神科医としても「どうやって治療したらいいのか分からない」病気でした。そのため、精神科医はありとあらゆる治療法を試しており、多くの治療法が記録されています。
その驚くべき治療法については、「昔の精神科で行われていた、驚くべき治療法」で紹介していますが、
・瀉血:患者さんの「血抜き」をする
・水責め:患者さんに水をかける、池に突き落とす
・回転椅子:患者さんを高速で回る椅子に座らせる
などといった、現在では信じられないような治療法も多くありました。
当時は統合失調症をどう治療していいのか、まったく分からなかったため、「この治療法が効いた!」という報告があると、皆がその治療法に飛びついたのでしょう。これらの治療法をすれば確かに患者さんは一時的におとなしくはなったでしょう。しかしそれは幻覚妄想といった症状を改善させていたわけではありません。血抜きや水責めをすれば患者さんは当然ぐったりしてしまいます。それでただおとなしくなっただけです。これらの治療法は現在では当然用いられていません。
統合失調症の治療法を模索する中で、一時期「ショック療法」という治療法が流行りました。ショック療法とは、患者さんをショック状態にする事で治療するという治療法で、危険も伴う治療法でした。具体的には
・インスリンショック療法:患者さんにインスリンを投与して低血糖ショックにする
・マラリアショック療法:患者さんをマラリアに感染させてショック状態にする
といった治療法です。これも今で考えると信じられないような治療法ですが、当時は真剣にこのような治療法が行われていました。確かに患者さんをショック状態にすれば幻覚・妄想は言わなくなるでしょうが、それは幻覚妄想が消えたのではなく、ショック状態でそれどころではなくなっていただけだと思われます。
このショック療法の流れで行われたのが「けいれん療法」です。代表的なけいれん療法には、薬物でけいれんを誘発する「カルジアゾールけいれん療法」と、患者さんの頭部に電気を流すことでけいれんを誘発する「電気けいれん療法」がありました。
この「けいれん療法」は多少の根拠があって試された治療法でした。というのも、けいれん発作を起こすてんかん患者さんは統合失調症の発症が少ないことが当時から知られていました。また、統合失調症の患者さんがけいれん発作を起こすと、一時的に精神症状が改善することも報告されていました。
この事から「人工的にけいれんを誘発すれば統合失調症の治療になるのではないか」という考えが生まれたのです。そしてけいれん療法のうち、電気けいれん療法だけは明らかな治療効果が認められたため、現在でも残っています。
昔の電気けいれん療法は麻酔をせずに行っており、患者さんにとって非常に大きな恐怖と苦痛を与える治療法でした。そのため拷問のように用いられたり懲罰的に用いられることもあったようであり、当時も問題となっていました。
現在では安全性を重視した電気けいれん療法が考案され、麻酔薬や筋弛緩薬などを併用しながら、患者さんに苦痛を与えることなく電気けいれん療法を行えるようになりました。
現在の電気けいれん療法は、筋弛緩薬を患者さんに投与することで、けいれんが起こらなくなっているため、電気「けいれん」療法という呼び名はふさわしくないのではないか、という指摘もあります。この名称は名前からも患者さんに恐怖感を与えてしまうというデメリットもあるため。これからは名称の変更も考えないといけないのかもしれません。
3.修正電気けいれん療法(mECT)って何?
最近では、修正電気けいれん療法(mECT)という方法を用いることが多くなってきています。この「修正」とは何でしょうか。
修正電気けいれん療法とは、かんたんに言えば、電気けいれん療法を改良したものになります。
具体的には、電気けいれん療法を行う前に、
・麻酔を投与して、痛みや恐怖を感じなくさせる
・筋弛緩薬(筋肉の緊張を緩めるお薬)を投与し、けいれんを起こさなくする
ものです。
電気けいれん療法は頭部に電流を流すため、患者さんは苦痛を伴います。また「今から頭に電気を流しますよ」などと言われれば、それが治療上必要だと分かっていたとしても「怖い」と恐怖を感じてしまうのが普通です。患者さんの苦痛や恐怖を軽減するため、患者さんに麻酔をかけてあげることは大切なことになります。
また電気けいれん療法の治療効果は、「脳」に電流が流れ、それによって脳に何らかの変化が生じているために起こっているものと考えられています。となると治療にあたって、手足をけいれんさせる必要は別にないわけです。むしろ手足をけいれんさせない方が、手足のけいれんによって生じる可能性のある事故や副作用(骨折、筋肉痛など)を減らす事が出来ます。
このように電気けいれん療法を改良した、修正電気けいれん療法が現在の電気けいれん療法の主流になってきています。
4.電気けいれん療法ってどうして効くの?
電気けいれん療法は、どのような機序で精神疾患を改善させているのでしょうか。
実はその機序というのは明確には解明されていません。先ほども説明したように、元々が偶然発見された治療法に過ぎません。
頭部に電気刺激をすることで、脳機能を正常化させ、症状を改善させていると思われますが、具体的にどのような変化が脳で生じているのかは分かっていないのです。
しかし電気けいれん療法が効果を認める疾患の多くが、脳内の神経伝達物質の異常があるという仮説を持っているため、電気けいれん療法は脳に電気を流すことによって神経を刺激し、これらの神経伝達物質の分泌量を適正化するはたらきがあるのではないかと考えられています。
作用機序は不明であるものの、治療効果があるのは多くの報告からみて間違いなく、他の治療法で十分な効果が得られない方にとって役立つ治療法の1つになります。
5.電気けいれん療法を考えるのはどんな時?
電気けいれん療法は、そこまで危険性の高い治療法ではありません。
「頭に電気を流す」という事だけを聞くと、すごく危険な治療法のようなイメージを持たれると思いますが、電気けいれん療法を受けた時に出現する有害事象というのは、非常に低いことが報告されています。
とは言っても、「頭に電気を流す」わけですから、外来で簡単に行うわけにはいきませんし、原則は入院して行う必要があります。入院し、採血や画像検査などの検査を行った上で「電気けいれん療法を行っても問題ない」ことを確認してから施行されます。また、誤嚥(胃から食事が逆流し、気管に入ってしまう)を避けるため、電気けいれん療法を施行する前は絶食にする必要もあります。
電気けいれん療法は、ざっくりと言えば治療の「最終手段」という位置づけになっています。「電気けいれん療法は安全ですよ」とは言われても、頭に電気を流すのには怖さや抵抗があるのは普通の感覚でしょう。
そのため電気けいれん療法は、薬物療法や精神療法などの治療法でどうしても効果が不十分であったときに検討される治療法になります。状況によっては、早期から電気けいれん療法を行った方がいい場合もありますが、現状はいきなり「電気けいれん療法をやりましょう」という事は少ないと思われます。
ちなみに、電気けいれん療法を行う疾患としては、
・統合失調症
・うつ病
・双極性障害
などがあります。これ以外でも難治性の精神疾患には主治医の判断にて行われることがあります。
6.電気けいれん療法で生じる有害事象は?
電気けいれん療法は、頭部に電気を流すという侵襲的な治療法です。
患者さんには麻酔を投与し、鎮静してから行うため、施術中に痛みや苦しみを感じることはありませんが、そうは言っても副作用は生じえます。
生じうる副作用としては、
・頭痛、吐き気、筋肉痛
といった、電流を流した事による一時的な身体的副作用が頻度は一番多く、特に頭痛は半数程度の患者さんで認められます。
また、脳に電気を流すため、電気けいれん療法後に一時的に健忘やもうろう状態となることもあります。しかしこれは時間が経てば改善することがほとんどです。
また、脳を刺激することにより自律神経が刺激され、循環器系の副作用が生じることもあります。具体的には不整脈、徐脈・頻脈、血圧上昇などがあります。重篤になることは稀ですが、このような副作用のため、電気けいれん療法施行後は、しばらくモニター(血圧や脈拍、脈波形などをはかる機械)を装着しておく必要があります。このため、脳や心臓に元々疾患がある方は電気けいれん療法が受けられない場合もありますので、主治医とよく相談する必要があります。
死亡したり、重篤な後遺症が残るような事は極めて稀で、「ほぼ起こらない」と言ってもよいレベルです。