自律神経失調症では、自律神経のバランスが乱れる事により様々な症状が出現します。
自律神経は全身の臓器・血管に分布しているため、そのバランスが乱れれば全身にあらゆる症状が生じえます。極端に言えば「どんな症状でも症状が生じえる」と言っても過言ではありません。
となると、ある症状が生じた時にそれが自律神経失調症なのかはどうやって判断したら良いのでしょうか。
例えば動悸を感じた時、それが「心臓の異常で生じているのか」「自律神経のバランスが乱れて生じているのか」はどのように見分ければいいのでしょうか。どちらが原因なのかによって受診すべき科も異なりますし治療法も異なりますから、両者の違いを見分ける事は非常に重要です。
これが自律神経失調症の難しいところで、確実に「これは自律神経失調症だ」と判定できる方法はありません。しかし両者を見分けるのに有用なポイントはいくつかあり、それを総合的にみていくことで自律神経失調症なのかどうかは判定する事が出来ます。
ここでは自律神経失調症を疑うようなをチェックポイントについてお話します。
1.まずは身体的な異常がないかを確認する
何らかの症状が続いていて、それが自律神経の異常で生じているのか、それとも身体の異常なのかの判断がつきにくい場合、まずは一度身体科を受診して身体的な異常がないかを確認する必要があります。
自律神経の異常か、身体の異常かを鑑別する際は、まず身体疾患から除外していくことが鉄則です。
何故ならば自律神経のバランスの乱れを診察や検査で確実に判定する事は困難ですが、身体の異常は診察や検査で確実に判定できる事があるからです。精度の高い診断をするためには、確実な答えが出る可能性が高いものから除外していく必要があります。
また自律神経失調症はそれが直接命に関わる事は稀ですが、身体の異常は放置しておくと命に関わるような問題が生じる事もあります。例えば胃痛の原因が自律神経失調症であれば、それは命にまで関わる事はありませんが、胃がんであった場合は発見が遅れれば命の関わる事になるでしょう。身体疾患の除外から行うという事は、重症度の高い疾患をまずは見落とさないようにすること言うことでもあり、非常に大切な手順になります。
このような理由から何らかの症状があって、その原因が自律神経失調症なのかどうかが分からない場合は、まず身体科を受診し、身体疾患の除外から行うようにしましょう。
例えば「最近、動悸が続いている」というケースを考えてみましょう。動悸は自律神経の失調でも生じる症状ですが、心臓の異常でも生じる症状です。どちらが原因で生じているのかが分からない場合、自律神経失調症を疑って心療内科を受診すべきか心臓の異常を疑って循環器内科を受診すべきか、まずはどちらを受診すべきでしょうか。
この場合、まず循環器内科を受診し、心臓に異常がないかを確認するのが正解です。循環器内科を受診して診察・検査を行えば「心臓に異常があるかどうか」についてある程度精度の高いの答えが出ます。そこで何も異常がなければ自律神経失調症の可能性が高いと考えられますから心療内科を改めて受診すれば良いでしょう。また診察・検査の結果、心臓に何か異常があればそのまま循環器内科で治療を開始すればいいのです。
これが反対の順序だったらどうなるでしょうか。動悸に対して「最近ストレスが多いからきっと自律神経失調症の症状だろう」と決めつけて心療内科から受診をしてしまうと、「これは自律神経失調症ではない」と確実に断定する事は困難です。動悸は自律神経失調症で十分生じうる症状ですから、「自律神経失調症の疑いは否定できない」となってしまう可能性が高いでしょう。
これが本当に自律神経失調症であれば問題ありませんが、もし心臓の異常で生じている動悸なのに「自律神経失調症かもしれない」と判定されてしまったらどうなるでしょうか。心臓に対する適切な治療の導入が遅れてしまうかもしれません。
例えば心房細動という不整脈が原因で動機を感じる事があります。心房細動は適切な治療をしないと心房内に血栓が出来てしまい脳梗塞を起こしてしまう危険のある疾患です。最初に循環器内科を受診せずに自律神経失調症と決めつけてしまったがために脳梗塞を発症して、片麻痺などの後遺症が生じてしまう可能性もあります。
そうならないためにも、自律神経失調症なのかどうかをチェックするためにまずして頂きたい事は、「身体疾患を除外する」事になります。
2.ストレス・生活習慣の乱れと症状は連動しているか
ある症状が自律神経失調症によって生じているのを見極めるためには、その症状が「ストレスと連動しているか」「生活習慣の乱れと連動しているか」を見直してみて下さい。
一般的な傾向として、
- 身体疾患はストレスや生活習慣の乱れと関係なく起こる事が多い
- 自律神経失調症はストレスや生活習慣の乱れと関連して生じる事が多い
と言えます(もちろん例外もありますが)。
自律神経失調症は、「ストレス」や「生活習慣の乱れ」が原因となって生じる事が多い疾患ですので、このような原因と連動して症状が生じている場合は自律神経失調症の症状である可能性が高いという事が出来ます。
例えば胃の痛を認めた時、これが胃がんなどの身体的な異常であれば、ストレスに関係なく胃は痛むはずです。また生活習慣の乱れとも関係なく胃痛は生じるでしょう。ストレスを受ける事でがん細胞が急に増えたり、生活習慣が改善されるとがん細胞が減るなどという事はありませんから、これらの原因に関係なく、いつでも症状は生じるはずです。
一方で自律神経失調症であれば、ストレスが強い時に胃が痛むでしょう。また「夜更かしをしてしまった」「最近、食事のバランスが不規則になっている」といった生活習慣の乱れが続くと胃痛も悪化するでしょう。
極端な話、仕事のある平日は胃が痛むけど、休日になるとウソのように胃痛が消えるという事もあるかもしれません。このような痛みの性状は自律神経失調症の可能性を強く疑うものになります。
ストレス・生活習慣の乱れに関連して症状が出ているかどうかをチェックする事も、自律神経失調症かどうかを判定するために有用なポイントです。
3.複数の部位に症状が出ていないか
自律神経は全身の臓器・血管に幅広く分布しているため、自律神経のバランスが乱れれば、多くの部位に症状が現れる事があります。そしてこれが自律神経失調症の症状の特徴の1つになります。
対して身体疾患であった場合、複数の部位が同時に病気を発症するというのはなかなかある事ではありません。
例えば、最近頭も痛いし胸も痛い、身体もだるいし、食欲も出ない、という症状があったとします。これらの症状は全て「自律神経のバランスが乱れて生じている」で説明がつきます。自律神経は頭部、胸部、消化管の全てに分布しているため、自律神経のバランスが崩れる事でこれら複数の部位が同時に不調になる事は十分説明が付きます。
一方で身体疾患であった場合、
・頭部に何か病気がが生じて、
・同時期にたまたま心臓にも何か病気が生じて、
・更に同時期にたまたま胃超にも何か病気が生じる
と複数の部位に同時期に病気が生じるという事は、絶対にありえない事とは言えないものの、極めて稀だと考えられます。つまり、このように複数の部位に同時期に症状が出る場合は、自律神経失調症の可能性が高くなるという事です。
ただし注意点として、自律神経失調症でも特定の部位にのみ症状が現れる事もあります。
例えば
- 過換気症候群(呼吸器の自律神経失調)
- ヒステリー球(咽頭部の自律神経失調)
- 過敏性腸症候群(胃腸の自律神経失調)
などは、特定の部位に自律神経の失調が生じていますが、身体の器質的な疾患ではなく、自律神経失調による症状になります。
4.自律神経の機能を調べる検査
実は自律神経の機能が乱れていないかを調べる検査というのがあります。自律神経の失調を確実に判定できるものではありませんが、必要に応じてこのような検査を行うことで自律神経失調症の疑いが高いかどうかを推測する事が出来ます。
自律神経失調症に用いられる代表的な検査を紹介します。
Ⅰ.シェロング起立試験
シェロング起立試験は自律神経の機能を簡単に調べる事ができる検査であり、特殊な検査機器も必要なく、血圧計とベットがあれば検査を行うことができます。
そのため心療内科をはじめ一般内科でも広く行われています。
シェロング起立試験では、血管に分布している自律神経の機能を見る検査になります。そのため血管に関連する自律神経失調症を判定するのに特に有用です(動悸やめまい、ふらつきなど)。
では自律神経はそもそも血管にどのように作用しているのでしょうか。
私たちは普段、生活の中で立ったり座ったり寝たりと体勢を変えますが、どんな体勢になっても全身に血液を送ることで出来ています。よくよく考えれば立っている時というのは、頭に血が届きにくいはずですが、なぜこのような事が可能なのでしょうか。
これは自律神経が今の自分の体勢を感知して、自動的に適切に血圧を調整してくれているからです。例えば寝ている時は心臓と頭の高さは変わらないため、血管がそんなに頑張らなくても頭に血は届きます。しかし立っている時は心臓よりも頭のような高いため、血管は頑張って血液を頭に送らないといけません。
立ち上がった時、自律神経は「今立ち上がった!」と即座に感知し、自動的に血管の拍動を強める事で頭に血が届くようにはたらきます。反対に横になった時も即座に感知し、自動的に血管の拍動を緩めます。
血管に分布している自律神経のはたらきが正常な場合、このような感知が迅速に行われています。しかし自律神経のバランスが失調している場合、このような感知を適切に行えなくなってしまいます。すると立ち上がった時に、即座に血管の拍動が強まらないため、頭に十分な血が届かず、めまいやふらつきが生じます。これを「起立性低血圧」と呼びますが、起立性低血圧も自律神経症状の1つです。
ここに着目したのがシェロング起立試験です。
シュロング試験は、臥位(横になっている体勢)と立位(立ち上がった体勢)の血圧をそれぞれ調べるという試験です。10分ほど横になってから血圧を測り、その後立ち上がり、数分置きに血圧を測ります。
自律神経の機能が正常である場合、臥位でも立位でも血圧はほとんど変わりません。
しかし自律神経のバランスが乱れている場合、立ち上がった時に即座に血管の拍動を強められないため、血圧が大きく下がります。
具体的には、臥位→立位になった時、
- 収縮期血圧21mmHg
- 拡張期血圧16mmHg
以上下がる場合は、自律神経の機能が不良になっている事が示唆され、自律神経失調症が疑われます。
Ⅱ.皮膚紋画症の確認
皮膚紋画症の確認も、特別な道具がなくても簡単に行える自律神経機能試験です。
尖ったもので皮膚をひっかくと、正常であれば白い線が入り、すぐに消えます。
しかし自律神経が失調している場合、ひっかいた後が赤くなったり、腫れてしまったり、かゆみを生じることがあります。これを皮膚紋画症と呼びます。
皮膚紋画症は皮膚の自律神経のバランスの乱れを表しており、特にじんま疹などの皮膚に生じる自律神経失調症の判定に有用な検査になります。
Ⅲ.心理検査
自律神経失調症の検査として、心理検査が利用されることもあります。
心理検査は自律神経の機能を見る検査というわけではなく、ストレス耐性や今のストレスのかかり具合を見る検査になります。
ストレスは自律神経失調症の代表的な原因であるため、ストレスが高いと判定されれば間接的に自律神経のバランスが乱れている可能性が高いという事が推測できます。
自律神経失調症に特化した心理検査はありませんが、
・YG性格検査やエゴグラムといった性格検査(ストレスを溜め込みやすい性格なのかを判定する)
・CMIやSTAIといった不安を評価する心理検査(ストレスを判定する)
・SCLなどのストレスチェック検査(ストレスを判定する)
・CES-Dといったうつを評価する心理検査(気分の落ち込みを判定する)
などが利用されます。