離人症(りじんしょう:Depersonalization)は精神症状の1つです。
「自分が自分ではないような感じ」「自分が現実にはいないような感じ」という症状なのですが、一般の方にはなかなか理解できない症状です。
離人症は不安障害、統合失調症をはじめ、うつ病や双極性障害、パーソナリティ障害など多くの精神疾患で生じえますが、症状の分かりにくさから患者さん自身もあまりこの症状を認識できていない事もあります。
しかし離人症は精神疾患の悪化の前触れである事もあり、このような精神症状があるという事を理解しておくことは、本人あるいは周囲の方にとっても意味のある事です。
ここでは「離人症」という症状について、どのような症状で、この症状が認められたらどのように対処していけばいいのかを考えていきましょう。
1.離人症とはどのような症状なのか
離人症とは、どのような症状なのでしょうか。
離人症は精神症状の中でも分かりにくい症状の1つです。私自身、医学生時代にこのような症状がある事を初めて知りましたが、精神科医になり実際に患者さんから訴えを聞くまでは、あまりよく理解できていませんでした。
離人症というのは「自分が自分から離れてしまう感じがする」という症状です。
自分の心が肉体から離れて、自分を遠くから観察しているような感覚になったり、自分が自分でないような感覚になってしまう事を「離人症」と呼びます。また自分だけでなく、外界の世界に現実感がなくなったりする事も広く「離人症」に含まれます。
もちろん、実際に自分を遠くから観察している画像が見えるわけではありません。あくまでもそのような感覚になる、という事です。
離人症では、このような感覚から現実感がなくなります。「まるで夢の中にいる感じ」「ゲームの中の世界にいて、自分の肉体を遠くから操作しているような感覚」と訴える患者さんもいらっしゃいます。
離人症では、具体的に何が弊害のある症状が出るわけではありません。通常通りの行動は出来ます。日常で必要な動作は出来ますし、会話も作業もできます。周囲からするといつもと何ら変わらないように見えるかもしれません。
しかし本人の中では、まるで現実が現実でないような不思議な感覚になります。そしてこの感覚は本人にとっては気持ちいいものではなく「不安」を感じる事がほとんどです。
「このまま自分は消えてしまうのではないか」
「自分はどうなってしまうのだろうか」
「なぜこのような状態になっているのか」
「世界がおかしくなってしまったのではないか」
離人症が認められると、このような感覚に陥りますので精神的にも不安定になります。
また離人症は特定の精神疾患でのみ出現する症状ではなく、多くの精神疾患で認められる症状になります。
不安障害、統合失調症をはじめ、うつ病、双極性障害、パーソナリティ障害など様々な精神疾患で認められる他、正常な状態であっても睡眠不足や過労が続けば出現する事もあります。
ただ、多くの疾患で出現する可能性はあるものの、その中でも特に離人症が生じやすい疾患は、
- 不安障害(昔でいう神経症)
- 統合失調症
の2つになります。
2.離人症が生じる原因とは
離人症はどのような原因で生じるのでしょうか。
実は離人症の原因については、ほとんど分かっていません。
離人症は多くの精神疾患で生じる症状であり、また周囲からは分からない主観的な症状であるため、その原因を特定しにくい傾向があります。それぞれの精神疾患で生じる離人症は、異なる原因で生じている可能性もあり、原因の特定は困難です。
実際、離人症に対する調査や研究というのもあまり行われていません。
しかし離人症の原因について、ほぼ確実に言える事があります。それは、「心(精神)に何らかの負荷がかかった結果として起こっている」という事です。
離人症は多くの精神疾患で生じうる症状ですが、いずれも精神に負荷がかかっている時に生じます。
また精神疾患にかかっていない健常な方であっても、強いストレスを受けたり、睡眠不足が続いたりといった、精神が疲れてしまうような状態になると発症する事があります。
更に脳に作用する薬物(麻薬や覚せい剤など)でも引き起こされる事がありますし、けいれんといった実際に脳神経に負荷がかかった状態でも発症しうる事も確認されています。
いずれも共通しているのは、精神(≒脳)に負荷がかかっているという事です。
また精神医学的には離人症は「解離症状」の一種だと考えられています。解離(かいり)とは心的ストレスなどが原因となり、記憶の一部が抜け落ちてしまったり、自分ではない新たな人格が現れてしまうような症状です。
解離は強い心的ストレスに耐えきれなくなった精神が、自分を守るために無意識に取る反応だと考えられています。精神を解離させてしまう事で、精神をストレスから解放させ、これ以上精神が傷付くのを防いでいるのです。
解離がはっきりと生じてしまうと、記憶喪失や多重人格として現れますが、そこまでいかないものの精神が防衛をはじめている状態が「離人」だと考える事も出来ます。
3.離人症の症状とは
離人症というのは「自分が自分ではないような感じ」「自分を遠くから見ているような感じ」「現実感がない感じ」という症状の事です。
この離人症の症状についてもう少し詳しく見ていきましょう。
離人症を一言で表せば、「現実感がなくなる」という事になりますが、より深くみると次の2つの症状に細分化できます。
- 外界に対して現実感がなくなる(現実感喪失:Derealization)
- 自分に対して現実感がなくなる(離人症:Depersonalization)
離人症はこの2つの症状に分けられます。
厳密に言えば「現実感喪失」と「離人症」は異なり、自分に対しての現実感喪失のみを離人症と呼ぶのですが、両者は共通面の多い現象であるため、両者をまとめて「離人症」と呼ぶ事が一般的になっています。
ちなみに離人症の方は必ずこの両者の症状があるわけではありません。どちらかしか認めない方もいれば両方認める方もいます。
ではそれぞれについて詳しく見ていきましょう。
Ⅰ.外界に対しての離人(現実感喪失)
離人症では、自分の周囲の人や外界の環境に対して「現実感のなさ」が生じる事があります。
周囲の景色がまるでゲームや映画の中の世界のように見えたり、周囲の人もまるでロボットのような人工物のように感じられます。
具体的にどうして現実感がないのかははっきりと言えないけど、何となく現実味がなく、ガラスに隔てられて外界が見えるようなぼんやりした感じがするのです。
この外界に対しての離人は、この世界に対する漠然とした恐怖や不安を生じさせます。
Ⅱ.自分に対しての離人(離人症)
離人症でもっとも多いのが、この自分に対しての離人です。
患者さんは「自分の心が肉体から離れて、遠くから肉体を見ているような感覚」と表現されます。まるで幽霊にでもなったかのような感じになるのです。
もちろん実際に心と肉体が分離しているわけではなく、自分の意志で肉体を動かす事も出来ますし、自分の肉体を遠くから見ているような画像が見えるわけではありません。
ただ「そのような感覚がする」のです。
このような自分の肉体に対しての離人の症状は、「このまま自分という存在が消えてしまうのではないか」「自分の事をコントロールできなくなるのではないか」という不安・恐怖を生じさせます。
また、自分の精神に対しての離人が生じる事もあります。
これは自分の肉体のみならず心も自分ではないような感覚に陥ることで、「感情がなくなる感じ(失感情症)」と表現されます。
これにより、自身の感情をうまく表現することができなくなってしまいます。またここから統合失調症の妄想気分(周囲が何となくおかしく不気味に感じるようになる)に進行する事もあります。
4.離人症はどのように治療するのか
離人症を認めたら、どのように対処すればいいのでしょうか。またこの症状を改善させるためにはどのような治療法があるのでしょうか。
まず離人症は様々な精神疾患・精神状態で認められ、健常な人にも出現しうる症状ですので、離人症が認められたからといってすぐに「〇〇病」だと診断できるものではありません。
ただ少なくとも言える事は、離人症が出ているという事は「自分の精神に負荷がかかっており、精神が防衛を始めている」という事です。
つまり離人症をそのまま放置してしまうと、精神はより負荷を受ける事になり、精神疾患や重い精神症状に進行する可能性が高いという事です。
そのため離人症を認めたら、それを放置する事はせず、必ず何らかの対処を行う必要があります。
まず、明確な原因があるのであれば、その原因に対する改善策をを行うようにしましょう。
例えば最近寝不足が続いているという事であれば、しっかりと睡眠をとる必要があるでしょう。また最近心が疲れるような事が多いという事であれば、しっかりと心を休める時間を設けなくてはいけません。
明確な原因が分からなかったり、原因の改善が自分の工夫だけで実行できないような場合は、精神科・心療内科を受診したり、産業医に相談するなどして専門家の力を借りるようにしましょう。
とは言っても離人症に対する特効薬があるわけではありません。
離人症は何らかの原因により、心に負荷がかかっている結果生じるものですので、「何らかの原因」と主治医とともに探し、どのように解決するかを考えていく必要があるでしょう。
仕事で過剰な負荷がかかり続けているのであれば、主治医と産業医に連携してもらい、就労制限や一時的な休職などを考えてもらっても良いでしょう。
あるいは何らかの精神疾患を発症しており、それによって離人症が認められているのであれば、原因である精神疾患の治療を行う事が離人症の改善にもつながります。
一見同じような離人症が発症していても、原因となる精神疾患によって離人症の症状が微妙に異なる事もあり、これは診断の糸口になる事があります。
前述したように、特に離人症を特に起こしやすい疾患には、
- 不安障害
- 統合失調症
の2つがあります(もちろんこれ以外の精神疾患でも生じる事はあります)。
この2つは同じような離人症を生じるものの、離人症が生じている背景が異なるため、詳しく患者さんの話を聞く事で鑑別できる事があります。
不安障害に伴う離人症は、不安症状が継続し、慢性的な心理的ストレスとなっている結果、引き起こされます。この離人症の特徴は「自分のこの感覚は異常だ」「自分は異常は状態になってしまっている」と、患者さんが自分に生じている感覚が異常だと認識している点です。
一方で統合失調症に伴う離人症は、患者さんは「何だか周囲がおかしい」「これからとんでもない事が起こるのではないか」と認識する事が多く、異常は周囲にあり、自分は正常なのだというとらえ方になりがちです。
これは進行すると統合失調症の典型的な前駆症状である「妄想気分」になっていく事もあります。
このように様々な疾患に生じる離人症は、それぞれで生じている背景が異なり、それによって行われる治療法も異なってきます。そのため、しっかりと患者さんの訴えを聞く事が大切です。
そうする事で、ただ「離人症がある」という事で終わらず、「このような背景の離人症があるから、〇〇病の可能性が高い」という事まで推測できる事もあるのです。