パニック障害は、パニック発作と呼ばれる自律神経発作(めまい、動悸、呼吸苦など)が起こってしまう疾患です。パニック発作が生じやすい状況のひとつに「歯医者」があります。パニック障害にかかってから歯医者さんが怖くてなかなか行けないという方は少なくありません。
なぜ歯医者さんではパニック発作が起こりやすくなってしまうのでしょうか。今日はパニック障害と歯医者さんの関係についてお話しし、また歯医者さんでパニック発作を起こさないための工夫なども紹介していきます。
1.歯医者さんでパニック発作が起こる理由
パニック障害は不安障害(不安症)に属する疾患であり、「不安」が根本にある疾患です。そのため、不安を感じやすい状況ではパニック障害も悪化しやすくなり、パニック発作も起こりやすくなると考えられています。
私たちが本能的に不安を感じやすい場所として「閉鎖空間」があります。これは「閉じ込められた(と感じるような)場所」であり、「容易に逃げることができない場所・状況」とも言い換えることができます。
健常な人でも閉鎖空間には多少の不安感を覚えるものですが、パニック障害にかかってしまうと閉鎖空間に対して、より強く恐怖を感じるようになってしまいます。
専門用語ではこれを「広場恐怖(agoraphobia)」と呼びます。
広場恐怖というと、「広い場所に恐怖を感じる」という意味に誤解されがちですが、そうではありません。古代ギリシアでは広場で集会が行われていましたが、集会と言うのはなかなか抜け出せない状況であるため、「広場=容易に逃げ出せない場所」と捉えられ、このような用語になったのです。
そして、実は歯医者さんは閉鎖空間に近い状況が作られているのです。
歯医者さんでの治療は、あの歯科独特の椅子に座って行われますが、この状況下で患者さんは自由に動く事ができなくなります。これは「容易に逃げることができない状況」であり、広場恐怖に該当します。更に抜歯などの処置を行うとなると、行動は更に制限される上に、治療に対する不安や恐怖も重なります。
ちなみに美容室も歯医者さんと似たような状況になるため、パニック発作を起こしやすい場所になります。
他にも、日常で良く経験する広場恐怖には、
・電車
・飛行機
・映画館
・暗くてせまい飲食店
・ダイビング
などがあり、これらの場所ではパニック発作が起こりやすいことが知られています。
2.歯医者さんでパニック発作を起こさないための考え方
パニック発作が生じるのは、パニック障害がまだ治っていないことが原因です。そのため、パニック発作を改善させるには、パニック障害の治療をしっかりと行うことが何よりも重要です。病院を受診し、主治医に指示された治療をしっかりと行いましょう。また、処方されたおくすりは用法通りにしっかりと飲みましょう。
しかしパニック障害の治療は時間がかかるのが通常です。しかしパニック障害が完治するまで、歯医者さんに行けないのでは困ります。
パニック障害で療養中の間にやむを得ず歯医者さんに行かないといけない時、どのように考えればいいでしょうか。
パニック障害の方に忘れずに持って頂きたいのが、「パニック発作はしばらくすれば必ず落ち着く」「パニック発作で死んでしまう事は絶対にない」という考えです。
この考えを持っていればそれだけですべて解決、というものではありませんが、この事実をしっかりと確信しておけば、不安や恐怖をいたずらに増幅させずに済みます。
パニック発作は、急に動悸・めまい・呼吸苦などの症状が出現するため、「このまま死んでしまうのでは」という強い恐怖を感じます。そしてこの恐怖が更にパニック発作を増悪させてしまいます。
しかしパニック発作が原因で死んでしまった人はいません。パニック発作は10分程度で必ず落ち着き、後遺症も残らないものです。
これをしっかりと理解しておくことは重要です。
パニック発作が起こりそうになっても「大丈夫。これで死ぬことはない」「すぐに発作は落ち着く」と意識しておくだけでも不安は軽減され、発作が起きにくくなります。
3.歯医者さんでパニック発作を起こさないための工夫
現実的にはパニック障害の症状が残っている状態でも、歯科治療が必要な状況はあるでしょう。この時、歯医者さんでなるべくパニック発作が起きないようにするにはどのような工夫が考えられるでしょうか。
よく用いられる対処法を紹介します。
ただし、これらは主治医としっかりと相談した上で、主治医の指示のもとで行ってください。独断で行うと病状を悪化させてしまう事があります。
Ⅰ.なるべく空いている時間を狙って受診する
歯医者さんが混んでいると、歯科全体が慌ただしい雰囲気になるため、不安は更に高まりやすくなってしまいます。
そのため、可能であれば空いている時間帯を狙って受診するのが望ましいでしょう。一般的に病院やクリニックは、朝や夕方・休日に混雑することが多いようです。反対に平日の昼間は空いていることが多いため、この時間帯になるべく受診するようにすると良いかもしれません。
通院する歯科に電話で「いつが一番空いているのか」を聞いてみると、より確実でしょう。空いていれば、歯科の雰囲気も穏やかなものになるため、安心を得やすくなります。
Ⅱ.歯科の主治医を固定する
出来る限り、毎回同じ先生に歯の治療をしてもらうようにしましょう。
初めての先生だと緊張してしまうものですが、毎回同じ先生だと、安心できます。
予約を取る時も「いつも〇〇先生に治療してもらっているんですが、受診日は出勤していますか?」と必ず確認するようにしましょう。
いつもの先生がいると思って受診したのに、その先生がいなかった場合、 こころの準備ができていない分だけ不安は更に大きくなってしまいます。
Ⅲ.歯科医にパニック障害であることを伝える
歯医者はパニック発作を起こしやすい状況であることは医療業界ではよく知られている事です。
そのため、歯科の先生方も「歯科医院での治療中はパニック発作が起こりやすい」ということをよく知っています。歯科医の先生方は、歯科治療中にパニック発作が起こったらどうすればよいのかもしっかり分かっています。
これだけでも安心できることですが、更に安心したい場合は、あらかじめ「私、パニック障害があるんです」と歯科医に伝えておくと良いでしょう。
これを伝えておけば、歯科の先生は、なるべく安心できる環境を意識しながら治療してるでしょう。また万が一発作が起きても慌てる事なく、適切な処置をしてくれるでしょう。
どうしても歯科医に自分から伝えられないという場合は、精神科の主治医から歯科医へ紹介状を書いてもらっても良いと思います。
紹介状作成には2,000~5,000円(3割負担だと600円~1,500円)程度の料金がかかってしまいますが、自分の今の状況を歯科医にしっかりと理解してもらうには有効な方法です。
Ⅳ.頓服を処方してもらう
精神科の主治医から、発作時の頓服薬をもらっておくことも有効な手段です。頓服は、症状が起きそうな時あるいは起きた時にすぐに飲める即効性のあるおくすりです。薬によって効果に違いはありますが、早いものだと服薬後15分程度で不安が和らいできます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬というお薬が用いられることが多く、
・ロラゼパム(商品名:ワイパックス)
・アルプラゾラム(商品名:ソラナックス、コンスタン)
・ブロマゼパム(商品名:レキソタン、セニラン)
・クロチアゼパム(商品名:リーゼ)
・エチゾラム(商品名:デパス)
などがよく用いられます。
実際に発作が起きそうな時にサッと飲めることも利点ですが、これらのおくすりを持っておくだけでも「何か起こっても頓服を持っているから大丈夫」というお守りのような安心感を得ることができます。
なお、サッと飲めるように水やお茶なども携帯しておくことを忘れないようにしましょう。
心配な方は、歯科受診前に頓服を飲んでから受診してもよいでしょう。
Ⅴ.誰かに付き添ってもらう
友人や同僚、家族など、誰かが一緒に居てくれると安心感が得られ発作が起きにくくなります。
治療室にまで同席することは難しいでしょうが、待合室で待ってもらっているだけでも、「あそこで待ってくれている」という安心感が得られます。