妄想性障害(パラノイア)とはどういう病気なのか

妄想性障害(Delusional Disorder)という疾患があります。

この疾患は、その名の通り「妄想」が主体となる病気であり、逆に言うと妄想以外の症状はほとんど認めません。妄想がある以外は普通の人であり、普通に生活を送れるし普通に仕事もできます。

そのため、周囲もそれを病気だとは思わず「ただの変わった人」という認識しか持たれていないケースも少なくありません。

妄想性障害とはどんな病気なのでしょうか。今日は妄想性障害についてお話します。

1.妄想性障害ってどんな病気?

妄想性障害(≒パラノイア)は、妄想を主とし、それ以外の精神症状をほとんど認めない疾患です。

診断基準的には妄想が「1カ月以上続いていること」とされていますが、実際は1カ月どころかかなり長い間妄想は持続し、一生を妄想とともに過ごす方も少なくありません。

発症年齢は40代以降などの中年層で多く、高齢者で認められることもあります。また、生涯有病率は0.2%ほどと言われています。

妄想性障害の最大の特徴は、妄想を認めるのみでその他の症状に乏しいことです。そのため、日常生活は多少の支障がありながらも普通に送れているという方がほとんどです。統合失調症と異なり、経過とともに社会機能の低下が進むということもありませんので、仕事なども続けることが出来ます。

妄想に対しては、基本的には病識(自分が病気だという認識)は持っていません。「自分の考えは他人から見れば異常なものであるようだ」というのは理解していることもありますが、それを受け入れることが出来ません。そのため自分を病気だと考えることはなく、自ら病院を受診することはまずありません。

2.妄想って何?

ちなみに妄想ってどういうものを言うのでしょうか。何となく「妄想」という言葉の意味を分かってはいても、「どこまでいくと妄想なのか」「妄想の定義は何か」と問われると答えられない方も多いと思います。

妄想というのは、内容が非合理的・非現実的で訂正不能な思い込みのことです。かんたんに言うと「一般的な常識で考えれば明らかにありえないことなのにも関わらず、本人がそれを信じて疑わない思い込み」のことです。

一般的な常識というのは、その社会や文化背景によって異なりますので、厳密に定義できるものではありません。例えば、数百年前の世の中であれば「1日で1000km先まで行くことができる」と言えば妄想として扱われてしまったでしょうが、現在では車や飛行機を使えば十分可能なことですので妄想にはなりません。

「一般的な常識」という変わりうるものを定義に入れているため、必然的に妄想の定義もあいまいさを含むものになってしまいますが、現在の世の中においては明らかにありえないことなのに、本人がそれをかたくなに信じ込んでいる場合は、妄想として扱われます。

3.妄想性障害の5つのタイプ

妄想性障害は妄想を生じる病気ですが、特に次のようなタイプの妄想がよく認められます。

Ⅰ.被愛型

自分はある人から愛されている、という妄想が出現します。

特に多いのが、

・有名な人(芸能人や政治家など)から愛されている
・会社の上司や社長から愛されている

といった、自分より上の立場の人間から愛されているという妄想です。

「自分は〇〇さんから愛されている」と思っているだけであれば大きな問題とはなりませんが、その妄想に基づいて頻回に手紙やメールを送ったり、家や職場に押し掛けたりと、対象者と接触しようとすることもあり、これが問題となることもあります。

Ⅱ.誇大型

自分はすごい才能や知識を持っているとか、自分は重大な発見をしたといった妄想が中心となります。

双極性障害(躁うつ病)で認められる誇大妄想に似ていますが、妄想性障害では躁うつ病と異なりその他の症状(不眠・食欲低下・気分高揚・多弁など)はほとんど認めません。

Ⅲ.嫉妬型

自分の配偶者(夫や妻)や恋人に対して、「あいつは浮気をしている!」といった妄想が中心になります。

明らかな証拠がないのにも関わらず「間違いなく浮気をしている」と信じ込んで疑わず、いくら相手が身の潔白を証明しても納得しません。

Ⅳ.被害型

自分が被害を受けているという妄想が中心になります。被害の受け方は様々ですが、

・嫌がらせを受けている
・毒を盛られている
・監視されている
・だまされている

などがあります。

ただ不満に感じているだけであれば大きな問題にはならないのですが、時に相手に暴力を振るったり、裁判をしようとしたりといった行動化が認められることもあります。

Ⅴ.身体型

自分の身体に異常が生じているという妄想が中心となります。

・自分の身体が異臭を放っている
・自分の身体は醜くて人を不快にさせている

などを訴えます。内科などで検査を行い、異常がないことを説明しても納得はしません。

妄想性障害は40代以降の中年期に発症しやすい疾患ですが、この身体型はそれよりも若い年代に発症することが多いと言われています。

4.統合失調症とはどう違うの?

妄想を来す疾患としては、「統合失調症」が代表的です。実際、統合失調症と妄想性障害は近い疾患であると考えられています。

しかし両者は同じ疾患ではありません。統合失調症と妄想性障害はどのような違いがあるのでしょうか。

Ⅰ.妄想以外の症状がない

妄想性障害は妄想以外の症状がほとんどないか、あったとしてもきわめて軽微です。

対して統合失調症は、症状が妄想だけということはありません。妄想は統合失調症の代表的な症状ではありますが、その他にも

・幻覚(幻聴が多い)
・まとまりのない発語
・陰性症状(意欲低下、感情平板化、無為自閉など)

など様々な症状を認めます。

妄想性障害ではこれらの症状を認めることはありません。幻覚はたまに認めることがありますが、妄想性障害で認める幻覚は、あくまでも妄想を主体として、それに関連した幻覚であることがほとんどです。

Ⅱ.社会機能が保たれている

妄想性障害の方は、妄想がある以外は普通の人です。「妄想がある」という部分を除けば病気には見えません。普通に仕事をし、普通に生活ができます。

しかし統合失調症の場合はそうではありません。統合失調症は未治療のまま放置していたり、再発を繰り返したりすると社会機能が徐々に低下していきます。次第に今まで出来ていた仕事が出来なくなって来たり、身の回りのこともできなくなってしまうこともあります。

5.どうやって治療をするの?

妄想性障害の治療は、きわめて難しいと考えられています。

その理由として、本人に病識(自分が病気だという認識)がないため、そもそも精神科の受診をしないことが挙げられます。統合失調症であれば、妄想以外の症状も生じ、次第に生活が困難となり本人や周囲が困ることになるため、どこかで病院受診となることがほとんどです。しかし妄想性障害は、妄想があるのみで社会機能は保たれるため、病院にかからないまま一生を終える人も少なくありません。

そして、妄想性障害はお薬の反応性が悪いことも治療が難しい理由の一つです。

妄想性障害にお薬を投与する場合、基本的には統合失調症の治療に準じます。妄想性障害と統合失調症は異なる疾患ではありますが、ある程度の関連はあることが分かっています。実際、妄想性障害と統合失調症は有意な家族内相関があることが確認されていますし、妄想性障害の一部は統合失調症に発展することもある事が報告されています。

そのため、抗精神病薬を中心に薬物療法が行われますが、統合失調症と比べてお薬の効果は極めて悪いというのが実情です。

カウンセリングなどの精神療法もあまり効果がありません。本人は妄想を妄想だと認識していないため、その考えを治そうという認識を持たないためです。

そのため現状では、抗精神病薬で多少の妄想を抑えつつ、家族などとも協力しながら環境調整を行っていくのが治療になります。

しかし妄想性障害は、妄想以外には大きな問題のない疾患であり、その妄想に基づいて大きな問題を起こさないような体制さえ整えば、その予後は決して悪いものではありません。