パニック障害が治るまでには、ある程度の時間が必要になります。精神疾患はゆっくりと時間をかけて治していくものなのです。
精神疾患の治療には時間がかかること、そして経過の良し悪しが目で見えないことなどから、「自分の病気は本当に完治するのだろうか?」と不安になってしまうことがあります。
パニック障害は、医師の指示のもとで適切な治療を行えば、完治させることが可能です。
しかし、中にはパニック障害がなかなか治らずに苦しんでいる方もいます。
パニック障害をしっかりと完治させる方と、なかなか完治せずに長引いてしまう方は何が違うのでしょうか。
様々な要因があるとは思いますが、私が診察をしていて感じるパニック障害を完治させるために必要なことを紹介させていただきます。
1.治療薬を十分量使う事
パニック障害など、「不安」が根本にある疾患の場合、不安を十分に取ることは非常に大切になってきます。そして不安を十分に取るためには、十分量の抗うつ剤をしっかりと服薬しなければいけません。
治療をしていると、これを受け入れることができない患者さんがいることを感じます。
精神科のおくすりは出来る事なら飲みたくないと多くの患者さんが考えています。そのため、ある程度不安が取れてきたら、「もうこのくらいでいいです。これ以上お薬を増やさないでください」と訴える患者さんは少なくありません。
お薬をなるべく飲みたくないという気持ちは分かります。
しかし不安の病気の場合は、不安をしっかりと取ってあげないいけません。そのために、必要であれば自分が考えていたより多い量のお薬を服薬することもあります。それは、中途半端な量の服薬にとどめてしまうと、不安が長引き、かえって治療が長期化・難治化してしまうからです。
不安は不安を呼ぶ、という性質を持っています。最初は小さな不安だったのに、考え込んでいるうちにどんどん不安が強くなってきてしまった、という経験をされたことはないでしょうか。不安は、新たな不安を呼び、どんどんと大きくなっていく性質を持っているのです。
中途半端なお薬の量しか内服せず不安を残したままでいると、その不安は新たな不安を呼んでしまうのです。その結果、いつまでも不安が治らずに治療が長期化します。精神疾患は長期化すれば、徐々に難治性となり、治りにくくなっていくことが経験的に知られています。中途半端な治療を続ければ、完治からどんどん遠ざかっていくのです。
「あまり多くのお薬を飲みたくない」という気持ちは分かります。しかし、そう思っていたとしても、専門家である主治医が「もう少し増薬した方がよい」と判断するのであれば、その判断には従った方がいいでしょう。
2.主観だけで治療法を選択しないこと
パニック障害には、SSRIなどの抗うつ剤が良い効果を発揮するため、基本的には抗うつ剤を主剤として治療を行います。多くのガイドラインでも、パニック障害治療の第一選択として、SSRIを推奨しています。
しかし「抗うつ剤」を飲むことに抵抗を持っている方もいらっしゃいます。精神科のおくすりというと、なんとなく恐いイメージがある、というのは分かるのですが、そのイメージのみで判断してしまうのは、良い選択とは言えません。
そのような方は「カウンセリングで治せないでしょうか」「漢方薬で治せないでしょうか」と、なるべく自然に近い治療法を希望されます。その理由は、これらの治療法の方が「安全そうだから」です。
もちろん、カウンセリングだけで治せるパニック障害もあるし、漢方薬で治せるパニック障害もあります。たまたま自分のパニック障害がこれらの治療法で治せるものであったなら、その治療法を選択して問題はありません。
しかし、中には
・現時点ではまだカウンセリングを導入しない方がよいパニック障害
・漢方薬では不十分と考えられるパニック障害
もあります。
医師がそのように判断したにも関わらず、「でも、抗うつ剤は絶対に飲みたくない」とかたくなで、自分の希望する治療法を譲らない場合、治りが悪くなってしまうことは多いです。
もちろん抗うつ剤はお薬ですから副作用があります。しかし昔の抗うつ剤と比べると今のSSRIなどの抗うつ剤は、副作用が格段に少なくなっています。医師の指示のもとで正しく使用すれば、必要以上に怖がるものではありません。
確かにカウンセリングは自然な治療です。薬のような副作用はありませんし安全に見えます。しかし、カウンセリングは導入の時期を間違えると、かえって病気を悪化させてしまう危険性があることを忘れてはいけません。
不安がものすごく強くて正常な判断ができない時に「こんな風に考えるようにしましょう」なんて言われても頭に入りませんし、実行もできません。無理に実行させれば失敗する可能性が高く、かえって調子を崩します。
漢方薬も同じです。漢方薬には副作用がないと誤解している方がいますが、漢方薬だって副作用はあります。漢方薬による副作用で死亡したという報告だってあるのです。漢方薬の副作用が少ないのは事実ですが、副作用がまったくないと考えるのは大きな誤解です。
なんとなく、抗うつ剤は怖い。
イメージ的にカウンセリングは自然で安心。
漢方薬は副作用がないから安全なイメージがある。
医師の勧める治療法を受け入れず、このような主観「だけ」で自分の治療法を決めてしまうと、病気がなかなか治らなくなる可能性が高くなります。
どんな治療法にも一長一短あることを忘れてはいけません。
3.経過には波があることを理解すること
治療を始めると、直線状に綺麗に治っていく。
このような経過は理想的なものではありますが、実際にはこんなに綺麗に治っていく人は滅多にいません。
多くの症例では、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、少しずつ少しずつ改善していきます。昨日より今日の方が調子が悪い、なんてことはよくあることです。しかし1か月単位などの長い目でみて、徐々に改善していくのが典型的な精神疾患の経過です。
これをしっかりと理解しておくことは重要です。
少しでも調子を崩してしまっただけで、「自分は治らないんだ」と落ち込んでしまったり、自信を無くしてしまう方がいます。しかしこれは大きな誤解で、ほとんどの人は治療中に調子を崩して、でも何とか持ち直して、を繰り返して治っていくのです。
4.中途半端に治療を終わらせないこと
治療がある程度進んで、調子が良い日が増えてくると、自信がついてきます。
これはとてもいいことなのですが、自信がつきすぎて「もう大丈夫だろう」と治療中なのに受診を自己中断してしまう方がいます。
精神科なんてなるべく通いたくないところですから、出来るだけ早く通院をやめたいというその気持ちはわかるのですが、これはあまり良い判断とは言えません。
ある程度治ってきた時に中途半端に治療を終わらせると、後々困ることが多いからです。その大きな理由は2つあります。
Ⅰ.治ったばかりの時期が一番再発しやすい
治ったばかりの時が、一番再発率が高いことは多くの研究で報告されています。
この一番再発しやすい時期に治療を止めてしまう事は、私たち医療者側から見ると、とても危険なことなのです。
見かけ上症状が落ち着いたように見えても、それはお薬の力を借りた上で落ち着いているだけなのかもしれません。本当に治療を終えてもいい時期なのかは専門家が慎重に判断する必要があります。
独断で「もう大丈夫」と判断してしまうことは、危険です。再発してしまい、かえって通院期間が長引いてしまうこともあります。
Ⅱ.再発すればするほど難治になっていく
治療を自己中断した時、「もし悪くなったらその時にまた受診すればいいだろう」と安易に考えてしまっている方もいます。
しかしこれは危険な考え方です。
パニック障害をはじめとした精神疾患は、再発を繰り返せば繰り返すほど難治(治りにくく)となっていきます。
そのため、精神疾患は再発させないことが非常に大切で、再発してから考えよう、では遅いのです。
再発させないためにも、治療終了の判断は主治医とよく相談して決めないといけません。
5.時期が来たら「挑戦する」勇気も必要
ある程度治療が進み、調子が良くなってきたら、苦手な状況に挑戦しなければいけない時期が来ます。
例えば、電車内でパニック発作を起こしてしまった人であれば、どこかで電車に乗ることに挑戦しないといけないでしょう。映画館でパニック発作を起こしてしまった人であれば、どこかで映画館に足を踏み入れてみる時期が必要です。
苦手な状況下でも「大丈夫」であることが確認できないと、「完治した」とは言えず、このような挑戦は完治を目指しているのであれば、どこかで必要になってきます。
このように、苦手な状況に敢えて自分を晒して、その状況に慣れさせる治療を暴露療法といいます。暴露療法は専門家の指示のもと、適切な時期に徐々に行う必要がありますが、順序だてて成功させていけば、自信がつき、完治に大きく近づく治療法です。
この暴露療法、実際にやるにはなかなかの勇気がいります。とても怖い想いをした状況に自分を晒さないといけないわけですから、怖いですよね。
しかし医師などの専門家が「そろそろ暴露療法を導入しても良い時期にきた」と判断したのにも関わらず、「やっぱり怖い」と二の足を踏んでしまい、ついつい暴露を延期してしまう傾向のある方は、なかなか完治に至りません。
挑戦する時期が来たら、思い切って挑戦する勇気も必要です。
挑戦する時期が来ているのに、先延ばしにしていると、「本当はやらないといけない」という気持ちが常に頭の片隅にあるため、苦手な状況を思い出す頻度も増えてきます。それが続けばかえって精神的に不安定になってしまいます。
適切な時期がきたのであれば、あまり先延ばしせず、勇気を振り絞って挑戦した方が余計な不安を起こさずに済みます。