クレミン(一般名:モサプラミン塩酸塩)は1991年から発売されている抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。
抗精神病薬には古い第1世代と比較的新しい第2世代があり、このうちクレミンは古い第1世代に属します。新しい第2世代の方が総合的にみた安全性は高いため、現在ではクレミンのような第1世代を使用する頻度は多くはありません。
クレミンは第1世代の中でも「イミノジベンジル系」と呼ばれる種類に属します。あまり知られていない系統のお薬ですが、この系統のお薬には独特の特徴もあり、熟練の精神科医が上手に使えば、患者さんの助けになる可能性を秘めたお薬です。
とはいえクレミンは第1世代に属する古い抗精神病薬であるため、現在では限られた症例にしか使われません。
ここではクレミンの効果や特徴について、どのような作用機序を持っているお薬でどのような人に向いているお薬なのかを紹介していきます。
1.クレミンの特徴
まずはクレミンの特徴について紹介します。
クレミンは統合失調症の治療薬であり、脳のドーパミン受容体をしっかりとブロックする事で幻覚・妄想といった陽性症状を改善させる作用に優れます。
副作用の多い第1世代に属しますが、セロトニンにも作用する事によって無為・自閉といった陰性症状、抑うつ症状にも効果が期待できる抗精神病薬です。
抗精神病薬というのは「精神病」を治療するお薬の事です。精神病というのは「幻覚」や「妄想」をきたす疾患の事で、今でいう「統合失調症」が該当します。
精神病という名称は現在では使われていない古い呼び方なのですが、昔の名残りで統合失調症の治療薬は今でも「抗精神病薬」と呼ばれます。
基本的に抗精神病薬はどれも脳のドーパミンのはたらきをブロックする作用を持っています。これは、統合失調症は脳のドーパミンのはたらきが過剰になってしまっていることが一因だと考えられているからです(ドーパミン仮説)。
クレミンももちろん、脳のドーパミンのはたらきをブロックするはたらきがあります。ドーパミン過剰は主に統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)を引き起こしているため、ドーパミンをブロックする事によってこれらの症状の改善が期待できます。
【陽性症状】
本来はないものがあるように感じる症状の総称で、「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」といった妄想などがある。
また、クレミンは第1世代にしては珍しく、陰性症状や抑うつ症状にも効果が期待できます。
【陰性症状】
本来はある能力がなくなってしまう症状の総称で、活動性が低下しこもりがちになってしまう「無為自閉」や、感情表出が乏しくなる「感情鈍麻」、意欲消失などががある。
これはクレミンがドーパミン受容体だけでなく、
- セロトニン受容体
にも作用するからだと考えられます。またセロトニン受容体以外にも、多少ですがノルアドレナリン受容体にも作用し、これも陰性症状・抑うつ症状の改善に役立っていると考えられます。
このような特徴からクレミンは統合失調症のみならず、うつ病などにも用いられる事があります。保険適応は統合失調症にしかないため、うつ病に安易に用いる事は出来ませんが、抗うつ剤のみでは効果が不十分な際は検討される事があります。
クレミンが属する第1世代抗精神病薬は、1950年頃から使われるようになった古い抗精神病薬です。
第1世代の抗精神病薬は大きく分けて、
- フェノチアジン系
- ブチロフェノン系
の2種類があります。
フェノチアジン系には「コントミン(一般名:クロルプロマジン)」などがあります。ドーパミン受容体のみならず、ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、アセチルコリン受容体など様々な受容体に作用する事が特徴で、陽性症状の改善以外にも鎮静や催眠など様々な付加的効果が期待できます。
ブチロフェノン系は「セレネース(商品名:ハロペリドール)」などがあります。こちらはドーパミンのみをピンポイントで狙うお薬で、陽性症状を改善させる作用に優れますが、ドーパミン系の副作用(錐体外路症状や高プロラクチン血症など)も生じやすいというデメリットもあります。
【錐体外路症状(EPS)】
薬物によってドーパミン受容体が過剰にブロックされることで、パーキンソン病のようなふるえ、筋緊張、小刻み歩行、仮面様顔貌、眼球上転などの神経症状が生じる。
【高プロラクチン血症】
薬物によってドーパミン受容体が過剰にブロックされることで、プロラクチンというホルモンの分泌を増やしてしまう副作用。プロラクチンは本来は出産後に上がるホルモンで乳汁を出すはたらきを持つ。そのため、乳汁分泌や月経不順、インポテンツ、性欲低下などを引き起こしてしまう。
どちらも一長一短あるため、症状によって使い分けられます。しかしどちらも第1世代ですので、第2世代と比べると副作用は多めです。
しかし総じて第1世代は陽性症状に対する効果は高いものの、陰性症状への効果が乏しく、また副作用も多いため現在ではあまり使われていません。
しかし第1世代でありながらイミノジベンジル系であるクレミンは、フェノチアジン系にもブチロフェノン系にも属さず、これらとは少し異なるお薬です。イメージ的には両者の中間といったところでしょうか。
フェノチアジン系ほど様々な受容体に作用するわけではないけど、ドーパミン以外にもセロトニンにも作用するのがイミノジベンジル系です。
ドーパミンへの作用は比較的強く、錐体外路症状の発現に注意は必要です。
また最大の特徴は賦活作用がある点で、抗精神病薬にしては珍しく気分を持ち上げる作用があります。ただし適度に気分が上がる分には助かるのですが、気分を持ち上げすぎて時に患者さんを不穏・興奮状態にしてしまう事もあり、その点は注意が必要です。
またクレミンのような第1世代の抗精神病薬は古いお薬であり、時に重篤な副作用を起こすリスクがある事も忘れてはいけません。重篤な不整脈(心室細動、心室頻拍など)や悪性症候群、麻痺性イレウスなど、命に関わるような副作用が生じることがあり、これが第1世代があまり使われなくなってきた一番の理由になります。
第1世代抗精神病薬であるクレミンは、現在ではその副作用の問題から処方される頻度は少なくなっています。
現在では第2世代抗精神病薬という、副作用が軽減された抗精神病薬が発売されており、まずは第2世代から用いられることが一般的です。
以上から、クレミンの特徴として次のような事が挙げられます。
【良い特徴】
- 統合失調症の陽性症状をしっかりと改善させる
- 第1世代には珍しく、賦活作用によって陰性症状を改善させたり抑うつ症状を改善させる作用がある
【悪い特徴】
- 錐体外路症状、高プロラクチン血症がやや多め
- 賦活作用によって時に不穏・興奮状態になってしまう事がある
- 重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
- 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない
2.クレミンの作用機序
抗精神病薬はドーパミンのはたらきをブロックするのが主なはたらきです。統合失調症は脳のドーパミンが過剰に放出されて起こるという説(ドーパミン仮説)に基づき、ほとんどの抗精神病薬はドーパミンを抑える作用を持ちます。
クレミンは抗精神病薬の中でも、「イミノジベンジル系」という種類に属します。
イミノジベンジル系には、クレミン以外にも、
- クロフェクトン(一般名:クロカプラミン)
- デフェクトン(一般名:カルピプラミン)
などがあります。
クレミンは主にドーパミン受容体に作用して、幻覚妄想といった陽性症状の改善に優れます。
またセロトニンにも作用する事による賦活作用を有しているのが大きな特徴で、これにより陰性症状(無為自閉、感情鈍麻など)の改善やうつ症状の改善が期待できます。
一方でドーパミンをブロックする作用が比較的強いため、ドーパミンをブロックしすぎる事で生じる、
- 錐体外路症状
- 高プロラクチン血症
にも一定の注意が必要です。
また精神を賦活する(持ち上げる)作用が強いため、精神状態が不安定な患者さんに安易に投与すると不穏・興奮状態となってしまう事もあります。
3.クレミンの適応疾患
クレミンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。
添付文書を読むと、クレミンの適応疾患として、
統合失調症
が挙げられています。
基本的にクレミンは抗精神病薬ですので、統合失調症に対して用いられます。
副作用の多い第1世代ですので、統合失調症の中でも、
- 第2世代がどうしても使えない症例
- 第2世代では効果が得られない症例
に限って用いられます。
第1世代の中では陽性症状への効果も比較的しっかりしており、また賦活作用もあるため、陽性症状のみならず陰性症状もある程度目立っている方に適したお薬になります。
しかし賦活作用があるため、精神状態があまりに不安定な時の投与は慎重になるべきでしょう。
気分を変に持ち上げてしまい、不穏・興奮状態にしてしまう事があるためです。
4.抗精神病薬の中でのクレミンの位置づけ
抗精神病薬には多くの種類があります。その中でクレミンはどのような位置づけになっているのでしょうか。
まず、抗精神病薬は大きく「第1世代」と「第2世代」に分けることができます。第1世代というのは定型とも呼ばれており、昔の抗精神病薬を指します。第2世代というのは非定型とも呼ばれており、比較的最近の抗精神病薬を指します。
第1世代として代表的なものは、セレネース(一般名:ハロペリドール)やコントミン(一般名:クロルプロマジン)などです。これらは1950年代頃から使われている古いお薬で、強力な効果を持ちますが、副作用も強力だという難点があります。
特に錐体外路症状と呼ばれる神経症状の出現頻度が多く、これは当時問題となっていました。また、悪性症候群や重篤な不整脈など命に関わる副作用が起こってしまうこともありました。
そこで、副作用の改善を目的に開発されたのが第2世代です。第2世代は第1世代と同程度の効果を保ちながら、標的部位への精度を高めることで副作用が少なくなっているという利点があります。また、ドーパミン以外の受容体にも作用することで、陰性症状や認知機能障害の改善効果も期待できます。
第2世代として代表的なものが、SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)であるリスパダール(一般名:リスペリドン)やMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)と呼ばれるジプレキサ(一般名:オランザピン)、DSS(ドーパミン部分作動薬)と呼ばれるエビリファイ(一般名:アリピプラゾール)などです。
現在では、まずは副作用の少ない第2世代から使用することがほとんどであり、第1世代を使う頻度は少なくなっています。第1世代が使われるのは、第2世代がどうしても効かないなど、やむをえないケースに限られます。
クレミンの抗精神病薬の中での位置づけは、
- 効果も強力、副作用も強力
- 統合失調症の陽性症状をしっかり抑え、陰性症状にも効果が期待できる
- 賦活作用があるためうつ病に用いられる事もある
- 賦活作用があるため、精神状態が不安定な時は使用注意
- でも副作用の多さから、現在では最初から使う事はないお薬
といったところです。
かんたんに言えば「昔のお薬」であり、現在では「今のお薬が効かない場合に限って使用を検討されるお薬」という位置づけになります。
5.クレミンが向いている人は?
クレミンの特徴をもう一度みてみましょう。
- 統合失調症の陽性症状をしっかりと改善させる
- 第1世代には珍しく、陰性症状を改善させたり抑うつ症状を改善させる作用がある
- 錐体外路症状、高プロラクチン血症がやや多め
- 賦活作用によって時に不穏・興奮状態になってしまう事がある
- 重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
- 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない
といった特徴を持つことが挙げらました。
古いお薬であり、副作用の多さもありますので、現在ではあまり使われる事はありません。
クレミンを使うのは、
- 第2世代がどうしても使えないケース
- 第2世代では効果が不十分なケース
- 陽性症状の改善のみならず、陰性症状の改善・賦活作用が必要と考えられるケース
などに限られるでしょう。
ちなみにクレミンはドーパミンをブロックする作用に優れ、それ以外にもセロトニン受容体に対する作用も持つことから、第2世代の「SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)」と同じではないかと考えられる方もいらっしゃるかもしれません。
確かにクレミンが属するイミノジベンジル系とSDAは似ているところもあります。
具体的には、
- ドーパミンをブロックする事による陽性症状の改善に優れる
- セロトニンに作用し、陰性症状の改善作用を持つ
という点では共通しています。
しかし両者の違いとしては、
- イミノジベンジル系の方が全体的な副作用は多め
- イミノジベンジル系の方が賦活作用(精神を持ち上げる作用)が強い
といった点が挙げられます。