精神科で処方されたお薬、飲んでますか?|患者さんの服薬継続率

精神科で行われる治療には様々なものがあります。しかしその中で、もっとも行われている治療法と言えば薬物療法でしょう。

実際、精神科で加療を受けているほとんどの患者さんがお薬による治療を行っています。

お薬による治療は、特殊な技術がなくても、お薬に対する適切な知識があれば、処方することで改善が得られる治療であり、治療者としても比較的導入しやすい治療法です。また患者さんにとっても、色々と自分でする必要はなく、ただ指示通りに飲めばいいという治療であり簡便な方法です。

薬物療法は万能な治療法ではありませんが、一定の効果を有することが証明されており、現在の精神科医療において欠かす事ができない治療法となっています。

このように有益性の高い薬物療法ですが、実は患者さんは私たちが医師が考えているほど、お薬を指示通りに服薬していない、というデータがあります。

患者さんは、病気を治したいと思って病院を訪れます。病気を治すために私たち医師はお薬を処方します。なのにそれを飲んでいない患者さんが少なくない、というのです。

これは一体どういうことなのでしょうか。今日は精神科の薬物療法における患者さんの服薬継続率をみてみましょう。

1.精神科でもらったお薬、みんなどのくらい飲んでるの?

私たち医師は必要に応じてお薬を処方します。そして、当然それを患者さんは飲んでいるものだと疑わず、服薬は出来ている前提で治療を進めがちです。

しかし、実際は必ずしもそうではないのです。

統合失調症では、退院後2年経つと患者さんの75%が服薬不良となるという報告があります。うつ病においても治療開始後、約半年も経過すると約半数の患者さんが服薬不良になるという報告も出ています。

精神科における患者さんの服薬率についてはいくつかのデータがありますが、高い服薬継続率を示すものはありません。

ちなみに私は精神科医になりたての頃、このデータを見て衝撃を受けました。自分が処方したお薬は、患者さんは当然飲んでくれているものだと疑いすら持っていなかったからです。しかし実際は多くの患者さんが、医師の指示通りの服薬をしていないというのです。

当然ですが、どんな優れたお薬であったも、服用しなければその効果は得られません。どんなに医学が進歩して、効果の高いお薬が開発されたとしても、そもそもしっかり飲んでいないのであれば、意味がありません。

医学・薬学は日に日に進歩しています。優れたお薬もこれからどんどん開発されてくることでしょう。しかし、根本の「お薬をしっかり飲む」ことが出来ていなければ、いくら優れたお薬が開発されたとしても、その意味は半減してしまいます。

医師はしっかりと服薬していると思っている。しかし患者さんはしっかり服薬できていない事が多い。

この事実は、しっかりと認識しなければいけません。お薬が現在の精神科治療の主流である以上、これが無視して良いものではないことは明らかです。精神疾患で苦しむ方を一人でも減らすためには、まずはこのギャップを埋めることが非常に大切なのです。

2.なぜ、患者さんは服薬しないのか

患者さんは、何か困った症状があるため病院を受診します。病院を受診するのは、その困った症状を治したいからです。だから私たちはその症状を治すためにお薬を処方します。ここで患者さんの希望(=症状を治したい)と、私たち医師の行動(=そのためにお薬を処方する)に、そんなに大きな食い違いはないはずです。

しかし、しっかりと服薬できていない患者さんが少なくないというのはどういうわけなのでしょうか。

当たり前の事ですが、患者さんは何も医師に嫌がらせをしようと思って薬を飲まないわけではありません。患者さんだって、わざわざ時間を作って病院を受診したくらいですから、その症状を治したいと思っていることは間違いありません。

なのに、処方された薬を飲んでいないということには、それなりの理由があるのです。

なぜ患者さんはお薬をしっかりと飲んでくれないのでしょうか。その理由を紹介しましょう。

Ⅰ.症状が良くなってきたと感じたから

治療を開始して、段々と症状が良くなってきた。だからそろそろお薬を減らしたいのに、先生はいつまでもお薬を減らしてくれない。

このような理由から自分の判断でお薬を減らしてしまう方もいらっしゃるようです。

Ⅱ.副作用が心配だから

お薬って医学の専門家でもない方からしたら、未知なものです。身体にどういう影響があるのか分からないし、怖くも感じるでしょう。

また、新聞や雑誌などには「お薬の副作用で死亡」「お薬のせいで依存症に」などと、恐怖心を煽るような記事もあります。このようなものを見てしまうと、「私が処方されたお薬も同じなのではないか・・・」と心配になってしまいます。

精神科のお薬に関して言うと、患者さんが心配する副作用で特に多いのが依存に対する恐怖です。

「精神科のお薬は依存になる」と聞き、「一度始めたら最後、二度と止められなくなるのではないか」と怖くなってどうしても服薬できないという方もいらっしゃいます。

Ⅲ.飲んでも効かなかったから

つらい症状があったから何とかしたくて病院を受診した。そこでお薬をもらって何日か飲んでみたけど全然効かない。

効かないものを飲んでいても仕方ないじゃないか、という理由で服薬を中断してしまう方もいます。

Ⅳ.いつまで服用すればいいのか分からないから

お薬をそろそろ減らしたり止めたりしたいけど、主治医には「もう少し飲みましょう」としか言ってもらえない。

いつまで飲めばいいのか分からない。でも、このまま一生飲み続けるのは絶対にイヤだ。

いつまで飲めばいいか分からないし、もうやめてしまおう、と考えて服薬を中断してしまうこともあります。

Ⅴ.金銭的理由

日本は保険制度がしっかりとしているため、比較的安く医療を受けることができます。

しかしそうは言っても、特に新しいお薬なんかだとまずまずいい値段したりします。

お薬代だけで月に数万円かかってしまう、となるとこれは結構負担になります。経済的な負担からお薬を辞めてしまうかたもいらっしゃいます。

Ⅵ.薬が多すぎる

受診するたびにお薬がどんどんと増えていってしまう。自分が薬漬けにされているような気持ちになってしまい、それがイヤになってしまってお薬の服薬をやめてしまうこともあります。

3.大切なのは服薬しない理由を主治医が理解すること

患者さんがお薬を服薬していない理由を見てみると、医師と患者さんの意識のギャップが大きな比重を占めていることに気付きます。

医師はお薬のプロです。ですからお薬に対しての知識も当然豊富ですし、お薬のメリットやデメリットを全て周知しています。私たち医師にとって、お薬は毎日処方しているものであり、使い慣れた日常的なものなのです。

しかし当たり前の事ですが、患者さんはお薬のプロではありません。患者さんにとってお薬というのは、非日常的なものであり、「得体のしれないもの」なのです。

この意識のギャップを私たち医師は常に意識していなければいけません。

患者さんがお薬を飲まない理由を前項で挙げましたが、その中で「医師がお薬の情報をしっかりと伝えていれば、飲んでくれる可能性がある」というものは少なくありません。

「症状が良くなったから止めた」という理由に対しては、医師が「症状が良くなったからと言って、すぐに止めると再発しやすくなってしまって危険ですよ」という知識をしっかりと伝えていれば患者さんは服薬を続けてくれたかもしれません。

「いつまで飲めばいいのか分からないからやめた」というのも、医師が「症状が良くなってからも1年くらいは服薬をした方が良いことが〇〇というデータから示されています」と患者さんに紹介すれば、患者さんは納得して服薬を続けたかもしれません。

「副作用が怖くてやめた」というケースはとても多い理由です。しかしこれは誤解に基づいていることも多々あります。例えば、抗うつ剤には依存性はないと言われていますが、「抗うつ剤に依存するのが怖くて飲めなかった」という理由で服薬をしなかった方もいます。そういった方には医師がしっかりと「抗うつ剤には依存性はありませんよ」と伝えていればよかったのです。

経済的に厳しいからと服薬を止めてしまった方に対しては、安価なジェネリック医薬品を紹介したり、必要な方であれば自立支援医療という制度を紹介して経済的負担を軽減してあげれば、もしかしたら患者さんは服薬を継続できていたのかもしれません。

こう考えると、患者さんが服薬をしなかった理由は、私たち医師に責任が大きくありそうです。

私たち医師は薬についてよく知っています。そのため、時にそれを常識的な知識だと勘違いしてしまうことがありますが、普通の方においてお薬は日常生活で使用するものではありません。

・このお薬はどんな効果と副作用があるのか
・いつまで服薬することが良いとされているのか
・経済的負担を軽くする方法があるのか

こういった事は、私たち医師にとっては知っていて当然のことですが、だからと言って「万人が知っていること」だと勘違いしてはいけないのです。私自身、毎日毎日お薬を処方しているとこういった勘違いをしてしまいそうになることがあります。全く悪意などがあるわけではないのですが、毎日毎日お薬を処方し続けていると、薬が身近になり、お薬に対する知識をすべての人が分かっているような錯覚をしてしまうのです。

ここが大きな落とし穴で、「自分の視点でお薬について語ってはいけない」と言う事を医師は常に意識しておかなければいけません。

4.お薬の疑問は、主治医に聞いてください

日々診療に追われている精神科医の先生方は、非常に多忙であり、患者さんに十分な説明をする時間がどうしても取れないという現状があるのも事実です。しかし不十分な説明が原因で、患者さんの服薬率が下がり、そのために患者さんの病気の治りが悪くなることはあって良いことではありません。

私たち医師が、患者さんへの十分な説明を忘れないことももちろんですが、患者さん側ももし服薬に当たって心配なことがあれば遠慮なく聞いていただければと思います。

「こんなことを聞いて怒られないだろうか」
「こんなことを聞いて失礼ではないだろうか」

とほとんどの患者さんは私たちに気を遣い、遠慮して下さいます。しかし、私たち医師は患者さんに説明する義務がありますし、そもそも説明が不十分なことが理由で患者さんの病気の治りが悪くなってしまったら、患者さんだけでなく治療者である医師も困るのですからやはり疑問に思う事は聞いた方がよいのです。

何度も何度も同じ質問をしつこく聞くとか、先生が他の患者さんの対応でとても忙しそうなのにその間に無理矢理入って聞くとか、そういった非常識な聞き方でなければ、先生も質問されたことに怒ることはありません。お薬のプロである医師にお薬について尋ねることは、本来すべきことなのです。

5.お薬をしっかりと飲めていない方へ

「先生からお薬を処方されたんだけど、どうしても怖くて飲めていません」
「実は私も、主治医から処方されたお薬を飲んでいないんだ・・・」

この記事を読まれている方の中には、こういう方もいらっしゃると思います。

飲んでいない期間が長いと、どんどん飲んでないことを伝えづらくなってしまい、どんどん言いずらくなってしまいます。しかし先生には「飲んでます」と遠慮してウソをついてしまうと、治療はどんどん難航してしまいます。

実際、転院などをきっかけに

「実は先生、私今までの先生に処方してもらっていたお薬、怖くて飲んでいないんです」

と白状してくださる方もいらっしゃいます。

しかし患者さんの服薬率が上記のように低いということは、精神科医であれば皆知っています。「患者さんの服薬継続率は決して高くない」という事は精神科医にとっての常識なのです。

なので、お薬をしっかりと飲んでいないのであれば、勇気を出してそれを主治医に伝えてください。その際、「こういう理由で飲めていなかった」と言う理由も必ず伝えてください。

今の本当の服薬状況を主治医に伝えることは、良い治療を受けるための第一歩です。

医師が認識している服薬状況と、実際の服薬状況に大きな違いがあれば、治療がうまくいくはずはありません。主治医は「〇〇と××というお薬を投与しているのに、経過が良くない」と認識していて「となれば、次は△△というお薬を使うしかない」と考えていたとします。しかし患者さんが実際は「〇〇というお薬しか飲んでいない。××は怖くて飲めていない」のであれば、医師が考えている次の治療方針は全くの見当はずれになっていることもあるのです。

精神科医と言えども、その患者さんがちゃんと服薬できているのかどうかを、見通すことなどできません。患者さんから正直に言って頂く他にないのです。

また、お薬を服薬していなかったからと怒る先生はいません。それは怒っても何の解決にもならないからです。

私たち医師が診察においてすべきことは、患者さんを治療することです。

そのため、大切なのは患者さんに治ってもらうためには、どうすべきかを考えることです。怒ることが患者さんを治すことにつながらないのであれば、それをする意味はありません(もちろん明らかな悪意があって服薬していなかったのであれば怒ることもあるでしょうが、そんなことはかなり稀なケースでしょう)。

大切なのは、今後どうやったら患者さんはお薬を飲んでくれるのかを、私たち医師と患者さんが一緒に考えていくことです。

医師がお薬を処方したということは、プロである医師からみて、そのお薬を服薬した方が患者さんにとってメリットがあるということです。なのに、それを飲まないのはもったいないことだとも言えます。飲んでいれば、病気もスムーズに治っていたかもしれないのに、お薬に対する誤解で飲んでいなかったとしたら、病気の治りが無駄に遅くなってしまいます。そうなれば人生における損失も大きくなってしまいます。

飲めない理由を医師にしっかりと伝え、医師がしっかりと説明することで、それを克服できるのであれば、それは患者さんにとって大きなメリットとなります。これは優れたお薬を開発するよりも、はるかに重要なことです。