3.喉の詰まりで考えられる疾患
喉の詰まる感じが続く場合、その原因は身体的なものの事もあるし、精神的なものの事もあります。
その多くは精神的な原因であるヒステリー球だといわれていますが、身体的原因ではないと最初から決めつけてはいけません。
身体的な原因と精神的な原因では治療法が全く異なります。そのため最初に両者をしっかりと見分ける事は大切です。
では喉が詰まる感じが生じた時に考えられる疾患には、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。代表的な疾患と、その特徴や主な症状を紹介します。
Ⅰ.身体的な疾患
(1)咽頭・喉頭の異常
【咽頭炎・喉頭炎】
咽頭や喉頭に炎症が生じると、同部が腫れるため喉が詰まった感じが生じる事があります。
咽頭炎や喉頭炎は、主に細菌・ウイルスの感染が原因で生じます。炎症が生じるとその部位には、
- 発赤(赤くなる)
- 腫脹(腫れる)
- 熱感(熱くなる)
- 疼痛(痛くなる)
といった変化が生じるので、炎症によって喉の詰まりが生じている場合は、喉の痛みや熱感も生じる事があります(ヒステリー球でも喉の痛みや熱感が生じる事がありますが、その頻度は高くありません)。
また感染症ですので、発熱を認めたり、病原菌を排出するために咳や色のついた痰といった症状も生じます(ヒステリー球では咳は認めますが、膿様の痰や発熱はあまり認めません)。
ただし細菌・ウイルス感染のほとんどは一過性で、健常な方であれば数日から1~2週間で改善します。多くの場合でこれらは長期化する事はなく、一方でヒステリー球は長期化する事が多いため、説明した症状の違いの他、持続期間も鑑別のポイントになります。
【咽頭がん・喉頭がん】
咽頭や喉頭内にできもの(いわゆる腫瘍)が生じれば、実際に咽喉頭内が狭くなるため、喉が詰まる感じが生じます。
腫瘍は良性腫瘍と悪性腫瘍に分けられますが、特に悪性腫瘍(ガン)はどんどんと増大していくため、喉の詰まりは時間が経てば経つほど悪化していきます(一方でヒステリー球の喉のつまりはストレスの程度によって良くなったり悪くなったりを繰り返します)。
また悪性腫瘍から出血すれば血痰が生じたり、声帯までガンが浸潤していけば嗄声(かすれ声)が生じたりします。進行してくると喉のリンパ節が腫れたり、発熱や体重減少が生じる事もあります。これらの症状は通常、ヒステリー球では生じません。
また咽喉頭の悪性腫瘍は喫煙が原因の1つであり、喫煙者に生じやすいという特徴もあります。
(2)食道の異常
【逆流性食道炎】
胃と食道の境目がゆるんでしまい、胃酸が食道に上がってきてしまう疾患が逆流性食道炎です。
逆流性食道炎が生じると、強力な酸である胃酸が食道を焼いてしまうため、胸の焼けるような痛みが生じます。またこれに伴って喉の詰まりを感じられる方もいらっしゃいます。
逆流性食道炎は、胃酸が上がってきている事が原因ですので、胃酸が多く出る食後に症状を認めやすいという特徴があります(一方でヒステリー球は食事との関連はなく、あくまでもストレスと症状が関連します)。
また立っている時よりも横になっている時の方が胃酸は食道に行きやすいため、人によっては寝起きに口の中に酸っぱさを感じるという方もいます(胃酸が口の近くまで上がってしまうため)。
【食道がん】
食道に腫瘍が生じても、喉の詰まった感じが生じる事があります。この場合、腫瘍によって実際に食道が狭くなっているわけですから、食べ物がつかえて下に降りて行かない感じや、場合によっては食べ物を吐いてしまうという症状が認められる事もあります。
進行すれば痛みや発熱・倦怠感や体重減少といったガンに共通する症状も出現します。
(3)甲状腺の異常
甲状腺とは、気管の前側にある臓器で、甲状腺ホルモンを分泌するはたらきがあります。甲状腺ホルモンは主に代謝を亢進させるはたらきがあります。
この甲状腺が腫れてしまうと、後ろにある気管や後上方にある喉頭を圧迫するため、「喉の詰まる感じ」が生じる事があります。
ただし喉が詰まると感じるほど甲状腺が腫れている場合は、首のあたりを見れば腫れている事がわかる事が多いため、その鑑別は比較的容易です(当然ですが身体的原因のないヒステリー球では喉のふくらみは生じません)。
甲状腺が腫れる疾患はいくつかあり、その疾患によって症状や治療法は異なります。
例えば甲状腺機能亢進症(バセドウ病)は甲状腺ホルモンの分泌量が多くなってしまう疾患です。甲状腺ホルモンが増えると、動悸や発汗などが生じるほか、代謝亢進によって体重減少やイライラ感なども生じます。
逆に甲状腺が腫れていても甲状腺機能が低下している事もあります。例えば橋本病という疾患では甲状腺ホルモンの分泌量が減る事で、疲労感やむくみ、皮膚の乾燥などが生じます。
これらの症状はヒステリー球でも生じますが、ヒステリー球ではストレスの程度によってこれらの症状が良くなったり悪くなったりするのに対して、甲状腺疾患はホルモン量の異常ですので常にこれらの症状が認められるという違いがあります。
(4)自律神経の異常
自律神経の異常で喉の詰まる感じが生じるのがヒステリー球です。
自律神経のバランスが崩れている場合、喉の自律神経のバランスだけが崩れているという事はまれで、多くの場合は全身の自律神経のバランスが崩れています。
そのため喉の詰まりがヒステリー球である場合は、喉の詰まり以外にも、
- 動悸や息苦しさ
- めまい
- 胃腸の不調(下痢や便秘、腹痛など)
- しびれ
- 身体の冷感や熱感
など様々な自律神経症状も併発する事があります。
また精神的にダメージを受ける事で発症しているため、身体的な症状だけでなく、
- 落ち込み
- 不安
- 意欲の低下
- 集中力の低下
- 悲観的な思考
- 「死にたい」「消えたい」という気持ち
なども生じる事もあります。
4.ヒステリー球の診断基準
精神科医や心療内科医はヒステリー球をどのように診断しているのでしょうか。
咽喉頭異常感症(ヒステリー球)は、精神疾患の診断基準に当てはめると「転換性障害」に属すると考えられます。
転換性障害(てんかんせいしょうがい)は、ストレスなどの精神的原因が身体症状(ここでは喉の違和感)として転換されてしまうという障害です。
では転換性障害の診断基準をみてみましょう。ここでは精神疾患の診断によく用いられるDSM-5という診断基準を紹介します。
【転換性障害(DSM-5)】
A.1つまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状
B.その症状と、認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しない事を裏付ける臨床的所見がある
C.その症状または欠損は、他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明されない
D.その症状または欠損は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。または医学的な評価が必要である
専門書に書いてある診断基準をそのまま読んでも難しいですね。ヒステリー球に当てはめて1つずつ詳しく説明していきます。
Ⅰ.喉の詰まる感じ、あるいはそれ以外にも身体の異常がある
A.1つまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状
転換性障害では、精神的ストレスが身体症状に転換されて現れます。
そのため身体症状が認められる必要があります。身体症状は、
- 随意運動(自分で意識して動かせる身体の運動機能)の異常
- 感覚機能(視覚や聴覚、触覚、味覚、嗅覚など)の異常
に分けられ、これらの1つ以上が生じている必要があります。
ヒステリー球では「喉の詰まる感じ」という感覚機能の異常を認めるため、この症状がある事が診断のための第一歩です。また「1つ以上」であるため、それ以上に何らかの身体症状が認められる事もあります。
Ⅱ.自分の今持っている疾患ではその症状の説明がつかない
B.その症状と、認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しない事を裏付ける臨床的所見がある
あなたが今、何かの疾患を診断されていたとして、その疾患で生じうる身体的症状と、実際に今あなたに認められている身体疾患(ここでは喉の詰まり)が合っていない必要があります。
例えば身体疾患として喉にできものがあれば、喉の詰まりという身体的症状が生じるのは臨床的に適合しています。
しかし有している身体疾患が高血圧とか高脂血症だとすると、通常これらの疾患で喉に詰まりが生じるという事は説明が付きません。
このようにヒステリー球と診断するためには、今持っている疾患ではその症状はまず生じ得ないと臨床的に確認する必要があります(これは通常、診察医が判断します)。
Ⅲ.喉の詰まりが他の身体疾患や精神疾患では説明できない
C.その症状または欠損は、他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明されない
喉の詰まりという症状が、他の身体疾患や精神疾患の発症では説明できない事がヒステリー球の診断には必要です。
当然ですが、説明がつく場合は、その喉の詰まりの原因はヒステリー球ではなく、その疾患になるためです。
Ⅳ.本人が喉の詰まりでつらい思いをしている
D.その症状または欠損は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。または医学的な評価が必要である
喉の詰まりによって、本人が苦痛を感じていたり、社会的な支障が生じている事が診断のためには必要です。
逆に「喉が詰まっている感じはするけど、別に何も困ってない」と本人が感じるのであれば、たとえ機序としてはヒステリー球だったとしても、それはヒステリー球とは診断されません。
なぜならば、そのような状態は治療する意義が乏しいと判断されるためです。