「キレる子供たち」 「学級崩壊」
最近、このようなニュースを目にする事があります。
文部科学省がまとめた統計によると、 ここ10年で小学生の学校内暴力は約6倍にも増加しているそうです。
その影響は精神科診療の現場でも感じます。
昔は児童精神・小児精神というと大学病院や児童専門病院といった特殊な医療機関で診療が行われる事がほとんどでした。しかし最近では街中のメンタルクリニックでも子供の診察・治療をする機会が増えてきました。
「キレる子供」はどうして増えているのでしょうか?また、私たちができることは何かあるでしょうか?
1.幼少時のこころの傷は、大人になっても続く
まず私たち大人が知っておかないといけない事は、小さい頃の大きな精神的ストレスは、その子が成人してからも心身に悪影響をきたすという事です。
うつ病などの精神疾患で精神科に訪れる患者さんの話を聞くと、子供の頃に辛い思いをしたことがあるというエピソードを持つことが少なくありません。子供の頃に体験した強い精神的苦痛は、本人が意識していなくてもその後のその子の人生を大きく変えていってしまうのです。
小学校の時に誰かに傷つけられた、あるいは傷つけた。
こういったエピソードは、その場だけで終わる事はありません。彼らが大人になったときにも影響をきたしてしまう可能性があるのです。
私たち精神科医は、患者さんの診察をする際に必ず生育歴を聴取します。その中で、幼少時や小児期にいじめや暴力などの精神的な外傷体験が無かったかどうかは出来る限りチェックします。
すると、精神疾患を発症してしまった方の中には、「子供のころに非常につらい思いをしたことがある」と答える方が少なくない事に気付きます。
子供の頃につらい精神的な外傷体験をしてしまうと、大人になってからもうつ病などの精神疾患にかかりやすくなるという事を、私たち精神科医は臨床経験から感じています。
これは多くの大人が知っておくべきことです。
立派な大人に成長してもらうため、適度なストレスはもちろん必要です。甘やかしてばかりも良くない事は言うまでもありません。しかし過度な精神的苦痛を与えてしまう事は、その子の将来を壊してしまう可能性がある事を認識しなければいけません。
このような苦しい想いをしてしまう子供を一人でも減らす事は私たち大人がすべき義務です。彼らに、10年後20年後、苦しい想いをさせるわけにはいかないのです。
では具体的に私たちに何ができるのでしょうか。
2.データからみる小学生の暴力
文部科学省が2012年度に発表した統計によると、「小学生が起こした暴力」は年間8,296件であり、これは10年前と比べると約6倍だそうです。
一方で中学生・高校生の調査では話は全く異なります。
「中学生が起こした暴力」は38,218件、「高校生が起こした暴力」は9,323件と数字上は小学生よりも多いのですが、実はこれらは毎年減少傾向にあるのです。
小学生の暴力は増えている。一方で中高生の暴力は減っている。これは一体どういう事でしょうか。
小学生と中高生では、暴力を起こす背景が大きく異なります。中高生(特に中学生)は「不良」「ワル」に憧れる年頃であり、このような憧れを真似ての暴力が多い特徴があります。
実際、中高生の「不良」「ヤンキー」を題材にした漫画、映画は数多くあります。中高生のころに「ワルくて危険な匂いがするヤツ」に何となく憧れていたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし小学生の暴力は、このような憧れからの暴力ではありません。
純粋に「キレて起こした暴力」が多いのです。小学生の暴力の内容の詳細は下記のように報告されてます。
・生徒に対する暴力:5,371件(うち、治療を受けるほど重篤であったものは826件)
・ものに対する暴力:1,725件
・教師に対する暴力:1,330件 (うち、治療を受けるほど重篤であったものは160件)
相手を病院送りにするほどの暴力も少なくありません。同じ生徒のみならず、教師相手にも暴力を起こし、教師を傷つける例もあります。
また、暴力を起こす子供の特徴も昔と変わってきているそうです。
昔は「元々素行の悪い子供の暴力」が多かったそうですが、最近は「普段は優等生でいい子だった子供が突然キレる」という事例が多くなってきているようなのです。
3.精神科医として感じる、子供の暴力の原因
子供が「キレてしまう」「暴力を振るう」原因はたくさんあると思います。
その中で、私が「キレやすい子供」の診察を通して感じた「キレる原因」と「有効な対策」を書いてみたいと思います。
私が一番強く感じる原因は、
本来であれば、子供を正しく教育すべき「大人」がその責任を果たせていないこと
ではないかと考えてます。
現代はとてもストレスのかかる時代です。大人にとってもそれは同様で、精神的に疲弊している大人の数はどんどん増えていますし、事実、精神科・心療内科を受診する患者さんの数は毎年増加傾向です。
自分自身が大きなストレスを抱えている中で、 子供に十分な教育・指導ができるか?というと、それはなかなか難しいのが実情でしょう。
それとともに日常のストレスからイライラしてしまい、ストレス解消のはけ口もないため、つい子供に八つ当たりしてしまう大人が増えているような印象があります。
実際、暴力をふるってしまった子の親について調べると、シングルマザーで一人で家庭の全てを背負って疲弊している方であったり、仕事が忙しく十分に子供に時間をとってあげられない親であることが多いです。
一概には言えませんが、親の精神的な余裕のなさ。そしてそれを気遣って自分の想いを訴えられない子供たち。そのような中でたまったストレスが学校生活の中で暴力となって吹き出てくることは一因として考えられるのではないでしょうか。
子供はまだ未熟であるため、何か伝えたいことがあっても、うまく説明することが出来ません。それを理解してあげるには時間をかけて聞いてあげるしかありません。しかし、疲れている時に時間をかけて聞くということはなかなか難しいものがあります。
子供が一生懸命自分の事を話している途中で、「もう私だって疲れてるんだからいい加減にして!」と親が怒ってしまったり、じっくりと話して教育すべきところを体罰で安易に解決してしまったりすると、子供も「気に入らなければ暴言を吐けばいい」「暴力で解決すればいい」と覚えてしまいます。
理想論ではありますが、
・子供の訴えを時間をかけて聞いてあげること
・子供に自分の気持ちを上手に話す訓練をしてあげること
を大人がしてあげることができれば、子供の暴力は大きく減らす事ができると思うのです。
これは精神的に余裕のない親が一人でするには労力が大きすぎる作業です。無理して一人でやるのではなく、自分一人じゃ難しい、と感じたら様々な人にも協力してもらいましょう。
父親はもちろん、学校の先生や保健室の先生に協力してもらってもいいし、市の相談窓口を利用したり、私たちこころのプロフェッショナルに相談していただいてもいいと思うのです。
実際、精神科・心療内科につれてこられた子は、最初は私たちに対して、敵対心をむき出しにし、こちらの言うことを全く聞いてくれませんが、時間をかけて一生懸命お子さんの話に耳を傾け続けていると、ほとんどの子は次第に素直に気持ちを話してくれるようになります。
こうなると、みなさん非常に素直でいい子ばかりです。「これは本当に治しようがないどうしようもない子だ・・・」と思うような子なんて、ほとんどいません。
子供が自分の気持ちをしっかりと伝えられるような「場」を作ってあげましょう。無理して親が一人で抱え込む必要はないのです。