日々精力的に活動していた人が、突然「燃え尽きた」かのように無気力になってしまう事があります。
まるでガソリンが無くなったかのように動けなくなるこの現象は、「バーンアウト(Burn-Out)」と呼ばれます。
バーンアウトはあらゆる人に生じうる現象であり、誰にとっても他人事ではありません。
「バーンアウト」という用語は病名ではありませんので、燃え尽きた状態で精神科を受診しても「バーンアウトです」と診断されることはありません。症状や経過に応じて、「適応障害」「うつ病」といった診断名になるでしょう。しかしどのような病名がついたとしても、その根底にバーンアウトがある場合は通常の治療法に加えてバーンアウトに対するケアも行う必要があります。
ここではバーンアウトという状態について詳しくお話ししていきます。
1.バーンアウトとはどのような状態か
バーンアウト(Burn-Out)とは、どのような状態を指すのでしょうか。
バーンアウトは「燃え尽き」という意味で、そのためバーンアウトは「燃え尽き症候群」と呼ばれる事もあります。気持ちが「燃え尽きてしまった」という表現は日常でも使われますので、「燃え尽き」というとみなさんもイメージが沸きやすいのではないでしょうか。
「バーンアウト」という概念を初めて提唱したのはアメリカの精神科医であるフロイデンバーガーです。彼は保健施設で働いている時に、精力的に働いていた同僚が次々と「燃え尽きていく」のを目の当たりにし、この現象を「バーンアウト」と名付けました。
フロイデンバーガーはバーンアウトを、
エネルギーを使い果たした結果、疲れ果ててしまった状態
だと定義しました。このフロイデンバーガーの発表を機にバーンアウトという概念が広がっていきました。
様々な報告や調査を通して、現在ではバーンアウトは、
「精力的・活力的に取り組んできた事に対して、期待・目標とかけ離れた結果が続くことで、これ以上頑張れなくなってしまう状態」
だと考えられています。
何かに取り組もうとする際、誰だって最初は夢や希望に胸を膨らませています。しかし実際にそれを始めてみたら、現実は自分が想像していたものと全く違う事があります。このような理想と現実のギャップというのはどんな仕事にだってあるものですが、このギャップがあまりに大きかったり、長く続いている中で頑張り続けていると、次第にこころが疲弊していき、やがて「燃え尽きて」しまいます。
これがバーンアウトです。
2.バーンアウトしやすいのはどんな人?
自分の理想通りに事が進むなんてことは、そうそうありません。生きていれば、誰だって理想と現実のギャップに苦しみます。そう考えるとバーンアウトは他人事ではなく、誰でも起こる可能性のある現象です。
しかし特にバーンアウトのリスクが高い方がいます。次のような傾向がある方は、燃え尽きないように特に注意が必要になります。
Ⅰ.ヒューマンサービス業
バーンアウトが報告されはじめた当初、バーンアウトは「ビューマンサービス業」に多い現象だと指摘されていました。
ヒューマンサービス業とは人を援助するような職種の事で、
- 医療職(看護師など)
- 介護職(介護士、ヘルパー、親の介護など)
- 福祉職(福祉課職員など)
- 教育職(教師など)
が該当します。
ヒューマンサービス業は、
- 失敗が許されない
- 自分の努力だけでは結果が出るものではない
- 自分が出来る事に限界がある
といった特徴があります。
どんな仕事であったも手を抜いてはいけませんが、人を相手にした仕事は特に手を抜く事ができません。自分のミスで機械を壊してしまっても弁償すれば済みますが、自分のミスで患者さんに後遺症を負わせてしまったりすれば、これは弁償したからといって解決する問題ではありません。
また病気というのは、どんなに優秀な医療者であっても治せない事があります。教育もどんなに先生が一生懸命教えても生徒が志望校に合格できない事があります。福祉の仕事でも、どんなに一生懸命相手の事を考えて行動しても、逆に不満やクレームを言われてしまう事もあります。
「人を助ける」という仕事はやりがいのある素晴らしい仕事です。そのためこの仕事に就く人は最初は夢と希望を持って仕事に挑みます。しかし現実は頑張っても、それに見合った結果が出ない事も多く、それが続いてしまう事で燃え尽きが起こってしまうのです。
バーンアウトは確かにヒューマンサービス業で多く見られる現象です。しかし、その他の職種では起こらないというものではありません。
例え機械を相手にしている仕事であっても、ヒューマンサービス業と同じように、理想と現実のギャップが大きい状態が続いていたり、努力が報われない状態が続いていればバーンアウトが生じる可能性は十分にあり得ます。
Ⅱ.完璧主義、頑固、心配性
性格傾向としては、
- 完璧主義
- 頑固
- 心配性
の方はバーンアウトしやすい傾向があります。
バーンアウトが生じる原因は「理想」と「現実」のギャップだとお話ししましたが、逆に言えばこのギャップが小さいとバーンアウトしにくくなります。
現実は変える事が出来ませんので、リスクとなるのは自分の中にある「理想」の方です。理想を高く持ちすぎているとは、いざ現実と向き合った際に強いギャップを感じます。小さいギャップであれば耐えられますが、あまりに大きいギャップだとこころが耐えきれず、バーンアウトしてしまいやすいのです。
現実と向き合った際に、「まぁ現実はこんなものだよね」「理想と現実は違うし、仕方がないよね」と割り切れるのであれば、バーンアウトは生じません。
「こんなはずではなかった」「自分がもっと努力すれば変わるはず」という理想寄りの考えが強すぎると、バーンアウトが生じやすくなります。
Ⅲ.仕事一筋
ある一つの活動に比重を置き過ぎていると、バーンアウトしやすくなります。「仕事人間」「仕事一筋」という方は要注意です。
反対に仕事で「理想」と「現実」のギャップに苦しんでいても、それ以外の時間も十分に取れており、こころを回復させることが出来ている場合は、バーンアウトのリスクは低下します。
ヒューマンサービス業というのは相手ある仕事ですので、どうしても仕事のメリハリがつけにくいものです。機械が相手であれば自分の都合で仕事を終わらせることもできますが、人が相手だとそうもいきません。医療職や介護職、教育職などのヒューマンサービス業はその職業柄、「仕事一筋」になりやすいのです。
しかし仕事の比重が高すぎると、仕事で疲弊しているこころが回復できる場所がありません。これではいつかはバーンアウトに至ってしまうでしょう。
忙しくても仕事のメリハリをなるべくつけるようにし、定期的に自分が楽しめるような活動をしたり、人に自分の悩みを話すような時間を作ったりできている方は、仕事のストレスを適宜回復させることができるため、バーンアウトしにくくなります。
3.バーンアウトで生じる3つの症状
バーンアウトに至ると様々な症状が出現しますが、その中でも特徴的な症状があります。
バーアウトの3症状として、
- 情緒の枯渇
- 脱人格化
- 個人的達成感の減少
が知られています。
Ⅰ.情緒の枯渇
バーンアウトでは文字通りこころが「燃え尽きて」しまいます。こころのエネルギーがゼロになると、感情が枯れ果てた状態になります。
まるでロボットのように、無感情になってしまいます。いつも重苦しい気分で、意欲も気力も沸かなくなります。元々は明るく精力的にバリバリ活動していた人が、まるで魂が抜けたかのように無感情になってしまうのです。
この症状はある日突然現れるかのように見えますが、実はこころの中で症状は徐々に進行しています。
ほとんどの人はバーンアウト前に薄々「自分は無理をしている」「このままではおかしくなってしまう」と気付いています。しかしそれを受け入れずに、無理をし続けてしまいます。表面上は限界に達するまでいつもと変わらないように見えますが、ある日限界を超えて突然動けなくなってしまうのです。
Ⅱ.脱人格化
バーンアウトすると、人への対応が冷淡で事務的になります。
今までは親身になって一生懸命サポートしていた人が、急に冷たい態度になったり事務的な態度になったりします。中には相手に攻撃的になったり、突き放すような言葉をかけたり、露骨にイライラした態度を示すこともあります。
いずれも元々はそのような態度を取るような人でなかったのに、「人が変わったかのように」接し方が変わってしまうのです。
これはバーンアウトしかけているこころが無意識に取る防御策です。これ以上余計なエネルギーを使わせないようにする事で、こころの疲労が限界を超えてしまわないように抵抗しているのです。
Ⅲ.個人的達成感の減少
何かを精力的に頑張る際、その先に自分なりの満足感や達成感がなければ頑張り続ける事は出来ません。
満足感を得られるものは人によって違います。人からの感謝であったり、賞賛であったり、金銭であったり、これは人によって様々です。このような満足感・達成感を感じられるものがあるからこそ、燃えていられるのです。
しかしバーンアウトが始まると、このような目標に対して達成感を感じられなくなってしまいます。また、それまでやってきた事に対しても自信を無くしてしまいます。
「自分が患者さんの力になれるわけがない」
「自分なんかは人に教えられる立場ではない」
このように考えてしまうのです。
こうなると作業のパフォーマンスは更に低下し、更にバーンアウトしやすくなるという悪循環が生じます。より進行すると、達成感が感じられなくなるだけでなく、「絶望感」「虚無感」を非常に強く感じるようになることもあります。
4.バーンアウトを治療するためには
バーンアウトを治療するためにはどのような方法があるのでしょうか。
バーンアウトの結果、うつ病などの疾患も発症してしまったのであれば抗うつ剤などのお薬が使われる事もあります。
しかしバーンアウトの治療で一番大切な事は、自分になぜバーンアウトが生じたのかを振り返り、その原因についてアプローチする事です。
バーンアウトが生じる原因というのは、「理想」と「現実」のギャップが強すぎたためです。
より具体的に見れば、
- 自分が理想に夢を見過ぎていた
- 自分の出来る事の限界を見誤っていた
- 仕事ばかりしていてストレス発散の時間が取れていなかった
などそれぞれ原因があるはずです。
その原因を見極め、自分の気持ちを納得できるように考え方を修正していくことが一番大切な事になります。
Ⅰ.「諦める」ことを知る
これはバーンアウトに限らず、その他のこころの病気にも共通する心構えですが、良い意味で「諦める」「妥協できる」事はこころを傷付けないために非常に大切です。
正義感の強い方や完璧主義の方は精神的ダメージを溜め込みやすく、精神疾患を発症しやすいリスクがあります。このような性格はもちろん素晴らしい性格なのですが、どうしても自分に厳しくなるため、心を傷付けやすい側面があるのです。
バーンアウトは「理想」と「現実」のギャップから生まれるストレスが原因です。理想と現実のはざまで「自分の力で何とか溝を埋めなくては」と一生懸命もがき続けるていると、やがて燃え尽きてしまうのです。
この時、ひたすら努力するのではなく、「まぁ、現実はこんなものだろう」と諦めの気持ちを持てると、こころは傷つきにくくなります。
もちろんどんな時もすぐに諦めたり妥協する事が良いというのではありません。しかし自分の努力だけでは解決できない事も現実では多いのもまた事実です。そのような時、自分の力でどうもならない事を自分の力で何とかしようともがき続けるのではなく、「これは仕方がない事だ」とあきらめる事が現実的に取れる最良の策です。
状況によっては、「諦める」「妥協する」気持ちはとても大切です。
Ⅱ.仕事以外にも楽しみを
バーンアウトしないためには、ストレスの逃げ道をいくつか作っておくことが大切です。
仕事で「理想」と「現実」のギャップで苦しんでいる時、このギャップをすぐに埋める事は困難です。埋めるのには時間がかかったり、あるいは自分の力だけではどうしても埋められない事も少なくありません。
この時、仕事以外の逃げ場がないとストレスは溜まっていく一方です。
しかし趣味に没頭できる時間があったり、定期的に友人と会って相談にのってもらえていれば、仕事で溜まったストレスは発散されます。
ストレスが定期的に発散されればこころの疲労も回復するため、バーンアウトしにくくなります。
Ⅲ.自分に出来る限界を知る
特に人間相手の仕事をしているヒューマンサービス業の場合、自分がサービスを提供している他者というのは自分とは異なる人間であり、その人の全てを自分の力だけでは変える事は不可能だという事を肝に銘じておかなければいけません。
他者は他者です。自分ではありません。
あなたに出来る事は、他者に、
「こうしたらいいよ」
「こういう方法があるよ」
と提案する事までです。
それを実際にやってくれるかどうかは本人次第です。そこからはどんなに優秀な人で完全にも介入する事は出来ません。
例えば看護師さんがどんなに一生懸命患者さんに健康についてアドバイスしたとしても、患者さんが言う事を聞かず毎日タバコを何十本も吸い続けていれば、その人は健康でいられる確率は高くはないでしょう。教師がどんなに一生懸命生徒に勉強を教えても、生徒が授業を全く聞いていなければ成績は上がらないでしょう。
これは本当にサービス提供者の能力不足なのでしょうか。サービス提供者の努力が足りないのでしょうか。
違いますよね。
ヒューマンサービス業は人を相手にする仕事であるため、サービス提供者が出来る事には限界があります。自分が出来る事の限界を知り、それ以上は「相手の自己責任」と区切りをつける考え方も大切です。