双極性障害(躁うつ病)は、「躁状態」と「うつ状態」という2つの気分の波が繰り返される疾患です。
これだけ効くと分かりやすい疾患のようにも聞こえますが、双極性障害の症状というのは他の疾患との症状と見分けがつきにくいことが少なくありません。
例えば、双極性障害の「うつ状態」とうつ病の「うつ状態」は、専門家であっても違いの見分けがつきにくいことがあります。しかし両者は治療法が異なるため、できる限りしっかりと鑑別する必要があります。
また双極性障害の躁状態による興奮と、統合失調症の急性期の幻覚妄想状態による興奮も区別がつきにくい事もありますし、双極性障害の「気分の波」と境界性パーソナリティ障害の「気分の波」、自閉症スペクトラム障害の「気分の波」も、時に見分けが付きにくいことがあります。
このようにみてみると、双極性障害の症状というのは単に「躁状態とうつ状態を繰り返す」という認識だけでなく、もう少し深く理解した方が正確な診断につながり、より適切な治療が受けられるという事が分かります。
私たち精神科医は精度高く診断をするように努めてはいますが、診断する材料は「患者さんが訴える症状」が大きな比重を占めます。そのため患者さん自身が気付いていない症状があれば、診断の精度が落ちてしまうこともあるのです。
今日は双極性障害の症状や特徴的な所見について紹介します。
正しい診断を受け、最善の治療を受けることの出来る一助になれば幸いです。
1.気分高揚・多弁などの「躁状態」
双極性障害の症状の中で、もっともインパクトがあるのが「躁状態」です。
実は躁状態には、「躁状態」と「軽躁状態」の2つがあります。この2つは、明確に区別できるものではなく連続性のあるもので、「どこからどこまでが躁状態でどこからどこまでが軽躁状態」と明確に決まっているものではありません。
おおよその感覚で、「日常生活に著しい支障を来たしている躁」が躁状態」、「躁状態ではあるけども日常生活は著しい支障までは来たしていない」のが軽躁状態だと言えます。
典型的な躁状態では、気分が晴れ晴れとし(気分高揚)、話さずにはいられなくなり(多弁)、「自分は何でもできる!」という気分(自尊心の肥大)になります。周囲が驚くような行動をしてしまう事も多く「これは何かおかしい」と気付かれやすいため、診断は比較的容易です。
対して軽躁状態は一見すると「ちょっと機嫌がいい」くらいにしか見えないこともあり、そのために診断が難しいこともあります。
この「躁状態」と「軽躁状態」から、双極性障害は躁状態のタイプによって2種類に分類されます。1つ目が「躁状態とうつ状態を繰り返すタイプ」で、これをⅠ型双極性障害と呼びます。そして2つ目が「軽躁状態とうつ状態を繰り返すタイプ」で、これをⅡ型双極性障害と呼ばれます。
それでは躁状態と軽躁状態について詳しくみてみましょう。
Ⅰ.躁状態
Ⅰ型双極性障害で認められる躁状態です。
躁状態というのは、エネルギーが全体的に高くなるような状態です。
みなさんも何か嬉しいことがあると気分が高くなったり、ついいつもより饒舌になったり、なんでも出来るような気分になることがあると思います。これは正常内の気分の高揚ですが、これが更に生活に支障を来たすほどに高まってしまうのが躁状態です。
典型的な症状としては、
- 気分高揚・爽快気分・・・気分が晴れ晴れとしていて、全てが明るく見える
- 多弁・・・話さずにはいられない
- 観念奔逸・・・興味や会話が次々と移り変わり、まとまらない
- 自尊心の肥大・・・自分は何でもできるように感じる
- 易怒性・・・怒りっぽくなる
- 活動量の増加・・・1日中活動しても疲労感を感じない
- 睡眠の低下・・・眠らずに活動し続ける
- 食欲の低下
- 性欲の亢進
などが認められます。
ただ気分が高いだけで、自分の中で完結しているのであれば問題ないのですが、躁状態は基本的に「自分は躁状態である」という自覚がありません(これを「病識がない」と言います)。周囲からは明らかにテンションが高いように見えても「自分は至って正常だ」という自覚であるため、これが様々な問題を引き起こします。
気分高揚や多弁から、時間を問わず夜中にでも友人やお客さんに電話をかけ続けたり、「すごいビジネスを思いついた。自分がやれば間違いなく成功する!」という判断のもと大きな借金をして起業したり、活動量の増加からオーバーワークをし続けたりなどといった問題行動が生じてしまうのです。
これは周囲に迷惑をかけてしまいますし、長期的に見れば本人の将来にも不利益を与えている事になります。またほとんど眠らずに活動し続ければ身体にも負担が大きいのは明らかです。実際、双極性障害の有効な治療が確立していなかった頃は、双極性障害の方は過活動による心不全などで亡くなってしまうことも多かったそうです。
また重度な躁状態となると精神病症状(幻覚・妄想など)が生じることもあり、この場合は統合失調症との鑑別が難しくなることもあります。一般的に統合失調症の妄想は「一次妄想」であり、双極性障害の妄想は「二次妄想」であることが多いと言われており、これが鑑別の1つの助けにはなります。
一次妄想は、「なんでそういった確信に至ったのか、常識的な考えでは理解できない」という妄想で、主に統合失調症で認められる妄想はこのタイプになります。
例えば、いきなり
・「自分は悪の組織に狙われている」
・「電磁波で攻撃されている」
・「自分は〇〇の生まれ変わりなのだ」
と患者さんが訴えた場合、いきなりこんな事を言われたら周囲は「なんでそんな風に考えているのか、まったく理解できない」と困惑してしまいます。これが一次妄想です。
対して二次妄想は、「状況からして、なぜそのような確信に至ったのかは理解できる」という妄想です。双極性障害やうつ病で認める妄想の多くは二次妄想になります。
例えば、双極性障害の方は誇大妄想(自分は何でもできる、という妄想)をいう妄想が出現することがあります。この妄想は「躁状態によって気分が高くなっているから、このように考えてしまうのだ」という事は了解はできます。これが二次妄想です。
Ⅱ.軽躁状態
Ⅱ型双極性障害で認められる軽い躁状態です。
軽躁状態は、基本的には躁状態と同じ症状ですが、その程度が躁状態よりも軽いものを指します。躁状態との境目がはっきりと決まっているわけではありませんが、おおむね「本人の生活に大きな支障を来たしているほどではない」のが軽躁状態だと考えます。
軽躁状態は躁状態よりも程度は軽いため、一見すると大きな問題(莫大な借金や顕著なオーバーワークなど)は起こしにくいと言えます。しかし軽躁だから、躁よりも良いと一概に言えるものではありません。
軽躁は一見すると、「ちょっと機嫌がいいだけ」と思われてしまうため、発見が遅れてしまいがちです。また中途半端に気分が高揚している軽躁状態の方が、かえって問題行動・逸脱行為や自傷行為・自殺行動なども多いという報告もあり、決して軽視できるものではありません。
また顕著な躁状態でない分、他の疾患による気分の波と見分けがつきにくいケースもあり、しばしば診断が難渋します。
例えば、軽い躁状態とうつ状態を繰り返している場合、軽い躁状態が「正常の範囲内」だと判断されてしまうと、ただうつ病が繰り返されているだけのように見えることもあり「反復性うつ病」という診断名になってしまう事もあります。
また自傷行為や依存(アルコール依存や他者への依存など)が目立つ場合は、「境界性パーソナリティ障害」などと異なった診断を下されてしまうこともあります。
2.気分が落ち込む「うつ状態」
双極性障害は、「うつ状態」を呈することもあります。
一見すると派手な躁状態が目立つため、躁状態に対しての対処ばかりに目が行きがちですが、実は躁状態よりもうつ状態の期間の方が長いため、うつ状態も決して軽視することはできません。
双極性障害のうつ状態は、基本的には「うつ病」のうつ症状と同様の症状となります。
具体的には、
- 抑うつ気分:気分の落ち込み
- 興味や喜びの喪失:何にも興味や関心を持てない
- 疲労感:疲れが取れない
- 意欲低下、集中力低下
- 睡眠障害:主に不眠が生じる
- 食欲の増減:主に食欲低下が生じる
- 死にたいという気持ち
などを認めます。
ちなみに双極性障害のうつ状態と、うつ病で生じるうつ状態は何か違いがあるのでしょうか。
これは「違いがある事もあるし、ない事もある」というのが正解で、このため双極性障害がしばしばうつ病と見分けがつきにくくなってしまうのです。両者の違いを明確に判断する事は今のところ乏しく、専門家であってもうつ病のうつ状態と双極性障害のうつ状態の見分けが困難であることもあります。
しかし双極性障害のうつ状態とうつ病のうつ状態は、病態が異なると考えられており治療法も異なります。そのため出来る限り正確に鑑別する事が大切で、これにより患者さんの治療が上手くいくかどうかが大きく違ってきます。
双極性障害のうつ状態とうつ病のうつ状態にどのような違いがあるのか、というのはこのような理由から、多くの学者・研究者が研究を続けています。
現時点では、双極性障害のうつ状態を疑う根拠として、
- 中核症状(抑うつ気分、興味と喜びの喪失、疲労感)のいずれかがない(うつ病は全て揃っていることが多い)
- 過眠・食欲亢進がある(うつ病は不眠・食欲減退が多い)
- 気分反応性がある(うつ病は落ち込みのみである事が多い)
- 身体的な訴えが少ない(うつ病は痛み・しびれなど身体的な訴えも多い)
- 精神病症状(幻覚・妄想など)が多い(うつ病は少ない)
- 双極性障害の家族歴がある
- うつ病を何度も繰り返している
- うつ病の発症が早い(25歳未満)
- 産後うつ病後の発症
などが指摘されています。
気分反応性とは非定型うつ病で特徴的な症状で「仕事などストレスが高い事に対しては落ち込みが出現するが、友人との遊びの約束などストレスが低い事に対しては落ち込みは出現しない」というものです。
また治療中、
- 抗うつ剤によって躁状態に転じやすい(躁転)
- 抗うつ剤の効きが途中から悪くなる
なども双極性障害を疑う要素になるという指摘もあります。
しかしこれらがあるからといって必ずしも双極性障害のうつ状態だと断言できるものではなく、あくまでもこれらの所見があると「双極性障害の可能性がありうる」と言える程度の根拠にしかなりません。
臨床の実感としても、確かにこれに当てはまるケースもありますが、当てはまらないケースも少なくありません。
3.寛解期があることが診断を遅くする
双極性障害は、「躁状態」と「うつ状態」を繰り返す疾患です。
しかし常に「躁」か「うつ」にいるわけではありません。何の症状もない「正常な気分」である時期もあります。これを「寛解期」と呼びます。
寛解期は双極性障害が治ったわけではなく、「躁状態」「うつ状態」と並んで「寛解期」という状態があるという位置づけです。
症状が消失するのは良いことなのですが、この寛解期があるために双極性障害の発見が遅れてしまうことがあります。躁状態あるいはうつ状態で苦しんでいても、しばらくすると寛解期に入るため、「治った」と勘違いしてしまい、そのまま放置してしまう事が多いのです。
双極性障害は初発から病院受診までに7年以上もかかるという報告もあります。これは、途中に寛解期があるため、「自然と治った」と患者さん自身が錯覚してしまうことも一因だと思われます。
より多くの方に双極性障害のこのような特徴を知って頂ければ、早い病院受診につながります。そうなれば、その方の将来を大きく守ることができるのです。
寛解期は一見すると、「正常」な状態に見えます。しかし双極性障害の寛解期は、普通の「正常な気分」と異なり、
- 衝動性
- 軽微な認知機能障害
などを認めることもあり、これが診断の助けになることもあります。
4.躁状態とうつ状態が合わさって混合状態となる事も
双極性障害は、
- 躁状態(あるいは軽躁状態)
- うつ状態
- 寛解期
の3つの病相を繰り返す疾患です。
しかしこれ以外にも「混合状態」という状態になることもあります。
混合状態とは文字通り、「躁状態の症状」と「うつ状態の症状」は混ざって発症してしまうような状態です。躁とうつという正反対の症状は混ざる、というと一体どういう症状なのかイメージが沸かない方も多いでしょう。
これは具体的には、
- 気分は落ち込んでいる(うつ状態)けども、行動は活発(躁状態)
- 集中力低下・意欲低下を認める(うつ状態)が、一方で観念奔逸も認める(躁状態)
など、躁症状とうつ症状が混ざって出現しているような状態です。
このように文章で表すと比較的分かりやすいのですが、実際に躁症状とうつ症状が混ざって出現すると、その症状がどのような機序で出現しているのかを判定するのは難しく、これも双極性障害の診断を困難にしています。