ベタナミン錠(一般名:ペモリン)は1981年より販売されているナルコレプシー治療薬です。
ナルコレプシーは過眠症の1つで、オレキシンという脳を覚醒させる物質が不足する事により、日中の耐えがたい眠気が生じます。
「眠気」というと一見大したことのないように感じますが、これは「ちょっと眠い」という程度の眠気ではありません。会話中などでも発作のように睡眠に入ってしまう事もあるため、転倒や事故などに至る可能性もある危険な眠気です。
ベタナミンは脳の覚醒レベルを上げる事で、ナルコレプシーの病的な眠気を改善させるお薬になります。このような作用を持つお薬は「精神刺激薬」と呼ばれます。
ベタナミンという薬はどのような特徴を持ったお薬で、どのような人に向いているお薬なのでしょうか。
ここではベタナミンの効果や特徴についてお話していきます。
1.ベタナミンの特徴
まず最初にベタナミンの特徴について、ざっくりと紹介します。
- 覚醒作用は中等度の強さ
- 依存性のリスクは中等度
- 重篤な肝機能障害を引き起こす事がある
- 薬効はまずまず長い
ベタナミンは精神刺激薬に属するお薬で、これは脳の覚醒レベルを上げるお薬になります。精神刺激薬にもいくつかのお薬がありますが、ベタナミンは精神刺激薬の中でも覚醒作用がしっかりしているお薬です。
しかし、効果がしっかりしているという事は副作用にも注意が必要になります。
ベタナミンは脳のドーパミンを増やす事で覚醒度を上げます。ドーパミンは脳を興奮させる作用を持つため、ドーパミン量が増えると脳の覚醒レベルが上がり、ナルコレプシーを改善させるのです。
このような脳の覚醒レベルを上げるお薬が「精神刺激薬」ですが、精神刺激薬はいわゆる「覚せい剤」と似た作用を持ちます(覚せい剤も脳のドーパミンを増やす作用があります)。
覚せい剤には強い依存性と乱用リスクがあります。これはニュースなどで多くの方がご存知でしょう。医薬品である精神刺激薬は適正に使う限りは覚せい剤ほどの危険はありませんが、似た作用を持つため、少なからずそのようなリスクはあるのです。
ベタナミンにも依存性があります。依存性があるという事は乱用してしまうリスクもあるという事で、服用は正しい知識を持って用法を守って続ける必要があります。
またベタナミンは肝臓に負担がかかりやすいお薬です。服用を続けていると肝機能障害が発症するリスクもあり、頻度は多くはないものの重篤な肝機能障害にて死亡例の報告もあります。
このようなリスクから、アメリカなどいくつかの国ではベタナミンは発売が中止となっています。安易に使うべきではないお薬だという事がここから分かります。
ベタナミンは、半減期(お薬の血中濃度が半分に下がるまでの時間)が約12時間と報告されており、薬効はまずまずの長さを持ちます。1日2回の服用で効果が得られ、1日2回が難しい場合は医師の判断で1日1回でも十分効果が得られる事もあります。
長く効くため、服用は昼までに終わらせる事が推奨されています。これは午後や夕方に服用してしまうと覚醒作用が夜にも続いてしまい、不眠の原因となるためです。
このような特徴を持つベタナミンは、現在では積極的に用いるべきお薬ではありません。もちろん、必要な症例に対して慎重に用いる事はありますが、使用は他の精神刺激薬が何らかの事情で使えない場合などに限られるべきでしょう。
またベタナミンには適応疾患として「軽症うつ病」「抑うつ神経症」が挙げられており、一見するとうつ病の治療にも使えそうなお薬に見えます。
しかし現在のうつ病治療においてベタナミンをに使う事はほとんどありません。その理由は前述の通り、安全性の低さにあります。現在は安全性に優れた抗うつ剤が多くなってきており、その中で敢えてベタナミンを選択する理由は乏しいからです。
2.ベタナミンの作用機序
ベタナミンはどのような作用機序を持つお薬なのでしょうか。
ナルコレプシーは脳のオレキシンという物質が欠乏する事が一因だと考えられています。オレキシンというのは脳を覚醒させる物質の1つです。
ちなみに睡眠薬に「オレキシン受容体拮抗薬」というものがあります。これはオレキシンのはたらきをブロックする事で眠らせるといった作用機序を持ちます。
オレキシンをブロックするお薬が睡眠薬として使われているという事からも、オレキシンが覚醒に関係している事が分かります。
オレキシンが欠乏してしまうと、日中の強い眠気に襲われるようになります。すると、仕事中や会話中などの「普通であれば寝る事のない状況」でもストンと眠ってしまうことがあります。これは「睡眠発作」と呼ばれ、転倒や交通事故による受傷などの危険がある症状です。
また、日中の過剰な眠気から夜間に熟眠障害(深い眠りが取れない)が生じる事もあり、これによって日中の眠気が更に悪化していきます。
このようなナルコレプシーの症状を改善するのがベタナミンです。ではベタナミンはどのようにナルコレプシーを改善させてくれるのでしょうか。
ベタナミンは、脳を覚醒させる物質の1つである「ドーパミン」を増やす作用があります。
ドーパミンは楽しみ・快楽に関与する物質ですが、脳を興奮させる事で覚醒レベルを上げるはたらきもあります。ベタナミンはドーパミン神経からドーパミンの分泌を促進し、またドーパミンが神経間で再取り込み(≒吸収)されるのをブロックするはたらきがあり、これによってドーパミンの濃度を高めます。
3.ベタナミンの適応疾患
ベタナミンはどのような疾患に用いられるのでしょうか。
添付文書にはベタナミンの適応疾患として、
・軽症うつ病、抑うつ神経症
・次の疾患に伴う睡眠発作、傾眠傾向、精神的弛緩の改善
ナルコレプシー、ナルコレプシーの近縁傾眠疾患
と記載されています。
ベタナミンは基本的にはナルコレプシーに使われます。またそれ以外の過眠症に用いられる事もあります。
ベタナミンはナルコレプシーに対して有効なお薬の1つですが、注意点として日中の眠気の改善以外の作用は乏しい事は知っておかないといけません。
ベタナミンは脳の覚醒レベルを上げるお薬ですので、服用する事で日中の眠気に対しては効果が期待できます。しかしナルコレプシーは日中の眠気以外にも様々な症状がある事が知られています。
例えば、
- 情動脱力発作(笑ったり泣いたり怒ったりすると力が抜けてしまう)
- 入眠時幻覚(寝入りばなに幻覚が生じる)
- 睡眠麻痺(金縛りが生じる)
- 熟眠障害(夜に深い眠りが取れない)
などもナルコレプシーに特徴的な症状です。
しかし、これらの症状に対しては残念ながらベタナミンは十分な効果は得られません(ベタナミンのみならず、他のナルコレプシー治療薬でも同様です)。
これらの症状はREM(レム)睡眠の異常によって生じると考えられています。そのためレム睡眠に作用するお薬が有効で、具体的には一部の抗うつ剤や睡眠薬などが用いられます。
またベタナミンは適応疾患として、軽症うつ病や抑うつ神経症が記載されていますが、現在のうつ病治療においてベタナミンを用いる事はほとんどありません。
その理由は前述の通り、安全性の低さにあります。現在は安全性に優れた抗うつ剤が多くなってきており、その中で敢えてベタナミンを選択する理由は乏しいからです。
確かにベタナミンは脳のドーパミンを増やす作用がありますのでうつ病に効果が期待できます。
うつ病は脳のモノアミンが少なくなっている事が一因だと考えられています。モノアミンとは感情に関係する神経伝達物質の事で、
- セロトニン(主に落ち込みや不安に関係)
- ノルアドレナリン(主に意欲や気力に関係)
- ドーパミン(主に楽しみや快楽に関係)
などがあります。
モノアミンのうちドーパミンを増やす事が期待できるベタナミンは、確かにドーパミン不足で生じているうつ病に効果は期待できます。
しかし依存性・乱用リスクや重篤な肝機能障害が生じる可能性を考えると、よほどの理由がないと用いるべきではなく、ベタナミンと比べてはるかに安全性の高い抗うつ剤をまずは用いるべきです。
4.ベタナミンの強さ
ベタナミンはどの程度の強さを持つお薬なのでしょうか。
ベタナミンはナルコレプシーなどの過眠症に使われるお薬になるため、脳を覚醒させる作用に対して強さという事で考えてみましょう。
精神刺激薬にはいくつか種類があり、ベタナミン以外にも、
- モディオダール(一般名:モダフィニル)
- コンサータ(一般名:メチルフェニデート)
などがあります。
モディオダールは効果は穏やかですが依存性などの副作用も少ないお薬で安全性に優れます。
コンサータは効果はしっかりとしていますが、依存性リスクがそれなりにあるお薬で、経験豊富な医師(コンサータ登録医師)しか処方できない決まりとなっています。
ベタナミンは覚醒作用の強さとしては、モディオダールとコンサータの間くらいになります。効果には個人差があるため、あくまで目安に過ぎませんが、中等度のしっかりとした覚醒作用があります。
強力な精神刺激薬は「覚せい剤」とほぼ同等です。覚せい剤は脳を過覚醒状態にしますが、それによって生じる危険(依存や乱用リスク)は大きな社会問題となっており、覚醒レベルを高める作用は強ければ強いほど良いというものでない事は明らかです。
覚醒作用の強いお薬、弱いお薬のどちらにも一長一短があります。主治医とよく相談し、自分に合ったお薬を選ぶようにしましょう。
5.ベタナミンが向いている人は?
ベタナミンはどのような方に向いているお薬でしょうか。
ベタナミンの特徴をおさらいすると、
- 覚醒作用は中等度の強さ
- 依存性のリスクは中等度
- 重篤な肝機能障害を引き起こす事がある
- 薬効はまずまず長い
といったものがありました。
ベタナミンはしっかりとした覚醒作用を持つお薬ですが、依存性や肝機能障害のリスクも考えると、あまり積極的に用いるお薬とは言えません。
モディオダールやコンサータなど別の精神刺激薬をまずは試すべきで、ベタナミンを使うのはこれらの精神刺激薬では効果不十分であったり、何らかの理由でこれらの精神刺激薬が使えない場合にのみ検討されるお薬だと言えるでしょう。
またうつ病に関しては「原則用いるべきではない」と言ってもいいくらいで、よほどの理由(極めて難治性のうつ病など)がなければ使うべきではありません。
服用する際も肝機能障害のリスクを考え、定期的に血液検査で肝機能をみていく必要があります。
6.ベタナミンの導入例
ベタナミンはどのように使っていくお薬なのでしょうか。
ここでは主にナルコレプシーをはじめとした過眠症にベタナミンを投与するケースを紹介します。
ベタナミンは、成人の方であれば1日20~200mgが適正用量になります。基本的には朝食後と昼食後の1日2回の服用になりますが、夜間にまで覚醒が持続してしまい睡眠に悪影響を来たすようであれば1日1回の朝食後のみの服用とする事もあります。
反対に夕方や寝る前などに服用する事は推奨されていません。夜間に覚醒作用が強く出てしまい、眠れなくなってしまうリスクがあるためです。
ベタナミンは基本的には少量からはじめて徐々に量を増やしていくようにします。
効果が出てくるのには数週間かかると言われており、即効性はありません。効果がなくても副作用がなければ少なくとも数週間は様子をみていく必要があります。
一方で副作用は服用初期から認められます。
副作用として多いものには、口渇(口の渇き)、不眠、胃腸障害、発汗、動悸などがあります。
これらはベタナミンが身体を覚醒状態にするために生じます。皆さんもすごく集中したり脳がいつもよりも覚醒している時というのは、このような症状が生じやすいという経験があると思います。ベタナミンでこれらの副作用が生じるのもそれと同じような機序です。
副作用は程度が軽ければ少しの期間様子をみてみるのも手です。身体がお薬に慣れるにつれて、副作用も軽減していくことがあるためです。副作用がつらければ、お薬の種類を変えるか、より少ない量から再開し少しずつお薬を慣らしていきます。
またベタナミンは肝機能障害を引き起こす事があり、稀に重篤化する事もありますので、服用中は定期的な血液検査が欠かせません。3カ月に一回ほどは血液検査を行い、肝機能が悪化していないかと確認しておく必要があるでしょう。