アスペルガー症候群は現在では「自閉症スペクトラム障害」に含まれる概念であり、「自閉症スペクトラム障害」と診断されることもあります。
その診断は自閉症スペクトラム障害に精通した精神科医のもとで行われるのが一般的ですが、小児の場合は小児科医が診断をすることもあります。
アスペルガー症候群は診断をする場合、他の疾患と比べてより慎重に行うことが必要となります。アスペルガー症候群は一般的な「病気」や「障害」とはやや異なる概念であるため、安易に診断だけを行われることは避けなければいけません。
一般的な病気であれば診断を受けるデメリットはほとんどありませんが、アスペルガー症候群の場合は診断をする事で「自分は普通じゃないんだ・・・」と本人のこころを傷付けてしまう可能性があります。また一般的な病気は「治療」を行うことで改善させることができますが、アスペルガー症候群は生まれつきの特性のようなものですから、特効薬などもありませんし現状の医学では根本を治すことはできません。
そのため、ただ診断をするだけで終わってしまうと、ただ本人を傷付けてしまっただけとなってしまう危険性があるのです。アスペルガー症候群の診断は、診断を受けることでどのようなメリットやデメリットがあるのかを考えた上で、本当に診断すべきなのか慎重に判断しないといけません。
「自分はアスペルガー症候群ではないか?」と感じた時、診断を受けた方が良いのはどんな時でしょうか。また診断を受けることでどのようなメリット、デメリットがあるのでしょうか。
目次
1.アスペルガー症候群の診断は必ず受ける必要はない
基本的に病気の診断というのは、診断をする事によってその人の生活や人生にメリットがある場合にのみ行われるものです。診断を受けるメリットが何もないのに診断だけするなどといったことはあってはなりません。
高血圧症の診断を行うのは、高血圧症だと診断することによって、血圧を適正化する治療を開始し、将来起こり得る脳梗塞や心筋梗塞などの血管系イベントを防ぐというメリットがあるからです。糖尿病だと診断するのは、そう診断することによって血糖を適正化する治療を開始し、将来起こりうる様々な合併症を予防できるというメリットがあるためです。
これらの疾患の診断は、それをすることによって、その人の健康がより長く得られるというメリットがあります。
これが例えば高血圧症に治療がなくて「あなたは高血圧症なので、将来脳梗塞になりやすいですよ。残念でしたね。」だけで終わる診断であったらどうでしょうか。「そんなの聞かなければよかった」と感じる人もいるでしょう。診断はあくまでも「このままだと脳梗塞になりやすいですが、〇〇や××で予防できますよ」といったメリットが提示されるからこそ行われるのです。
アスペルガー症候群も基本的には同じです。「アスペルガー症候群」と診断するのは、その人の人生や生活にメリットがある場合にのみ行うべきものになります。
アスペルガー症候群の診断となりえる人であっても、本人や周囲が特別困っておらず、自分なりの工夫で生活に適応できているのであれば、無理に受診して診断を受ける必要などありません。何にも困っていない人を無理矢理病院に連れてきて、「あなたはアスペルガー症候群です」と診断することはあってはならないのです。
反対に本人や周囲がアスペルガー症候群の症状で困っていて、診断を受けることで状況の改善が得られる可能性がある時は、診断を受ける必要性が出てきます。
2.アスペルガー症候群の診断を受ける2つのメリット
では、アスペルガー症候群の診断を受ける事による具体的なメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
アスペルガー症候群は診断を受けたからといって特効薬があるわけではありません。そのため「ただ診断を受ける」ことだけが目的になっているのであれば、診断を受ける意義は乏しくなります。
アスペルガー症候群の診断を受けることによって得られるメリットは次のようなものが挙げられます。
Ⅰ.自分の特性が分かる
精神科でアスペルガー症候群の診断を受けるメリットの1つは、自分の特性が分かることです。
自分がアスペルガー症候群だと分かる事で、アスペルガー症候群の傾向やよく陥りやすいトラブルを学び、そこから自分の人生を生きやすくするヒントが得られます。また場合によっては知能検査などを行い自分の得意・不得意分野をより詳しく理解することもできます。
「自分の症状にはこのような特徴があって、だから自分はこういった事が得意でこういった事が苦手なんだ」
このような事が具体的に分かると、それは今後の生きやすさにつながります。
自分の特性を知る、というのは診断を受けなくても知ることは出来ますが、診断を受けた方がより分かりやすくなります。
Ⅱ.適切なサポートを受けることができる
診断がつく事によって、様々なサポートを受けやすくなります。
例えば、職場での対人関係トラブルが多い方を考えてみましょう。アスペルガー症候群という診断がなければ「コミュニケーション能力が低い人」という不当な扱いをされしまい、コミュニケーションが円滑に行えない事を「本人の努力不足」と判断されてしまうことがあります。ひどい場合には。、叱られたり減給されたりといった不利益をこうむってしまう事だってあるでしょう。
しかしここで「医師からアスペルガー症候群という診断を受けている」となれば、「それは本人の努力不足ではない」という事が明確化されます。主治医や産業医のサポートのもと、職場の配置転換であったり業務内容変更などの対応をしてもらえる可能性も高まります。
また、症状によっては障害者福祉系のサービスを受ける事も可能になります。
例えば一般的な仕事を続けることがなかなか難しい場合、診断書をもとに障害者雇用を利用することが可能となる事もありますし、障害者手帳・障害年金などを受給して国からサポートを受けながら生活することも可能となります(このようなサービスの対象になるかどうかは症状の程度によります)。
診断をすることで、様々なサポート・サービスを受けやすくなるというのは、大きなメリットになります。
3.アスペルガー症候群の診断を受けるデメリット
本来、診断を受けることでデメリットなどあってはならないのですが、現実的にはデメリットが生じてしまう事はあり得ます。
具体的にどのようなデメリットが起こり得るのか、考えてみましょう。
Ⅰ.自己評価の低下になってしまう事も
単に「あなたはアスペルガー症候群です」と表面的な診断を受けて終わってしまうと、「自分は人より劣っているんだ・・・」「自分はダメな人間なんだ」という誤解から自己評価が低下してしまう事があります。
アスペルガー症候群は障害というより、「特性」とも言うべきものです。確かにコミュニケーション能力など、普通の方と比べて苦手とする事はあるのですが、反対に高い集中力や記憶力を発揮したりと、普通の人にはない良い特徴だってあります。
なので、「アスペルガー症候群」=「ダメな人」といった誤解をするのではなく、自分の特性をしっかりと見極めてそれを上手に生かして頂きたいのですが、そうはいっても現実的には診断をした事によって「自分は普通じゃないんだ・・・」という自己評価の低下につながってしまう方は少なくありません。
Ⅱ.周囲からの偏見でイヤな思いをする事も
アスペルガー症候群は、100人中に2,3人は存在すると言われています。アスペルガー症候群の傾向を持つ人となれば、100人中10人はいるでしょう。
このようにアスペルガー症候群は決して稀な病気ではありません。しかしアスペルガー症候群はいまだ世間に十分に理解されていないのが現状です。
「気配りが出来ない」
「人付き合いが悪い」
「ノリが悪い」
など、症状であるから仕方がないことなのに、それを本人の努力不足だという偏見を持たれてしまい、当人がイヤな思いをしてしまう事もあります。
昔と比べるとアスペルガー症候群に対する世間の理解は改善している感覚はありますが、まだまだ十分ではありません。私たち医療者は、患者さんがイヤな思いをすることのないように、これからも正しい知識の普及に努めていかないといけません。
4.アスペルガー症候群の診断は受けた方がいいのか?
ここまでアスペルガー症候群の診断を受けるメリットとデメリットをお話してきましたが、結局アスペルガー症候群の診断は受けた方がいいのでしょうか。
これは、「その人による」というのが答えになります。
上記のメリットとデメリットを考えてみて、「自分がもしアスペルガー症候群だとしたら診断を受けるメリットとデメリットはどちらが大きいだろうか」と考え、個々人で判断するしかありません。
少なくとも本人も周囲も大して困っていないのであれば、仮にアスペルガー症候群であったとしてもその診断を受ける必要などありません。
上記のメリットとデメリットをみて、メリットの方が大きそうだと判断したら、受診してアスペルガー症候群の診断を満たすのかを確認してもらってもよいでしょう。
アスペルガー症候群は、診断を受けたからといって特効薬があるわけではありません。診断されても、そこから何もしなければ何も変わりませんので無意味になります。ただし診断を受けたことで自分の特性を見直せば、これから生きやすくするヒントを得る事が出来るし、場合によっては必要なサポート・サービスを受ける事も可能となります。
最近は、「発達障害」「アスペルガー」という用語が徐々に広まってきたことで、
「自分もアスペルガーだと思う」
「発達障害かどうか診て欲しい」
という希望で精神的を受診される方が以前と比べて非常に多くなってきました。
しかし「診断」だけしても大して意味はないという事は知って頂きたいと私たちは思っています。むしろ安易にただ診断だけしてしまうとデメリットしかないこともあるのです。
いくら努力しても仕事がうまくいかず、もし自分がアスペルガー症候群なのだとしたら診断を受けて障害者雇用などからやってみたい、など明確な理由があるのであれば精神科を受診して相談してもよいでしょう。
努力しても努力してもコミュニケーション能力が上がらず、とても苦しい。アスペルガー症候群なのだとしたら診断を受けて、どのようにしたら生活が楽になるのかを話し合っていきたい、ということであれば診断を受けるメリットはあるでしょう。
反対に「何となくアスペルガー症候群の症状が自分に当てはまっている気がするなぁ」という理由だけで診断を受けてしまうのは危険かもしれません。
臨床をしていて感じる一番まずいケースは、本人が診断を希望していないのに家族などの周囲が「あなたはアスペルガーだから!」といって無理矢理精神科を受診させるケースです。
これは仮にアスペルガー症候群の診断がついても、本人が希望していない診断を無理矢理つけただけであるため、何の解決にもなりません。
本人は家族や医師に「無理矢理診断させられた」と怒りを覚えるでしょうし、家族も「あなたはアスペルガーなんだから」とまるで悪いレッテルのように本人をみてしまい、これは家族関係がより悪化してしまう原因にもなります。
自分がアスペルガー症候群かどうかを知りたいという方は、それを知ることで自分は何を期待しているのか、というところまで考えて受診してみてください。