アスペルガー症候群とは、自閉症スペクトラム障害(発達障害)に属する概念の一つです。
アスペルガー症候群は、知能低下は伴わないけども、コミュニケーションやこだわりにかたよりを認めます。知能が正常であるがために、一見何の問題もなく見えてしまうのですが、対人関係をうまく構築できないことも多く、本人は非常に苦しい思いをしています。
アスペルガー症候群は先天性(生まれつき)に生じるものですが、その原因というのは分かっているのでしょうか。
今日はアスペルガー症候群の原因についてお話します。
1.明らかな原因は特定されていない
アスペルガー症候群を含め、自閉症スペクトラム障害の原因というものは明確には特定されていません。
そもそも自閉症スペクトラム障害は、名称に「スペクトラム(連続体)」という用語が入っていることからも分かるように、その状態像は1つではなく、様々な程度の方がいらっしゃいます。
知能低下(精神遅滞)を伴うものもあれば、伴わないものもあります。また、社会的な障害の程度をみても、おおむね社会生活を行える方もいれば、まったく行えずトラブルばかりという方もいます。
様々な症状、重症度を持つ方をまとめて、「自閉症スペクトラム」として扱っているため、その原因も1つではなく、多くの要因があって、それらが複雑に関連しているのだと考えるのが自然です。
実際、自閉症スペクトラム障害に関係している遺伝子やバイオマーカー、脳内物質などはいくつも指摘されていますが、どれも全ての患者さんに当てはまるものではなく、「一部の自閉症スペクトラムの方にしか当てはまらない」というものばかりです。
2.脳に微細な異常がある可能性は高い
「これがあるとアスペルガー症候群が発症します」という、明らかな原因というものは明らかにされていませんが、大きな概念として見れば、「脳に微細な障害があり、それで発症するのではないか」という事はほぼ間違いがないと考えられています。
つまり、アスペルガー症候群の方が対人関係の障害を来たすのは、本人の努力不足の問題ではないという事です。先天的(生まれつき)に脳にその原因があり、本人に非は全くありません。
自閉症スペクトラム障害の方は、脳波異常が検出されやすい事がよく知られています。正常の方と比べると、脳波に異常波形が出やすいという事は、正常の方の脳と何らかの違いがあるという事が推測されます。
また自閉症スペクトラム障害の方は、社会的行動に関係すると言われる脳の部位の体積が健常の人と比べて少なくなっているという報告もあります。
3.自閉症スペクトラム障害で報告されている原因
アスペルガー症候群をはじめとした自閉症スペクトラム障害の原因として、様々な報告があります。
全てを紹介することはできませんが、代表的な原因と思われている仮説について紹介します。
なお、これらはあくまでも仮説に過ぎず、アスペルガー症候群の原因として明確に特定されているものではありません。
Ⅰ.脳領域間機能的連結低下仮説
とても難しい名称の仮説ですね。
これは健常の方と比べて、脳のネットワークの連結機能が低下している事が自閉症スペクトラム障害の原因になっているのではないか、という仮説です。
具体的には側頭頭頂葉と前頭葉の間のネットワークが機能低下しているのではないかという事が報告されています。
もちろんこれは仮説に過ぎず、実際に自閉症スペクトラム障害の方の脳を見たわけではありません。
研究において、このようなネットワーク異常が報告されてはいますが、それが具体的にどのような障害として現れているのかはまだ十分には解明されていませんが、脳のある部位とある部位のネットワーク不良があるため、脳相互間の連携不良が生じて自閉症スペクトラム障害に特有の様々な症状を引き起こしている可能性があります。
Ⅱ.社会的活動に関係する脳部位の機能異常
人の脳はかなり複雑なはたらきがあり、その全てが解明されているわけではありません。
しかしそのおおよそのはたらきが分かっていている脳部位もあります。その中で、社会的な活動に関係する脳部位もあり、自閉症スペクトラム障害ではここに何らかの異常が生じているのではないかとも考えられています。
まず、扁桃体が挙げられます。扁桃体は、うつ病や不安障害の原因部位とも考えられており、感情をつかさどる重要な部位でもあるのですが、それ以外に相手の表情を検出するはたらきもあると考えられています。これが障害されてしまうと、相手の表情をうまく検出できなくなり、相手の表情から感情を読み取ったり、相手の表情に合わせて適切な行動を取るという事が出来なくなることが推測されます。
また、紡錘状回(ぼうすいじょうかい.FFG:FusiForm Gyrus)は相手の顔の認知をする部位ですが、ここの異常も指摘されています。ここが障害されると、「相手の顔がなかなか覚えられない」という症状が出現する他、コミュニケーションにも障害が出ることが推測されます。
上側頭溝(STG:Superior Temporal Gyrus)は相手の目や口といった部位の「動き」の検出と認知に関わっているとされていますが、この部位の障害が生じている例もあります。自閉症スペクトラム障害は「アイコンタクトが苦手」「視線が合わない」ということがありますが、これはこの部位の異常が関わっている可能性があります。
前頭葉の異常の報告もあります。前頭葉にはミラーニューロンと呼ばれる神経が存在ます。ミラーニューロンは他者が行動するのを見たとき、自分も同じことをしているような反応をする神経であり「共感」などに関わっています。
このように自閉症スペクトラム障害では、脳の様々な部位の障害が指摘されています。ここで紹介した部位全てが障害されているのではなく、同じ自閉症スペクトラム障害の方でも、障害されている部位は個々で異なる可能性があります。
Ⅲ.小脳の異常
小脳は、協調運動や平衡感覚などをつかさどる部位です。小脳梗塞などで小脳が障害されると、めまいやふらつきなどでバランスを保てなくなることが知られています。また、近年では感情や認知にも関わっているのではないかと報告されています。
アスペルガー症候群をはじめとした自閉症スペクトラム障害では、小脳の異常も報告されています。アスペルガー症候群の方は不器用だったりバランス感覚が悪かったりすることが多いのですが、これは小脳の異常が関係しているのかもしれません。
Ⅳ.脳内物質の異常
自閉症スペクトラム障害では、脳内物質の異常が指摘されています。具体的にはセロトニンやグルタミン、オキシトシンなどの異常が指摘されています。
セロトニンは主に気分に関係する神経伝達物質で、うつ病や不安障害の発症にも関わっていると考えられています。自閉症スペクトラム障害の方において、セロトニンやその前駆物質であるトリプトファンが血中で上昇しているという報告があります。また、セロトニン受容体の活性が低下しているという報告もあります。しかしこれらがどのように自閉症スペクトラム障害の発症にかかわっているのかの解明は十分ではありません。
グルタミン酸は興奮性の神経伝達物質であり、うつ病や統合失調症にも関係すると考えられています。自閉症スペクトラム障害の方の血中グルタミン酸が上昇していることが報告されています。グルタミン酸のはたらきをブロックすることにより自閉症スペクトラム障害の症状が改善したとする報告もありますが、これもまたグルタミン酸がどのように自閉症スペクトラム障害の発症に関わっているのかは十分に解明はされていません。
オキシトシンは社会的な行動に関連していると考えられている物質であり、自閉症スペクトラム障害に関連があるのではないかと研究が進められています。自閉症スペクトラム障害の方では血中オキシトシン濃度が低下しているという報告があり、オキシトシンの投与が自閉症スペクトラム障害を改善させるのではないかと期待されています。