精神(こころ)に作用するお薬を「向精神薬」と呼びます。向精神薬は主にこころの病気を治療するために用いられますが、向精神薬で生じうる副作用の1つに「抗コリン作用」があります。
「抗コリン作用」といってもどのような作用なのかイメージが沸きずらいかもしれません。抗コリン作用は口喝(口の渇き)や便秘、動悸などを引き起こし、患者さんの生活の質を大きく低下させます。
せっかくお薬で精神状態が改善したとしても、抗コリン作用で苦しむようであれば良い治療とは言えません。そのため、抗コリン作用をはじめとした副作用をなるべく起こさないように意識して治療を行っていく必要があります。
抗コリン作用とはどのような機序で生じる副作用で、具体的にどのような症状が生じるのでしょうか。また対処法としてはどのようなものがあるのでしょうか。
ここでは抗コリン作用について詳しく説明していきたいと思います。
1.抗コリン作用とは
抗コリン作用というのはどのような副作用なのでしょうか。
抗コリン作用の「コリン」とは正確には「アセチルコリン」の事になります。つまり抗コリン作用とは「アセチルコリンに拮抗する作用」という意味で、アセチルコリンのはたらきをジャマする作用が抗コリン作用になります。
ではアセチルコリンって一体どんな物質なのでしょうか。
アセチルコリンというのは神経伝達物質の1つです。神経伝達物質というのは神経から神経に情報を伝えるはたらきをもつ物質の事で、アセチルコリンは主に副交感神経の神経伝達物質として知られています。
副交感神経は私たちの身体をリラックスさせる方向に向かわせる神経の1つで、ゆったりくつろいでいる時や休んでいる時、眠っている時などに活性化します。
副交感神経が活性化すると、身体全体がリラックスモードに向かいます。
具体的には、
- 瞳孔が縮瞳する(眼を見開いて敵の動きを注視する必要がないため)
- 呼吸がゆっくりになる(激しい運動で酸素を消費する必要がないため)
- 心拍数がゆっくりになる(血液中の酸素を全身にたくさん送る必要がないため)
- 血圧が下がる(血液中の酸素を全身にたくさん送る必要がないため)
- 唾液が出る(敵と戦っている状態ではないので、栄養補給をしやすくするため)
- 胃腸が活発に動く(敵と戦っている状態ではないので、栄養補給をしやすくするため)
- 尿道がゆるむ(敵と戦っている状態ではないので、排尿しやすくするため)
などといった変化が生じます。
副交感神経は自律神経の1つです。自律神経は「自律して」活動する神経の事で、私たちの意識とは無関係に活動します。私たちは普段「心拍数を下げよう」「胃腸を動かそう」などと意識しなくても、心臓や胃腸は勝手に適切に活動してくれます。これは自律神経が今の状況を自動的に感知して最適な活動を生じさせてくれているのです。
ちなみに自律神経には副交感神経の他に「交感神経」もあります。交感神経は副交感神経と全く逆のはたらきをする神経で、緊張や興奮状態を作り出す神経になります。
私たちの身体は交感神経と副交感神経が適切にバランスを取る事で、身体が状況に応じて適切な状態になるように出来ているのです。
副交感神経がはたらくためにはアセチルコリンが神経間でしっかりと情報を伝達する必要があります。より具体的に見ていくと、情報を伝える側の神経の末端からアセチルコリンが分泌され、それが情報を受け取る側の神経の表面にある「アセチルコリン受容体」にくっつく事で情報が伝達されるのです。
ところが、お薬の中にはアセチルコリン受容体にフタをしてしまい、アセチルコリンがアセチルコリン受容体にくっつけないようにしてしまう作用をもつものがあります。こうなってしまうとアセチルコリンがはたらけなくなってしまいます。
アセチルコリンがはたらけなくなれば副交感神経が活性化されないわけですから、
- 瞳孔が開いて視界がぼやけてしまう(霧視)、眼圧が上がる
- 呼吸が速くなる
- 動悸や不整脈が生じる
- 血圧が上がる
- 唾液量が少なくなり口が渇く(口渇)
- 胃腸の動きが悪くなり胃部不快感、吐き気や便秘が生じる
- 尿が出にくくなる(排尿困難、尿閉)
などが生じやすくなります。
これが抗コリン作用です。
抗コリン作用とは、アセチルコリン受容体にフタをしてしまう作用を持つようなお薬を服用する事で副交感神経が適切にはたらけなくなって生じる身体の症状の事なのです。
2.抗コリン作用を持つお薬は?
抗コリン作用は、副交感神経のアセチルコリンのはたらきをブロックする作用だとお話しました。
ではこのような作用を持つお薬にはどのようなものがあるのでしょうか。
抗コリン作用を持つお薬はたくさんあるのですが、このサイトはメンタルヘルス系のサイトですので、向精神薬(精神に作用するお薬)を中心に紹介させていただきます。
Ⅰ.抗うつ剤
抗うつ剤とは神経伝達物質の1つである「モノアミン」を増やす作用を持つお薬の事です。
モノアミンとは、
- セロトニン
- ドーパミン
- ノルアドレナリン
などの事で、これらは主に感情に関係する物質だと考えられています。これらの物質を増やす事で感情を安定させるのが抗うつ剤です。
しかし抗うつ剤は、モノアミン以外の物質も増減させてしまう事があり、この余計な作用は「副作用」として表れてしまいます。その1つに抗コリン作用があります。
抗コリン作用は抗うつ剤の中でも古いものに多く認められ、特にもっとも古い抗うつ剤である「三環系抗うつ剤」で生じやすい傾向があります。
【三環系抗うつ剤】
1950年ごろから使われている古い抗うつ剤。抗うつ作用は強いが副作用も多いため、現在ではあまり用いられない。
トフラニール、アナフラニール、トリプタノール、アモキサン、ノリトレンなどがある。
反対に新規抗うつ剤と呼ばれる比較的新しい抗うつ剤では頻度は少なくなっています。
新規抗うつ剤の中でSSRI、SNRIは抗コリン作用の頻度は少なくなってはいますが絶対に生じないわけではなく、一定の注意は必要になります。
【SSRI】
選択的セロトニン再取込み阻害薬。特にセロトニンを増やす作用に優れる。
ルボックス・デプロメール、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロなどがある。
【SNRI】
セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬。特にセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用に優れる。
トレドミン、サインバルタ、イフェクサーなどがある。
一方で同じく新規抗うつ剤の1つであるNaSSAは抗コリン作用がほとんど生じない事が知られています。
【NaSSA】
ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬。特にセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用に優れる。
リフレックス・レメロンなどがある。
Ⅱ.抗精神病薬
抗精神病薬は、脳のドーパミンのはたらきをブロックする事によって、幻覚・妄想といった精神病症状や興奮を抑えるお薬です。主に統合失調症や双極性障害の治療薬として用いられています。
抗精神病薬も基本的にはドーパミンのブロックが主な作用なのですが、これ以外の物質を増減させてしまう事があり、この余計な作用は「副作用」として表れてしまいます。その1つに抗コリン作用があります。
抗精神病薬には、古い第一世代抗精神病薬と比較的新しい第2世代抗精神病薬があります。このうち、抗コリン作用が生じやすいのは古い第一世代抗精神病薬の方になります。
また第一世代も第二世代もどちらも「ドーパミンのみを集中的にブロックするお薬」と「ドーパミン以外にも様々な物質をブロックするお薬」がありますが、後者の方が様々な効果が得られる反面で、抗コリン作用などの副作用の頻度も多くなります。
具体的にいうと、まず第一世代には、
- フェノチアジン系(ドーパミン以外にも様々な物質をブロックする)
- ブチロフェノン系(ドーパミンを集中的にブロックする)
があります。
また第二世代には、
- SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)(ドーパミンを集中的にブロックする)
- MARTA(多受容体作用抗精神病薬)(ドーパミン以外にも様々な物質をブロックする)
- DSS(ドーパミンシステムスタビライザー)(ドーパミン量を調整する)
があります。
この中で抗コリン作用の生じやすさを見てみると、もっとも生じやすいものから挙げると
1.フェノチアジン系
2.MARTA
3.ブチロフェノン系
4.SDA
5.DSS
の順となります。
Ⅲ.抗不安薬(精神安定剤)、睡眠薬
抗不安薬、睡眠薬のうち「ベンゾジアゼピン系」に属するものには多少の抗コリン作用が報告されています。
臨床でこれらのお薬を使っている実感として、これらのお薬で生じる抗コリン作用は強くはありません。しかしこれらのお薬は抗コリン作用によって眼圧上昇を引き起こす危険性が指摘されており、「緑内障」の方への投与は禁忌(絶対に投与してはダメ)となっています。
Ⅳ.その他のお薬
上記で紹介したお薬以外にも、抗コリン作用を持つお薬はあります。しかしそのすべてを紹介する事は難しいため、代表的なものをいくつか紹介します。
例えば、幅広い科でよく処方されるお薬のうち、抗コリン作用をきたしやすいお薬には、
- 抗ヒスタミン薬
が挙げられます。
抗ヒスタミン薬はアレルギー症状を引き起こす原因物質の1つであるヒスタミンをブロックする事でアレルギー症状を和らげるお薬で、蕁麻疹や花粉症などといったアレルギー性疾患に用いられています。
ヒスタミンとアセチルコリンは構造的に似ているようで、ヒスタミンをブロックするために作られた抗ヒスタミン薬は多少アセチルコリンもブロックしてしまうのです。
またそれ以外にも「治療薬」として抗コリン作用を持っているお薬もあります。これらは「副作用」ではなく「効果」として抗コリン作用を持っているため、「抗コリン薬」と呼ばれます。
例えば、
- パーキンソン治療薬
- 胃腸薬
- 過活動膀胱治療薬
などに抗コリン薬があります。
パーキンソン病とは脳のドーパミンが少なくなってしまう疾患ですが、抗コリン薬によってアセチルコリンのはたらきをブロックすると相対的にドーパミンのはたらきが強まるため、症状の改善が得られます。このような作用を狙って、パーキンソン病の治療に抗コリン薬が用いられる事があります。
また抗コリン作用は胃腸の動きを低下させる作用がありますので、胃腸の動きが活発になりすぎて腹痛や下痢が生じている場合は抗コリン薬を服用する事で胃腸の動きを落ち着かせる事が出来ます。
また過活動膀胱で頻尿となってしまっている方に抗コリン薬を投与すると、尿は出にくくなる方向にはたらくため、排尿回数が減って頻尿が改善するという効果が期待できます。
このように抗コリン作用というのは一概に悪者ではなく、疾患によっては治療薬としても用いられているのです。
3.抗コリン作用の各症状の対処法
向精神薬の投与によって抗コリン作用が出てしまったら、どのように対処していけばいいのでしょうか。
まず原因となっているお薬の中止・変更を一番に考える必要があります。
原因となっているお薬をやめれば抗コリン作用もなくなります。抗コリン作用は不可逆性の副作用ではないため、原因薬が中止されれば速やかに改善していきます。
原因薬を中止する事が困難である場合は、似た作用を持つお薬の中で抗コリン作用が少ないものに変更する事も考えましょう。
例えばうつ病で治療中の方がSSRIを服用していて抗コリン作用が強く出て困っていたとします。SSRIを中止するのが一番なのは分かっていますが、このお薬でうつ症状は改善してきているため簡単には中止できないというケースもあります。
そのような時は、例えばNaSSAのような抗コリン作用の少ない抗うつ剤に変更する事でうまく行く事もあります。
では原因薬の中止・変更のいずれも困難である場合はどのような対処法があるのでしょうか。
症状に応じた対処法を紹介します。
Ⅰ.口渇(口の渇き)
口の渇きは口の中を潤してくれる唾液(だえき)の分泌量が減る事によって生じます。
口渇は地味な副作用ではありますが、その辛さは決して低くはありません。口渇が生じると患者さんは不快な毎日を送る事になります。
口渇が生じた場合にまず行いたい対処法としては、唾液が分泌される部位である唾液腺の刺激(唾液腺マッサージ)や水分摂取などになります。
それでも効果が得られない場合は、口渇を緩和するお薬を検討する事もあります。とは言っても口渇を治すお薬というのはあまりありません。漢方薬(白虎加人参湯など)が用いられる事もあります。
またサリベートという人工唾液のスプレーもあり、これを利用する事も有効ですが、サリベートは抗コリン作用に保険適応がないため、適応外処方となります。
Ⅱ.便秘
便秘も生活の質が大きく障害される副作用の1つです。
便秘が生じた場合、まずは生活習慣で改善できるところがないかを見直してみましょう。便秘は胃腸の動きが低下する事で生じますので、胃腸の動きが活発になる生活習慣を取り入れる事が出来れば、便秘の程度も和らぐはずです。
例えば食生活が不規則になったり、食事のバランスが偏ったりはしていないでしょうか。水分摂取は足りているでしょうか。また毎日適度に身体を動かす事が出来ているでしょうか。
たんぱく質が多すぎたり、食物繊維が少なすぎたりといった偏った栄養摂取は便秘を引き起こします。また水分が少ないと便が固くなり排泄されにくくなります。また身体を動かさないと胃腸の動きも低下します。
まずはこのような生活習慣の改善を試みるべきですが、それでも効果が得られない場合はお薬を検討する事もあります。
便秘に対するお薬(下剤)は多くの種類がありますので、主治医と相談して自分に合った下剤を選択するようにしましょう。
Ⅲ.排尿困難・尿閉
抗コリン作用によって排尿困難や尿閉が生じてしまった場合は、これは生活の工夫で改善するのは難しいため、原則は原因薬の中止・変更になります。
やむを得ず中止・変更できない場合は、アセチルコリンのはたらきを強める事で抗コリン作用を打ち消すようなお薬が検討されます。しかしこれは「お薬の副作用をお薬で解決する」という方法であるため、あまり推奨される方法ではありません。