拒食症は主に若い女性に発症し、特に胃腸などの身体が悪いわけではないのに、精神的な理由によって必要な食事をとれなくなってしまう疾患です。
正式には「神経性無食欲症」「神経性食欲不振症」などと呼ばれます。
拒食症を発症すると身体にとって必要な栄養が摂取できなくなるため、心身に様々な悪影響が生じます。最悪の場合は低栄養によって命を落とすこともある怖い疾患です。
拒食症をはじめとする「摂食障害」は、表面的な「食行動の異常」だけに目を向けるのではなく、その背景にある原因を把握することが大切です。その根本の原因を少しずつ解決していくことによって拒食症は緩やかに改善していきます。
では拒食症の原因にはどのようなものがあるのでしょうか。
拒食症を発症してしまう代表的な原因についてお話しさせて頂きます。
1.拒食症とは
拒食症とは、
精神的な原因により食事量が異常に減少する疾患
です。
拒食症は正式な名称としては、「神経性無食欲症」「神経性食欲不振症」と呼ばれます。「摂食障害」に分類される疾患で、摂食障害の中には拒食症の他にも過食症(神経性大食症)があります。
拒食症は先進国に多い疾患です。これは先進国に共通する「若い女性は痩せている方が美しい」といった風潮が一因となっていると考えられています。また男性よりも圧倒的に女性に多い疾患で男女比は1:10~20と報告されています。
好発年齢としては10~30代の若い方に多い疾患で、特に10代の中学生・高校生の女の子に発症するケースが多く見られます。
拒食症は、ただ単に食事量が少なくなっているだけではありません。食事量が異常に減少し、それによって心身に深刻な弊害が出ているのが拒食症です。
食事から必要なエネルギーが摂取できていないため、
- 無気力
- 集中力低下
- 抑うつ
- 不安の増悪
- イライラ
などの精神症状が出現し、患者さんの生活に支障を与えます。
また、
- 低体温
- 無月経
- 徐脈、不整脈
- 電解質異常(カリウム低下など)
- 骨粗しょう症
などの身体症状も出現します。
拒食症の恐ろしいところは、その死亡率の高さです。死亡率は6~7%とも言われており、これは極めて高い値です。主に低栄養やそれによる感染によって命を落としてしまうことがあります。
拒食症は将来ある若い方の命を奪ってしまう可能性もある恐ろしい疾患なのです。「ただのわがまま」「ダイエットに夢中になっているだけ」などと軽く考えている方もいますが、そのようなものではありません。決して軽視して良い疾患ではないのです。
2.拒食症の原因
拒食症は、どのような原因で発症してしまうのでしょうか。
拒食症は身体に何らかの異常があって食べ物を食べれないわけではなく、その原因は「精神(こころ)」にあります。
一般的にみれば食事を摂取した方がいいような状況であっても、「食べ物を食べるべきではない」と誤った認識になってしまっているというのが拒食症の本質です。
では、なぜこのような誤った認識になってしまうのでしょうか。
その原因は1つではなく、複数の原因が重なった結果として発症すると考えられています。原因は患者さんによって異なりますが、代表的なものを紹介させていただきます。
Ⅰ.環境
拒食症の発症原因として、環境の影響は大きいと考えられます。
これは「痩せた方が良い」「痩せるべきだ」という風潮がある環境に身を置いていると、拒食症を発症しやすくなるという事です。
例えば拒食症の患者さんの多くは、先進国の若い女性(10代~30代)である事が知られていますが、これは先進国では「若い女性は痩せていた方が良い」という社会的な観念があることが一因です。テレビや雑誌で活躍している女性は、スリムで痩せている女性がほとんどです。また「ダイエット」や「痩せる」という類の広告は至るところで流されており、「若い女性は痩せることが正しい」と理解せざるをえないような環境です。
もちろん、痩せることのすべてが悪いわけではありませんが、このような環境というのは拒食症を発症しやすい一因であるのは事実です。
また職業的にも「痩せた方が良い」仕事に付いている方は拒食症の発症率が高いことも知られています。
具体的には、
- ダンサー
- 女優、モデル
- スケート選手
- マラソン選手
- 体操選手
などの職業の方は拒食症が発症しやすいと言われています。これらの職業は、仕事としてある程度痩せていることが必要になり、痩せることが仕事のパフォーマンスにも影響します。このような職種の方が拒食症を発症しやすいのも「痩せていた方が良い」という風潮を持つ環境に身をおいていることが一因です。
ちなみに間違えてはいけないのは、このような職業自体がリスクなのではなく、このような職業における体型・体重への考え方がリスクになるのだという事です。実際、国によってはこのような職業の方でも拒食症の発症リスクが高くない国もあります。これは恐らく、このような職業についていても国によって体型・体重への考え方が異なるためでしょう。
「痩せていた方が良い」という環境に身を置いただけで拒食症になるわけではありません。実際、日本人の若い女性のほとんどは、「痩せたい」と考えていますが、そのような女性が全員拒食症になるわけではありません。
「痩せていた方が良い」という環境に身を置くことは、発症の一因に過ぎません。それに加えて他の原因も合わさると、「痩せていた方が良い」から「痩せなければいけない」「痩せていない自分には価値がない」といった極端な認識になってしまい、拒食症を発症してしまうのです。
Ⅱ.ダイエット
拒食症が発症するきっかけとして最も多いのが「ダイエット」です。
中学生頃にダイエットをはじめ、そこから徐々に歯止めがきかなくなっていき、拒食症になってしまったというケースは多く認めます。
ダイエットを始めるのはそもそもが「痩せた方が良い」という考えがあって始められます。それに加えて、実際に痩せるための行動を始めているため、ダイエットは拒食症発症のリスクとなります。
ダイエットのすべてが悪いというわけではありませんし、ダイエットをしたら全員拒食症になるわけでもありません。適度なダイエットは健康を促進する可能性もあります。ほとんどの女性は一度はダイエットを試みたことがあると思いますが、その中で拒食症を発症するのは一部の方だけです。
ダイエットの成功によって達成感や満足感が得られると、より高い達成感・満足感を得るために過剰にダイエットをしてしまうことがあります。特にもともとこだわりが強い方や自己評価が低い方などでは、この「努力して体重を減らせた」という自己達成感を得るために過剰なダイエットをし、これが拒食症発症のきっかけとなってしまうことがあります。
Ⅲ.遺伝
実は拒食症をはじめとした摂食障害には遺伝も関係しています。
その根拠として、摂食障害の方の家族には、同様に摂食障害の方がいらっしゃる率が高いことが挙げられます。ある家系において高い確率で発症するということは遺伝性があるという事です。
これだけでは「家族は同じ環境で過ごしているから発症するのではないか」という環境要因の可能性も否定できませんが、更に摂食障害では双生児研究において遺伝性があることが確認されています。
双生児研究とは、双生児(双子)で疾患を発症している方の発症率を見ることで遺伝性を評価する研究方法です。
双子というのは、一卵性と二卵性があります。一卵性というのは双子間の遺伝子はほぼ100%同じです。対して二卵性というのは双子間の遺伝子は50%程度しか共通していません。
ある疾患の遺伝性を調べたいとき、その疾患の遺伝性が強ければ、一卵性では片方が発症すればもう片方も発症するはずです。対して二卵性では片方が発症してももう片方は発症しないこともあり得ます。つまり双子の両方が疾患を発症するという一致率は一卵性が二卵性と比べて高くなるはずです。
対して、その疾患に遺伝性がなければ、双子の両方が疾患を発症する一致率は、一卵性と二卵性で変わらないはずです。
双生児研究では、このように一卵性と二卵性の一致率の差から、遺伝性を評価することが出来るのです。
そして摂食障害における双生児研究では、同じ遺伝子を持っている一卵性双生児において有意に摂食障害の一致率が高いという報告があり、ここから摂食障害には遺伝も関係していると考えられます。摂食障害の原因における遺伝の割合は50~80%程度と言われています。
具体的な原因遺伝子はまだ特定されていませんが、研究が進められています。セロトニンやBDNF(脳由来神経栄養因子)に関連する遺伝子が原因になっているのではないかとも言われています。
Ⅳ.性格傾向
拒食症の発症には性格傾向も影響しています。
拒食症の発症リスクとして、一番重要なのが「自尊心の低さ」です。
これは、
- 自分に自信がない
- 自分に価値があると思っていない
といった性格傾向のことで、主に幼少期に機能不全家族で育ったアダルトチルドレンの方や、虐待を受けた方、親から十分な愛情を受けることが出来なかった方に多い性格傾向になります。
自分に自信がないため、「せめて見た目だけでも恥ずかしくないようにしなくては」と考え、一生懸命ダイエットをします。それによって体重減少という結果が出ると、自分で頑張って結果を出せた喜びから過剰にダイエットにのめりこんでしまいやすいのです。
また、
- こだわりが強い
- 完璧主義
といった方も拒食症に発展しやすいと考えられています。
ダイエット時に過剰に体重にこだわりすぎてしまい、「もっと痩せなくては」という悪循環に陥ってしまいやすいのです
Ⅴ.ストレス
ストレスも拒食症の原因になります。
ストレスの中でも特に容姿に関するストレスが発症の原因になりやすく、具体的には、「太っているとからかわれた」「太っていると言われ、恋人から振られてしまった」というストレスからダイエットにのめりこんでしまうこともあります。この場合、ダイエットに成功して周囲から賞賛されるとさらに拒食がエスカレートしてしまうこともあります。
またダイエットというのは、自分の努力だけで完結します。自分が頑張れば頑張っただけ体重は落ち、周囲の協力は必ずしも必要ではありません。
そのため、何か自分の力だけではどうにもならないようなストレスがあった時、そのストレス解消として「拒食」が出現することもあります。拒食によって目標体重を達成するという達成感・満足感がストレス解消の役割を果たしてしまうのです。
3.拒食症では脳にどのような変化が生じているのか
拒食症は、ただのダイエットではなく、「疾患」だと考えられています。
診断基準であるDSM-5やICD-10においても、「疾患」として診断基準が記載されています。
では、拒食症の方の脳では、どのような異常が生じているのでしょうか。
実は、これはまだよく分かっていません。
現段階では、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの気分に影響を与える神経伝達物質が関与しているのではないか、レプチンなどの食欲を調整するホルモンに異常が生じているのではないかなど指摘されていますが、いずれも明確な証拠があるものではありません。
拒食症の方の脳脊髄液を検査してみると、セロトニン代謝物質の濃度が低下していること、治療によって体重が改善するとセロトニン代謝物質の濃度も改善すること、そして一部の拒食症の方にセロトニンを増やす抗うつ剤であるSSRIが多少効くことがある事を考えると、セロトニンが何らかの影響を与えている可能性はあります。