適応障害(Adjustment Disorders)は、ある環境に「適応」できず、そのストレスによって様々な症状を来たしてしまう障害になります。
適応障害は「適応できない」という状況を認める事が診断のためには重要になります。
他の疾患のように「○○という症状があるから□□病」と症状から診断できるものではないため、この概念に慣れないと診断は難しく、実際に精神科以外の先生に診断できる先生はあまりいません。
では私達精神科医は適応障害をどのように診断しているのでしょうか。
ここでは精神科医が適応障害を診断する手順と、適応障害の診断基準について紹介していきます。
1.適応障害の診断はどのように行われるのか
疾患の診断は医師しか行うことはできません。
そのため適応障害の診断も、医師(精神科医)の診察によってのみ行われます。適応障害の診断を受けるためには必ず医師(精神科医)の診察を受ける必要があります。
では精神科医はどのようにして適応障害の診断を行っているのでしょうか。簡単にではありますが、どのような手順で診察がなされているのかをお話します。
Ⅰ.診察所見から
適応障害に限らず、精神疾患を診断するにあたって一番重要な情報となるのが診察所見です。
精神疾患の症状はこころの症状が主であり、目に見えるものではありません。血液検査や画像検査などでは分からないため、精神科医が入念に診察を行い、その所見をもとに診断を行います。
診察においては、本人が一番困っている症状(主訴)や、今までの経過(現病歴)、患者さんの性格や環境、精神疾患の家族歴、既往歴や服薬歴などを入念に聴取していきます。
一般的な疾患では患者さんの「症状」が診断のためには重要ですが、適応障害は「症状」ではなく「今の症状は適応に失敗した結果生じたものか」という点が重視され、症状そのものはあまり重視されません。
適応障害の本質は「症状」ではなく、「適応に失敗している」ことであるため、
- ある環境変化に対する適応に失敗した結果として生じている症状なのか
- その環境変化がなければほぼ確実にこの症状は生じていないと言えるか
- 環境変化に適応するための本人なりの努力を十分にした上で失敗しているのか
- その環境から離れれば比較的速やかに症状が消えていくと言えるか
などといった点を確認しながら診察は進められます。
また適応障害は多彩な症状を生じるため、一見すると適応障害に見えるけど、実は他の精神疾患(うつ病や不安障害など)という事もあります。そのため他の精神疾患(うつ病や不安障害など)の診断基準を満たしていないかも慎重にチェックしていく必要があります。
更に、環境変化に対するストレスによって、
「本人(あるいは周囲)が困っている」
「生活に大きな支障が出ている」
ことも診断のためには重要になります。
例えストレスや症状があっても、生活に大きな支障がなく、本人も大きく困っていないのであれば、あえて病名をつけて治療をする必要はないからです。
Ⅱ.診断基準との照らし合わせ
疾患には診断基準というものがあります。精神疾患においても同様に診断基準があります。
精神疾患の診断基準は、世界的に用いられているものが2つあります。
アメリカ精神医学会(APA)が発刊しているDSM-5という診断基準と、世界保健機構(WHO)が発刊しているICD-10という診断基準で、日本でもこの2つが主に用いられています。
これらの診断基準の診断項目と、診察で得た所見を照らし合わせて、適応障害の診断基準を満たすかどうかを判定します。
(診断基準については後で詳しくお話しします)
2.適応障害の診断基準
それでは次に適応障害の診断において重要な診断基準についてみてみましょう。
診断基準にはDSM-5とICD-10があることをお話しました。ここではDSM-5の診断基準を紹介させて頂きます(どちらの診断基準を使っても問題はありません)。
なお診断基準は難しい用語で書かれていて非常に分かりにくいため、後ほど詳しく説明します。
【適応障害の診断基準(DSM-5)】
A. はっきりと確認できるストレス因に反応して、そのストレス因の始まりから3か月以内に情動面または行動面の症状が出現
B.これらの症状や行動は臨床的に意味のあるもので、それは以下のうち1つまたは両方の証拠がある。
(1)症状の重症度や表現型に影響を与えうる外的文脈や文化的要因を考慮に入れても、そのストレス因に不釣り合いな程度や強度をもつ著しい苦痛
(2)社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の重大な障害C.そのストレス関連障害は他の精神疾患の基準を満たしていないし、すでに存在している精神疾患の単なる悪化でもない
D.その症状は正常の死別反応を示すものではない
E.そのストレス因、またはその結果がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない
これがDSM-5の適応障害の診断基準となります。
このままではちょっと分かりにくいですね。1つずつ分かりやすく説明していきます。
3.適応障害の診断基準を詳しくみてみよう
適応障害の診断基準を分かりやすく説明していきます。
診断基準に書いてある事を全て満たす場合、適応障害と診断される事になります。
Ⅰ.あるストレス因によって、明らかに症状が出現した
A. はっきりと確認できるストレス因に反応して、そのストレス因の始まりから3か月以内に情動面または行動面の症状が出現
適応障害は、発症の原因ははっきりとしているのが1つの特徴です。
他の精神疾患だと、原因はよく分からない事も少なくありません。しかし適応障害は、「ある環境(ストレス因)に適応できない事」が根本にある原因で、その環境に本人は大きな苦痛を感じています。ほとんどのケースで「あの環境変化から調子を崩した」と本人が自覚できているのです。
ストレス因子は、様々なものがあります。代表的なものを挙げると、入社・異動・転勤・昇進・降格、引っ越し・結婚・離婚などがあり、何からの環境変化で生じることがほとんどです。
ちなみに適応障害において「適応できない」というのはどういう事かと言うと、
自分の価値観・常識と、その環境における価値観・常識があまりにかけ離れており、それに適応するために一定の努力をしたにも関わらず適応に失敗してしまう事
になります。
ここで重要なことは、「本人の価値観」と「環境の価値観」の解離が大きすぎる場合に発症するものだという事です。そのため、周囲からみたら、「なんでそんな事に適応できないの?」と思えるような原因であっても、それが本人の「価値観」とあまりに解離していれば適応障害の原因となりえます。
「こんな小さな変化に適応できないなんておかしい」
「この環境における常識は一般常識と同じなんだから、これで適応障害になるなんておかしい」
と言われてしまう事もあるのですが、例え小さな変化や一般常識であっても、それが本人の価値観・常識とかけ離れていれば、どんなものでも発症の原因となりえるのです。
また本人が、「適応するための一定の努力をしている」かどうかも非常に重要なポイントになります。環境が変われば誰だってある程度のストレスは受けるもので、その全てが適応障害になるわけではありません。
環境が変わって、それに適応するための努力もせずに「この環境は合わない」「この環境はイヤ」というのであれば、それは適応障害ではなく「甘え」になります。しかし、適応するための一定の努力をしており、それでも適応できない場合は「適応障害」になります。
この「一定の努力」がどれくらいかというのは明確に定義されておらず、診察した医師の判断に委ねられています。そのため具体的に判定するのが難しいところなのですが、周囲に聞いてみて多くの人が「適応するために努力しているな」と認める程度の努力をしていれば、クリアすると考えてよいでしょう。
最後に、環境変化が生じてから比較的速やかに症状が生じることも適応障害の特徴となります。その環境が自分の価値観と合わないために生じているわけですから、その環境に置かれれば症状はすぐに出現します。診断基準的には3か月以内と書かれていますが、実際は1カ月以内に出現することがほとんどです。
Ⅱ.症状が出現し、それによって生活に支障が生じている
B.これらの症状や行動は臨床的に意味のあるもので、それは以下のうち1つまたは両方の証拠がある。
(1)症状の重症度や表現型に影響を与えうる外的文脈や文化的要因を考慮に入れても、そのストレス因に不釣り合いな程度や強度をもつ著しい苦痛
(2)社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の重大な障害
適応障害では、ある環境変化が生じてそのストレスから様々な症状が出現します。
適応障害の特徴として、「この症状があれば適応障害」と言える症状はなく、ストレスによって生じる症状なら何でも生じます。
比較的頻度の多いものでいうと、
- 落ち込み
- 不安
- 素行の障害(暴飲暴食、薬物乱用、欠勤、危険運転など)
- 頭痛
- 不眠
- 食欲低下
などがあります。しかしこれ以外でもストレスで生じえる症状は何でも生じます。適応障害においては「どんな症状があるか」はあまり重要ではなく、その症状が「適応に失敗した結果生じているものなのか」という点が大切になります。
またその症状が「一般的に考えて、想定されるものより明らかに程度や強度が強い」こと、そしてその症状によって「生活に支障を来たしている」ことも診断においては重要です。
例えば異動によって環境変化が生じ、異動後しばらくは環境に慣れずに多少イライラしたり、疲れがたまりやすかったりしたとします。これは適応障害でしょうか。
これは一般的に想定される程度の不調であり、異常だとは言えません。異動などで環境が変われば誰でもこれくらいの多少の不調は生じるものです。
しかし異動先に明らかな問題点はないのに、
- 落ち込みが強くなり、いつも絶望的になっている
- 身体が重く、欠勤が続いている
- イライラが強くなり、自傷行為・口論が多くなっている
などであれば、これは「異動後に一般的に想定しうる不調」を明らかに超えており、適応障害の可能性が高くなります。
このように「一般的に考えられる症状」よりも明らかに強度や程度が強いことが適応障害の診断のためには大切です。
また逆に、明らかに過重労働を強いられて心身の不調を来たした場合、「普通、それくらいの過重労働を強いられれば誰でも不調になるよね」と想定されるものであれば、これも適応障害にはなりません。毎日深夜過ぎまで残業が続けば心身の不調を来たすのは当然で、これは「本人が適応に失敗した」とは言えず、職場に問題があるからです。
Ⅲ.他の疾患ではないこと
C.そのストレス関連障害は他の精神疾患の基準を満たしていないし、すでに存在している精神疾患の単なる悪化でもない
D.その症状は正常の死別反応を示すものではない
E.そのストレス因、またはその結果がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない
当たり前ですが、適応障害と診断するためには「他の精神疾患ではない」事をしっかりと確認しなくてはいけません。
他の精神疾患の診断基準を適応障害の診断基準を両方満たす場合は、他の精神疾患の診断を優先する決まりとなっています。例えば、うつ病の診断基準も満たすけど、適応障害の診断基準も満たすのであれば、その人の診断名は「うつ病」になります。適応障害は、診断基準上は他の精神疾患に優先される診断ではないのです。
また、死別反応を安易に適応障害としてはいけません。私たちが日常で経験する環境変化のうち、もっとも精神的にダメージを受けるのは、「親しい人の死」です。両親や配偶者、親友が亡くなってしまって平然としてられる人などいないでしょう。
親しい人が亡くなれば、大きく落ち込み、絶望的になり、眠れなくなり、食事も喉を通らなくなります。しかしこれは「一般的に考えて想定しうる不調」に含まれます。親しい人が亡くなることは大きなショックですから、正常な生理反応としてこのくらいの症状が出てしまうのです。
もちろん、死別反応でも「一般的に考えて想定を超える不調」が生じているのであれば適応障害と診断することもありますが、大きな不調であっても正常内の死別反応は適応障害に含まれません。
Ⅳ.その環境から離れれば比較的速やかに症状は改善する
E.そのストレス因、またはその結果がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない
適応障害は、ある環境に対して適応できない事で、様々な不調が出現します。という事は、その環境から離れれば自然と改善していくという事になります。
現実的にはそう簡単にその環境から離れることは出来ませんので、これを実践することは難しいこともあります。
そのため実際にその環境から離れることが出来なくても、「その環境から離れればほぼ確実に症状が改善の方向に向かうことが予測できる」のであれば、この基準を満たすと考えて構いません。
診断基準的にはその環境から離れれば6か月以上症状は持続することはない、と書かれていますが、ほとんどのケースで数週間程度で改善の兆しが見られるようになります。