適応障害(Adjustment Disorders)は、ある環境に適応できないストレスによって様々な症状が生じてしまう疾患です。
この疾患は疾患の概念が分かりにくいため、自分で「自分は適応障害かもしれない」と気付くのが難しいところがあります。
職場の環境に適応できずに苦しい思いをしていたとしても、「『そんなのただの甘えだ』と言われてしまうのではないか」と受診をためらっている方は多くいらっしゃいます。「適応できない事によって生じる疾患がある」という事を知らない方もまだまだ多いのでしょう。
「落ち込む日が続いている」という症状があれば「うつ病かもしれない」と気付きます。しかし適応障害はこのように症状から診断される疾患ではないため、一般の方にとっては判断が難しいのです。
環境が変われば誰だって多少のストレスは受けるものですから、環境変化によって心身に不調をきたしたら全てが適応障害だというわけではありません。
しかしその不調が正常範囲内の生理反応なのか、それとも適応障害に至るレベルなのかが分かる指標は必要です。
この記事では「自分はもしかしたら適応障害かもしれない」「自分のような状態で精神科を受診してもいいのだろうか」と悩んでいる方に向けて、適応障害の可能性があるのか・精神科を受診すべきなのかを簡便にセルフチェック出来る方法を紹介したいと思います。
なお病気の診断は医師しか行えませんので、セルフチェックはあくまでも「適応障害の可能性が高い」かどうかを推測するものに過ぎない事はご了承の上でお読み下さい。
セルフチェックによって適応障害の可能性が高いと判断された場合は、早めに精神科・心療内科を受診するようにしましょう。
1.適応障害をセルフチェックする意義
ある環境に適応すべく努力をしたにも関わらず、なかなかその環境に適応できない。そしてそのために毎日がとてもつらい。
このような状況は、誰にとっても他人事ではないでしょう。転校や引っ越し、就職、転勤、結婚、出産など、大きな環境変化は誰でも経験する事ですし、環境変化によってこのような状況に陥る可能性は誰にでもあります。
しかしこのような環境変化で苦痛を感じていても、「自分は適応障害ではないか」と疑いすぐに精神科に相談できる人というのは多くはありません。
「この程度の事で病院など受診するのは大袈裟ではないか」
「みんな耐えているのだから自分も我慢しないと」
このように考えてしまう方は結構多いのです。
もちろん症状があったらすぐに精神科に駆け込まないといけない、という事ではありません。しかし適応障害レベルの症状が続いているのに、いつまでも治療をせずただ我慢し続けているのは良い方法とは言えません。
「環境に適応できずにつらい。でもこれは病院を受診するほどなのだろうか」
このように悩んでいる方が、今の自分は受診すべきなのかを簡便に判断できるものがあれば、多くの方を適応障害の苦しみから救う事が出来るはずです。
この記事では、このような悩みを持っている方に、「これを満たすようであれば精神科・心療内科を受診すべき」と指標となるチェック項目を紹介させていただきます。
適応障害に限らずどんな疾患でも同じですが、病気をいたずらに放置してしまうと、どんどんと悪化し、治りにくくなってしまいます。疾患の可能性があるのであれば、早めに適切な科を受診し、必要な治療を受ける事はとても大切な事なのです。
2.適応障害を疑った時にチェックすべき3つの項目
「自分は適応障害なのではないか」「自分みたいな状態で精神科を受診してもいいものだろうか」と悩んでいる方は、まずは今の自分が次の3つの項目を満たしているかをチェックしてみてください。
- ある環境での価値観や常識が、自分のそれと全く合わず、今後も合わせていくことが難しそうだ
- ある環境によるストレスで、自分にとって「つらい」と感じる症状が出ている
- ある環境によるストレスで、生活に何らかの支障が生じている
この3つをすべて満たす場合、適応障害である可能性があります。
それぞれの項目についてより詳しく説明していきます。
Ⅰ.自分と環境の価値観の大きなズレ
ある環境での価値観や常識が、自分のそれと全く合わず、今後も合わせていくことが難しそうだ
適応障害の診断において私たち精神科医がもっとも重視するのは、その苦しみが「適応できない事で発症しているのかどうか」です。
誰でも自分の中での価値観や常識を持っています。人それぞれで価値観・常識は異なるため、どういった価値観が正しいのか間違っているのかは適応障害のチェックでは問題とはなりません。
問題は、自分の持っている常識・価値観と現在置かれている環境のそれとに大きなズレがあるかどうかです。そしてそのズレが自分の努力だけではなかなか埋められないものなのかどうかです。
「新しく入った職場の価値観に合わせられない」
「引っ越し先での慣習・価値観がどうしても合わない」
「嫁いだ家庭の価値観・常識が実家のそれとあまりにかけ離れていて、なかなか合わせる事ができない」
このような価値観・常識のズレによって大きな苦痛を生じている場合、適応障害の可能性が高くなります。
適応障害は「適応できない事」が重要であるため、「それによってどのような症状が出ているか」は診断にあたっては重要ではありません。
実際、適応障害では様々な症状が認められますが、適応障害に特徴的な症状というものはありません。
- 抑うつ気分、無気力、集中力低下、不安などの精神症状
- 暴力、衝動行為(自傷や過量服薬、喧嘩など)やアルコール乱用などの行動の障害
- 動悸や頭痛、発汗などの身体症状
など、あらゆる症状が生じる可能性があります。
また適応障害は、その環境に適応できないストレスが原因ですので、その環境から離れると比較的速やかに症状が改善するという点も適応障害を疑うチェックポイントになります。
適応できない環境の中にいる時には強い症状が出ますが、そこから離れるとウソのように症状が良くなる、というのは適応障害に特徴的な所見です。
Ⅱ.つらいと感じている
ある環境によるストレスで、自分にとって「つらい」と感じる症状が出ている
環境に適応できない事で様々な症状が出ていても、それが様子を見れる程度の軽いものであれば適応障害とは考えません。正常内の生理反応だと考えてよいでしょう。
適応障害では、環境に適応できない事で本人がつらいと感じている事が重要になります。
一般的に想定される程度よりも強い症状が出てしまい、つらい思いをしているのであれば適応障害の可能性があります。
なお、「どのくらいつらいと適応障害になるのか」という質問を頂く事がありますが、そもそも「つらい」という気持ちは数値化できるものではありません。
どのくらいつらいと適応障害レベルなのか、というのはつらさを数値化できない以上、明確に定めることはできません。
そのため、つらさの程度というのは適応障害を診断する上ではあまり意味がありません。客観的にどのくらいという事はなく、自分自身が「つらい」「このままの状況だと耐えられない」と感じる程度であれば、それは基準を満たすと考えてよいでしょう。
Ⅲ.生活に支障が生じている
ある環境によるストレスで、生活に何らかの支障が生じている
ある環境に適応できない事、そしてそれにより本人がつらい思いをしている事が適応障害の診断のためには重要になります。
合わせて重要な項目が、「生活に支障が生じている事」です。
例えば、適応できない苦しみによって
- 仕事の集中力が落ちてミスが多くなっている
- イライラが増えて友人に当たってしまい、友人関係に亀裂が入ってしまった
- 今まで楽しめていた趣味が楽しめなくなっている
- 食欲が落ちて、体力が明らかに落ちている
このような状態は生活に支障をきたしていると考える事ができます。
また、より直接的な生活への支障として、
- 職場に行けなくなってしまった
- 必要な外出が出来なくなってしまった
なども該当します。
適応できない事によって生活への支障が生じている場合、適応障害の可能性は極めて高くなります。
3.適応障害のチェック項目を満たしてしまったら
適応障害を自分でチェックするために有効な3つのチェックポイントを紹介しました。
復習すると、
- ある環境での価値観や常識が、自分のそれと全く合わず、今後も合わせていくことが難しそうだ
- ある環境によるストレスで、自分にとって「つらい」と感じる症状が出ている
- ある環境によるストレスで、生活に何らかの支障が生じている
この3つをすべて満たしている場合、適応障害である可能性は高くなります。
ではこの3つを満たしてしまった場合は、どうすればいいでしょうか。
ただチェックして終わってしまっては何の意味もありません。適応障害の可能性が高いと判断された時に早急に取るべき対処法について紹介します。
Ⅰ.医師に相談しよう
適応障害は、こころの病気です。
病気である以上、病気を治す専門家である医師に相談して適切な治療を受けなくてはいけません。こころの病気の専門家は精神科医ですので、なるべく早く精神科医に相談しましょう。
もし適応障害であった場合、いたずらに放置してしまうと病気はどんどん悪化してしまいます。悪化すれば自分自身もよりつらい思いをする事になりますし、治るのが遅くなってしまえば社会的にも大きな損害となります。
一番良いのは直接近くの精神科に連絡し、診察の予約を取る事です。精神科医に適切な評価・診断をしてもらう事によって、必要な対処・治療を受ける事ができます。
適応障害の専門は精神科になりますが、なかなか精神科を受診できないという事であれば、まずはかかりつけの内科医などに相談しても良いでしょう。必要があれば近くの精神科に紹介してくれるはずです。
また事情があってすぐに病院を受診できないような場合は、職場の産業医に面談してもらいましょう。近年ではメンタルヘルスに精通している産業医も多くなってきましたので適応障害の可能性があれば適切な対処法を指導してくれるでしょう。必要に応じて職場の環境調整をしてくれたり、精神科への紹介もしてくれます。
様々な方法がありますが、どんな方法であっても精神科医の診察を受ける事が大切です。
ちなみに適応障害である方のほとんどが初診時に「この程度で精神科を受診していいのだろうか」と恐る恐る受診されますが、そのような心配は全く必要ありません。
適応障害は、こころの症状ではなく「適応できない事」が主であるため、患者さん自身も「これは病気ではなく甘えなのではないか」と考えてしまう傾向があります。しかし適応障害は世界的に使われている診断基準でも、こころの病気の1つと定められています。
こころの症状は目には見えないため分かりにくいのですが、本人が「つらい」と感じているのであれば、それは何とかして改善させる必要があります。
ご自身がつらいと感じているのであれば、いたずらに我慢し続けるのではなく、精神科を受診して下さい。
Ⅱ.自分で出来るストレス対処法を
適応障害の可能性が高い時は、精神科医の受診が一番大切です。しかし即日すぐに受診できない場合もあります。そのような場合は、自分でできるストレス対処法を行ってこれ以上適応障害を悪化させないようにしましょう。
ストレス対処法といっても、高度な技術や知識を要するものをする必要はありません。高度なストレス対処法は自己流でやってしまうとかえってストレスとなる事があり、精神科を受診するまでは避けた方が無難です。
そのため、簡便に行えるストレス対処法を中心に行っていくのが良いでしょう。
実は日常生活でもちょっとした工夫でストレス解消というのはできるものです。つらい毎日が続くと日常生活がおろそかになり、それによってストレスが更に高まるという悪循環が生じがちです。このような時こそ、日常生活を大切にしていきましょう。
日常生活のちょっとした工夫で行えるストレス対処法をいくつか紹介します。
まずは「規則正しい生活」が挙げられます。実は生活の不規則さはそれだけでストレスになります。みなさんも経験がありませんか?
睡眠不足だといつもよりイライラしたり不安になりやすくなります。食事量が少なかったり食事バランスが悪いとイライラしたりめまいなどの自律神経症状も出やすくなります。
3食規則正しく食べて、夜はしっかり眠る。
このような当たり前の規則正しい生活は、ストレスをため込まないために非常に大切な事なのです。
ストレスが溜っている時ほど、つい生活が不規則になりがちですが、ストレスを更にためないために規則正しい生活は死守するようにしてください。
また「嗜好品を遠ざける事」も意識して下さい。嗜好品とはタバコやお酒などの事で、依存性のある物質の摂取はとりわけ気を付ける必要があります。
「タバコを吸うと落ち着くからやめない方がいい」という意見もあるかとは思いますが、ストレスが高まっている時というのは自己コントロール能力が失われがちです。このような時は、嗜好品を乱用するリスクが高くなります。乱用すればその物質を摂取している間だけは気持ちは落ち着きますが、その物質を手放せなくなったり、なくなると途端に不安定になったりしてしまいます。
「適度な運動」もストレス解消には有効です。身体を動かさずに一日部屋に閉じこもっていると精神的には不安定になります。適度に身体を動かした方が気持ちも前向きになります。
激しい運動をする必要はありませんが、軽く汗をかく程度の散歩やジョギングなどは気持ちが乗らなくても定期的に取り入れた方が良いでしょう。
また「副交感神経を活性化させる活動」も定期的に取り入れるようにしましょう。副交感神経はリラックス状態を作る神経です。副交感神経が活性化すると心身がリラックスするため、ストレスも溜まりにくくなります。
副交感神経を活性化させる活動には、
- ぬるめのお風呂にゆっくりと入る
- 静かな音楽や自然の音(川のせせらぎ音など)を聞く
- ゆったりと楽しめる映画やテレビ番組を見る
- 深呼吸をする
などがあります。日常でこのような時間を定期的に取り入れる事も有用でしょう。
最後に「グチを吐き出す」という方法も非常に有用な方法になります。ストレスはため込むと自分のこころを傷つけていきます。これを防ぐためにはため込まず、定期的に吐き出すことです。
何かいやな事があった時、それを誰かに話したらそれだけで気持ちがすっきりしたという経験はないでしょうか。自分の気持ちを誰かに聞いてもらうという事は、それだけでストレス解消になるのです。ぜひ取り入れてみてください。