ADHD(注意欠陥多動性障害)を診断するには

ADHD(注意欠陥・多動性障害)は神経発達障害に属する障害です。

その原因は、脳に微細な機能異常が生じることだと考えられており、「不注意(ミスが多い)」「多動性(落ち着きがない)」「衝動性(待てない、我慢できない)」などの症状が生じます。

しかしADHDはただこれらの症状があれば診断がつくような簡単なものではありません。特に大人のADHDでは今の症状だけで診断することは不可能で、子供の頃の情報やエピソードも診断には不可欠となります。そのため、昔の情報が少ない場合は診断が困難となってしまう事もあります。

またADHDは生まれつきのものであり、生涯にわたって付き合っていく特性となります。診断はその人の人生を左右することになるため、慎重になされる必要があります。

ではADHDの診断はどのようになされるのでしょうか。

今日はADHDの診断について紹介します。

1.ADHDを診断するために大切な事

ADHDは神経発達障害に属する概念になります。

神経発達障害は他にも自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群など)があり、これらは生まれつきの脳機能の微細な障害が原因で生じると考えられています。ある時点から発症するというものではなく、基本的には生まれたときから持っている障害なのです。

そのため診断を行う時は、その診断の必要性を慎重に考えなければいけません。

神経発達障害は、お薬で簡単に治せるような疾患ではありません。基本的には生まれつの特性であり、生涯にわたって付き合っていかないといけないものなのです。

もちろん症状を改善させる方法はあります。ADHDはドーパミン系の異常が原因の1つだと考えられているため、脳のドーパミンを増やす作用を持つお薬がADHDの方の不注意症状や多動性・衝動性症状には一定の効果をもたらします。しかしこれらはお薬の力で改善させているのであって、ADHDの根本を治療しているわけではありません。

ADHDの診断を受ける時は、診断を受けることでどのようなメリットがあるのか、どのようなデメリットがあるのかをしっかりと考える必要があります。

例えばADHDと診断されることで得られるメリットが大きいそうであれば、診断を受ける価値はあるでしょう。ADHDの診断を受けることで、お薬をもらって症状を改善させることができますし、社会で困難にぶつかった時に専門家に相談しやすい環境も作れます。これはADHDと診断を受ける大きなメリットだといえます。

しかし、何となく「自分ってADHDなのかな?」と感じているだけであれば、安易な診断はかえってデメリットの方が大きいかもしれません。かえってADHDと診断されてしまう事で、大きなショックを受けてしまう方もいらっしゃるでしょう。それが自己評価の低下につながってしまう事もあります。

また、神経発達障害の診断というのは簡単ではありません。診断をする医師にも労力がいりますが、診断を受ける患者さんも労力がいります。今の症状のみならず昔の症状も詳しく思い出さないといけません。幼少期の情報となるような資料を準備する必要もあります。場合によっては検査を行うこともあり、これも患者さんに大きな労力がかかります。

ADHDの診断が難しいのにはいくつかの理由がありますが、1つはADHDが生まれ持った特性だからです。

例えば、ある時点から症状が現れたのであれば、症状が現れる前までの自分が正常であり、症状が現れてからの自分は異常であるため両者の比較はしやすいでしょう。しかし生まれた時からの特性である場合、最初からそれが自分なのですからそれが異常だとは自分ではなかなか気付けないものです。また周囲の人にとっても「正常な個人差の範囲内なのか」「障害なのか」の判断が難しいものです。

また、ADHDは大人になって年齢を重ねれば重ねるほど、診断が難しくなっていきます。最近では「大人のADHD」が知られるようになり、大人の方々が「自分はADHDなのではないか」と精神科を訪れることも多くなりました。しかしこのような大人のADHDの診断というのは非常に難しく、正しい診断には患者さんそしてその周囲の方の協力が不可欠になります。

子供の頃であれば明らかな不注意症状や多動・衝動性症状があれば「ADHDかもしれない」と周囲が気付きます。しかし大人になってしまうと、子供の時と比べるとある程度の適応能力を獲得しているため、表面的な症状が分かりにくくなってしまいます。更にADHDの症状の苦労によって二次的にうつ病や不安障害などの疾患を発症してしまうと、さらにADHDの症状が見えにくくなってしまいます。

ADHDと診断するためには、「子供の頃からその症状が続いている」という証拠が必要になります。その証拠としては、親の証言であったり、子供の頃の記録(通知表や母子手帳、学校の連絡帳など)になります。

このような昔の資料を用意するのは大変です。中には紛失してしまっている方もいるでしょうし、子供の頃の出来事も、本人も親もあまり覚えていないという事もあります。その場合は証拠がなくなってしまうため診断はより困難になります。

このような理由からADHDをはじめとした神経発達障害の診断というのは簡単ではないのです。特に大人になってからの診断はより難しくなります。

2.ADHDの診断基準

「これを満たせばADHDだ」と断言できるような確実な検査は現時点ではありません。ADHDと診断するためには、経験ある精神科医が入念に診察を行う必要があります。

現状ではADHDの診断をするためには「ADHDの診断基準」を満たしているかを確認することが一番精度の高い方法になります。

病気にはその病気の診断基準があり、ADHDもADHDの診断基準があります。ADHDの診断基準を満たすことは、ADHDと診断するためには重要なポイントになります。

しかし注意点として、ADHDの診断基準を表面的に満たしただけでADHDと診断できるわけではありません。精神科の診断基準というのは数値などの具体的な基準で書かれてはおらず、抽象的な表現が多くなっています。そのため、一般の方が診断基準を読んで「自分はこれを満たしている!」と感じても、それで必ずしも診断となるわけではありません。

専門家である精神科医が精神科的な評価を行ったうえで診断基準を満たしている事が必要なのです。

例えば、高血圧の病気であれば「血圧140/90以上を高血圧とする」という診断項目は、血圧計を用いれば一般の方でも高い精度で確認できる基準です。しかし精神科の「ケアレスミスが多い」という診断項目は、どのレベルのケアレスミスを診断基準的なケアレスミスと判断するのかは一般の方には難しいでしょう。

このコラムでは、ADHDの診断に用いられる診断基準を紹介しますが、精神科の診断基準はこのような特性がある事に注意して下さい。表面的に項目を満たしているだけでは不十分で、精神科的な基準として項目を満たしている必要があるのです。

診断基準にはいくつかあるのですが、代表的なものとしてアメリカ精神医学会(APA)が発刊しているDSM-5という診断基準を紹介します。

ADHDの診断基準には大きく分けると3つの項目があります。それは

  • 不注意症状の項目
  • 多動性・衝動性症状の項目
  • その他の項目

です。

このうちの「不注意」あるいは「多動性・衝動性」のいずれか(あるいは両方)を満たし、さらに「その他の項目」も満たす場合、ADHDと診断されます。

1つずつ見ていきましょう。

Ⅰ.不注意

ADHDの診断基準の不注意の項目には、代表的な9つの症状が書かれています。このうち、

  • 6つ以上の症状(17歳以上では5つ以上)が少なくとも6カ月以上続いた事がある
  • 一般的な成長の水準から考えると明らかに不相応である
  • 生活(勉強や仕事、対人関係など)に支障をきたしている

場合、この不注意の項目を満たすと判断されます。

不注意の9つの症状を紹介します。

(a)学業、仕事、または他の活動中に、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な間違いをする(例:細部を見過ごしたり、見逃してしまう、作業が不正確である)
→注意力が低く、全体を見渡すことが出来ずにミスをしてしまいます。

(b)課題または遊びの活動中に、しばしば注意を持続することが困難である(例:講義、会話、または長時間の読書に集中し続けることが難しい)
→注意力が低いだけでなく、注意力・集中力を一定時間続けることが出来ません。

(c)直接話しかけられたときに、しばしば聞いていないように見える(例:明らかな注意を逸らすものがない状況でさえ、心がどこか他所にあるように見える)
→他者からみても、集中すべきときにボーッとしている様子であったり「うわの空」であったりします。

(d)しばしば指示に従えず、学業、用事、職場での義務をやり遂げることができない(例:課題を始めるがすぐに集中できなくなる、また容易に脱線する)
→「反抗」という理由で指示に従わないわけでなく、指示をやり遂げようと思ってはいるのだけどすぐに集中できなくなってしまい、なかなか言われた事をできません。

(e)課題や活動を順序立てることがしばしば困難である(例:一連の課題を遂行することが難しい、資料や持ち物を整理しておくことが難しい、作業が乱雑でまとまりがない、時間の管理が苦手、締め切りを守れない)
→ものごとを整理したり順序立てることが苦手です。また時間管理能力が低く遅刻などが多く認められます。

(f)精神的努力の持続する課題(例:学業や宿題、青年期後期および成人では報告書の作成、書類に漏れなく記入すること、長い文書を見直すこと)に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う)
→注意力の低さや集中力を続けることが出来ないといった症状を認めるため、次第に注意力や集中力を要する状況を避けるようになってしまいます。

(g)課題や活動に必要なもの(例:学校教材、鉛筆、本、道具、財布、鍵、書類、眼鏡、携帯電話)をしばしばなくしてしまう
→注意力の低さから「失くし物が多い」という特徴があります。ADHDの方は「失くしたらまずい大切なもの」であっても、高い頻度で失くしてしまう事があります。

(h)しばしば外的な刺激(青年期後期および成人では無関係な考えも含まれる)によってすぐ気が散ってしまう
→勉強中にちょっとした物音で集中力が切れてしまったり、仕事中に関係ない事を考えてしまいすぐに集中力が切れてしまったりします。

(i)しばしば日々の活動(例:用事を足すこと、お使いをすること、青年期後期および成人では、電話を折り返しかけること、お金の支払い、会合の約束を守ること)で忘れっぽい
→注意力の低さから、日常的な活動の中でも頻繁に「忘れること」が生じてしまいます。

以上9つの項目のうち6つ以上状(17歳以上では5つ以上)を満たすと、「不注意」の項目を満たすことになります。

Ⅱ.多動性・衝動性

衝動性・多動性の項目には、代表的な9つの症状(多動性6つ、衝動性3つ)が書かれています。このうち、

  • 6つ以上の症状(17歳以上では5つ以上)が少なくとも6カ月以上続いた事がある
  • 一般的な成長の水準から考えると明らかに不相応である
  • 生活(勉強や仕事、対人関係など)に支障をきたしている

場合、この不注意の項目を満たすと判断されます。

多動性・衝動性の9つの症状を紹介します。

(a)しばしば手足をそわそわ動かしたりトントン叩いたりする、またはいすの上でもじもじする
→落ち着かずじっとしていられません。

(b)席についていることが求められる場面でしばしば席を離れる(例:教室、職場、その他の作業場所で、またはそこにとどまることを要求される他の場面で、自分の場所を離れる)
→授業中、会議中などの座っていないといけないような状況であっても、じっとしている事が耐えられず動いてしまいます。大人の場合は「ちょっとトイレにいきたいから」などと理由づけをすることもあります。

(c)不適切な状況でしばしば走り回ったり高い所へ登ったりする(注:青年または成人では、落ち着かない感じにのみ限られるかもしれない)
→(b)と似ていますが、「席につく」以外のじっとしていないといけない状況でも、同じように動き回ってしまいます。子供であれば朝礼で静かに立っていないといけないのに走り回ってしまうことがあります。大人だと社会性がある程度獲得されているため、そこまですることは稀ですが、「何か落ち着かない」という感覚になります。

(d)静かに遊んだり余暇活動につくことがしばしばできない
→静かに遊ぶような時も、静かにできずうるさくしたり動き回ったりしてしまいます。

(e)しばしば”じっとしていない”、またはまるで”エンジンで動かされているように”行動する(例:レストランや会議に長時間とどまることができないかまたは不快に感じる;他の人達には、落ち着かないとか、一緒にいることが困難と感じられるかもしれない)
→(c)と似ていますが、落ち着きなく行動してしまい、周囲から見ても明らかに落ち着かなかったり迷惑に映ってしまいます。

(f)しばしばしゃべりすぎる
→話し出したら止まらず、余計なことまで言ってしまいます。その結果、周囲が引いてしまうこともあります。

(g)しばしば質問が終わる前に出し抜いて答え始めてしまう(例:他の人達の言葉の続きを言ってしまう;会話で自分の番を待つことできない)
→衝動性の項目になります。会話中に待つことが出来ず、相手の話が終わる前に自分の話を始めてしまいます。

(h)しばしば自分の順番を待つことが困難である(例:列に並んでいるとき)
→衝動性の項目になります。順番を待つことが出来ず、列に割り込んでしまったりすることがあります。

(i)しばしば他人を妨害し、邪魔する(例:会話、ゲーム、または活動に干渉する;相手に聞かずにまたは許可を得ずに他人の物を使い始めるかもしれない;青年または成人では、他人のしていることに口出ししたり、横取りすることがあるかもしれない)
→衝動性の項目になります。待つことが出来ず、相手のものを取ったり勝手に使ったりしてしまいます。これも「反社会的」「反抗的」な理由で物を取るわけではなく、あくまでも「待てない」ことが原因になります。

以上9つの項目のうち6つ以上(17歳以上では5つ以上)を満たすと、「多動性・衝動性」の項目を満たすことになります。

Ⅲ.その他の項目

「不注意」あるいは「多動性・衝動性」のいずれか(あるいは両方)を満たし、かつこの項目を満たすと、ADHDの診断となります。

(a)不注意または多動性・衝動性の症状のうちいくつかが12歳になる前から存在していた
→正確には生まれた時から存在しているのですが、生まれたばかりの赤ちゃんは集中力・注意力が低いのは当たり前ですので小さい頃は評価が出来ません。学校などの中で社会生活を営んでいく中でこれらの能力は得られていきますが、少なくとも12歳になる前からこのような不注意・多動性・衝動性症状が認められていることが診断のためには必要になります。この項目を確認するには、本人には記憶がないこともあるため、親などの証言や通知表・母子手帳などの情報が参考になります。

(b)不注意または多動性・衝動性の症状のうちいくつかが2つ以上の状況(例:家庭、学校、職場;友人や親戚といる時;その他の活動中)において存在する
→ある特定の状況だけで症状が出現するのであれば、その状況に問題があるだけという可能性があります。例えば職場でだけ不注意・多動性・衝動性が出現するのであれば、それは職場のストレスでそうなっているのかもしれません。ADHDの診断のためにはあらゆる状況(診断基準的には2つ以上の状況)で同じように不注意・多動性・衝動性症状が認められる必要があります。

(c)これらの症状が、社会的、学業的、または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下させているという明確な証拠がある
→単に症状があるわけではなく、その症状によって支障が生じている必要があります。症状はあるけど特に困っていないのであればADHDとは診断されません。症状があって本人あるいは周囲が困っていて、生活に支障が生じている場合にADHDの診断がされます。

(d)その症状は、統合失調症、またはほかの精神病性障害の経過中にのみ起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安症、解離症、パーソナリティ障害、物質中毒または離脱)ではうまく説明されない
→他の精神疾患によって生じている症状ではない、という確認です。この項目は精神科医でないと評価が困難でしょう。

3.ADHDでは生育歴の確認が不可欠

ADHDの不注意症状、多動性・衝動性症状のみを確認するというのは難しいことではありません。

「ケアレスミスが多い」
「じっとしていられない」
「待てずに割り込んでしまう」

などの症状が自分にあるかどうかというのは、比較的容易に確認できるでしょう。

ADHDの診断の難しいところは、その症状の「連続性」の評価です。ADHDは神経発達障害であり生まれつきの障害です。そのため、「小さいころからずっとそのような症状が続いている」という事を確認できないとADHDの診断をすることは出来ません。

子供のADHDの診断をする際は、この連続性の評価はそこまで難しくありません。連続する期間がまだ短いためです。

しかし大人のADHDの評価をする際、今自分が困っている症状が「生まれた時から(診断基準的には12歳未満から)」あって、ずっと続いているのかどうかというのは、なかなか分からないものです。

そのため、ADHDの診断をするためには、客観的な資料や子供の頃の様子を知る人からの情報が不可欠になります。

私たち精神科医が連続性の評価として良く用いるものとしては、

  • 通知表
  • 連絡帳
  • 母子手帳
  • 親や家族からの情報

などがあります。

通知表は特に小学生の通知表が有用です。小学生の頃の通知表というのはだいたい左側に教科別の成績が書いてあり、右側には社会性が書いてあります。社会性というのは、「積極的な子です」「何事にも熱心に取り組みます」などといった評価などです。ADHDの診断にはこの通知表における社会性の評価が役立ちます。

ADHDの子の評価として多いのが

「すぐに飽きてしまいます」
「授業中に歩き回ってしまうことがあります」
「我慢が苦手です」
「人の話をもっとよく聞くようにしましょう」
「順番を守るようにしましょう」

などといったものがあり、このような記載はADHDを疑う根拠となります。

また母子手帳は不注意症状は分かりにくいのですが、多動性が分かる事があります。幼児の子はあちこちに興味を持ってしまい集中力が低いのは当たり前ですので、この年では不注意の評価は出来ません。しかし周囲と比べて落ち着きがなかったり、耐えず動き回っているような場合では、ADHDを疑う所見となります。

また家族(特に母親)からの情報は非常に重要です。というのも幼稚園や小学生の頃の記憶というのは自分ではあいまいになっているものです。この時、本人の記憶だけを頼りにADHDの診断をしてしまうのは危険です。母親は大抵子供の頃の様子をしっかりと覚えています。母親から見ても当時の本人にADHDを疑わせるような所見があったのかはぜひ確認したいところです。

ADHDの診断を希望される方は、「子供の頃の社会性が分かる資料(通知表、連絡帳、母子手帳など)」を出来る限り持って行った方が診断の精度が上がります。また可能であれば子供の頃の自分を良く知る人(母親など)に同席してもらった方が診断の精度は上がります。

この事を知っておくだけでも、ADHDの診断精度を高めることが出来ます。