ADHD(注意欠陥多動性障害)はどのような原因で生じるのか

注意欠陥・多動性障害(ADHD:Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)は、発達障害に属する概念の一つです。

ADHDの方は、

  • 不注意(ミスが多い、集中できないなど)
  • 多動(落ち着きがないなど)
  • 衝動性(待てない、割り込むなど)

といった症状があります。これによって「我慢が足りない」「常識がない」「自分勝手」などと誤解されてしまい、社会で生きていくに当たって大きな不利益を被ってしまいます。実際は自分勝手なわけではなく、これらの問題を治そうと自分なりに努力しているのですが、簡単に解決できるものではありません。そのため本人は非常に苦しい思いを抱えながら生きています。

ADHDは先天性(生まれつき)のものだと考えられていますが、その原因というのは分かっているのでしょうか。

今日はADHDの原因について考えてみたいと思います。

1.はっきりとした原因はまだ不明

ADHDがどのような原因で発症してしまうのかという事は、多くの研究者によって研究が続けられています。

その結果によれば「脳に何らかの損傷が生じていて、それで発症してしまう」と原因で生じているという事はほぼ間違いないと考えられるようになっています。

その根拠として、数々の研究においてADHDの方の脳では、

  • 健常の方と比べて脳の容積が少ない部位がある
  • 健常の方と比べて脳神経の活性が低い部位がある
  • 脳神経に影響するようなお薬がADHDの治療に効果がある

ということが報告されてます。

ADHDは1900年ごろから報告されるようになってきた障害で、この頃からの研究・試験報告の積み重ねから、「脳に何らかの原因がある可能性が極めて高い」という考えはほぼ確実なものとなっています。

しかし、では具体的にどのような部位にどのような異常が生じてADHDが発症してしまうのかという事はまだ明らかにされていません。

ADHDの方、そしてその周囲の方にぜひ理解していただきたいことは、ADHDの症状というのはこのような原因があって生じているのだという事です。

ADHDの症状として、

  • ケアレスミスが多い
  • 何度注意しても間違える
  • 注意散漫で集中力がすぐに切れる
  • 落ち着きがない
  • 相手が話し終わる前に割り込んで話し始めてしまう
  • 待つことができない

などがあり、これは社会的には「非常識な態度」としてうつってしまうことがあります。そのため、よく「あいつは非常識だ」「あいつは人としてダメだ」などと誤解されてしまう事があります。

しかしこれは決して、本人の心がけが甘いとか、努力や訓練が足りないとかそういった問題ではないのです。

ADHDは現在では発達障害(神経発達障害)というカテゴリに含まれる障害となっています。これは出生や成長の段階で神経発達に異常が生じてしまって、症状が生じるという事です。決して本人のやる気や訓練が足りないというわけではなく、神経発達障害の結果としての症状なのだという事をみなさんにぜひ理解していただきたいと思います。

2.脳に微細な異常がある可能性が高い

ADHDの原因としては、まだ「これが原因だ」という明確な異常が解明されているわけではありません。しかし基本的な理解としては「脳に小さな機能障害が生じていて、それが原因で発症している」と考えられており、これはおおむね正しいと考えてよいでしょう。

つまりADHDは本人の気持ちの問題や努力不足で症状が生じているのではなく、脳の障害によって生じているものだということです。

ADHDの発症原因としては、ADHDが知られ始めた1900年代前半からMBD(Minimal Brain Dysfunction:微細脳機能障害)という概念がありました。これはADHDの方は、脳に微細な損傷(機能障害)が生じており、それが発症の原因になっているという考えです。

当時、脳炎(脳にウイルスなどが入ってしまって炎症が生じてしまう)や脳外傷などの脳が損傷を受けるような疾患にかかってしまうと、その後遺症としてADHDと似た症状が出ることがあるということが報告されていました。ここから「ということはADHDも脳に何らかの損傷が生じていて発症しているのではないか」という考えが生まれたのです。

しかし、当時の検査で脳を詳しく検査しても明らかな脳の損傷を確認することは出来ませんでした。そこで「検査に写らないような小さな損傷があるのだろう」と考えられ、MBD(微細脳機能障害)という概念が生まれました。

MBDという概念はADHDの発症原因として恐らく正しいものでしょう。しかしMBDという概念は非常にざっくりとした概念です。「脳のどこかに小さな損傷があるのがADHDの原因だよ」というのがMBDの概念ですが、では脳のどこにどのような異常が生じているのかについては全く触れておりません。

当時は今ほど検査技術も進歩していなかったため、MBDという概念でしかADHDを考えることが出来ませんでしたが、近年では画像検査の精度も進歩し、ADHDの原因部位がより詳しく分かってきたことで、このMBDという概念はあまり使われなくなってきています。

近年では精度の高い脳画像検査によって、ADHDの方の脳では、

  • 前頭葉皮質
  • 線条体
  • 小脳

などの部位に容積低下や活性低下などの異常がある可能性が指摘されています。またそれに関連して主に快楽や報酬などに関係する物質であるドーパミンの異常が生じてることも報告されてます。

3.ADHDが発症する原因とは

現時点で考えられているADHDの発症原因について紹介します。

Ⅰ.前頭葉機能の低下

脳のうち「前頭葉」という脳の前側にある部分は、思考や判断、記憶、行動といった高次機能をつかさどっています。人間が他の生き物と異なり、高度な思考やそれに基づいた計画的な行動などが可能なのはこの前頭葉のおかげです。

しかしADHDでは、この前頭葉のはたらきが弱まっていることが指摘されてます。

前頭葉がうまくはたらかないため、思考を集中させたり、1つの行動にしっかりと取り組んだりという事が難しくなってしまうことが考えられます。

実際、ADHDの治療薬であるストラテラ(一般名アトモキセチン)は、前頭葉のBDNFを増加させることが分かっています。

BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)は「脳由来神経栄養因子」と呼ばれる物質で、脳の神経を成長させ、保護するはたらきがあります。

具体的には、

  • 神経の新生を促す(新しい神経を作る栄養となる)
  • 神経の発達・増殖を促す
  • 神経間ネットワークを強固にする(セロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質を増やす)
  • 神経を保護する(神経がストレスなどからダメージを受けるのを守る)

といったはたらきがあることが分かっています。

前頭葉のBDNFが増えれば前頭葉のはたらきが健常人に近づくため、ADHDに対して効果を発揮しているのだと考えられます。

Ⅱ.ドーパミン神経の異常

ADHDでは、脳におけるドーパミンのはたらきが弱まっていると考えられています。実際、ADHDに効果があると言われているお薬はドーパミンを増やす作用があります。

ADHDの治療薬である、

  • コンサータ(一般名メチルフェニデート)
  • リタリン(一般名メチルフェニデート)

はドーパミンの再取り込みを阻害することで、脳内のドーパミン濃度を高めます。

また、

  • ストラテラ(一般名アトモキセチン)

はノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで間接的にドーパミンの濃度を高めると考えられています。

またドーパミンが関与すると考えられてる「報酬」への反応が、健常の方と比べてADHDの方では異常があることも報告されています。

Ⅲ.遺伝

ADHDには遺伝の影響がある事が指摘されています。

具体的な遺伝子は特定されてはいませんが、1つのADHD遺伝子があるわけではなく、複数の遺伝子が発症に関わっていることが推測されています。

遺伝子の中でも特にドーパミンに関係するような遺伝子に異常が認められるという報告が多くあります。

ドーパミンの受容体やドーパミンの輸送体、ドーパミンを分解する酵素の遺伝子に異常をきたすことで、ドーパミン量が正常値を保てなくなり、ADHDを発症してしまうということが考えられます。

Ⅳ.環境的な要因

ADHDの原因として環境的な要因もいくつか指摘されてます。

ADHDは生まれつきの障害であるため、環境というのは主に妊娠中の母親の環境だという事になります。

具体的には、

  • タバコ
  • 出生時の仮死状態や低酸素状態
  • 鉛への暴露

などの指摘があります。

4.育て方の問題、本人の気持ちの問題ではない

ADHDはひと昔前までは「親の育て方が原因だ」と言われたことがありました。

確かに、

  • 落ち着きがない
  • 自分のペースが行動してしてしまう
  • ミスや間違いが多い

などいったものは一見すると「親の教育が不十分なのではないか」と考えられやすいものです。

しかし今まで説明してきたように、現在ではADHDは神経の発達障害で生じているという見解が主流であり、育て方とかそういった問題ではないことはほぼ確実と考えられています。

親御さんの中には「自分の育て方が悪いせいでこうなってしまったのではないか」とひどく落ち込まれる方も少なくありません。しかしそれは誤解です。