ピーゼットシー(一般名:ペルフェナジンマレイン酸塩)は1958年から発売されている抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。
抗精神病薬には古い第1世代と比較的新しい第2世代があります。全体的に見れば新しい第2世代の方が効果と安全性のバランスが良いため、現在では主に第2世代が使われています。
ピーゼットシーは第1世代に属する古い抗精神病薬であるため、現在では限られた症例にしか使わないお薬です。
ここではピーゼットシーの効果や特徴、どんな作用機序を持っているお薬でどんな人に向いているお薬なのかを紹介していきます。
1.ピーゼットシーの特徴
まずはピーゼットシーの特徴について挙げてみます。
ピーゼットシーは、副作用の多い第1世代抗精神病薬であり、現在ではあまり用いられません。
第1世代抗精神病薬の中では、効果も副作用も穏やかです。錐体外路症状や抗プロラクチン血症には注意が必要なものの、その他の副作用は多くはありません。
ピーゼットシーは抗精神病薬です。抗精神病薬は主に統合失調症の治療に用いられるお薬の事で、基本的には脳のドーパミンのはたらきをブロックする作用を持つお薬になります。
これは統合失調症は、脳のドーパミンのはたらきが過剰になってしまっていることが一因だと考えられているからです(ドーパミン仮説)。
抗精神病薬は古い第1世代抗精神病薬と比較的新しい第2世代抗精神病薬に分けられます。
第1世代は古い抗精神病薬で効果はしっかりしているけども副作用も多く、重篤な副作用が生じるリスクがあります。また、統合失調症の陽性症状には効くものの、陰性症状にあまり効かないというデメリットがあります。
【陽性症状】
本来はないものがあるように感じる症状の総称で、「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」といった妄想などがある。
【陰性症状】
本来はある能力がなくなってしまう症状の総称で、活動性が低下してこもりがちになってしまう「無為自閉」や、感情表出が乏しくなる「感情鈍麻」、意欲消失などががある。
第2世代は比較的新しい抗精神病薬で、効果がしっかりしているわりに副作用が軽減されており、重篤な副作用のリスクも少なくなっています。また、陽性症状のみならず陰性症状にも多少効果があるというメリットがあります。しかし第1世代と比べると、体重増加や糖尿病増悪などメタボリックな副作用が多いのがデメリットです。
第1世代は更にフェノチアジン系とブチロフェノン系に分けられます。
フェノチアジン系はドーパミン以外にも様々な受容体に作用するという特徴があります。そのため幻覚や妄想といった統合失調症に特徴的な症状を抑える作用はそこまで強くないのですが、付加的な作用(睡眠の改善や興奮の抑制など)が多く得られます。またドーパミンをブロックしすぎる事による副作用(錐体外路症状、高プロラクチン血症など)も少なくなっています。
【錐体外路症状(EPS)】
ドーパミンが少なくなりすぎる事で、ふるえやしびれ、手足が勝手に動いてしまうなどの神経症状が生じる。
【高プロラクチン血症】
ドーパミンが少なくなることで乳汁を出すホルモンであるプロラクチンが増えてしまい、胸の張りや乳汁分泌が生じてしまう副作用。プロラクチン高値が続くと、乳がんや骨粗しょう症なども発症しやすくなる。
ブチロフェノン系はドーパミンに集中的に作用するという特徴があります。そのため幻覚や妄想には良く効きますが、付加的な作用が得にくく、またドーパミンをブロックしすぎる事による錐体外路症状・高プロラクチン血症などが出やすいお薬になります。
この中でピーゼットシーは第1世代抗精神病薬でありフェノチアジン系の抗精神病薬に属します。
ピーゼットシーもドーパミン仮説に基づき、脳のドーパミンのはたらきをブロックするはたらきを持ちます。フェノチアジン系の特徴の通り、ドーパミン以外にも様々な受容体をブロックしてくれるお薬にはなりますが、その中でもドーパミンに対する作用が強めです。
そのため幻覚妄想をしっかりと抑えてくれますが、錐体外路症状や高プロラクチン血症といった副作用も少なくありません。
ドーパミン以外の作用としては、
- ノルアドレナリンをブロックする事による穏やかな鎮静
- セロトニンをブロックする事による陰性症状の改善
などが挙げられます。
ノルアドレナリンは血圧や意欲に関係しているため、これをブロックする事で穏やかに鎮静をかける事が出来ます。
またセロトニンには様々なはたらきがありますが、その中でもセロトニン2A受容体をブロックする事で、抗精神病薬で生じやすい副作用の1つである錐体外路症状を軽減させたり、統合失調症の症状の1つである陰性症状を改善させる作用(賦活作用)も期待できます。
一方で、
- ヒスタミンをブロックする作用
- アセチルコリンをブロックする作用
はそこまで強くはありません。
ヒスタミンは覚醒に関わっている物質であり、ブロックする事で眠気や鎮静を引き起こします。これは不眠の改善や興奮を和らげる際には効果的な作用なのですが、ピーゼットシーはこの作用はあまり強くはありません。
フェノチアジン系は眠くなるお薬が多いのですが、その中でピーゼットシーは他のフェノチアジン系と比べれば眠気は強くないお薬になります。
アセチルコリンはブロックされると抗コリン症状と呼ばれる副作用が出現します。抗コリン症状には口渇(口の渇き)や尿閉(尿が出にくくなる)、便秘などがあります。ピーゼットシーはこれらの副作用の頻度は少なめです。
また精神科領域以外の作用として、めまいや吐き気の改善も期待できるという特徴があります。これはピーゼットシーが延髄にある嘔吐に関係する中枢をブロックするためだと考えられています。ここから、胃腸炎で吐き気が辛い時や抗がん剤の副作用で吐き気がひどい時などに用いられる事もあります。
このような特徴から、ピーゼットシーは穏やかに鎮静をかけたい時に良く用いられます。ある程度しっかりと治療はしたいけども、強い眠気やふらつき・体重増加などが出てしまうと困る場合などに適しています。
ピーゼットシーは第1世代ですので副作用は少なくありませんが、第1世代の中では副作用が穏やかなのも特徴です。特にフェノチアジン系で良く見られる、過剰な催眠・鎮静が少なく、また食欲増加、抗コリン作用(口渇、便秘、尿閉など)やふらつきなどの副作用も他のフェノチアジン系と比べると少なくなっています(生じないわけではありません)。
しかしピーゼットシーのような第1世代の抗精神病薬は古いお薬であり、時に重篤な副作用を起こすリスクがある事は忘れてはいけません。重篤な不整脈(心室細動、心室頻拍など)や悪性症候群、麻痺性イレウスなど、命に関わるような副作用が生じることがあり、これが第1世代があまり使われなくなってきた一番の理由になります。
第1世代抗精神病薬であるピーゼットシーは、現在ではその副作用の問題から処方される頻度は多くはなく、何らかの理由で第2世代が使えない時などに限って用いられるお薬になります。
第2世代で似たような作用を持つものには、
- ジプレキサ(一般名:オランザピン)
- セロクエル(一般名:クエチアピン)
などのMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)があり、現在ではピーゼットシーの適応となるような症例では、まずはMARTAが用いられることが一般的です。
以上から、ピーゼットシーの特徴として次のような事が挙げられます。
【良い特徴】
- 第1世代の中では全体的な副作用は少なめ(錐体外路症状と抗プロラクチン血症は除く)
- 全体的に穏やかな効果と穏やかな副作用
- 第1世代の中では陰性症状を改善する賦活作用がある
- めまいや吐き気を改善させる作用もある
【悪い特徴】
- 第1世代であるため、重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
- 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない
2.ピーゼットシーの作用機序
抗精神病薬はドーパミンのはたらきをブロックするのが主なはたらきです。統合失調症は脳のドーパミンが過剰に放出されて起こるという説(ドーパミン仮説)に基づき、ほとんどの抗精神病薬はドーパミンを抑える作用を持ちます。
ピーゼットシーは抗精神病薬の中でも、「フェノチアジン系」という種類に属します。
フェノチアジン系には、ピーゼットシー以外にも、
- コントミン(一般名:クロルプロマジン)
- レボトミン・ヒルナミン(一般名:レボメプロマジン)
- ノバミン(一般名:プロクロルペラジン)
- フルメジン(一般名:フルフェナジン)
などがあります。
フェノチアジン系は全体的に、様々な受容体に作用して特に鎮静力に優れるという特徴があります。そのため、統合失調症の治療薬として用いられる他、興奮症状の鎮静や不眠の改善などに用いられることもあります。しかし多くの受容体に作用するという事は、多くの余計な作用が出やすいという事でもあり、眠気やふらつきや抗コリン症状(口渇・便秘・尿閉など)、体重増加、血圧低下などの副作用が時に問題となります。
しかしピーゼットシーはフェノチアジン系の中では、鎮静作用が弱いお薬です。
ピーゼットシーでは、
- ドーパミンをブロックする事による幻覚・妄想の改善
- セロトニンをブロックする事による陰性症状の改善
- ノルアドレナリンをブロックする事による穏やかな鎮静
といった効果が期待できます。鎮静をかける力は弱いため、興奮が強い患者さんには向いていませんが、穏やかに症状を改善させてくれます(とはいっても古い第1世代ですので、副作用には注意が必要です)。
またピーゼットシーには「制吐作用(吐き気を抑える)」もあることが知られています。実はこれもドーパミンをブロックする作用によるものです。脳の延髄には「化学受容体引き金帯(Chemoreceptor Trigger Zone:CTZ)」という部位があり、ここのドーパミン受容体がブロックされると制吐作用が得られるのです。
ちなみにピーゼットシーのような第1世代抗精神病薬は統合失調症の陽性症状には非常に有効ですが、陰性症状や認知機能障害はむしろ悪化させてしまうリスクもあると言われています(特に高用量を使用している場合)。
ピーゼットシーは陰性症状には第1世代の中では効果が期待できますが、認知機能障害の悪化には注意が必要です。
【認知機能障害】
認知(自分の外の物事を認識すること)に関係する能力に障害を来たすことで、情報処理能力、注意力・記憶力・集中力・理解力や計画能力・問題解決能力などの高次能力(知的能力)に障害を認めること。
そのため近年ではピーゼットシーはあまり用いられておらず、ピーゼットシーを用いるような症例に対しては、第2世代抗精神病薬が用いられます。第2世代の中でも特にMARTAという種類の抗精神病薬がピーゼットシーと比較的作用が似ているため、用いられます。
MARTA(Multi Acting Receptor Targeted Antipsychotics:多元受容体作用抗精神病薬) は、1990年頃より発売され始めた比較的新しいお薬で、その名の通り多くの受容体を遮断する作用に優れるお薬のことです。
具体的には、
- ジプレキサ(一般名:オランザピン)
- セロクエル(一般名:クエチアピン)
などがあります。
MARTAとフェノチアジン系はまったく同じ作用機序を持つお薬ではありませんが、共に多くの受容体をブロックする作用に優れ、鎮静力があるという点では似た特徴を持っています。更にフェノチアジン系と比べたMARTAの利点として
- 全体的に副作用が少ない
- 命の関わるような重篤な副作用が少ない
- 陰性症状にも効果が期待できる
というメリットがあります。
一方でデメリットとしては、
- 体重増加や糖尿病悪化などメタボリックな副作用が多い
という点があります。
全体的にはピーゼットシーのようなフェノチアジン系よりもMARTAの方が安全性は高いため、現在ではまずはMARTAを用いることが多くなっており、ピーゼットシーなどの第1世代が検討されるのは、第2世代では効果が不十分な場合など、やむを得ないケースに限られます。
3.ピーゼットシーの適応疾患
添付文書にはピーゼットシーの適応疾患として、
・統合失調症
・術前・術後の悪心・嘔吐
・メニエル症候群(眩暈、耳鳴)
が挙げられています。
現在の臨床現場での主な用途は統合失調症になります。穏やかに鎮静をかけてくれるピーゼットシーは眠気やふらつき、体重増加などの副作用をあまり起こしたくないような症例に使われます。
また吐き気やめまいを抑える作用を持つため、悪心・嘔吐やメニエル病にも適応を持っていますが、これは他の抗めまい薬や制吐剤が効かなかった時にのみ使われ、最初から積極的にピーゼットシーが使われることはありません。
前述の通り、副作用の多い第1世代であるピーゼットシーは現在では第1選択として用いられるお薬ではないのです。
4.抗精神病薬の中でのピーゼットシーの位置づけ
抗精神病薬には多くの種類があります。その中でピーゼットシーはどのような位置づけになっているのでしょうか。
まず、抗精神病薬は大きく「第1世代」と「第2世代」に分けることができます。第1世代というのは定型とも呼ばれており、昔の抗精神病薬を指します。第2世代というのは非定型とも呼ばれており、比較的最近の抗精神病薬を指します。
第1世代として代表的なものは、セレネース(一般名:ハロペリドール)やコントミン(一般名:クロルプロマジン)などです。ピーゼットシー(一般名:ペルフェナジン)もここに属します。これらは1950年代頃から使われている古いお薬で、強力な効果を持ちますが、副作用も強力だという難点があります。
特に錐体外路症状と呼ばれる神経症状の出現頻度が多く、これは当時問題となっていました。また、悪性症候群や重篤な不整脈など命に関わる副作用が起こってしまうこともありました。
そこで、副作用の改善を目的に開発されたのが第2世代です。第2世代は第1世代と同程度の効果を保ちながら、標的部位への精度を高めることで副作用が少なくなっているという利点があります。また、ドーパミン以外の受容体にも作用することで、陰性症状や認知機能障害の改善効果も期待できます。
第2世代として代表的なものが、SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)であるリスパダール(一般名:リスペリドン)やMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)と呼ばれるジプレキサ(一般名:オランザピン)、DSS(ドーパミン部分作動薬)と呼ばれるエビリファイ(一般名:アリピプラゾール)などです。
現在では、まずは副作用の少ない第2世代から使用することがほとんどであり、第1世代を使う頻度は少なくなっています。第1世代が使われるのは、第2世代がどうしても効かないなど、やむをえないケースに限られます。
ピーゼットシーの抗精神病薬の中での位置づけは、
- 第1世代であり重篤な副作用に注意
- 副作用の多さから、現在では最初から使う事はないお薬
- 第1世代の中では穏やかに効き、全体的な副作用も少なめ
- 第1世代の中では陰性症状に効果がある可能性がある
- めまいや嘔吐などを抑える作用もある
といったところです。
かんたんに言えば「昔のお薬」であり、現在では「今のお薬が効かない場合に限って使用を検討されるお薬」という位置づけになります。
5.ピーゼットシーの使い方
ピーゼットシーはどのように使うのでしょうか。ピーゼットシーの使用方法は、
通常成人1日6~24mgを分割経口投与する。
精神科領域において用いる場合には、通常成人1日6~48mgを分割経口投与する。
なお、年齢、症状により適宜増減する。
と記載されています。
効きには個人差もありますが、副作用に注意が必要な第1世代ですので最初から24mgなどの高用量は使わないようにしましょう。
また1日の服用回数が明記されていませんが、半減期(お薬の血中濃度が半分に下がるまでの時間)が約9.5時間である事から、だいたい1日2~3回に分けて服薬する事が一般的です。
6.ピーゼットシーが向いている人は?
ピーゼットシーの特徴をもう一度みてみましょう。
- 第1世代の中では全体的な副作用は少なめ(錐体外路症状と抗プロラクチン血症は除く)
- 全体的に穏やかな効果
- 第1世代の中では陰性症状を改善する賦活作用がある
- めまいや吐き気を改善させる作用もある
- 第1世代であるため、重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
- 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない
といった特徴を持つことが挙げらました。
ピーゼットシーは古い第1世代に属するお薬ですので、現在では最初から使われる事はありません。
ピーゼットシーを使うのは、
- 第2世代がどうしても使えないケース
- 第2世代では効果が不十分なケース
などに限られるでしょう。
昔であればピーゼットシーの使用を検討された症例は、現在ではまずは作用機序が比較的似ているMARTA(セロクエル、ジプレキサなど)が検討されます。
第2世代が何らかの理由で使えない場合で、
- 興奮や不穏がそこまで強くない患者さん
- 陰性症状が主体の患者さん
- 眠気・ふらつきや体重増加などをなるべく起こしたくない患者さん
などに適したお薬となります。