ノックビン原末の効果と特徴【アルコール依存症治療薬】

ノックビン原末(一般名:ジスルフィラム)は1953年から発売されている抗酒薬になります。「抗酒薬」というと聞き慣れない用語ですが、これはアルコール依存症の治療薬です。

アルコール依存症患者さんの数は多く、治療が必要なアルコール依存症の患者さんは、日本だけでも80万人以上もいると推定されています。

依存症は有効な治療薬が少なく、「本人の意志」が治療において重要になります。しかし依存性のある物質を断つ、というのは並大抵の覚悟ではできません。再び依存物質に手を出してしまうことは多く、治療はなかなか難しいのが現状です。

そのためアルコール依存症の治療では、「本人の意志」だけで頑張るのではなく、抗酒薬も上手に利用していく事が大切です。そしてノックビンもアルコール依存症の治療に役立つ可能性のあるお薬の1つになります。

ノックビンはどのような特徴があるお薬なのでしょうか。ここではノックビンの効果や特徴についてお話していきます。

1.ノックビンの効果と特徴

ノックビンは抗酒薬(こうしゅやく)という、アルコール依存症の治療薬になります。

抗酒薬はいくつかのお薬が発売されていますが、作用機序から大きく2つに分ける事が出来ます。

それは、

  • 服用する事で、強制的にアルコールを飲めない状態にするお薬
  • 服用する事で、アルコールを飲みたい気持ち(飲酒欲求)を抑えるお薬

の2つになります。

このうちノックビンは前者に該当します。また同様の作用を持つお薬として、シアナマイド(一般名:シアナミド)もあります。

一方で後者に該当するお薬には、レグテクト(一般名:アカンプロサート)があります。

ノックビンの作用を簡単に言うと、アルコールの分解を抑えるお薬になります。ノックビンを服用するとアルコールが体内で分解されにくくなるため、少量のアルコールを飲んだだけで、大量のアルコールを飲んだ時のような状態になってしまいます。

みなさんも大量にお酒を飲んでしまい、

  • 動悸(脈が速くなる)
  • 呼吸困難(息がしずらくなる)
  • 悪心・嘔吐(気持ち悪くなる)
  • 頭痛

などの不快な症状が出た経験があると思います。

ノックビンを服用すると、ちょびっとのお酒を飲んだだけでこのような不快症状が出てしまうようになるのです。

お酒を少し飲んだだけで不快な症状が出るようになるため、お酒に対して嫌悪意識が生まれ、お酒を飲まなくなるというのが、ノックビンの狙いになります。

ノックビンはこのようにアルコール依存症の治療薬として有効なお薬ではありますが、欠点もあります。

「お酒を強制的に飲めなくする」「お酒を飲むと不快反応が生じるようにさせる」という懲罰的な治療薬であるため、

  • そもそも本人がお薬を飲んでくれなければ意味がない
  • お薬を飲んだ上でお酒を大量に飲んでしまうと危険

だという問題点があるのです。

主に外来での治療などでは、お薬を飲むか飲まないかは患者さん本人の意志にかかっています。本人に治療の意志がなければそもそもお薬を飲みませんので、全く効果は出ません。

またノックビンを服用した上で大量にアルコールを服用してしまうと、急性アルコール中毒のような状態に至りやすくなります。最悪の場合、命を落とす危険もあり、お薬に対する正しい理解をした上で服用しないと危険なお薬になります。

2.ノックビンの作用機序

ノックビンは、どのような作用機序を持っているのでしょうか。

ノックビンの作用は、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)という酵素、あるいはその補酵素であるDPN(diphosphopyridine nucleotide)のはたらきを抑える事だと考えられています。

(補酵素:酵素のはたらきを補助する物質の事)

アルコールの成分である「エチルアルコール」は、体内でアセトアルデヒドという物質になります。このアセトアルデヒドは有害物質であり、いわゆる「酔い」の症状を引き起こす物質になります。

アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)は、有害なアセトアルデヒドを無害な物質である酢酸に分解する酵素になります。つまりアセトアルデヒド脱水素酵素がしっかり働いてくれると酔っ払った時に出てくる不快症状が出にくいという事になります。

元々体質的にアルコールが強い人、弱い人がいますが、これはアセトアルデヒド脱水素酵素の活性に個人差があるためだと考えられます。

アセトアルデヒド脱水素酵素の活性が高い人は、アセトアルデヒドをすぐに酢酸に分解してしまうため、たくさんアルコールを飲んでも酔いません。

一方でアセトアルデヒド脱水素酵素の活性が低い人は、なかなかアセトアルデヒドを酢酸に分解できないため、少量のアルコールでも酔ってしまうのです。

そしてノックビンはアセトアルデヒド脱水素酵素のはたらきを抑えてしまいます。つまり元々アセトアルデヒド脱水素酵素の活性が高い人も、アセトアルデヒド脱水素酵素の活性が極めて弱くなってしまい、お酒を飲むと有害物質であるアセトアルデヒドがすぐに体内に蓄積してしまうようになるのです。

すると、少量のお酒を飲んだだけで、

  • 動悸(脈が速くなる)
  • 呼吸困難(息がしずらくなる)
  • 悪心・嘔吐(気持ち悪くなる)
  • 頭痛

といった不快症状が生じるようになります。

このような不快症状が生じると、お酒を飲みたくなくなるため、アルコール依存症治療に効果を発揮するのです。

3.ノックビンはアルコール依存症に効果があるのか

ノックビンはアルコール依存症の患者さんにどのくらい効果があるのでしょうか。

ノックビンは確かに服用すればアルコール依存症に効果があります。強制的に飲酒が出来ない身体にしてしまうわけですので、確かにお酒は飲まなくなるでしょう。

しかしこれは、本人の意志で断酒しているわけではなく、ただ強制的に飲めなくしているだけだという欠点があります。

つまり、入院治療などの強制的にお薬を飲ませる事が出来る状況であればその場は有効なのは確かですが、外来治療など本人の意志が重要になってくる状況だと、必ずしも効果が得られるわけではないという事です。

本人に治療する意志がなく、そもそもノックビンを服用しなければ全く効果は得られません。

このように考えるとノックビンはアルコール依存症治療の補助的なものに過ぎないと考えられます。ノックビンだけでアルコール依存症を治すのは難しく、断酒教育や自助グループへの参加、精神療法などを併用して本人の断酒の意志を高めていく事も重要になります。

実際、ノックビンの臨床効果を見た報告では、

  • ノックビンに対する情緒反応が強烈で神経症様反応を起こしやすい性格
  • 心因性に基づく中毒患者

には良い効果が得られた一方で、

  • 意志薄弱な本質的中毒患者
  • 性格異常を基盤とした中毒患者

には全く無効である場合が多かったと報告されています。

またノックビンで一時的に断酒が出来たとしても、ノックビンの服用を終了して半年も経つと、約60%の患者さんが飲酒を再開している事も報告されています。また別の報告では、治療1年後の断酒継続者はわずか6%しかいなかったそうです。

ここからも、ノックビンのアルコール依存症治療効果は、あくまでも補助的なものに過ぎず、本質的には本人の断酒の意志が何よりも重要であるという事が分かります。

4.ノックビンの使用方法

ノックビンはどのように使用するのでしょうか。添付文書には次のように記載されています。

通常、1日0.1~0.5gを1~3回に分割経口投与する。

本剤を1週間投与した後に通常実施する飲酒試験の場合には、患者の平常の飲酒量の1/10以下の酒量を飲ませる。飲酒試験の結果発現する症状の程度により本剤の用量を調整し、維持量を決める。

維持量としては、通常0.1~0.2gで、毎日続けるか、あるいは1週毎に1週間の休薬期間を設ける。

ノックビンは、まずは0.1~0.5g/日の量で開始します。

1週間ほどこの量で服用してもらったら、ノックビンの量をその患者さんの適正量に調整するため、患者さんに少量のアルコールを飲んでもらい、どのくらいの量で不快症状が出現するのかを測定(飲酒試験)し、それによってノックビンの量を再調整します。

ちなみにこの飲酒試験は、ノックビンの服用量を決めるという意図だけでなく、「お酒を飲むとこんなに大変な事が起こるよ」という事を患者さんに意識づける意味もあります。お酒を不快なものだと認識させる事も狙いです。

この飲酒試験は、必ず医療者がいる場所で行う必要があります。ノックビンを服用中の患者さんはアルコールを分解する力が極めて弱くなっているため、アルコール中毒などに至りやすい状態になっています。そのため、医療者が必ず付き添い、万が一急性アルコール中毒などの症状が出現してしまった場合にすぐに対処できるように準備しておかなくてはいけません。

ちなみにこの飲酒試験、添付文書的には行わなくてはいけない事になっていますが、患者さんにあえて不快症状を生じさせる試験であるため、その意義について疑問視する専門家も多く、実際の現場ではあまり行われていません、

またノックビンは、

  • 重篤な心障害のある方
  • 重篤な肝・腎障害のある方
  • 重篤な呼吸器疾患のある方
  • アルコールを含む医薬品・食品・化粧品を使用又は摂取中の方
  • 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人

への投与は出来ません(禁忌)。

ノックビンはアルコール濃度を急激に高める事により、不整脈や肝障害、腎障害、呼吸困難などの症状を引き起こす事があります。元々これらの臓器に異常のある方は危険度が増すため使用する事は出来ないのです。

また海外での妊婦さんの投与の報告で、先天性奇形や流産が報告されているため、妊婦さんにも使用する事は出来ません。

5.ノックビンとシアナマイドの違い

抗酒剤にはノックビンの他にも「シアナマイド(一般名:シアナミド)」があります。

シアナマイドもノックビンも、ともにアセトアルデヒド脱水素酵素のはたらきを抑える事でアルコールを分解させにくくし、お酒を飲めない身体にしてしまう治療薬になります。

このシアナマイドとノックビンはどのような違いがあって、どのように使い分ければいいのでしょうか。

まず効果の強さとしてはノックビンの方が強力です。これはアルコールを摂取した場合により強く不快症状が出現するという事です。シアナマイドはノックビンと比べると穏やかな効きになります。

即効性はシアナマイドが優れます。シアナマイドは服用してから5分ほどで効果が表れますが、一方でノックビンは数日かかります。

そのためすぐに効果が欲しいような状況ではシアナマイドの方が役立ちます。

持続時間はノックビンが優れ、6~14日続くのに対して、シアナマイドは12~24時間になります。

例えば、外出時に飲酒を抑えたいという目的であれば、即効性のあるシアナマイドが良いでしょう。

お薬の飲み忘れが多かったり、服薬コンプライアンスが悪い方であれば長く効くノックビンの方が良好な結果を得られる可能性があります。

このように両者の特性に合わせて使い分けられています。

6.ノックビンの歴史

ノックビンは少し面白い歴史があります。

実はこのお薬の抗酒作用は、偶然に発見されたものなのです。

ノックビンの主成分である「ジスルフィラム」は、最初は抗酒薬として使われていたわけではなく、ゴムの硫化促進剤(ゴムに硫化物を加える事で弾性を高めるお薬)として、主にタイヤ工場などで使われている物質でした。

そしてその当時、タイヤ工場の従業員が仕事後に飲み屋さんでアルコールを飲んでいると、どうも激しい急性症状を生じやすいという事が気付かれていました。

このようなエピソードから、研究によってジスルフィラムはアルコールを分解する酵素であるアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)のはたらきを抑える事が発見され、ジスルフィラムを摂取した人は少量のアルコールを飲むだけで、

  • 顔面紅潮(顔が赤くなる)
  • 動悸
  • 呼吸苦

などの不快症状が出現する事が分かりました。

ここから「この物質はアルコール依存症の治療薬に使えるのではないか」と考えられ、抗酒薬として用いられるようになったのです。