ストラテラカプセル・ストラテラ内用液(一般名:アトモキセチン塩酸塩)は2009年より販売されているADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬です。
ADHDは神経発達障害に属する障害であり、不注意(ミスが多い)・多動性(落ち着きがない)・衝動性(我慢できない)といった症状を認めます。これにより生活に様々な支障が生じてしまい、本人は大きく苦しんでしまいます。
ストラテラはADHDのこれらの症状を改善させる効果があります。
ストラテラは従来使用されていたADHDの治療薬である「中枢神経刺激薬」(コンサータなど)とは異なる作用機序を持つため、中枢神経刺激薬では十分な効果が得られなかったという方でも効く可能性があります。また中枢神経刺激薬で問題となる耐性・依存性・乱用といった副作用も生じないため、安全性に優れるADHD治療薬となります。
果たしてこのストラテラという薬どんな特徴を持ったお薬で、どんな人に向いているお薬なのでしょうか。
ここではストラテラの効果や特徴についてお話していきます。
1.ストラテラの特徴
まずはストラテラの特徴をざっくりと紹介します。
- 効果は穏やか
- ノルアドレナリンとドーパミンを増やすことで、ADHDの症状を改善させる
- 中枢神経刺激薬ではないため、依存性や乱用のリスクがない
ストラテラは2009年からADHDに使われるようになった新しいお薬です。そのためストラテラについて詳しく知るためには、まず従来のADHDの治療薬を知る必要があります。
ADHDの治療薬としては従来「中枢神経刺激薬」というお薬が用いられていました。これは具体的にはメチルフェニデート(商品名:コンサータ)などになります。
中枢神経刺激薬は、文字通り中枢神経を刺激することで脳の覚醒度を上げ、注意力・集中力を上げます。不注意症状の改善の他、多動性や衝動性症状の改善効果もあります。
具体的には主に脳のドーパミンを増やすことでこれらの効果を発揮すると考えられています。またノルアドレナリンを増やす作用もあり、これも症状改善に役立っている可能性があると言われています。
中枢神経刺激薬はADHDの治療薬として有用なお薬ですが、同時に問題点もあります。それは「耐性」「依存性」が生じる可能性があり、これらの理由から乱用につながりやすいということです。
ちなみに耐性とは、お薬を使い続けていると次第に身体がお薬に慣れてしまい、効きが悪くなってくることです。依存性というのは、お薬を使い続けていることで心身が次第にそのお薬に頼りきってしまうようになり、お薬を止められなくなってしまうことです。依存性が出来てからお薬を止めようとすると落ち着かずソワソワすイライラするといった精神症状が出現したり、あるいは震えや頭痛、しびれなどといった身体症状が出現してしまい、お薬を止めるのが困難になります。
このように耐性や依存性が形成されるとお薬をより多く欲してしまうようになり、お薬を乱用してしまうリスクが高くなってしまうのです。
中枢神経刺激薬というのは脳の覚醒度を上げるお薬であり、これは要するに「覚せい剤」と基本的な作用は同じです。覚せい剤には耐性と依存性があり、その乱用はしばしば社会的に問題となっています。中枢神経刺激薬にも覚せい剤と同じようなリスクがあるのです。
更に困ったことにADHDという疾患は、依存になりやすい傾向があります。実際ADHDの方は合併症としてアルコール依存症やギャンブル依存症の方が少なくありません。それは衝動性という症状によって我慢ができなかったり、社会的に苦労することが多くつい薬物に手を出してしまいやすいという理由が挙げられます。そのためADHDの方に依存性のあるお薬を投与するのは、リスクもある行為になるのです。
中枢神経刺激薬はADHDの治療において有用なお薬なのですが、このような問題もあるのです。
対してストラテラは、ADHDの治療薬ではありますが、中枢神経刺激薬ではありません。ADHD治療薬としては初めての中枢神経刺激薬ではないお薬になります。
効果の強さとしては中枢神経刺激薬にはやや劣ってしまいますが、それでもADHDの各症状を改善させる効果はしっかりと確認されています。そして最大の特徴は耐性や依存性が生じないという点です。乱用などのリスクが少なく、安全に治療薬として用いることが出来るのです。
デメリットとしては、効果発現までに時間がかかること、そして服薬初期に副作用が生じやすい事が挙げられます。
個人差はありますが、服薬を開始してから効果を実感するのには早くても1カ月、通常は2か月ほどかかります。また効果はこのようにゆっくりと出てくるのですが、副作用は投与初期(数時間~数日程度)に出てきます。
副作用の多くは投与初期に出て、自然と改善していくのですが、飲み始めは「効果は出ないくせに副作用ばかり出る」という時期があるため、ここをうまく乗り切るのが重要になります。
そのためにはなるべく少量から始めて少しずつストラテラの量を増やしていったり、一時的に副作用止めのお薬を併用したりといった方法が取られることがあります。
2.ストラテラの作用機序
ADHDは、脳(主に前頭葉)のドーパミン低下が一因だと考えられています。またノルアドレナリンの低下も関係していると考えられています。中枢神経刺激薬は脳のドーパミンとノルアドレナリン濃度を上げることでADHDの症状を改善させると考えられています。
ではストラテラはどのような機序によってADHDを改善させているのでしょうか。
ストラテラの基本的な作用機序は、「脳内のノルアドレナリンの濃度を増やす」ことになります。ノルアドレナリンは神経間に分泌される物質であり、神経と神経の連絡をするはたらきがある「神経伝達物質」です。ノルアドレナリンは気分に関係する神経伝達物質である「モノアミン」に属し、主に意欲ややる気などに関係していると考えられています。
ストラテラは具体的にはノルアドレナリンが再取り込み(吸収)されるのを防ぐはたらきがあります。ストラテラによってノルアドレナリンの再取り込みがされなくなれば、ノルアドレナリンは長く神経間に留まるようになるため、ノルアドレナリンの濃度が増えるというわけです。
しかしADHDの原因は、ノルアドレナリンよりもドーパミンの低下の方が大きいと考えられているため、ノルアドレナリンを増やすだけではADHDへの効果は乏しいはずです。なぜノルアドレナリンを増やすストラテラがADHDに効果があるのでしょうか。
ストラテラはドーパミンの再取り込みを防ぐはたらきはほとんどありません。しかし面白い事に脳の前頭葉のドーパミン濃度を増やす作用があることが確認されているのです。これは脳の前頭葉は元々ドーパミン神経が少なく、そのためノルアドレナリン系の神経がドーパミンの分泌にも影響しているからではないかと考えられています。
そしてドーパミンはこのような理由から前頭葉のドーパミンは増やすのですが、その他の部位のドーパミンはほとんど増やしません。特に依存性に関係していると言われている脳の側座核という部位のドーパミンを増やさないことが確認されており、これがストラテラが依存性を生じない理由だと考えられます(ちなみに中枢神経刺激薬は脳全体のドーパミンを増やすため、側座核のドーパミンも増やします。そのため依存性が生じます)。
またストラテラはADHDの、
- 不注意症状
- 多動性症状
- 衝動性症状
のいずれの症状も有意に改善させることが確認されています。
3.ストラテラの適応疾患
ストラテラの適応疾患としては、添付文書には、
注意欠陥/多動性障害(AD/HD)
が記載されています。
実臨床においても、ストラテラを使用するのはADHDの診断がついている患者さんのみです。
ADHDの中でも、使用は6歳以上に限られます。その理由としては、6 歳未満の患者さんへの有効性・安全性の研究はされていないからです。
実際は6歳程度だとまだADHDかどうか判断がつかないことも多く、またあまりに小さい子にはなるべくお薬は投与しないため、6歳未満の子にストラテラが使えないことで困ることはほとんどありません。
ちなみに気分に影響する物質であるノルアドレナリンを増やす作用に優れるストラテラは「うつ病」にも効果があるのではないか、と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
実際、抗うつ剤のうち、
- 三環系抗うつ剤
- セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
- ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
などは、ノルアドレナリンを増やすことが抗うつ作用の1つだと考えられています。
ここから考えるとストラテラにも抗うつ作用はあるはずです。
実はストラテラは当初は抗うつ剤として開発が始まったお薬です。しかし残念なことにうつ病に対しては有効性が確認できませんでした。その後、ADHDの原因として脳のドーパミン及びノルアドレナリンの減少が指摘されるようになり、ストラテラが効果があることが発見され、今ではADHDの治療薬として用いられているのです。
理論上はノルアドレナリン、そして前頭葉のドーパミンを増やす作用を持つストラテラはうつ病を改善させる可能性はあるお薬になります。しかし現状としてはうつ病に対しての適応はないため、ADHDの治療以外の目的で処方されることはありません。
4.ストラテラの強さ
ADHDはどの程度の強さを持つお薬なのでしょうか。
ADHDの治療薬というのは大きく分けると2種類があります。
1つ目が中枢神経刺激薬です。これは脳のドーパミンを増やす事で脳の覚醒度を上げ、ADHDの症状を改善させるお薬になります。
具体的には、
- コンサータ(一般名・メチルフェニデート)
があります。
中枢神経刺激薬は、ADHDの諸症状に対してしっかりとした効果がありますが、耐性・依存性や乱用などの問題もあります。「効果は良いけども副作用にも注意が必要なお薬」だということになります。そのためコンサータはどの医師でも処方できるお薬ではありません。「コンサータ錠登録医師」に登録されている医師のみが処方できるお薬になります。
ちなみに、リタリン(一般名:メチルフェニデート)というお薬も以前はADHDの治療薬として用いられていましたが、現在では依存性や乱用の問題からADHDの治療薬としては使えなくなりました。
リタリンもコンサータも同じメチルフェニデートという中枢神経刺激薬ですが、コンサータは徐放製剤というゆっくり効き始めるようなタイプのお薬になります。ゆっくり効いてくるコンサータの方がリタリンよりも安全性が高いため、コンサータは登録医師であれば処方できるのです。
そして2つ目が非中枢神経刺激薬です。これは脳のノルアドレナリンを増やす作用がある「ストラテラ」、アドレナリン2A受容体を刺激する「インチュニブ」があります。
ストラテラはノルアドレナリンを増やす作用に優れますが、直接ドーパミンを増やす作用はないため、その効果の強さはどうしても中枢神経刺激薬よりは弱くなります。しかしその分、耐性や依存性、乱用といった問題が生じにくい、安全性の高いお薬となります。
中枢神経刺激と非中枢神経刺激薬はそれぞれ作用機序が異なるため、一方のお薬が効かない場合でももう一方は効く可能性があります。一般的には中枢神経刺激薬が効果が強くて、非中枢神経刺激薬は効果が弱いと言えますが、個人差はあります。人によっては非中枢神経刺激薬の方が効くという方もいらっしゃいます。
5.ストラテラが向いている人は?
ストラテラはADHDの治療に用いられ、
- 効果は穏やか
- ノルアドレナリンとドーパミンを増やすことで、ADHDの症状を改善させる
- 中枢神経刺激薬ではなく、依存性や乱用のリスクがない
といった特徴がありました。
また中枢神経刺激薬のコンサータはコンサータ錠登録医師として登録している医師しか処方できませんが、ストラテラは医師であれば誰でも処方することが可能です。
ここからストラテラは、ADHDの方で薬物療法が必要である場合、まず用いるお薬として適しています。
お薬は安全性の高いものから始めることが原則となるため、まずは安全性の高いストラテラなどのお薬から開始し、それでも効果が不十分である場合はコンサータなどの中枢神経刺激薬を試すのが良いでしょう。
6.ストラテラの導入例
ストラテラは18歳未満の場合と、18歳以上では投与方法に若干の違いがあります。
18歳以上の場合、ストラテラ40mg/日(1日1~2回投与)より開始します。その後、最低でも1週間以上の間隔を空けて80mg/日まで増量します。更にその後は最低でも2週間以上の間隔を空けて、最終的には80~120mg/日で維持します。
18歳未満の場合は、基本的には体重を元に投与量を計算します。最初はストラテラ0.5mg/kg/日(1日1~2回投与)より開始します。その後、最低でも1週間以上の間隔を空けて0.8mg/kg/日まで増量し、同じように最低でも1週間以上の間隔を上げて1.2mg/kg/日まで増量します。更にその後も最低でも1週間以上の間隔を空けて、最終的には1.2~1.8mg/kg/日で維持します。
ストラテラは投与初期に副作用が生じやすいため、副作用がなるべく軽くなるように慎重に少しずつ増やしていく必要があります。投与初期の副作用として特に多いのが消化器系の副作用(吐き気、腹痛、下痢)や食欲減退などです。またそれ以外にも眠気、口渇(口の渇き)、頭痛などの副作用も生じることがあります。
効果が出始めるのは遅く、早くても4週間、通常は6~8週間ほどかかります。
このようなお薬の特徴から、急いで効果を求めるのではなく、ゆっくりゆっくりと増やしていってじっくりと効果を待った方が良いお薬になります。
基本的には一時的に飲むお薬ではなく、長期間付き合っていくお薬になるため、ゆっくりと増やしていき、自分にとって最適な量を慎重に判断していかないといけません。
すぐに「効いてきた!」「効果を実感できた!」という効き方ではなく、気が付いたら「そういえば先月よりはミスが少なくなっているかも」「先月よりは落ち着けることが増えてきたなぁ」といった感じの効き方です。
効果の感じ方には個人差がありますが、患者さんからは「劇的に効いているという感じではなく、頭に張っていた膜が一枚取れたような感じです」というような感想を頂きます。