拒食症では食事の量が極端に減ってしまうため、それによって心身に様々な問題が生じるようになります。
問題は十分な食事を取れない事で生じているため、治療の目標は「食事を食べれるようになること」になります。
こう書くと簡単な事のように聞こえるかもしれません。しかし、これは決して簡単なことではありません。拒食症の方は太ることに対して非常に強い恐怖を持っているため、「もっと食べた方がいいよ」といくら説得されても、それを簡単に受け入れることは出来ません。
しかし、かといって極端に少ない食事量を続けていると極度の栄養失調状態となり、命の関わるような状態になってしまうこともあります。
拒食症の方が食事を取るためにはどのような方法が考えられるでしょうか。
魔法のような方法があるわけではありませんが、ここでは拒食症の方が少しでも食事を取れるようになるヒントを考えてみたいと思います。
1.なぜ食事を食べないのか
拒食症の一番の問題は、十分な量の食事を取れていない事です。これによって心身には大きな不調が生じてしまいます。
身体的な症状・精神的な症状と様々な症状が出現する可能性がありますが、特に怖いのは身体的な症状です。
生きていく上で栄養摂取は不可欠だという事は誰もが理解しているでしょう。十分な栄養が取れていなければ当然、様々な弊害が出てきます。低体温、低血糖、意識障害、電解質異常や不整脈、感染症など、命に関わるような状態になってしまう事もあります。実際、拒食症の方の死亡率は7%ともいわれており、これは極めて高い値です。
拒食症の方の治療目標は、「適切な量の食事を食べれるようになること」です。自発的に必要な食事を食べられるようになれば拒食症の治療は完了したといっても過言ではありません。
このように書くととても簡単な目標のように聞こえるかもしれませんが、これは非常に難しく時間がかかる目標になります。
拒食症の方は、決して意味なく食事を取らないわけではありません。みなさん自分の中でどうしても譲れない大切な理由があって食事を取れないのです。それを無視して、「食べないと健康に悪いから食べなさい!」と無理矢理食べさせようとしても、これは当人の心に届くわけがありません。入院などをさせて無理矢理食事を食べさせるような方法もありますが、「無理矢理」だけで終わってしまうと治療は長期的にはまずうまくいきません。
拒食症の方が食事を取れるようになるためには、「なぜ食事を食べたくないのか」という事を深く考えなくてはいけません。
その理由を理解して向き合った上で、抵抗少なく食べるための方法を探していく事が大切なのです。
では、拒食症の方はなぜ食事を食べないのでしょうか。
拒食症の方は食べ物が嫌いだというわけではありません。食事を食べることの重要さを知らないというわけでもありません。
拒食症の方が食事を食べないのは、食べ物に問題があるわけではなく、「太ることへの過剰なまでの恐怖(肥満恐怖)」があるからです。
「食事を食べないと身体が壊れてしまう」という事は知識としては理解しています。しかしその事実よりも「太ることが怖い」という気持ちがあまりに強くなりすぎてしまっているのです。その結果、食べる事の大切さが隅に追いやられてしまっているのです。
食事を食べたくないわけではなくて、食事を食べる大切さよりも、食事を食べてしまうことで太ってしまうという恐怖が勝ってしまっているのです。
この事をしっかりと理解していないと食事を食べれるようにはなりません。
これは拒食症で苦しんでいる本人自体も正しく理解できていないことがあります。また周囲の方は正しく理解していないことが多く見られます。
2.拒食症の方に食事を食べてもらう工夫
拒食症の方がなぜ食事を食べられないのかをお話ししました。
通常の人であれば、(食事を食べる大切さ)と(食べることで太ってしまう恐怖)というのはバランスが取れた状態になっています。そのため、若い女性であっても、太ってしまう恐怖はありつつも、適度な食事量を摂取できているわけです。
しかし拒食症の方では
(食事を食べる大切さ)<<<(食べることで太ってしまう恐怖)
となってしまっているわけです。
という事は、拒食症の方が食事を取れるようにするための方法は2つしかありません。
- 食事を食べる大切さの比重を上げる
- 太ることへの恐怖の比重を下げる
この2つの方向からのアプローチを根気強く行い、両者のバランスを適正に戻すことが拒食症の治療につながります。
拒食症の治療法は様々なものがあります。お薬であったり精神療法(カウンセリング)であったり、そして精神療法にも認知行動療法や対人関係療法、芸術療法などたくさんの方法があります。そのどれもが「食べる大切さの比重を上げる」「太ることへの恐怖の比重を下げる」のどちらか(あるいは両方)を目的としています。
ではどのように考えれば食事を取ってもらえるようになるでしょうか。
専門的な治療法ではなく、日常における食事を食べれるようにするための工夫を紹介します。
Ⅰ.食事を取らないことによる危険を考える
当たり前の事ですが、食事というのは生きていく上で欠かせないものです。当然、それを取らないという事は非常に危険な行為なわけです。
しかし拒食症の方は、この感覚が麻痺してる事があります。知識としては「食事は生きるために必要なもの」という情報を持ってはいるのですが、「太るのが怖い」という恐怖にとらわれすぎてしまっているため、この知識に対する感覚が麻痺してしまっているのです。
この場合、改めて「食事を取るという事は大切なことで、それをしないという事は自分の身体に大きなデメリットがあるのだ」という事を改めて考えることは意味があります。
「そんな当たり前の事を改めて伝えても意味がない」「そんな事を言ったら余計食べなくなってしまうだけだ」という方もいますが、それは違います。
改めて食べることの大切さ、食べない事の危険さを伝えるという事は、麻痺した感覚を徐々に溶かすはたらきが期待できます。
ただし、もし周囲の方が「食べることは大切だよ」という事を伝えるのであれば注意点もあります。それはあまりに一方的に、あるいはしつこく「食事を食べないことは悪い事だぞ!」「食べなきゃダメだ!」といった伝え方をしてしまうと逆効果になってしまう事があるという事です。自分が食事を食べていないことを「悪い事」としてあまりに強く言われてしまうと、かえって心を閉ざしてしまい、ストレスからより拒食が悪化してしまう事があります。
一方的な伝え方ではなく、
「あなたは今食べるのがつらいとは思うけど、このような危険がある事はあなたのためにも知っておいて欲しい」
という姿勢で真剣に向き合って伝えれば、当人にその気持ちは届きます。
Ⅱ.具体的な数値として考えた方が良い
拒食症の治療のために食事を取ろうと考えた時、漠然と「食べなきゃ」と考えるよりも、具体的な数値として「○週間で×××g増やそう」と考えた方が成功しやすくなります。
拒食症になりやすい方は、元々真面目で几帳面、こだわりが強い方が多く、そのため体重を落とす時も摂取カロリーを綿密に計算する方が少なくありません。このように計画を立ててその通りに体重が落ちるという事に達成感を感じられる方もいらっしゃいます。
という事は体重を増やす場合も、同じようにしっかりと計算してやった方が良いという事です。
具体的に考えた方が予想以上の体重増加になりにくく、また「自分の体重をある程度自分でコントロールできる」という安心感も生まれやすくなります。「自分でコントロールできるのだ」という気持ちは太る事への恐怖を和らげてくれます。
体重を増やすための計画は具体的な目標・数値を立てて考えてみましょう。
Ⅲ.食事を記録する
食事を食べるという治療を始めるのであれば、自分が食べている食事をぜひ記録してください。
拒食症の方は、食べ物への偏ったこだわり・偏りがある方が少なくありません。
「自分はこの食べ物を食べると必ず太る」
「この食べ物だけは自分は絶対に食べたらダメ」
など、客観的にみれば根拠が乏しいことであっても、本人はかたくなに信じ込んでいることがあります。
この場合、記録することで、「これを食べると私は太ってしまう」という偏った考え方が修正出来ることがあります。記録は嘘をつきませんので、「今までこの食べ物は太ると思っていたけど、そんなことはないんだ」と気づきやすくなり、そうなると食べれる食べ物の幅も広がります。
また記録した方が、ある程度予測内の体重の増加にとどまるため、「自分の体重をコントロール出来ている」という安心感につながり、これも太ることへの恐怖を和らげる作用が期待できます。
Ⅳ.少量でもいいので1日3食食べよう
拒食症の方は1日1食などの極端な食事スタイルを取っている方もいらっしゃいます。しかし実は食事回数が少ないとかえって体重は増えやすくなります。
食事の回数が少ないと、栄養が滅多に入ってこない状態となるため、身体は栄養分を身体に溜め込もうとします。すると脂肪として蓄積されやすくなります。反対に食事の回数を多くすると、栄養が頻回に入ってくるため身体は栄養が簡単に入ってくる環境だと認識し、余分に栄養分を身体に溜め込むことをしにくくなります。
同じ量を食べるのでも、1日1食でまとめて食べるのと、1日3食小分けにして食べるのでは、摂取カロリーは同じでも後者の方が太りにくいのです。
Ⅴ.食べている自分を許そう
太ることに対して強い恐怖を持っていると、食欲に負けて食べてしまった自分に対して大きな罪悪感を感じるようになります。本当は必要な量の食べ物を食べただけなのに、「これでまた太ってしまった。自分はなんてダメなんだ」と考えてしまうのです。
この罪悪感が治療の邪魔をします。
この考え方を最初は無理矢理でもいいので変えてみることは大切です。
「食べることは悪い事」ではなく、「今日は必要な量を食べれた。自分頑張ったな」と考えるようにしましょう。
いつもより十分量を摂取できた日は、「今日の自分は頑張った。えらい!」と自分のことをほめてあげましょう。
Ⅵ.根気強く続けよう
太ることへの恐怖というのは、短期間でなくなるものではありません。時間をかけて少しずつ薄めていくものです。
そのため、食べることの大切さや食べないことの危険性を自分の中にしみこませていくにはどうしても時間がかかります。
すぐに良くなるものではなくて、時間をかけて少しずつじっくり治していくものだと考えるようにしましょう。
Ⅶ.体重を増やすメリットを考えてみよう
拒食症の方は、体重が増えるメリットよりもデメリットばかりを考えてしまいます。
しかし実際は体重を増やすメリットというのもあるのです。それを改めて意識することは、食べ物を抵抗少なく食べれるようにするために有効です。
例えば、自分の夢や目標などから考えてみる方法はおススメです。どんな目標でもある程度の努力がいるでしょう。努力するためには体力もいるはずです。
そのためには「今よりも体重を増やさないといけない」「今よりも体力をつけないといけない」と気づけば、今までよりも食べる事に前向きになれるはずです。
例えば、「CAになりたい」という目標があるとします。確かにCA(キャビンアテンダント)はスタイルが良い方が多く痩せている方が多いでしょう。しかし実際は体力のいる仕事で拒食症で体力的に弱っている状態ではとても勤まる仕事ではありません。
そこで「CAにどうしてもなりたい。だからイヤな気持ちもあるけどもうちょっと食べなきゃ」という考えになれば、今までよりも食べやすくなるはずです。
Ⅷ.食べたくない事を言える環境・理解してもらえる環境
拒食症の方は、自分の症状を周囲に理解してもらえず苦しんでいる方が少なくありません。
特に一番の理解者であるはずの家族にはぜひ理解してもらい、自分の今の症状を包み隠さず言えるようにしたいものです。
拒食症の方は「太ることへの恐怖」にとらわれてます。そして恐怖を和らげるために必要なものは「安心」です。
自分の事を受け入れてくれる場所がある事、自分の症状を隠さなくても良い場所があるという事は拒食症の方に大きな安心感を与えてくれます。
そしてこの安心感が、食事を取る恐怖を和らげてくれるのです。
3.命の危険がある時は入院などの治療も検討しましょう
拒食症の方に強制的に治療が行われることがあります。
それは、あまりに体重が低くなりすぎて命の危険がある時です。この場合は、本人が納得していなくてもやむを得ず栄養を取っていただくことがあります。これはそうしないと、本人の将来に大きなデメリットがあるという時(例えばこのまま放置したら死んでしまう可能性が高い、など)にのみ選択される治療法です。
実際、拒食症の方の死亡率は7%とも言われており、これは非常に高い数値です。本人の「食べたくない」という気持ちは出来る限り尊重したいのですが、それで命を落としてしまう事があってはなりません。そのため、「このままだと命にかかわる」という状況であれば、本人が希望しなくても強制的に治療をせざるを得ない場合はあります。
これは当人にとっては苦痛もあることになりますが、そのような状況になってしまった場合は、出来る限り受けるようにしてください。
しかしこの場合も私たち医療者は出来るだけ説明をして、出来るだけご本人様に納得してもらうための努力はします。
例えば「太るのが怖い」という拒食症の方が、栄養失調で倒れてしまい病院に搬送されたというケースを考えてみましょう。無理矢理鼻から胃にチューブを入れてそこから栄養を流したり、高カロリー点滴(中心静脈栄養)を行うという治療は医学的には正しい方法です。しかし太ることを何よりも恐れている拒食症の方がいきなりこんな事をされたら、非常に強い恐怖を覚えるでしょう。これでは退院後はもう二度と病院にこなくなってしまうかもしれません。
太る事への強い恐怖を持っている方に栄養摂取を促しても、拒否されることがほとんどです。しかしちゃんと説明してから行うのと、「どうせ説明しても断られるだけだから」と無理矢理行うのとではその後の経過が大きく異なってくるのです。
同じ治療をするにしても、
「もう何を言っても無駄だから言わないけど、入院しないと死んじゃうから栄養を入れるよ」
という対応と
「栄養を入れるのは本当にイヤなことだと思うけど、このままだと命にかかわってしまう。だから申し訳ないけど、必要な栄養だけ入れさせてね。」
という対応では、その後の医療への信頼は全く異なるものになるでしょう。
私たちは出来る限り説明をし、必要最小限の栄養摂取に留め、あなたの命を守ります。だから、本当に入院が必要な時はそれを拒否せず、あなたの将来のためにも必要な医療は受けるようにしてください。