統合失調症は、生涯発症率が1%前後(100人に1人の割合で発症する)と報告されており、決して珍しい疾患ではありません。誰でもかかりうる可能性のある疾患なのです。
統合失調症は早期に発見し、早期に治療介入することが非常に重要な疾患です。なぜならば症状が本格化する前に治療の導入が成功すれば、その患者さんの将来を大きく守ることができるからです。
しかし統合失調症の初期症状というのはなかなか特徴的なものが乏しく、見逃されがちなのが実情です。
統合失調症が本格的に発症してしまう前の段階で食い止め、患者さんの将来を守るためにはどのような点に注意すればいいのでしょうか。
今日は統合失調症の初期症状についてみてみましょう。
1.まずは統合失調症の経過を知る
統合失調症の初期症状について正しく理解するためには、まずは典型的な統合失調症の経過を知ることが必要です。統合失調症の経過について紹介します。
あくまでも典型例ですが、統合失調症の経過は次の4つの段階があります。
1.前駆期:「何となくおかしい」といった感じはあるが、明らかな症状に乏しい時期
2.急性期:幻覚・妄想などの激しい症状が出現する時期
3.消耗期:急性期の反動として、自閉・意欲低下・無気力・感情平板化などが出現する時期
4.回復期:緩やかに症状が回復していく時期
これが典型的な統合失調症の経過です。しっかりとお薬などで再発予防されていれば、この経過を1回辿るだけで済みますが、お薬をしっかり飲んでいなかったりストレスの高い環境で生活をしていたりすると再発してしまい、この1~4の経過を何度も繰り返すことになります。
この中で統合失調症の初期症状というのは、「1.前駆期」で出現している症状のことを指します。
症例にもよりますが、一般的に前駆期というのは数年(3~5年)ほど続き、その後に激しい幻覚・妄想が発症する急性期に移行します。
この前駆期のうちに「これは統合失調症かもしれない」と気付き、適切な介入ができることが理想です。
2.統合失調症の初期症状に気付く意義
統合失調症の初期症状というのは、統合失調症の「前駆期」における症状だとお話しました。
この前駆期の段階で気付き、早期に介入することはどうして重要なのでしょうか。その理由をお話します。
Ⅰ.脳がダメージを受けることを予防できる
統合失調症は、発症すると脳がダメージを受けることが分かっています。再発を繰り返している患者さんでは、脳のダメージが蓄積した結果、脳萎縮の所見が認められます。こうなってしまうと、生活に必要な能力が失われてしまい、患者さんは人生において大きな不利益をこうむることになります。
そして、この脳がダメージを受けることによって生じる脳萎縮は「前駆期」あるいは「急性期」に著しいことが報告されています。
つまり、前駆期の期間をできる限り短くすること、そして急性期に至らないように予防することが、患者さんの脳の萎縮を守るためには重要だという事です。
そのためには、前駆期に出現する初期症状を適切に評価し、「これは統合失調症の可能性が高い」と見極めることが大切なのです。
Ⅱ.急性期に入ることを予防できる
典型系な経過としては、統合失調症は数年間の前駆期の後、激しい幻覚・妄想が生じる急性期に移行します。
この急性期は激しい幻覚・妄想が生じるため、周囲を巻き込むことも非常に多く、入院治療となることも珍しくありません。
「俺は神だ!」「自分は闇の組織に狙われている」という妄想に取りつかれたり、
「アイツから嫌がらせを受けている」と他者に対して攻撃的になったりしてしまいます。
これは病気の症状ですから患者さん本人は何も悪くはないのですが、そうはいってもこのような症状が出現してしまうと本人にはその後の社会的な不利益が生じてしまう可能性が高くなります。
病気の症状とは言え、それまで仲の良かった親友に「お前も悪の組織の一員だろう」と言い、攻撃してしまえば、その親友はその後患者さんと疎遠になってしまうかもしれません。幻覚や妄想に基づいた言動を続けてしまえば、近所や職場にも悪い印象を持たれてしまう可能性があります。
急性期の症状は激しく、周囲を巻き込むことも多いため、患者さんの将来を考えるとできる限り発症を避けたいところです。そのためには前駆期のうちに食い止めることが大切です。
前駆期の時点で統合失調症に気付くことができれば、急性期への移行を阻止することが可能となります。
3.統合失調症の初期症状とは?
では、統合失調症の初期症状にはどんな症状があるのでしょうか。
実は統合失調症の初期症状は特徴的な症状が乏しく、「この症状があれば統合失調症に間違いない!」と言えるものがありません。
先ほどの経過のところでも
「1.前駆期:「何となくおかしい」といった感じはあるが、明らかな症状に乏しい時期」
と説明したように、何となくおかしいのだけれども、これといった症状に欠けるのが前駆期であり、その他の疾患でも認められるような非特異的な症状がほとんどになります。
具体的には、
- 気分の不安定さ
- 不眠
- イライラ
- 不安
などであり、うつ病や不安障害など他の精神疾患でも認められるような決定力に欠けるような症状がほとんどを占めます。
では、統合失調症の初期症状から、統合失調症を疑うことは不可能なのでしょうか。
そんなことはありません。
様々な研究から、前駆期の症状の中でも「こういった症状は統合失調症の可能性が高い」というものがあります。
Ⅰ.ARMS
統合失調症の初期症状に特異度が高いものとして、ARMSがあります。
ARMSとは「At Risk Mental State」の事で「発症危険状態」と訳されます。要するに「発症する危険の高い精神状態」ということで、「この症状があると統合失調症を発症する危険が高いよ」という症状をまとめたものになります。
YungはARMSとして次の3つの状態を挙げています。
- 短期間の間欠的な精神病状態
- 微弱な陽性症状
- 遺伝的なリスクと機能低下
1つずつ説明します。
「1.短期間の間欠的な精神病状態」というのは、短期間に限ってですが、統合失調症のような幻覚・妄想・興奮などが出現することです。長くは続かずにすぐに症状は治まるため、周囲も病院受診まではせずに様子をみてしまう事が多いのですが、このような症状は統合失調症に移行する可能性が高いため注意が必要です。
「2.微弱な陽性症状」というのは、統合失調症ほど明らかなものではないにせよ、幻覚・妄想といった陽性症状が出現している事です。
【陽性症状】
統合失調症の特徴的な症状の1つで「本来はないものがあるように感じる」症状の総称。「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」妄想などが該当する。
「3.遺伝的なリスクと機能低下」というのは、第1親等の家族に精神障害の方がいたり、全体的な精神・社会機能(専門的には「GAF」と呼ばれます)がここ1年で明らかに低下している場合です。精神障害の家族歴は統合失調症に限らず、うつ病や不安障害なども含まれます。また精神・社会機能の低下は数値的には「GAFとして30%以上の低下」と書かれています。
このようなARMSが存在した場合は、その後10~40%という高い確率で、統合失調症へ移行すると報告されており、より慎重に経過をみていく必要があります。
Ⅱ.病前性格
統合失調症には、特徴的な病前性格があります。
これは「統合失調症の発症原因に性格は関係するのか」で詳しくお話していますが、近年ではこの病前性格は、「この性格だから統合失調症を発症してしまう」というものではなく、この症状自体が統合失調症の前駆症状の1つなのではないかと考えられるようになっています。
具体的には、
・自閉性
・敏感性
・鈍感性
の3つの性格傾向が典型的です。
そのため、
・人付き合いが苦手
・友人が少ない
・引っ込み思案で引きこもりがち
・無口で内気
・疑い深い
・鈍感と過敏の二面性を持つ
などといった性格傾向がある場合、それは統合失調症の病前性格に近いと言えます。
統合失調症の病前性格に当てはまる点が多い場合は、統合失調症への移行リスクも高くなると考えられます。
4.統合失調症の初期症状に対する対処法
統合失調症の初期症状に当てはまる点が多い、
ARMSを満たしている、
統合失調症の病前性格に非常に似ている
このような場合は、できれば早期介入が理想です。もちろん、このような方の全てが統合失調症だというわけではありません。しかし発症リスクが高くなるというのもまた事実です。
統合失調症は発症してしまった場合は、速やかに治療を導入することが重要で、そうしなければ脳へのダメージがどんどん蓄積されてしまいます。
では統合失調症の初期症状に対して介入し、統合失調症の本格的な発症を予防するためにはどのような事が行われるのでしょうか。
Ⅰ.まずは専門家と連携を取る
何よりも大切なことは、精神科医と連携を取ることです。
現時点で統合失調症でもないのに精神科を受診することは抵抗があることかもしれません。
しかし普段から定期的に精神科医と連携を取り、相談できる体制を整えておけば、万が一の時に速やかに対応が出来ます。
また、「このような時は注意すべき」といった日常生活でのポイント、「統合失調症とはこういった病気」という知識を教えてもらうこともできます。
本人がどうしても精神科を受診したくない、という時は家族だけでも定期的に相談にいくだけでも意味はあります。
Ⅱ.疾患教育
統合失調症という病気について精神科医から正しく教えてもらう、ということは非常に大切です。
病気に対して正しく理解できるようになれば、万が一発症してしまった時にも自分や周囲は気づきやすくなります。
また、家族に対しても「統合失調症に対して正しく理解してもらう」ことは非常に重要です。
家族の接し方で統合失調症の再発率は大きく異なることが多くの研究から報告されています(「うつ病、統合失調症などの再発率を5倍も上げてしまう高EEとは?」参照)。
と言う事は家族が正しい接し方のポイントを理解することができれば、再発率はもちろんのこと、発症のリスクも下げることが可能になります。
Ⅲ.ストレスマネジメント
統合失調症の発症原因の1つに、「ストレス」があります。
そのため、発症リスクが高いと思われる方に対しては、「ストレスに対しての対処法」をしっかりと指導することがより重要になります。
ストレスをうまく対処できるようになれば、その分だけ発症リスクが下がるからです。
診察や精神療法(カウンセリング)などを通して、学んでいきます。
Ⅳ少量の抗精神病薬
発症の前段階からお薬を使うかどうか、というのは現在でも意見が分かれるところですが、症例によっては少量の抗精神病薬(統合失調症の治療薬)を投与する場合もあります。
抗精神病薬は、統合失調症発症によって生じる脳へのダメージから脳を保護するはたらきがあることも指摘されており、特に発症する可能性が極めて高そうな症例においては、本人・家族と相談のもと、少量投与することがあります。
しかし統合失調症の前駆期にいる人の多くは未成年であるため、安易に投与して良いものではありません。
投与するメリットとデメリットを見極め、慎重に判断する必要があります。