統合失調症は、幻覚や妄想、まとまりのない会話や行動などを症状とする疾患で、人口の1%(100人に1人)の割合で発症すると言われています。
統合失調症は、医学が発展していない時代には原因が全く不明である謎の病気でした。そのため、どのように対処・治療すればよいのか全く分からず、現在で考えれば意味のない治療が行われたり、「とりあえず病院に閉じ込めておく」というような方法しかありませんでした。
(昔の統合失調症の治療については、「昔の精神科で行われていた、驚くべき治療法」をご覧ください。)
統合失調症の原因は、現時点でもまだはっきりと全てが解明されているわけではありません。しかし近年は、医学の進歩によって統合失調症の原因が少しずつですが明らかになってきており、「こういったものが原因の1つだろう」といった部分的な原因は徐々に特定されてきています。そして、原因に近づくにつれ、より有効性の高い治療薬も開発されるようになりました。
今日は統合失調症の原因の1つと考えられている「ドーパミン仮説」について紹介したいと思います。1950年頃より提唱されている古い仮説ですが、統合失調症発症の基盤と考えられている代表的な仮説です。
目次
1.ドーパミン仮説とは?
ドーパミン仮説とは、
「統合失調症は、脳のドーパミンが多くなりすぎる事で生じる」
という仮説です。
特に大脳辺縁系(扁桃体など)と呼ばれる部位のドーパミンが過剰になることで発症すると考えられており、これが幻覚や妄想・興奮といった陽性症状を引き起こすと考えられています。
また脳全体でドーパミンが過剰になるわけではなく、近年では前頭葉と呼ばれる部位のドーパミンは反対に少なくなっていることが報告されています。この前頭葉におけるドーパミン低下は、無為・自閉・感情鈍麻といった陰性症状の原因になっているのではと推測されています。
陽性症状というのは統合失調症の特徴的な症状の1つで、「本来はないものがあるように感じる症状」の総称です。「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」妄想などが該当します。
陰性症状も、統合失調症の特徴的な症状の1つで、陽性症状とは逆に「本来はあるものがなくなってしまう」症状の総称です。無為自閉(=活動性が低下し、こもりがちになる)、感情鈍麻(=感情の表出が乏しくなる)などが挙げられます。
ドーパミン仮説は1950年頃より提唱されている仮説であり、この仮説の正しさを裏付けるような根拠も多いため、ドーパミン仮説が統合失調症の原因の1つであることは間違いないと思われます。
しかし統合失調症の全てをドーパミン仮説だけでは説明できないものまた事実です。そのため統合失調症はドーパミン仮説が原因の1つではあるけども、それ以外にも様々な要因があって発症するのだと考えられています。
医学の進歩に伴い、統合失調症の原因として様々な仮説が提唱されていますが、その中でドーパミン仮説はもっとも代表的な仮説として知られています。
2.現在の統合失調症治療薬は全てドーパミン仮説に基づいている
ドーパミン仮説によれば、脳のドーパミンが多いことが統合失調症の原因だということになります。
という事は脳のドーパミンを少なくすることができれば、統合失調症は改善するはずです。
実際、現在用いられている統合失調症の治療薬(抗精神病薬)は全て、「脳のドーパミンのはたらきをブロックする」という作用機序を持っています。つまり、現在の統合失調症治療薬は全てドーパミン仮説に基づいて作られているのです。
ここからも統合失調症の原因仮説の中で、ドーパミン仮説が現時点でもっとも有力な仮説だという事が分かります。
そして統合失調症の治療薬は、明らかに統合失調症に対して効果があります。特に幻覚・妄想などといった陽性症状には明確に「効いている」と感じられます。ドーパミンをブロックする事が統合失調症の治療になることは、臨床感覚としても間違いはないでしょう。
ドーパミン仮説は統合失調症の原因の全てではありませんが、間違いなく原因の1つではあるのです。
3.ドーパミン仮説が正しい事を裏付ける根拠
「脳のドーパミンが過剰になると統合失調症が発症する」というドーパミン仮説は、ほぼ間違いなく統合失調症の原因の1つであると考えられています。
その根拠としては次のようなものがあります。
Ⅰ.ドーパミンをブロックするお薬が統合失調症に効果がある
先ほど説明したように、現在の統合失調症治療薬は全てドーパミンのはたらきをブロックすることが主な作用機序になります。
そしてこれらの薬で脳のドーパミンのはたらきをブロックすると、明らかに統合失調症の症状は改善します。特に陽性症状には明らかな効果を示します。
という事は、ドーパミン仮説は統合失調症の原因の1つとして正しい可能性が極めて高いという事が言えます。
Ⅱ.脳のドーパミンを増やす薬物を使うと、統合失調症に似た症状が出る
ドーパミン仮説が正しいとするならば、脳のドーパミン量を増やせば統合失調症のような症状が出るはずです。
脳のドーパミン量を増やす薬物としては、俗にいう「覚せい剤」が該当します。アンフェタミン、コカインなどですね。
覚せい剤を使うと、気分が「ハイ」になり、幻覚が見えたり、妄想的になったり、興奮して攻撃的になったりします。これは統合失調症の陽性症状と非常に良く似ていますね。
これもドーパミンが過剰になると統合失調症が発症する、という説を支持する根拠となります。
4.ドーパミン仮説の限界
ドーパミン仮説が統合失調症の原因の1つである事は、ほぼ間違いありません。
しかしあくまでも原因の「1つ」に過ぎず、ドーパミン仮説だけでは説明できないこともあるのもまた事実です。
ドーパミン仮説は確かに統合失調症の原因の1つではあるけども、それ以外にも様々な原因もあって、ドーパミン仮説はその中の1つに過ぎないという見解が現在では有力となっています。
ドーパミン仮説では説明できないことにはどんなことがあるのでしょうか。
Ⅰ.陽性症状以外は根拠が乏しい
ドーパミン仮説に基づけば、脳のドーパミンが増えすぎると、幻覚や妄想・興奮などといった陽性症状が出現します。そこでドーパミンをブロックするお薬を使えば陽性症状は改善します。
陽性症状に関しては、ドーパミン仮説の理論通りに治療が進む事が多いです。
しかし、その他の症状(陰性症状、認知症状など)に対しては、ドーパミンをブロックする抗精神病薬はあまり効果を示しません。
比較的陰性症状に効果があると言われているお薬に非定型抗精神病薬というものがあります。これは
・SDA:(商品名)リスパダール、ロナセン、ルーラン、インヴェガ
・MARTA:(商品名)ジプレキサ、セロクエル
・DSS:(商品名)エビリファイ
などがありますが、これらはドーパミンだけでなくセロトニンなどその他の受容体にも作用するから、陰性症状にも効果があるのではないかと言われています。
という事は陰性症状は、ドーパミン仮説以外の原因があるという事になります。
ドーパミン仮説は陽性症状では、理論通りの説明ができるのですが、それ以外の症状に関しては、ドーパミン仮説ではうまく説明できない点も多いのです。
Ⅱ.患者さんの脳を見ると必ずしもドーパミンが増えていないことがある
昔は患者さんの脳を見る方法と言えば、亡くなった患者さんを解剖するしかありませんでした。
その時代では、患者さんの死後脳を解剖することで、実際に統合失調症の方の脳のドーパミン量が多くなっていたのかを調べたりしていたそうです。
その結果としては、確かに脳内ドーパミンが増えている患者さんもいたのですが、全員というわけではなかったようです。そのため、全ての統合失調症患者さんをドーパミン仮説で説明することには無理があるのではと指摘されていました。
近年では画像検査で脳の活動を見ることができるようになってきていますが、画像検査においても同様に全ての統合失調症患者さんにおいて異常が指摘できるわけではありません。
5.ドーパミン仮説以外の仮説はどんなものがあるのか
医学が進歩し、様々な研究が行われるようになり、現在ではドーパミン仮説以外の仮説も提唱されています。
ここではドーパミン仮説以外の代表的な仮説を紹介します。
なお、これらの仮説はドーパミン仮説と相対するものではありません。統合失調症の方の脳内では、ドーパミン仮説とこれらの仮説が同時に生じている可能性があるというものです。
Ⅰ.グルタミン酸仮説
近年注目されている仮説です。
グルタミン酸とは興奮性の物質で、ドーパミンとも深いかかわりのある物質です。
フェンサイクリジン(PCP)というお薬があるのですが、このお薬はグルタミン酸がくっつく部位であるNMDA受容体をブロックするはたらきがあります。PCPを健常者に投与すると、統合失調症のような症状を呈することが知られています。また、統合失調症の患者さんにPCPを投与すると症状が悪化することも知られています。
また、ケタミンというお薬もNMDA受容体をブロックするはたらきがあるお薬ですが、これもPCPと同様に健常者に投与すると統合失調症様の症状が出現します。
このことから、グルタミン酸のはたらきがブロックされることが統合失調症の原因なのではないかという仮説が生まれました。
これがグルタミン酸仮説です。
ドーパミン仮説と異なり、グルタミン酸仮説は陰性症状においても仮説通りに説明できる点が多いため、ドーパミン仮説より上流にある、より原因に近い仮説なのではないかと注目されています。
Ⅱ.セロトニン仮説
セロトニンというと、うつ病や不安障害との関連が有名ですが、実は統合失調症にも関係しているのではないかと考えられています、
特に陰性症状や認知症状との関連が注目されています。
Ⅲ.GABA仮説
GABAという抑制系の神経(リラックスの神経)のはたらきが悪くなると、ドーパミンのはたらきが強まり、統合失調症が発症するのではないかという仮説です。