緊張したり、恥ずかしく感じると、顔が赤くなってしまうことがあります。これは誰にでも起こる正常な身体の反応なのですが、中にはこの「赤面」で苦しんでしまう方もいらっしゃいます。
例えば、日常的な会話で緊張して顔が赤くなってしまったり、「顔が赤くなってしまったらどうしよう」「赤面して変だと思われているんじゃないか」といった不安・恐怖を抱きながら人と接している場合などです。これは本人にとっては非常につらいことでしょう。
このように顔の赤面に対して本人が苦しみが強い場合は「赤面症」と呼ばれ、治療の対象となります。
この赤面症はなぜ生じるのでしょうか。どのような機序で、どのような原因で生じるのかが分かれば、解決の糸口になります。
赤面症の原因についてお話します。
1.赤面症はどんな病気なのか
赤面症とは、主に対人場面などで過剰に緊張してしまい、顔が赤くなってしまうことに対して付けられている名称です。
赤面症の問題は2つあります。
Ⅰ.顔が赤くなってしまう
一つ目は、顔が赤くなることです。正確に言えば「顔が赤くなりやすい」ことですね。緊張して顔が赤くなることは異常な現象ではありませんが、普通と比べて明らかに顔が赤くなる閾値が低い場合は、本人にとっては苦痛となってしまいます。
大勢の人前で発表するときに顔が多少赤くなってしまうのは普通の赤面ですが、日常的に会うような同僚や友人の前で赤面してしまうようでは、本人は困ってしまうでしょう。
Ⅱ.赤面によって「他者から悪く思われるのではないか」と不安・恐怖を感じる
しかし実は赤面症の問題はそれだけではありません。問題はもう一つあり、こちらの方が大きな問題となります。
それは、顔が赤くなることによって「ひんしゅくを買うのではないか」「軽蔑されるのではないか」「バカにされるのではないか」という不安や恐怖が生じることです。
赤面症の一番の問題は、赤面によって誘発される「他者に悪く思われるのではないか」という不安・恐怖なのです。このような考えが沸くと、より不安・緊張が高まって赤面をどんどん悪化させてしまうという悪循環に陥ります。ひどい場合は人と接するのを避けたり、家に閉じこもってしまうこともあるのです。
赤面が生じる原因のほとんどは、主に対人における緊張です。 特に日本は「恥の文化」とも呼ばれているように、他人の目を気にしたり、恥をかくことを恐れるという傾向が元々ありますので、「他者に悪く思われるのではないか」という気持ちが生じやすいのかもしれません。
2.赤面症はなぜ生じるのか
緊張したり恐怖を感じた時に身体に様々な変化が起こるのは皆さんも経験があるでしょう。緊張してドキドキしたり、汗をかいたりというのは生理現象であり、まったく正常な反応です。
この緊張が過剰になってしまい、またそれによって「他者に悪く思われているのでは」という不安・恐怖が生じてしまうのが赤面症の症状です。では、このような現象はなぜ生じてしまうのでしょうか。
この赤面症の原因についても、「顔が赤くなること」と「それによって他者に悪く思われているのではないかと考えてしまうこと」の2つに分けて考える必要があります。
Ⅰ.なぜ顔が赤くなるのか
まずは顔が赤くなる原因についてです。緊張すると、自律神経のうち交感神経が活性化します。すると、
・動悸(心臓がバクバクする)
・散瞳(瞳が大きく開く)
・浅呼吸・頻呼吸(浅くて速い呼吸)
・震え ・発汗(汗が出る)
・血圧上昇
などの変化が起こります。
赤面もこれらと同じく、緊張・不安・恐怖に伴う交感神経の活性によって生じる身体変化のひとつです。 交感神経の活性化によって、どのような身体変化が起こりやすいのかには個人差があり、体質的に顔の紅潮(赤面)が特に生じやすい方もいます。
赤面症の方は、緊張状況下で交感神経が活性化すると、身体症状として顔面の紅潮が生じやすいのだと考えられます。また、そもそも緊張しやすい性格であったり、交感神経が活性化しやすい体質であったりと元々の素因も影響します。
ちなみに、緊張状況でなぜ顔が赤くなるのかについての明確な機序は分かっていません。本来、緊張して交感神経が活発になれば、血管は収縮しますから、顔面は蒼白になることが予測されます。実際に「恐怖で顔が真っ青になる」とも言いますよね。
しかし赤面は顔が真っ赤になりますので、逆の反応が起こっています。熱を放散させるため顔面の血管が拡張するからではないかなど、いくつかの仮設は提唱されていますが、明確な機序というのはまだ分かっていないようです。
Ⅱ.なぜ赤面で「他者から悪く思われるのではないか」と考えてしまうのか
次に、赤面することによって他者から「軽蔑されるのではないか」「悪く思われるのではないか」などと考えてしまう原因についてですが、この原因は人によってそれぞれです。
小さい頃に友達から赤面をからかわれてしまった経験があって、それから「顔が赤くなるとバカにされる」という考えがこびりついてしまっている方もいます。小学生など小さいころは、他人の気持ちを考える力が未熟ですから、悪意なくこころを傷つけられてしまうことがあります。
またそういった明らかなエピソードがなくても、「恥の文化」と呼ばれる日本で生活している中で、徐々に「恥(赤面してしまうこと)は悪いこと」と認識してしまうようになってしまうという事もあります。赤面している自分に対して「他者から悪く思われている」というイメージが徐々に形成されていくと、「赤面していることがダメなんだ」という考えに至ってしまいます。
いずれにせよ赤面症の方には、なんらかの原因によって「顔が赤くなると、他者から悪く思われる」という認知(ものごとのとらえ方)の歪みが生まれてしまっているのです。「赤面することは良くないことだ」という考えがあり、その中で実際に赤面してしまう自分がいるため、狭間で苦しんでしまうのです。
しかし実際は、赤面することは悪いことでもおかしいことでもありません。緊張して顔が赤くなっているけど、人前で一生懸命頑張っている人を見たとき、「顔が赤くなるなんて、あいつは最低だな」「あいつは軽蔑すべきだ」なんて思う方がいるでしょうか。もしそんな人が居たら、むしろその人こそ軽蔑すべき人でしょう。
実際は赤面することは、そこまで恥ずかしいことでもないし、マイナスポイントでもないのです。しかし、赤面症の方は、赤面に対する認知の歪みが形成されてしまっているため、そうは考えられなくなってしまっています。
まとめると、赤面症になってしまう原因は、「緊張した時に、交感神経の活性化によって顔面の紅潮が体質的に生じやすい」ことに加えて、「赤面をネガティブなものだと認知してしまっている(赤面に対する認知が歪んでしまっている)」ことがあります。
3.赤面は正常な反応であり、それだけで病気とは言えない
対人において過剰に緊張してしまい、顔が赤くなってしまう。そしてそれによって苦痛や支障が生じている場合、これは「赤面症」と呼ばれます。
しかし、ひとつ注意しなくてはいけないことがあります。緊張して赤面すること全てが赤面症ではないということです。緊張して顔が赤くなるのは正常な反応であり、これを赤面症だと言うのであれば、ほとんどすべての人が赤面症になってしまいます。
誰だって、人前で緊張して顔が赤くなったり、恥ずかしい思いをして顔が真っ赤になったりという経験はあるはずです。これは正常な反応であり病気でもなんでもありません。 緊張で赤面するのはふつうの事です。
赤面症というのは、
・対人において過剰な緊張・恐怖・不安を感じている
・過剰に顔が赤くなってしまう
・赤面によって「他者から悪く思われるのではないか」という不安や恐怖を感じてしまう
・赤面によって苦痛や生活への支障が生じている
などを満たす場合に使われる言葉です。
赤面の程度が明らかに過剰であり、本人がそれによって苦しい思いをしているのであれば、それは改善する必要があります。赤面症というのは本来そういった、「治療」「対処」が必要な過剰な赤面に対して用いられている用語であり、緊張して赤面することすべてに当てはまるものではありません。
4.精神科における赤面症とは
精神科的には赤面症はどのような位置づけになるのでしょうか。
実は精神科的な病名として、赤面症という病名はありません。
赤面症では、対人の緊張・恐怖によって赤面が生じているため、これは対人恐怖・社会恐怖に属すると考えられます。そのため、精神科的な診断名を付けるのであれば、「社会不安障害(社会恐怖)」の一型ということになります。
社会不安障害というのは、人から注目されるような状況で過剰な緊張・恐怖が生じてしまう疾患です。典型例では発表やスピーチなどで上手く話せなくなったり、頭が真っ白になってしまったりします。 ただ人前で緊張するだけであれば病気ではありませんが、緊張・恐怖が過剰であり、本人が苦しさを感じていたり、仕事や生活に明らかに支障が出ている場合は社会不安障害として治療をする必要があります。
社会不安障害と赤面症は、まったく一致するものではありませんが、社会不安障害の中で身体症状としての「顔面紅潮(赤面)」が特に強く表れるものが赤面症だと考えてよいでしょう。
社会不安障害は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンの異常が指摘されており、適切な治療を行えば改善させることが可能です。具体的には精神療法(カウンセリングなど)、行動療法(少しずつ慣れていく)、薬物療法(不安を和らげるお薬を使う)などを併用することで治療が行われます。
赤面症も社会不安障害と同じく、適切な治療を行えば改善させることが可能です。
赤面症の方から、よく「赤面症って病気ですか?」と聞かれることがありますが、これは一概には答えられません。診断基準を満たせば社会不安障害(社会恐怖)の診断名を付けることは可能でしょう。実際、病名を付けるメリットがある場合(例えば、診断書があれば職場の配置転換を行ってもらえるなど)は、このように診断することもあります。
しかし大概の精神疾患というのは、「それによって本人が困っていたり、生活・社会的に支障が生じている」という場合に限り診断されます。つまり、本人の困り具合によって診断されたりされなかったりするわけです。
同じ赤面であっても、「赤面はしやすいけど、別に生活は何とか送れてるし困ってないよ」という事であれば、この赤面症は病気とは診断されません。しかし、「赤面しやすくて、それで人を避けたり仕事に就けなかったりして困っている」という事であれば、この赤面症は病気として診断することが可能です。
「今の自分の状態は精神疾患なのかどうか」を気にする方は多いですが、精神科における診断とは本人の困り具合によって変わってしまうものであり、そこまで気にするものではありません。多くの方が病気かどうかを気にするのは精神疾患に対する偏見がまだ多い世の中ですので、「自分が精神疾患だということは自分は異常者になってしまう」ということを気にしてだと思われます。
しかし赤面自体は生理的な反応ですし、それに対して認知が歪んでしまっていることは治すべきものではありますが、それが「精神的におかしい人」という事にはなりません。緊張で赤面し、それによって「他者から悪く思われてしまうのでは」と不安や恐怖が過剰になってしまうことは十分に理解できることだからです。精神的に「おかしい人」「異常者」という事にはまったくなりません。
なので「自分は精神患者なのか、そうではないのか」ということを気にするよりも、もっと単純に「困っているなら治療するし、困ってないなら治療しない」という風に考えてよいのではないかと思います。
5.赤面症が生じやすい状況とは
赤面症はどのような状況で生じやすいのでしょうか。
赤面症は精神科的に診断をつけるならば社会不安障害(社会恐怖)に属するとお話ししました。これは不安障害(不安症)というカテゴリに属する疾患で、その本質は不安にあります。
不安障害は、不安が惹起されやすい環境や状況で悪化します。そのため
・注目されていると感じるような場所・状況
・閉ざされた場所・状況
などでは悪化しやすいことが考えられます。
注目される場所としては、典型的なのは人前であったり、目立つような場所があげられます。しかしそれ以外でも、本人が「注目されている」と感じてしまえば、赤面は悪化してしまいます。たとえたった一人の友人の前であったとしても、「注目されている」と意識してしまえば、赤面は生じやすくなるのです。
また閉ざされた場所は、逃げ場がないため不安が増悪しやすく、赤面も生じやすいことが予測されます。エレベーターの中であったり、狭い密室の中での対人は、特に赤面が生じやすいでしょうし、美容室や歯医者もイスに座ったらしばらくは動けないため、赤面が生じやすいと言えます。
6.あがり症とは違うの?
赤面症と似たような症状を持つものとして、
・あがり症
・対人恐怖症
などがあります。これらはそれぞれどのような違いがあるのでしょうか。
これらは、どれも主に対人における過剰な緊張によって様々な弊害が出てしまうという病態としては共通しています。どれも前項で紹介した「社会不安障害(社会恐怖)」の一型となります。
赤面症は緊張によって主に顔が赤くなる状態を指し、あがり症はそれよりももっと広汎に緊張症状(動悸・震え・頻呼吸など)が出現します。症状の出方が異なるものの、どちらも同じ対人緊張という原因で生じているものであり、大きな概念で見れば共通した病態だと考えられます。