パニック障害の治療中に妊娠してしまった。あるいは、妊娠中にパニック障害にかかってしまった。
誰でも病気にかかってしまうと不安になるものですが、妊娠も重なると不安は更に増してしまいます。妊娠中は自分の病気の心配だけでなく、お腹にいる赤ちゃんのこともありますから、不安が高まってしまうのも無理はありません。
パニック発作を起こすと赤ちゃんにも悪影響があるのではないか、飲んでいるお薬が赤ちゃんに悪影響を及ぼすのではないのかなど、様々な心配が沸いてくるでしょう。
今日は、妊娠中のパニック障害について、患者さんからよく頂く質問についてお答したいと思います。
1.妊娠中のパニック障害
妊娠中は、ホルモンバランスがいつもと変わるため、精神的に不安定になりやすい傾向にあります。特に妊娠初期で顕著であり、この時期はつわりなどが起こることもあり、パニック発作も起こりやすい時期になります。
また、妊娠するということは大きな環境の変化でもあります。特に初産であれば、母親としての意識付けが行われたり、子育てに対する責任感が沸いてきます。この環境変化も、精神的に不安定になる一因となります。
そのため、妊娠中は普段よりもパニック障害を発症しやすくなります。元々パニック障害にかかっていた方が妊娠した場合も、悪化しやすいため注意が必要です。
ただしこれは例外もあります。というのも妊娠というのは一般的には喜ばしい出来事であるため、喜びから精神的な安定が得られ、パニック障害が軽快する例もあるのです。
このように、パニック障害の患者さんが妊娠した時、パニック障害が良くなっていくケースと悪化するケースがあります。
しかし全体的に見れば悪化するケースの方が多い印象があります。
2.妊娠中のパニック障害のお薬
妊娠中は、お薬を服薬することに心配になる方は多いでしょう。お薬ってあまり身体に良いものではなさそうですし、特に赤ちゃんへの影響を考えたら、当然の心配です。
しかし安易にお薬を全部やめればいいというものでもありません。主治医とよく相談してお薬をどのくらい使うかは慎重に判断すべきです。
パニック障害の妊娠中におけるお薬の扱いについて紹介します。
Ⅰ.お薬は最低限に
妊娠中は、可能な限りお薬は少なくする必要があります。
それは、なるべく赤ちゃんへの影響を少なくするためです。お母さんが飲んだお薬は胎盤を通じて、赤ちゃんにも届いてしまいます。
妊娠が分かったらすぐに主治医に報告し、今後のお薬について相談する必要があります。
精神状態から判断して、減量・中止できるお薬があればそれは減量・中止しなければいけません。
Ⅱ.投薬はメリットとデメリットを慎重に判断して決める
妊娠中のお薬の量はなるべく少なくなるようにすべきですが、「お薬を絶対に飲んではいけない」わけではありません。
お薬を飲まないに越したことはないのですが、総合的に考えて妊娠中も服薬するメリットの方が高ければ服薬を継続することもあります。
お薬の投与は、得られるメリットと、可能性のあるデメリットを天秤にかけて慎重に判断する必要があるのです。
妊娠中にお薬を飲むメリットとしては、「精神の安定が得られること」があります。これはお母さんだけのためではなく、精神的ストレスから起こる流産などを防ぐことも期待できます。
また妊娠中に過剰なストレスは、産まれてくる赤ちゃんのアレルギー疾患(喘息やアトピーなど)発症の原因になるとも言われています。服薬することで、精神的に安定させることは赤ちゃんへのこのようなリスクを軽減することが出来るのです。
反対に妊娠中お薬を飲むデメリットとしては「赤ちゃんにお薬が届いてしまうこと」です。お薬は赤ちゃんにとって害の少ないものもありますが、飲んでいて赤ちゃんのためになるものではなく、出来るなら飲まない方が良いものです。
精神的に不安定なのに、無理に断薬をしてしまうのもよくありません。かといって、赤ちゃんに届いてしまうかもしれないのに、必要以上にお薬を服薬するのもいいことではないでしょう。
このさじ加減は、患者さん一人一人違うため、主治医とよく相談して、どの程度のお薬を使っていくのかはみなさん慎重に判断していく必要があります。
自分で「お薬を飲むのをやめよう」と勝手に判断することは危険です。必ず主治医と相談してくださいね。
Ⅲ.妊娠中に極力中止すべきお薬
お薬の中には、「妊娠中に飲むべきでないもの」も少数ながらあります。そのお薬に関しては妊娠が発覚したら出来る限り速やかに中止しなければいけません。
パニック障害に使用するお薬では、「気分安定薬」と呼ばれるお薬の多くは妊娠には禁忌(=絶対にダメ)になります。
気分安定薬は、主に双極性障害(躁うつ病)に使われるお薬で、気分の波を抑えるはたらきがあります。パニック障害においても、補助的に使われることがあります。
具体的には、
・炭酸リチウム(商品名:リーマスなど)
・バルプロ酸(商品名:デパケンなど)
・カルバマゼピン(商品名:テグレトールなど)
が該当します。これらは催奇形性(赤ちゃんに奇形が起きやすくなる)が報告されており、妊娠中は極力内服すべきではありません。特に赤ちゃんの器官が作られる妊娠初期(妊娠12週まで)の投与は避けてください。
妊娠中であっても、どうしてもこれらのお薬を中止することができない場合は、葉酸が奇形発生率を下げるため、葉酸と併用して投与することが勧められています。
3.妊娠中にパニック障害を悪化させないための工夫
先ほどお話したように、妊娠中はパニック障害が悪化することもあれば、軽快することもあります。
しかし全体的に見れば、ホルモンバランスの変化や環境変化などにより悪化することの方が多いように感じます。
妊娠というのは、新しい命を授かるという嬉しいイベントなのですから、パニック障害にかかっている中でもなるべく落ち着いて出産を迎えたいですよね。
妊娠中のパニック障害を悪化させずに出産を迎えるために注意すべきことを紹介します。
Ⅰ.妊娠・出産計画の予定をしっかり立てる
特にお薬を使った治療を行っている場合、妊娠や出産はしっかり計画を立てた方がよいでしょう。
急な妊娠と予定された妊娠では、出来る準備が全然違います。
計画的な妊娠・出産であれば、主治医と相談しながら精神状態が安定した時期に妊娠をしてもらうことも可能になりますし、事前にお薬の調整も出来ます。「妊娠する」ことに対してのこころの準備もしやすいため、あらゆる面で安定して妊娠・出産を迎えることができます。
しかしこれが予定外の妊娠だとそうはいきません。
急に妊娠が発覚すれば、慌ててお薬を減薬していくことになります。急いで減薬するので、反動も起きやすく精神状態も悪化しやすいことが予想されます。また予定外の妊娠だと、母親もこころの準備ができていないため、精神的に不安定になりやすく、些細なことで病気が悪化してしまいます。
最悪のケースは、上記で説明した赤ちゃんに悪影響のあるお薬を使用しているのに、予定外の妊娠をしてしまうケースです。妊娠が発覚した時にはもうすでに、薬物が赤ちゃんに届いている可能性もあり、慌ててお薬を中止しても「時既に遅し」ということもありえます。
病気の治療中である場合、お薬を服薬している場合は、極力計画的な妊娠を心がけてください。
自分が苦しむだけでなく、最悪の場合は生まれてくる赤ちゃんにも悪影響を与えてしまうことになります。
Ⅱ.なるべく安定した環境で過ごす
パニック障害は、不安障害(不安症)に属する疾患ですので、不安が多い環境では悪化しやすくなります。
妊娠中では特に不安定になりがちであるため、「落ち着ける場所」で過ごすことをより意識した方が良いでしょう。
落ち着ける場所として、妊娠中に里帰りをする方は多いですが、これはとても良いと思います。
自宅でも落ち着くとはいえ、日中はご主人さまはお仕事に行かれているでしょうから、一人で過ごすことになります。一人だと不安に感じてしまいやすいものですが、実家であれば、両親がいることが多いため、より安心して過ごすことができます。
また、パニック発作は閉鎖空間(閉じ込められたと感じやすい場所・容易に逃げられない場所)で起こりやすい傾向があります。具体的には、
・電車、バス、飛行機など
・歯医者や美容室など
・映画館
・その他、暗くて狭い場所
などです。
妊娠中はなるべくこのような場所は避けるようにしましょう。
どうしても行かなくてはいけない時は、なるべく誰かと一緒に行ったり、空いている時間を狙って行くようにしましょう。
Ⅲ.妊娠中は無理して回復を目指さない
パニック障害は、お薬の治療の他にも、精神療法も併用して治していくことが理想です。
パニック障害で行う精神療法は、主に2つあります。ものごとのとらえ方を変えることによって不安と上手に付き合っていくことを目指す認知行動療法、不安なことに敢えて立ち向かうことで克服していく暴露療法です。
しかし、これらの治療は、妊娠中は無理に行う必要はありません。
認知行動療法も暴露療法も、本格的に行うとなれば体力的にも気力的にもそれなりの負担がかかります。
ただでさえ、妊娠中で不安定になりやすい中、頑張ってこれらの治療を行う必要はありません。
妊娠中は、無理せず療養につとめて、また状況が落ち着いたらこれらの治療は導入していきましょう。
Ⅳ.主治医としっかり相談する
やはり一番大切なのは、心配なことは主治医に何でも相談することです。
妊娠して、病気のことやらお薬のことやらで色々と不安になってしまう方は多いのですが、みなさんあまり医師に相談しません。
「先生はお忙しいから・・・」「あまり色々聞きすぎると怒られてしまうかも」と遠慮されてしまうようです。
しかし、一人で悩んでどんどん不安が高まってしまえば、パニック障害もどんどん悪くなってしまいます。
不安の病気において、不安を取り除いてあげることは主治医がすべき大切な治療です。なので、不安なことは積極的に聞かないといけません。