パニック障害と飛行機。飛行機でパニック発作を起こさないための工夫

パニック障害は、パニック発作と呼ばれる自律神経症状(めまい、動悸、呼吸苦など)が突然起こる疾患です。パニック発作で死ぬことはありませんが、急に生じる発作は大変な恐怖であり、患者さんは発作への恐怖から落ち着いた日常生活を送れなくなってしまいます。

パニック発作には起こりやすい状況というものがあります。そのひとつに「飛行機」があります。パニック障害にかかってから飛行機に乗れない、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

旅行が趣味だったり楽しみだったりしていた方が、パニック障害で飛行機に乗れなくなってしまうというのはつらいものです。

なぜ飛行機の中ではパニック発作が起こりやすくなってしまうのでしょうか。今日はパニック障害と飛行機の関係についてお話しします。またどうしても飛行機に乗らないといけない方のために、飛行機内でなるべくパニック発作を起こさない工夫も紹介していきます。

1.飛行機内でパニック発作が起こりやすい理由

パニック障害は不安障害(不安症)に属する疾患であり、「不安」が根本にある疾患です。そのため、不安を感じやすい状況ではパニック障害も悪化しやすくなり、パニック発作も起こりやすくなります。

私たちが本能的に不安を感じやすい場所として「閉鎖空間」があります。これは「閉じ込められた(と感じるような)場所」であり、「容易に逃げることができない場所・状況」とも言い換えることができます。

健常な人でも閉鎖空間には多少の不安を感じるのが普通です。例えば同じ100mを歩くのでも、広々とした青空の下を歩くのと、真っ暗で狭い洞窟を歩くのとでは感じる不安度は大きく異なるでしょう。

不安の疾患にかかっていない人でも閉鎖空間には不安を覚えるのですから、パニック障害にかかってしまうと、より強く閉鎖空間に不安を感じるようになってしまいます。

専門用語ではこの閉鎖空間に対する不安を「広場恐怖(agoraphobia)」と呼びます。

広場恐怖というと、「広い場所に恐怖を感じる」という意味に誤解されがちですが、そうではありません。古代ギリシアでは広場で集会が行われていましたが、集会と言うのはなかなか抜け出せない状況であるため、「広場=容易に逃げ出せない場所」と捉えられ、このような用語になったのです。

そして、飛行機の中は完全な閉鎖空間です。

飛行機は一旦出発したら、目的地に到着するまで降りることはできません。数時間は閉鎖空間の中に居続けなくてはいけないのです。この「容易に逃げることができない状況」は、広場恐怖に該当します。

他にも、日常で良く経験する広場恐怖には、

・電車
・歯医者
・美容室
・映画館
・暗くてせまい飲食店
・ダイビング

などがあり、これらの場所ではパニック発作が起こりやすいことが知られています。

2.飛行機でパニック発作を起こさないための考え方

パニック発作は、パニック障害が治っていけば自然となくなっていきます。そのため、パニック発作を起こさないためには、パニック障害の治療をしっかりと行うことが何よりも重要です。

精神科を受診し、主治医に指示された治療をしっかりと行いましょう。また、処方されたおくすりは用法通りにしっかりと飲みましょう。

しかしパニック障害を治すのにはある程度の時間がかかります。パニック障害の治療中でも、どうしても仕事などで飛行機に乗らないといけないという状況もあるかもしれません。

この時、飛行機でなるべくパニック発作を起こさないようにするにはどのような考え方を持てばよいでしょうか。

必ず持って頂きたいのが、

  • パニック発作は長くは続かず、必ず落ち着く
  • パニック発作で死んでしまう事は絶対にない

という考えです。この考えを持っていても恐怖や不安は感じるものですが、それでもこのような考えを頭の片隅に持っておけば、いたずらに不安を増幅させる事がなくなります。

パニック発作は、急に動悸・めまい・呼吸苦などの症状が出現するため、「このまま死んでしまうのでは」という強い恐怖を感じます。そしてこの恐怖が更にパニック発作を増悪させてしまいます。

しかし実はパニック発作が原因で死んでしまった人は1人もいません。パニック発作は10分程度で必ず落ち着き、後遺症も残らないものです。

そうは言っても怖いのがパニック発作ですが、「時間が経てば必ず落ち着くんだ」ということを頭でしっかりと理解しておくことは重要です。

パニック発作が起こりそうになっても「大丈夫。これで死ぬことはない」「すぐに発作は落ち着く」と考えてください。それ意識だけでも不安は軽減され、発作が起きにくくなります。

3.飛行機でパニック発作を起こさないための工夫

飛行機でパニック発作を起こさないために、何か具体的な工夫は考えられるでしょうか。

対処法を紹介します。

ただし、これらは主治医としっかりと相談し、主治医の指示のもとで行ってください。独断で行うと病状を悪化させてしまう事があります。

Ⅰ.飛行機に乗るのを延期する

飛行機に乗る用事が旅行など延期できるものであれば、パニック障害が治るまで延期することも方法です。

厳密にはこれはパニック発作を起こしにくくする工夫、ではありませんが、今はあきらめて延期する勇気も状況によっては必要です。

というのも飛行機は他の閉鎖空間と比べて長時間の拘束であり、難易度が高めだからです。

例えば電車や歯医者などでもパニック発作は生じやすいのですが、これらは数分から長くても数十分の拘束です。また同じくパニック発作を生じやすい映画館は長時間の拘束ではあるものの、いざとなれば館外へ逃げることができます。

飛行機は長時間の拘束であり、一旦出発したら目的地に到着するまで絶対に逃げることができないためめ、他の閉鎖空間よりも難易度が高い閉鎖空間になるのです。

パニック障害が治れば旅行にいけるんだ、ということをモチベーションにして治療に専念しましょう。

Ⅱ.なるべく空いてる便に乗る

飛行機でパニック発作が起こりやすくなるのは、飛行機内が閉鎖空間だからです。

ということは、閉鎖空間の度合いが弱まれば発作を起こしにくくなるはずです。

閉じ込められているという感じが更に強く感じられるのは、満席などで混んでいる時です。反対にガラガラで空いている時は、閉じ込められている感が弱くなります。

そのため、なるべく空いている便を狙って乗るとパニック発作が起きにくくなります。

どの便が空いているかは一概には言えませんが、一般的には早朝の便が一番空いているようです。また、連休などはどの便も満席のことが多いので、そういった時期をなるべ避けるようにしましょう。

Ⅲ.通路側を取る

同じく、なるべく閉じ込められている感じを弱めるには、窓側よりも通路側の席の方がおすすめです。

一般的には窓側の席の方が外が人気ですが、壁と人に挟まれる形になるため、閉じ込められている感じが強くなります。また、飛行機内で唯一避難できる場所であるトイレにも行きにくくなってしまいます。

反対に通路側だと片方に人がいても、もう片方は通路なので閉塞感が弱まります。また何かあった時にトイレにも立ちやすくなります。

Ⅳ.非常口近くの座席を取る

非常口近くの座席は、他の座席と比べて前の座席との間隔が広くなっています。
そのため、閉じこめられている感が弱まりますのでおすすめです。

またトイレも非常口近くにあることが多いので、その点でも安心感を得やすい場所です。

ただし、非常口付近の席は、万が一の時は脱出のお手伝いをしてくださいCAから頼まれますので、それでかえって不安になってしまうようであればやめたほうが良いでしょう。

Ⅴ.頓服を処方してもらう

精神科の主治医から、発作時の頓服薬をもらっておくことも有効な手段です。頓服は、症状が起きそうな時あるいは起きた時にすぐに飲める即効性のあるおくすりです。薬によって効果に違いはありますが、早いものだと服薬後15分程度で不安が和らいできます。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬というお薬が用いられることが多く、

・ロラゼパム(商品名:ワイパックス)
・アルプラゾラム(商品名:ソラナックス、コンスタン)
・ブロマゼパム(商品名:レキソタン、セニラン)
・クロチアゼパム(商品名:リーゼ)
・エチゾラム(商品名:デパス)

などがよく用いられます。

実際に発作が起きそうな時にサッと飲めることも利点ですが、これらのおくすりを持っておくだけでも「何か起こっても頓服を持っているから大丈夫」というお守りのような安心感を得ることができます。

なお、サッと飲めるように水やお茶なども携帯しておくことを忘れないようにしましょう。

Ⅵ.睡眠薬で寝てしまう

6時間とか10時間とか長時間のフライトである場合は、睡眠薬で寝てしまうというのも有効な方法です。

到着後の睡眠リズムが崩れてしまう可能性はありますが、その辺がなんとかなるようであれば飛行機内はお薬でずっと眠ってしまえば、発作は起きません。

どの睡眠薬を使うかは、フライト時間に合わせたものを主治医と相談してみましょう。

そしてその睡眠薬は出発前に必ず一回は試し飲みをしておいて下さい。お薬の効きは個人差があるため、しっかり効果が出るのかは事前にチェックしておく必要があります。

また海外には持ち込めない睡眠薬もあるため、海外便の場合は行き先を主治医に伝えて、問題のない睡眠薬を選んでもらいましょう。

例えばフルニトラゼパム(商品名:サイレース、ロヒプノール)はアメリカには持ち込む事ができませんので注意が必要です。

Ⅶ.カフェインは取らない方が無難

大量のカフェインはパニック発作を起こしやすくすると報告されています。

コーヒー1〜2杯程度のカフェインであれば問題ないことがほとんどなのですが、飛行機内は普段よりもパニック発作が起こりやすい状況であるため、カフェイン摂取は避けておくことが無難でしょう。

ドリンクサービスでもコーヒー以外の飲み物を頼むようにしましょう。

Ⅷ.誰かと一緒に乗る

友人や家族など、信頼できる誰かが一緒に居てくれると安心感が得られ発作が起きにくくなります。

できれば隣に座ってもらいましょう。いてくれるだけでも、「発作が起こっても助けてくれる人がいる」という安心感が得られます。