向精神薬(精神科のおくすり)には眠気を起こすものがあります。多くの向精神薬は気持ちをリラックスさせる作用を持つため、緊張が取れて眠くなってしまうのです。
患者さんの診察をしている中でも 「先生、この眠気は何とかなりませんか」 と相談されることは少なくありません。様子を見れる程度の軽い眠気であればまだ良いのですが、仕事などに支障をきたすほどの眠気だと患者さんには苦痛となってしまいます。
ジプレキサは眠気を起こすことが多いおくすりです。ジプレキサの眠気で日常生活に支障が出てしまう方もいらっしゃいます。
ジプレキサでなぜ眠気が起こるのか、有効な対処法はあるのか。
今日はこのことについて考えてみたいと思います。
1.ジプレキサで眠気が生じる理由
ジプレキサで眠気が生じるのは、主に「抗ヒスタミン作用」というものが原因だと考えられています。抗ヒスタミン作用とは、ジプレキサがヒスタミン受容体というものを遮断(ブロック)することで生じる作用です。
花粉症やアレルギー疾患で処方されるお薬に「抗ヒスタミン薬」と呼ばれるものがあります。商品名で言うと、アレグラ、アレロック、タリオン、アレジオン、ザイザルなどです。
これらのおくすりを飲むと眠くなることが良く知られていますが、抗ヒスタミン作用を持つおくすりが眠気を引き起こすことがここからも分かります。
ジプレキサはヒスタミン受容体をブロックする力が強いため、眠気を引き起こしやすいのです。
また、抗ヒスタミン作用以外にもジプレキサにはα1受容体遮断作用があり、これも眠気の一因となっています。
αとはアドレナリンのことで、アドレナリン1受容体が遮断されると血圧が低下し、ふらついたり、ボーッとしたりします。
(α1受容体遮断薬は降圧剤として使われています。エブランチル、カルデナリンなど。)
ジプレキサはMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)という種類に属するおくすりで、その名の通り、多くの受容体に作用するという特徴があります。
たくさんの受容体に作用するということは、様々な効果が得られる一方で、様々な副作用が出やすいということでもあります。
ジプレキサは様々な受容体に作用するため、眠気に関係する受容体にも影響を与えやすいのです。そのため、ジプレキサは眠気が多いおくすりになっています。
2.他の抗精神病薬との比較
ジプレキサの眠気は、他の抗精神病薬と比べるとど程度強いのでしょうか。それぞれの抗精神病薬の眠気の強さを表にして比較してみましょう。
抗精神病薬 | 眠気 |
---|---|
コントミン | +++ |
セレネース | + |
リスパダール | + |
インヴェガ | + |
ロナセン | ± |
ルーラン | + |
ジプレキサ | ++++ |
セロクエル | ++++ |
エビリファイ | ± |
抗精神病薬は大きく分けると、第1世代と第2世代があります。
第1世代は1950年ごろより使われ始めた古い抗精神病薬で、作用も強いけど副作用も強いという特徴があります。この表ではコントミン、セレネースが第1世代になります。第1世代は、やはり眠気の頻度も多めです。
第1世代の中でも特にコントミンはジプレキサのように多くの受容体に作用するため、眠気の頻度は多めです。セレネースは比較的ドーパミン受容体を選択的に狙うため、眠気の頻度は第1世代の中では少なくなっています。
第2世代は1990年ごろより使われ始めた比較的新しい抗精神病薬で、第1世代の効果の強さはしっかりと保ったまま、副作用を軽減させたものです。第2世代には主にSDA、MARTA、DSSの3種類に分けられます。
第2世代の中でも、SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)と呼ばれるおくすりはドーパミン受容体とセロトニン受容体を選択的に狙うため抗ヒスタミン作用は弱く、眠気は少なめです。この表で、リスパダール、インヴェガ、ロナセン、ルーランがSDAになります。
MARTAは、ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体などの様々な受容体に作用するため、眠気の強いものが多いのが特徴です。この表では、ジプレキサ、セロクエルがMARTAになります。
DSSはドーパミンの量を丁度いい具合に調整するという作用を持つため、ヒスタミン受容体への影響は少なく、眠気も少なめです。この表でエビリファイがDSSになります。
3.ジプレキサの眠気の対処法
ジプレキサで眠気が出てしまったときの対処法について考えてみましょう。
ジプレキサの眠気に特化した対処法というのは無く、他の精神科のおくすりで眠気が出た時と同じような対処法を取ります。
これらの対処法は独自の判断では行わないで、必ず主治医と相談の上で行ってください。
Ⅰ.様子を見てみる
まだジプレキサを飲み始めたばかりなのであれば、少し様子を見てみるのも方法です。抗精神病薬の副作用は、時間が経つと「慣れてくる」ことがよくあるからです。
1~2週間様子を見ていたら副作用がだんだんと軽くなってきた、ということはよく経験します。何とか様子がみれる程度の眠気なのであれば、少し様子を見てみましょう。
様子を見るかどうかを判断する一つの目安は、その眠気が「何とか耐えられるかどうか」です。1~2週間程度なら何とか耐えられる、という眠気であれば様子をみても良いでしょう。
しかし、眠気があまりにひどく様々なことに支障が出ているのであれば、様子を見るのではなく早めの対処が必要なこともあります。
Ⅱ.増薬スピードを緩めてみる
ジプレキサは5~10mgから開始し、必要に応じて20mgまで増量します。
いきなり20mgから開始することはありません。それは急に高用量のおくすりが入ると身体がびっくりしてしまい、副作用が生じやすくなるからです。
眠気に関しても同じで、いきなり高用量のジプレキサが入ると眠気は強く出やすくなります。
薬の効きやすさには個人差がありますから、中には用法通り10mgから開始しても強い眠気が出てしまうという事もあります。
このような場合は、増薬のペースを緩めることが効果的です。
増薬ペースをゆるめれば効果の発現も遅くなってしまうのが欠点ですが、副作用の程度が軽くなるというメリットがあります。もしゆっくりと増やしていけるような余裕のある精神状態なのであれば増薬ペースを緩めてみましょう。
例えば、ジプレキサ5mgから開始して眠気が強すぎるのであれば、2.5mgから始めてもいいでしょう。2.5mgで1~2週間様子をみてから5mgに再チャレンジすれば、ジプレキサ2.5mgに身体が適応している分だけ、眠気の程度も軽くなります。
Ⅲ.睡眠を見直す
基本的なことですが、そもそもの睡眠に問題がないかを見直すことを忘れてはいけません。
そもそもが不規則な睡眠リズムだったり、極端に短い睡眠時間なのであれば、ちょっとしたことで眠気が出てしまって当然でしょう。眠気は副作用なのではなく、ジプレキサを飲み始めたことで睡眠の問題が表面化しただけなのかもしれません。
睡眠環境や睡眠時間に問題がないかを見直してみましょう。もし問題があるのであれば、その問題を解決することが先決です。
Ⅳ.併用薬に問題はないか
併用薬によっては、ジプレキサの副作用を強くしてしまうことがあります。
よく経験するのがアルコールとの併用です。酒は抗精神病薬の血中濃度を不安定にします。
飲酒をしながらジプレキサを飲んでいたら、 血中濃度が不安定になるため眠気が強く出る可能性があります。この場合、断酒しない限りは改善は図れません。
他にもジプレキサの作用・副作用を増強してしまうおくすりはいくつかあります。
例えば、抗うつ剤の中でもフルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)はジプレキサの作用・副作用を強めることが報告されています。一緒に服薬できないわけではありませんが、両方服薬している場合は相互作用するということも考えながら服薬量を決めないといけません。
その他、相互作用するおくすりもありますので、主治医とよく相談にて服薬内容を決めていきましょう。
Ⅴ.服用時間を変えてみる
飲む時間を変えてみる、という方法もあります。ジプレキサは添付文書には「1日1回の服用」と記載されており、いつ服薬するかについては明言されていません。
眠気で困っているのであれば、夕食後や眠前に飲むようにするのが良いでしょう。そうすれば、眠気が出ても就寝時間と重なるため、問題がなくなります。
反対に朝食後や昼食後に服薬している場合は、日中に眠気が出やすくなってしまいます。
飲む時間を眠前にすることで、眠気の問題が改善したケースは少なくありませんので、試してみる価値はあります。
Ⅵ.減薬・変薬をする
上記の方法をとっても眠気が軽減しない場合、眠気が生活に支障を来たしているのであれば、減薬や変薬も考える必要があります。
ジプレキサの効果を感じているのであれば、薬を変えてしまうのはもったいないので、まずは量を少し減らしてみてもいいかもしれません。
量を少し減らしてみて、症状の悪化も認めず、眠気も軽くなるようであれば成功です。その量で維持していきましょう。
ジプレキサの効果も不十分で眠気がひどいということであれば、別の抗精神病薬に切り替えるのも手です。
どのお薬に切り替えるかは、主治医とよく相談して決めるべきですが、「眠気が少ないもの」でいうと、SDAのブロナンセリン(商品名:ロナセン)やDSSのアリピプラゾール(商品名:エビリファイ)などが挙げられます。
ただし、どの抗精神病薬も一長一短ありますので、眠気の副作用だけで考えるのではなく、総合的に判断することが大切です。主治医とよく相談して決めてください。