不安と恐怖というのは、似たような意味合いを持つ言葉です。
私たちが日常で何気なく使っている「不安」と「恐怖」の違いはあいまいで、あまり明確な違いはありません。恐怖の方が不安よりも程度が強いというイメージくらいでしょうか。
しかし医学的には「不安」と「恐怖」は意味が異なるものとして明確に区別されています。そして区別されているということは、不安なのか恐怖なのかによって対策も異なるということです。
「不安なんです」「恐怖があるんです」という理由で苦しんでいる方は、それが不安なのか恐怖なのかがしっかりと区別しなくてはいけません。なぜならば、明確にすることによって取るべき対策が見えてくるからです。
不安と恐怖というのは何が違うのでしょうか。そしてそれぞれに対してどう向き合っていけばいいのでしょうか。
1.不安と恐怖は何が違うのか
不安と恐怖の違いはとても簡単です。
不安は対象がない。
恐怖には対象がある。
ざっくりと言えばこれだけの違いです。
不安は、漠然とした特定の対象がない恐れの感情です。
恐怖というのは、はっきりとした外的対象のある恐れの感情です。
例えば、パニック障害の症状のひとつに「広場恐怖」という用語があります。これは、「逃げられない空間・状況」といった、特定の状況に対しておそれを感じるというものです。これが「広場不安」ではなく、「広場恐怖」なのは、恐怖の対象が「広場」というはっきりとした特定の状況だからです。
また、漠然と将来に対して恐れを感じている場合は、「将来が恐怖だ」ではなく「将来が不安だ」というのが正解です。これは、将来という漠然としたものに対しての恐れであり、対象が特定されていないからです。
不安という言葉は、それ自体が漠然としたおそれの感情を指します。そのため、厳密に言えば「漠然と不安なんです」という表現はおかしいことになります。不安という言葉自体に漠然さが含まれているからです。「頭痛が痛い」と言うのと同じですね。
2.不安と恐怖の位置づけ
今日お話したいのは、不安と恐怖の意味が違うんだという豆知識ではありません。
不安と恐怖の意味は異なる。そのため、自分の感情が不安なのか恐怖なのかを明確にしないと、適切な対策が取れないのだということが今日のお話したいことです。
不安なのか恐怖なのかで対策の立てやすさも変わってきます。
・不安は対象がない
・恐怖は対象がある
この二つ、どちらが治しやすいでしょうか。
もちろん個々のケースで治りやすさは違うため一概には言えませんが、一般的には対象のある恐怖の方が治療がしやすいと言えます。なぜならば、恐怖に対しては自分の敵が何なのか分かっているため、対策も取りやすいからです。
反対に対象がない不安とは、敵が何なのか分からないこと自体が不安につながるため、悪循環に至りやすく、なかなか改善に向かわないことがあります。
どこに隠れているか分からない敵を倒すのは大変です。「どこにいるんだ?」と常に気を張らないといけませんし、どこから出てくるか分からないからどんどん怖くなってしまいます。しかし、敵がどこにいるのか分かっていれば対策を立てることができ、その結果勝率も上がります。
不安と恐怖は、一見「恐怖」の方が強そうなイメージを持ちますが、実は恐怖の方が治しやすいのです。
3.その不安を恐怖に出来ないか?
漠然とした恐れの感情を不安と言いますが、みなさんが不安を感じた時、まず最初にはっきりさせないといけないことがあります。
それは、
その不安は、本当に不安なのか
恐怖ではないのか
あるいは、恐怖に細分化はできないのか
ということです。
よくよく考えてみても、やはり対象が見つからず「不安だった」ということも、もちろんあり得ます。
しかし、最初は不安だと感じていたけども、よくよく冷静に考えてみると、「自分は、これとこれに対して恐れを感じていたんだ」と気付き、不安が恐怖に移り変わることもあります。
不安が恐怖に変わったのであればしめたものです。それだけで対策も立てやすくなり、治りやすくなったのですから。
また、恐怖がいくつも重なってその数が多くなりすぎたがために、混乱してしまい対象が分からなくなってしまうことがあります。複数の恐怖で頭が混乱してしまい、不安に変わってしまうのです。
いくつもの仕事を掛け持ちしている方、仕事と子育てを両立している方など、忙しい方でよく見られます。
・将来、子供が非行に走らないかが恐怖だ
・ママ友との付き合いが恐怖だ
・仕事の上司が恐怖だ
・夫に家事のアラを探されるのが恐怖だ
・姑との付き合いが恐怖だ
このように恐怖の対象がたくさんありすぎると、冷静にひとつずつ意識することができなくなります。すると恐怖がだんだんと漠然としていき、「不安」に変わってしまうのです。
この場合は冷静になり、不安の中からひとつずつ恐怖を取り出していかないといけません。不安を恐怖に細分化するという作業です。紙に書き出したり、医師や臨床心理士などの専門家と一緒にやっていくとうまくいきます。
不安で苦しんでいる時、その不安は本当に不安なのか、と問いかけてみることは大切です。恐怖が不安のふりをしているだけの事もあるからです。
4.不安・恐怖はどのように治すのか
不安や恐怖の細かい治療法というのは、不安障害や各恐怖症の治療法の記事を参考にしていただきたいと思います。
ここでは、不安と恐怖の治療法の違いというものを紹介します。
お話した通り、不安よりも恐怖の方が治しやすいという特徴があります。恐怖は対象があるため、その対象に応じて様々な対策が取れるからです。
例えば、「夜にゴミ出しにいくのが恐怖だ」と感じるのであれば、家族と相談して家事を分担し、自分は夜のゴミ出し以外を頑張るという対策が取れます。
「職場の上司がすぐに怒鳴るのが恐怖だ」と人に対して恐怖を感じている場合、相手にもよりますが率直に話してみてもよいでしょう。相手が自分の欠点に気付いてないだけのこともあり、しっかりと話せば改善してくれることもあります。
また、「高所が恐怖だ」「暗いところが恐怖だ」という状況に対する恐怖であれば、無理してその恐怖を克服するのではなく、「逃げちゃう」という生き方だってあります。周囲の人にも理解してもらい、高いところには行かない、暗いところにはいかないという事でも、本人がそれで良いのであれば問題はないことです。
しかしこれが不安であった場合、そもそも何に対しての恐れなのか自分自身分かりませんから何の対策も取ることができません。
また、不安や恐怖の治療は大きく分けると3つのものがあります。
- おくすり
- 認知行動療法
- 暴露療法
です。このうち、1.おくすりと2.認知行動療法は、不安と恐怖の両者どちらにも用いられます。
おくすりは不安を抑える作用に優れるものが用いられ、セロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤(主にSSRI)やGABAの作用を強めることで不安を和らげる抗不安薬(安定剤)などが用いられます。また、抗不安効果を有する漢方薬などを用いることもあります。
認知行動療法は、不安や恐怖を感じる自分側に対して行う内向きの治療です。
不安や恐怖という感覚を感じる自分の認知(ものごとの考え方)を見直し、修正をはかっていくことで改善をはかります。おくすりと違って効果が出るまでに時間がかかりますが、しっかりと取り組めばおくすりと同等の治療効果を得られます。
また認知行動療法は「考え方」を変える治療法であるため、しっかり取り組めばおくすりよりも高い再発予防効果が得られます。
これら2つはどちらも不安・恐怖に対して有効な方法です。
恐れの感情が恐怖である場合、更に3.暴露療法(あるいは暴露反応妨害法)という治療も行うことができます。これは、少しずつ恐怖を感じる対象に自分自身を暴露させ、徐々に慣らしていくという治療法です。
例えば電車に乗ることに恐怖を感じている場合、
まずは、1駅だけ安心できる人と一緒に乗ってみる
成功したら次は、2駅安心できる人と一緒に乗ってみる
成功したら次は、1駅安心できる人に隣の車両に乗ってもらう
成功したら次は、2駅・・・・
というように徐々に負荷を上げ、成功体験を積んでいくことで自信を付けるという方法です。
暴露療法は、恐れを感じる対象に自分自身を暴露させるため、対象のない不安には使うことができません。明確な対象のある恐怖にしか行えない治療法です。
このように不安と恐怖の治療・対策を見ると、恐怖の方が
・対策が取れる
・治療法も多い
というメリットがあるのです。