昔の精神科で行われていた、驚くべき治療法

統合失調症や双極性障害などの精神疾患の原因は、現在ではある程度突き止められており治療法も確立しています。

しかし、満足のいく治療が行えるようになったのは実はつい最近のことです。1950年代以前は、これらの疾患は「原因が全く分からない」「どう治療したらいいのか分からない」という原因不明の病でした。

「私は神だ」「闇の組織に狙われている」などと言い始め、理解不能な行動を取り始める。
急にテンションが高くなり、攻撃的になる。

何が原因でそうなるのか全く分からない。原因が分からないから、どう治療すればいいのかも分からない。

今でこそ、これらは脳が異常をきたしている「病気」なんだ、と理解されるようになり、有効な治療薬も開発されましたが、実はそれも1950年代以降の話です。1950年代にクロルプロマジン(商品名:コントミン)が発見されるまで、精神疾患への有効な治療法は皆無だったのです。

昔の精神科医は大変だったと思います。そして患者さんやその家族はそれ以上に大変だったでしょう。

当時の精神科医は試行錯誤し、様々な治療を試してきました。今考えると「そんなことやっても効くわけないでしょ」と言いたくなるものもたくさんありました。しかし、当時は有効な治療法がなかったため、少しでも「これが効いた!」という報告があると、その治療法に皆が飛びつきました。

みなさんの治療に直接役立つ情報ではありませんが、今日は昔の精神科で行われていた驚くべき治療法を紹介します。これを見て、精神科治療の進歩を感じて頂ければ幸いです。

1.瀉血

18世紀以前に行われていた治療法です。瀉血とはかんたんに言うと「血抜き」です。患者さんの静脈を切開し、血液を抜くということです。

「精神疾患患者さんの血液を大量に抜いたら幻覚妄想を言わなくなった!」という報告があり、それに基づいた治療法なのだと思われます。

血液が足りない状態になれば、血圧が下がってめまい・ふらつき・意識レベル低下などが起こります。確かにおとなしくはなるでしょう。

しかし、これは精神疾患を治しているわけではありません。「ふらつき、めまいがひどくて幻覚妄想どころではない」ために落ち着いたように見えただけです。

また、似たような治療法で下剤や嘔吐剤を飲ませて下痢や嘔吐を人工的に誘発する、という治療法も行われていたようです。これも下痢・嘔吐によって身体が脱水状態になったり電解質のバランスが崩れたために、見かけ上おとなしくなったように見えるだけで、精神疾患に対する効果はありません。

これらの治療法が精神疾患に対しての効果が無いのは明らかであり、現在では当然行われていません。

2.水責め

これも18世紀以前に行われていました。

高所から水を落として患者さんにかける、患者さんを不意に池などに突き落とすなどの治療法です。これを「治療」と言っていいのか分かりませんが、当時は「治療」として行われていました。

確かにいきなり水をかけられたら、幻覚妄想は一時的に止まるでしょう。しかし、これは精神症状が治ったのではなく、驚きや恐怖から一時的に幻覚妄想が治まったに過ぎません。

この治療法も現在では行われていません。

3.旋回椅子

患者さんを回る椅子のような装置に座らせ、高速で回転させることで治そうとする治療法です。

回すと言っても、コーヒーカップやメリーゴーランドのような楽しいものではありません。気持ち悪くなり吐いてしまうほどの高速回転です。

患者さんを高速でグルグル回せば、確かに一時的には幻覚妄想は言わなくなるでしょう。しかしそれは、めまいやふらつき、吐き気で苦しくて幻覚妄想どころではない、というのが正確なところで、精神症状を治療していたわけではありません。

効果がないため、現在では行われていません。

4.高熱療法

患者さんをわざと感染症に感染させ、高熱にさせることで治療する、という方法です。感染症にかかって高熱を出した患者さんの精神症状が発熱後に改善した、という報告がありそこから生まれました。

代表的なのが、患者さんを人工的にマラリアに感染させるという「マラリア高熱療法」です。「マラリアに感染させて治そう!」という今考えればかなり恐ろしい治療法です。実際、この治療をしたがために亡くなってしまった患者さんもいるでしょう。

これも「マラリアに感染した患者さんが幻覚妄想を言わなくなった!」という報告があったため生まれた治療法なのですが、実はこれは恐らく梅毒の末期症状で精神症状を呈した患者さんだったのではないかと現在では考えられています。

梅毒の原因菌である梅毒トネポネーマは高熱に弱いため、梅毒が原因で精神症状を呈していた患者さんに対しては高熱療法は効く可能性があります。マラリアに感染したら死ぬ可能性もありますから、とてもハイリスクな治療法ですけどね。

しかし当然、統合失調症や双極性障害などの精神疾患に対しては効くはずはありません。

確かにマラリアに感染して高熱を出せば、幻覚妄想発言はなくなる。しかしこれも、幻覚妄想が消えたのではなく幻覚妄想ところではなくなったというのが実際のところでしょう。

このマラリア高熱療法を開発した医師はなんとノーベル賞をもらっていますが、当然現在ではこの治療法は行われていません。

5.ロボトミー(前頭葉白質切除術)

「どうも脳の異常のようなだから、脳を切除したら良くなるのではないか」という発想から生まれた治療法です。両側前頭葉を切除したチンパンジーの行動が穏やかになったという実験結果に基づいています。

いやいや、そんなことしたら脳の正常な機能まで失われちゃうよ・・・・。

と今だったら考えますが、これも昔は実際に行われていた治療法です。20世紀前半には日本を含めた多くの国で、数多くの患者さんに対して施行されていました。

確かに、この治療で幻覚妄想が改善する方はいました。しかし、「病気が回復した」と喜べる結果は少なく、性格が変わってしまったり、感情が無くなってしまったり、ほとんど動かなくなってしまったりと「廃人」のようになってしまう方も多くいました。

現在ではこの治療は、世界中を見渡してもほぼ行われていません。日本においても日本精神神経学会が1975年にロボトミーの否定を公表しています。

ちなみにロボトミーを開発した方も、ノーベル賞を受賞しています。

6.インスリンショック療法

インスリンはホルモンのひとつで、血糖を下げるはたらきがあります。私たちの身体は食事をすると、膵臓からインスリンが分泌されます。インスリンが分泌されると、血中にある糖が臓器に取り込まれ、血糖が下がります。

現在、インスリンは糖尿病の患者さんに血糖を下げる目的で使われています。

このインスリンを糖尿病でもないのに、打ってしまうのがインスリンショック療法です。

正常の人にインスリンを打てば、血糖が下がって低血糖になります。低血糖になれば脳の栄養分が足りなくなり意識レベルが低下し、ショック状態となります。

このショックで精神病が治るのではないか、という発想のもと生まれたのが「インスリンショック療法」です。

インスリンでショック状態にしたら幻覚妄想が落ち着いた、という報告があったため生まれた治療法ですが、インスリンで低血糖ショック状態にすれば幻覚妄想を訴えるところでなくなるのは当然です。命の危険があるレベルですからね。

これも、現在では行われていません。

7.カルジアゾール痙攣療法

・統合失調症の患者さんが、てんかん発作を起こすと精神症状が改善することがある
・てんかんの患者さんは統合失調症になりにくい

ということが経験的に昔から知られていました。

ここから、「てんかん発作には精神疾患を予防する効果があるのではないか」と考えられ、人工的にてんかん発作を起こせば精神疾患が治るのではないかと考えられ、生まれた治療法です。

カルジアゾールは興奮剤のようなもので、人工的にけいれん発作を誘発する作用があります。

患者さんにカルジアゾールを静脈注射すれば、けいれん発作が起こるため、精神疾患が治るのではないかという理論です。

たしかにけいれんを起こすことで、効果を認めたケースはあったのですが、効果の割に危険の多い治療法であったため、次第に行われなくなりました。

しかし、この「けいれんを起こせば精神疾患が治る」という発想は、次の電気痙攣療法につながっていきました。

8.電気痙攣療法

カルジアゾール痙攣療法と同じで、

・統合失調症の患者さんが、てんかん発作を起こすと精神症状が改善することがある
・てんかんの患者さんは統合失調症になりにくい

という報告に基づいた治療法です。

脳に電気を流して、けいれんさせれば良くなるのではないか、という発想です。

これは偶然にも精神疾患への効果が確認され、この治療法だけは現在でも行われています。

電気痙攣療法がなぜ効くのかは、まだ正確には分かっていないところも多いのですが、脳に刺激を与えることで、

・脳の血流を増加させるため
・脳のホルモンの分泌を促進するため
・けいれんに神経保護作用があるため

などの仮説が考えられています。

脳に電気を流す、というのは普通の感覚で考えればとても怖いことです。そのため、現在では薬物療法で効果を認めない例や難治・重症例などに限られて行われ、最初の治療でいきなり電気痙攣療法が試されることはありません。

現在では、麻酔を使い、しっかりと呼吸・循環管理を行い、安全性を重視して施行されています。また、筋弛緩剤を使って身体のけいれんを起こさないようにした「修正型電気痙攣療法」という方法もあります。

過去の治療をみて

精神科で昔行われた治療をみて、みなさんはどう感じたでしょうか。

普通の感覚を持っていれば驚くと思います。冗談で言ってるのではないか、と思われてもおかしくないレベルの治療法もたくさんあります。

しかしこれはつい60年ほど前まで、実際に病院で行われていた治療法なのです。

今見れば、「当時の精神科医はバカなんじゃないか」「人権侵害もいいところだ」と思ってしまいますが、当時の精神科医は真剣に治療しようと思って、これらの治療法を行っていました。

これは当時の精神科医のレベルが低かったということではありません。このような方法以外思いつかないほど、当時の精神疾患は治療法が分からない謎の病気だったのです。

1950年代にクロルプロマジン(商品名:コントミン)が発見されました。コントミンは副作用の多さから現在では使われる頻度は少なくなっていますが、当時のクロルプロマジンの発見は革命的なものだったことが分かると思います。

何をやっても治らない精神疾患患者さんを「治すことができる」おくすりが発見されたのですから、これはもう革命的な出来事です。

「精神科のおくすり」というとネガティブなイメージを持つ方は多いと思いますが、クロルプロマジンの発見は、精神疾患患者さんの治療を大きく変えました。それまで瀉血だったり高熱療法だったり、ショック療法だったりと、文字通り「命がけ」の治療を余儀なくされてきた患者さんに、はじめて「安全な」治療が提供されたのです。

精神医学界における、歴史的な進歩と言っても良いと思います。

現在においても精神科の世界では分からないことがまだまだたくさんあります。統合失調症の原因だって、うつ病の原因だって、未だ「仮説」の域を出ていません。

しかし、こういった精神科医療の歴史をみると、試行錯誤を重ね少しずつ精神科治療は進歩していることが分かります。

100年後には「2000年代には、こういった古い治療が行われていたらしいよ」「信じられないね」なんて言われるのかもしれませんね。