不眠症の有病率は10~20%と報告されています。24時間社会とも言われる現代では、生理的なリズムに逆らった生活をしている方も多いため、不眠症になる方は増加傾向にあります。今や不眠症は誰もがかかりうる疾患となっています。
不眠症の増加に伴い、睡眠薬の処方も多くなっています。睡眠薬の服薬率は20人に1人と報告されており、不眠症治療の主役は睡眠薬であるのが現状です。
しかし睡眠薬の有効率は、実は5割程度しかないとも言われており、睡眠薬は決して万能ではありません。つまり、睡眠薬だけで全ての不眠を解決することは不可能なのです。不眠を睡眠薬のみで解決しようとすると、睡眠薬の処方量がどんどん増え、また服薬期間もどんどん長くなってしまいます、
睡眠薬の大量処方・長期処方は依存性などの副作用の危険を増大させます。睡眠薬の長期・大量処方は近年問題視されており、国も睡眠薬の減量を推奨し始めています。
睡眠薬による治療が悪いというわけではありません。しかし、睡眠薬のみに頼り切った治療が問題なのは明らかでしょう。睡眠薬を必要に応じて使いながら、睡眠薬以外の治療法も並行していくことが不眠症の最良の治療なのは間違いありません。
しかし、睡眠薬以外の治療法と言っても、どんなものがあるのかみなさんご存じないのではないでしょうか。お薬以外の不眠症治療については、あまり知られていないようです。
今日はお薬以外の不眠症治療にはどんなものがあるのかについて紹介させていただきます。
1.まずは睡眠環境の見直しから
不眠症治療の第一歩は、睡眠環境に問題がないかを見直すことから始まります。そもそも眠りに悪いことをしていたら、眠れないのは当たり前ですよね。睡眠環境に問題はないのか、ひとつひとつ見直してみてください。基本的なことですが、これは非常に重要です。
<睡眠衛⽣のための指導内容>
指導項目 |
指導内容 |
定期的な運動 |
なるべく定期的に運動しましょう。適度な有酸素運動をすれば寝つきやすくなり、睡眠が深くなるでしょう。 |
寝室環境 |
快適な就床環境のもとでは、夜中の目が覚めは減るでしょう。音対策のためにじゅうたんを敷く、ドアをきっちり閉める、遮光カーテンを⽤いるなどの対策も⼿助けとなります。寝室を快適な温度に保ちましょう。暑すぎたり寒すぎたりすれば、睡眠の妨げとなります。 |
規則正しい⾷生活 |
規則正しい⾷生活をして、空腹のまま寝ないようにしましょう。空腹で寝ると睡眠は妨げられます。睡眠前に軽⾷(特に炭水化物)をとると睡眠の助けになることがあります。脂っこいものや胃もたれする⾷べ物を就寝前に摂るのは避けましょう。 |
就寝前の水分 |
就寝前に水分を取りすぎないようにしましょう。夜中のトイレ回数が減ります。脳梗塞や狭⼼症など血液循環に問題のある⽅は主治医の指示に従ってください。 |
就寝前のカフェイン |
就寝の4時間前からはカフェインの入ったものは摂らないようにしましょう。カフェインの入った飲料や⾷べ物(例:⽇本茶、コーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートなど)をとると、寝つきにくくなったり、夜中に目が覚めやすくなったり、睡眠が浅くなったりします。 |
就寝前のお酒 |
眠るための飲酒は逆効果です。アルコールを飲むと⼀時的に寝つきが良くなりますが、徐々に効果は弱まり、夜中に目が覚めやすくなります。深い眠りも減ってしまいます。 |
就寝前の喫煙 |
夜は喫煙を避けましょう。ニコチンには精神刺激作用があります。 |
寝床での考え事 |
昼間の悩みを寝床に持っていかないようにしましょう。自分の問題に取り組んだり、翌日の行動について計画したりするのは、翌日にしましょう。心配した状態では、寝つくのが難しくなるし、寝ても浅い眠りになってしまいます。 |
(日本睡眠学会「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」より)
「寝る前にスマホをいじっている」
「毎日、晩酌している」
「眠れないからついタバコを吸ってしまう」
患者さんの話をよく聞いてみると、こういった問題点が発覚することは少なくありません。寝る前にベッドでスマホやゲームなどをしている人の割合は8-9割に上るという報告もあります。この場合、不眠症治療に入る前に、まずはそこから治していかないといけません。
2.眠りにとらわれすぎない意識を持つ
眠れない日が続くと、「眠りたい、眠らなきゃ」という気持ちがどんどん強くなります。しかし、眠ることに対して過剰に意識しすぎてしまうと、これは不眠悪化の一因になってしまいます。
「眠らなきゃ!」という考えで頭がいっぱいになり、自分にプレッシャーをかけすぎてしまうと、交感神経が興奮して余計に眠れなくなってしまいます。また、「今日も眠れなかったらどうしよう」と不安な気持ちを抱えてベッドに入れば、不安で頭がいっぱいになり、これもまた余計に眠れなくなります。
「まぁ、眠れなくてもいいから横になっていようか」くらいの気持ちでベッドに入った方が実は良く眠れるものなのです。「絶対に寝なきゃいけない!」と自分にプレッシャーをかけすぎてはいけません。
極論ですが、不眠症で死んだ人はいません。だから、「まぁ、眠れなくても死ぬわけじゃないしな」くらいの気持ちで睡眠に望んでください。その方が間違いなく良眠できるようになりますから。
また、睡眠のゴールを「グッスリと〇時間以上眠ること」と「眠り」に焦点を当ててしまうのも、よく陥る間違いです。
なぜ私たちは眠るのかというと、「疲労回復」が目的です。日中に快適に活動するためには疲労を取る必要がありますので、私たちは定期的に睡眠を取るのです。
眠りはそもそも脳と身体の疲労回復のために行っている行為ですので、疲労が日常生活に支障ない程度まで回復するだけの眠りが取れればそれで問題ないはずです。ということは、睡眠のゴールは眠りではなく、日中の活動に焦点を当てるのが正解です。
年を重ねると、ヒトの眠りは自然と浅く短くなります。おじいちゃんおばあちゃんは皆早起きですよね。でもこれは病気ではありません。正常な生理現象です。「〇時間以上眠らなくては」という考えだと、正常の睡眠がとれているのに、これも病気だと誤解する原因になります。
「〇時間以上眠る」ではなく「日中に動けるだけの疲れが取れれば十分」と考えて下さい。
3.認知行動療法(CBT-I)
認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)というのは、精神療法の一つで、物事のとらえ方(認知)を修正していくことにより精神状態の改善をはかる治療法のことです。
主にうつ病や不安障害の治療に用いられていますが、実は不眠症にも認知行動療法は有効です。
CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)は、不眠(Insomnia)に対する認知行動療法です。様々な手法で、あなたの不眠がどうして起こっているのかを探索し、解決していくことによって不眠症の治療を行います。
認知行動療法は、カウンセリング形式で行われます。一回60分前後のカウンセリングを6~12回程度続け、時間をかけてじっくりと不眠に取り組んでいきます(細かい時間、回数は治療施設によって異なります)。
専門家の指導の下でしっかりとCBT-Iを行った場合、不眠症に対する有効率は8割とも言われています。CBT-Iは、睡眠薬に引けを取らない優秀な治療法です。
具体的にどんなことをするのかを紹介します。
Ⅰ.現在の睡眠状況の評価(アセスメント)
現在の睡眠状況や日中の活動などを客観的に評価することで、不眠症状を起こしている問題点を明らかにします。
不眠で苦しんでいる患者さんは「全然眠れないんです」「眠れなくてつらいんです」と訴えますが、実はこの訴えは主観的なものです。客観的にどうなのかをみてみることで、患者さん自身も気づかなかった新たな発見が得られることがあります。
・実際に何時に寝て、何時に起きているのか。総睡眠時間は何時間なのか
・眠れない事で、日中のどんな活動に、どんな支障が出ているのか
・客観的にみて、睡眠環境に問題はないのか
このようなことを治療者と一緒にひとつずつ確認していきます。
また、不眠は心理的な原因で生じることもあるため、これまでの経緯や発症したきっかけなど過去のことを聞く事もあります。また、睡眠についての考え方や行動について問題点や偏りがないかもチェックします。
Ⅱ.正しい睡眠知識の提供
十分な睡眠を得るためには、睡眠に対する正しい知識が必要です。
良眠のための正しい生活習慣や環境調整、日中の過ごし方、嗜好品(アルコールやカフェイン、タバコなど)の摂取についてなど、睡眠に対しての正しい知識を提供します。
また、睡眠に対して誤った考え方を持っている場合、それを修正することも行います
例えば「必ず〇時間以上は眠らないといけない!」という思い込みが強い患者さんの場合、「睡眠時間にこだわる必要はないんです。日中の活動に支障がない程度眠れればそれで十分なんですよ」と指導します。
Ⅲ.眠るためのテクニックを指導
眠るためのテクニックをいくつか紹介することもあります。代表的なものをいくつか紹介します。
1.筋弛緩法(リラクゼーション)
筋弛緩法は、筋肉を意識的に緩めることで身体をリラックスさせる方法です。
不眠症の方は、眠れないことで不安・緊張がどんどん強くなってしまい、更に眠れなくなるという悪循環に陥っていることがあります。この場合、就寝時に緊張がほぐれてリラックスしている状態を作ることができれば不眠症の改善が期待できます。
筋弛緩法、正確には「漸進的筋弛緩法(Progressive Muscle Relaxation)」という名称ですが、これは特別な器具も必要なく、10-20分ほどでかんたんに行えるリラックス法です。身体を動かして緊張を取る「運動」になるため、副作用などの心配もありません。
正確なやり方は、専門家の指導を一度受けるべきですが、簡単に説明すると、
- 8割ほどの力で5-10秒ほど力を入れて、
- その後スーッと力を抜き、10秒ほど脱力する
ということ顔、手、足・・・と全身の筋肉に対して順々に行っていく方法です。
力を入れたあとストンと力を抜くことが一番のポイントで、脱力を意識することで筋肉の緊張が取れやすくなります。これを行うと、全身の筋肉の緊張が取れ、自律神経が落ち着きます。
一気に力を抜く事で、緊張が取れた状態を意識的に作り、その状態を覚えることでリラックス状態を意識的に作れるようにする方法です。
2.刺激制御法
本来私たちにとって、寝室は眠る場所です。
しかし不眠症が長く続いている患者さんでは、脳が「寝室は眠れない場所」と条件づけてしまっていることがあります。
この状態だと、寝室に入ったら脳が「ここにいると眠れないんだ」と勝手に意識してしまいます。これではいつまでたっても不眠が改善しません。
この場合、「寝室は眠る場所なんだよ」と脳に再度教えてあげる必要があります。
具体的には、
・眠る時にだけ寝室を使う
・寝室で睡眠以外の行動はしない(寝室で本を読んだりしない)
・眠れなければ寝床から離れる
などを行っていきます。
これを続けることで、脳が「寝室は眠る場所なんだ」「寝床に行けば眠れるんだ」と再び認識してくれるようになります。
3.睡眠制限法(睡眠時間制限法)
睡眠制限法も、先ほどの刺激制御法と似ているのですが、あえて寝床にいる時間を制限することで、「寝床は眠るところなんだ」という意識づけを行う方法です。
不眠症の方は、眠れないために「少しでも長く横になっていよう」と考え、長時間寝床にいる傾向があります。しかしこれはかえって生活リズムを崩し、不眠症を悪化させる原因になります。また、寝床にいる時間が必要以上に長いと、「寝床は眠れない場所」という認識も強くなってしまいます。
そのため、あえて寝床にいる時間を制限することで、生活リズムをただし、「寝床は眠るところ」という意識づけを行うのです。
4.睡眠日誌で記録をつける
毎日、睡眠日誌を付けることで、自分の睡眠状態を客観的に把握することができます。自分の睡眠状態というのは、意外と分かっていないものです。昨日の睡眠に関して、何時に寝て何時に起きて、総睡眠時間は何時間だった、ということを正確に答えられる人は少ないでしょう。
睡眠日誌には、就寝時間や起床時間、日中の眠気・集中力などを記載します。
不眠症では、睡眠に対する自己評価と客観的評価が異なることがよくあります。本人は「全然眠れなかった」というけど、周囲がみるとグッスリ眠っている、ということはよく経験します。これは本人が嘘をついているわけではなく、本人が睡眠に対して神経質になってしまっているため、自分の睡眠を客観的に評価できなくなっているのです。
しかしここで家族や治療者が「ちゃんと眠ってたから大丈夫だよ」と言っても、患者さんは「この人達は私の苦しみを分かってくれない」と考えてしまうため、逆効果になります。
この場合、睡眠日誌をつけて客観的な評価を提供してあげることで、「全く眠ってのないかと思っていたけど、意外と眠れているんだな」「眠れてない気がしてたけど、日中はちゃんと集中できているんだな」と自分の状態を落ち着いて見直すことができます。
また、長期に渡って睡眠日誌をつければ毎日の睡眠に一喜一憂するのではなく、大きな目線で治療がうまくいっているのかが分かるようにもなります。
5.アクチグラフで睡眠データを取る
アクチグラフとは、睡眠・覚醒データを取る機械のことです。加速度圧をセンサーで計測することにより、活動量を連続して測定します。腰に巻くタイプが一般的でしたが、最近は小型化され、腕時計型などもあります。市販されているものもありますね。
睡眠効率、睡眠潜時(眠りに入るまでの所要時間)、WASO(起きていた時間の合計)、TST(総睡眠時間)などを解析することができます。睡眠日誌と同じ「記録」になりますが、機械がデータを取ってくれるため、客観性がより強くなります。
どれくらい眠れていないのか、日中の活動状態はどれくらいなのかが数値として分かるため、不眠対策も立てやすくなります。
また、不眠症の患者さんは、不眠の苦しみから眠れないことに過剰にとらわれていることがよくあります。アクチグラフのような客観的データを用いることで、「眠れていない!」という思い込みから逃れることができます。
まとめ
不眠症治療は、睡眠薬が主役になっているのが現状だが、薬物以外の治療法も並行して行っていくことが望ましい。具体的には、
- 睡眠環境を見直す
- 「眠らなきゃ」という意識に捉われすぎないようにする
- 専門家からCBT-Iを受けてみる
- 睡眠日誌やアクチグラフなどで客観的に睡眠を評価する
などの方法がある。