「後医は名医」、不要なドクターショッピングを繰り返さないために知って欲しいこと

後医は名医

これは医師の間では良く知られていることわざです。その意味は、「患者さんを最初に診た医師(前医)よりも、後から診た医師(後医)の方がより正確な診断・治療ができるため名医に見えてしまう」というものです。

患者さんを最初に診る医師(前医)はその患者さんの情報が何もない中で、情報を聞き出し、必要と思われる検査を選び、診断・治療を考えていかなければいけません。しかし後から診た医師(後医)は、前医が聴取した情報や検査結果・治療結果などを参考にしながら、診断・治療を考えることができます。

この場合、前医と後医では後医の方がより正確な診断・治療が出来るというのは明らかでしょう。この、後医の方が名医に見えてしまうという現象を「後医は名医」と私たち医師は呼びます。

「後医は名医」という現象は、患者さんも知っておいた方が良いものです。これを知らずにいると、不当に前医を過小評価したり、反対に必要以上に後医を過大評価してしまうことになるからです。疾患の治療は医師との信頼関係も大切になってきますから、この不正確な評価は患者さんの治療にも悪影響を与えてしまう可能性があります。

今日は、「後医は名医(に見えやすい)」ということについて、患者さんに気を付けて頂きたいことをお話します。

1.後医は名医とは?

「後医は名医」

これは医師であれば誰もが知っていることわざで、精神科に限らず全ての科で言われているものです。ちなみに私はこれを研修医の頃、救急科の指導医に教えてもらいました。

この意味は、「患者さんを診た時、後から診た医者の方が、最初に診た医者よりも正確な診断・治療ができる」というものです。

医師として働いていると、前医の立場になる事もあるし、後医の立場になることもあります。

前医は、患者さんの情報が何もない状況の中から、自分で情報を患者さんから聞き出し、可能性のある疾患を念頭に置きながら必要な検査を判断します。その結果を元に診断を考え、治療を行っていきます。

対して後医は、「前医からの情報」という非常に強い武器を持って診察に望むことが出来ます。

「この患者さんはこういった経過を辿った」
「こういった検査でこういった結果が出た」
「このお薬が効いて、このお薬は効かなかった」

このような前医が診てきた多くの情報を元に、診断や治療方針を決めていくことができるのです。

前医と後医、どちらがより正確に診断や治療が出来るかと言えば、これは明らかに後医になります。前医と後医では、持っている情報量に絶対的な違いがありますので当然でしょう。

精神科で言うと、初めて精神科を受診した時に診察してくれた医師が「前医」になります。そして何らかの理由で転院などをすることになり、次に診てくれる医師が「後医」になるでしょう。

後医の方が得られる情報量が多い分、正確な診断・治療がしやすい。そのため、名医に見えやすいという現状が「後医は名医」なのです。

2.「後医は名医」で患者さんが知っておくべきこと

精神科を受診し、治療が始まっても、なかなか思うように病気が良くなっていかないことがあります。特に精神科においては、初診時に確実に診断をつけられないケースは珍しいことではありません。

初診時は、うつ症状しか認められずにうつ病と暫定的に診断していたけど、経過を診ていく中で、徐々に双極性障害(躁うつ病)や統合失調症であることが判明してきた、というケースは精神科医であれば誰もが一度は経験することです。

なかなか病気が良くならないと、セカンドオピニオンを求めて別の病院を受診したり、転院を考えることもあるかもしれません。

もちろん、セカンドオピニオンを求めることは悪いことではありませんし、転院が必要なこともありますので、この行為自体が悪いわけではありません。

しかし、前医から後医に主治医が変わる時、「後医は名医(にみえやすい)」ということは患者さんも念頭に置いておく必要があります。

後医は今までの治療経過を診て、診断や治療を改めて再検討しますが、一般的に後医は前医よりも、適確な診断・治療や指導ができます。前述した通り、後医は「前医が治療してきた情報」という非常に有益な武器があるからです。

「あなたは今、〇〇という状態にあります」
「あなたには〇〇というお薬が効くでしょう」

このように適確な意見をもらえると、後医に対して「この先生は名医だ!」と感じるでしょう。また同時に前医に対して「前の先生はこんなことも分からなかったなんて、ヤブ医者だったんじゃなかろうか・・・」とも感じてしまうかもしれません。

でもこれは、「後から診たからこそ言えること」も多分にあることを忘れてはいけません。あとになって、病気の症状が明らかになってきた時に「あの時、こうすればよかったのに」と言う事はかんたんです。しかしそれは後だから言えることで、情報量が絶対的に少ない初診時に同じことは必ずしも言えないでしょう。

なんだか前医をかばうような感じに聞こえてしまうかもしれませんが、私が今日お話したいことは、「前医はこんなに大変なんだ」「だから前医は間違ってもいい」とかそういった話ではありません。私自身、前医の立場になることもあれば、後医の立場になることもあります。

ただ、一般的に後医の方が情報量が多いため、診断・治療の精度が高くなるということを患者さんには知っておいてほしいのです。

転院先の後医が、バシッと診断してくれると、「この先生は名医だ!それに比べて前の先生は・・・」と前の先生を批判してしまいたくなるかもしれません。しかし、その診断は、前医の治療経過があるからこそ、バシッと診断できたかもしれないのです。

前医がA薬というお薬を使ったけどもなかなか良くならない。そのため転院したところ、後医はB薬というお薬を使った。そしたらB薬はとても良く効いた。これも「後医の先生はすごい!それに比べて前医は・・・」と考えてしまいがちですが、後医は「A薬は効かない」という前医からの情報があったからこそ、B薬を選択できたわけですよね。

後医は、前医が一生懸命診療してきた情報を最初から持っているため、正確な診断をしやすく、名医に見えやすいということは患者さんも知っておかなければいけません。

3.前医が熱心であるほど、「後医は名医」が生じてしまう

この「後医は名医」という現象は、前医が後医に有益な情報を渡せば渡すほど、生じやすくなります。

前医から後医に診療が移る時、前医が紹介状を書くのが一般的です。

前医が熱心な先生であり、紹介状にこれまで患者さんに行った問診や検査、これまでの経過を詳しく書けば書くほど、後医は有益な情報を多く得ることになり、後医の診断や治療の精度が上がります。

反対に前医があまり熱心ではなく、紹介状に最低限の情報しか書いていなければ、後医はあまり有益な情報を得られないため、後医の診断・治療の精度は前医と大きな差はなくなってしまいます。

「後医は名医」が生じると、前医を過小評価してしまいがちですが、実際は逆で、前医が一生懸命診療していればいるほど、後医が名医に見えやすくなるのです。

4.不要なドクターショッピングをしないために知って欲しい事

「後医は名医」ということわざは、医師の間では有名ですが、一般の方はほとんど知りません。

元々このことわざは、医師に向けられたものなのです。自分が後医であった場合、つい「何でこんなことも気づかなかったの?」「何でこの検査してないの?」と前医を批判してしまいがちですが、それは後医という立場だからこそ言えることなんだよ、という後医への自戒の意味を持っています。

前医と後医では、圧倒的に後医の方が有利なんだから、私たち医師は自分が後医になった時、よほどのことがなければ前医を批判することはしません。それは後出しじゃんけんのようなもので、後で診たからこそ色々と分かってきて、色々言えるだけだからです。

転院してきた患者さんを診察する時、多くの医者は基本的に前の医者を悪く言いません。それは「後医は名医」ということを理解しているからです。「後で診ている自分の方が、より正確に診断できるのは当然の事なんだ」と分かっているため、滅多なことがないと前医を批判することはありません。

本来、「後医は名医」は医師や医療関係者だけが知っておけば事足りることわざだったのです。

しかし、私が今日みなさんに「後医は名医」について詳しくお話したのは、患者さんもこれを知っておく必要があると感じているからです。

ドクターショッピングという言葉があります。今の治療に満足できずに、よりよい治療を求めて医療機関を次々と受診してしまう一部の患者さんの行動をこう呼びます。精神科は「こころの病気」という目に見えない病気を扱うこと、そして医師との相性が重要になってくることがあり、ドクターショッピングに至ってしまうう患者さんは特に多い科だと言われています。

このドクターショッピングに至る原因として、「後医は名医」を理解していない、ということが結構な頻度であるのです。

「後医は名医(に見えやすい)」という傾向を知らずにいると、不要なドクターショッピングを繰り返してしまい、結局病気がいつまでも治らずに患者さんが一番不利益をこうむってしまうのです。

ひとつ、典型的な例を出します。

A先生という医師の元で、疾患の治療をしている方がいました。何回か診察を受けたのだけれども、今ひとつ治りが悪く、A先生からも「今のところ〇〇病の可能性があるが、もう少し経過を診ないと確定は出来ない」とあいまいな事を言われており、「本当にこの治療でいいのかな」という疑問を持っていました。

そこで、セカンドオピニオンを受けようと考え、A医師に紹介状を書いてもらって別のクリニックのB医師の診察を受けてみました。

するとB先生の診察は、A先生の初診の診察よりも正確でした。

「あなたは〇〇病の可能性が高いですね」
「あなたには××というお薬が効きそうですね」

とA医師よりもはっきりとした見解を言ってくれました。B先生の方が名医に見えた患者さんは、「もうA先生の元に通院するのはやめて、B先生も元で治療を受けよう!」と考えました。

しかしこれは、

「(A先生の治療経過をみると、)あなたは〇〇病の可能性が高いですね」
「(A先生の治療経過をみると、)あなたは××というお薬が効きそうですね」

と、A先生が治療した情報があるからこそ言えたことだということを忘れてはいけません。もし、B先生が前医であれば、A先生と同じように「今のところ〇〇病の可能性があるけど、もう少し経過を診ないと確定は出来ない」と言われていたかもしれません。

セカンドオピニオンを求めることは悪いことではないし、転院をする事も別に悪い事ではありません。しかし、「後医は名医(に見えやすい)」という現象を知らずにいると、後の先生ほど名医に見えてしまいます。そうなると、本来であれば不要な次々と転院を繰り返すことになりかねません。

この患者さんのケースでも、しばらくしたらまたB医師に不信感を感じて別の病院へセカンドオピニオンを求め、「C先生の方が更にはっきりした事を言ってくれる!」とC先生の元に転院し、またしばらくしたらD先生の元へ・・・、ということを延々と繰り返してしまう可能性があります。

精神科は他の科よりも、主治医との治療関係が非常に重要になってくる科です。

次々と転院を繰り返せば、主治医と良好な信頼関係が築くことなどできないでしょう。それは治療経過にも悪影響を及ぼしてしまいます。「こっちの先生の方がいい先生だ!」という事を繰り返していると、一時的な満足感は得られますが、結局はいつまでも病気が良くならず、患者さんが苦しい思いをしてしまうことになるのです。

もちろん、どうしても医師と相性が悪いと感じる時など、転院を考えた方が良い場合もあることは確かです。しかし、「後医は名医」という原則を知り、それを理解した上で本当に転院した方がよいのかを自分に問いかけ、安易な判断で転院を繰り返さないように気を付けなければいけません。

「後医は名医」というのは「後医は名医(にみえやすい)」ということです。そのため、前医は過小評価され、後医は過大評価されがちです。

セカンドオピニオンを求めたり、転院したりする場合は、このことを念頭に置いておきましょう。