統合失調症治療薬ゼプリオンは安全なのか?

ゼプリオンは2013年11月に発売された、統合失調症治療薬です。

ゼプリオンの特徴は、注射製剤であり、一回注射したら一か月間おくすりが効き続けるという点です。

飲み薬は毎日飲まなくてはいけませんが、ゼプリオンなら月に1回注射するだけです。

これは飲み忘れや飲み忘れによる再発も少なくすることができるため、毎日飲むことに抵抗がある方であったり、どうしても飲み忘れが多くなってしまう方には非常に良い治療方法になります。

画期的な治療薬であり、統合失調症で苦しむ患者さんの大きな救いになる可能性を秘めたおくすりなのですが、2014年4月に厚生労働省からブルーレター(安全性速報)が
ゼプリオンに対して出されました。

内容は「発売して半年経過しているが、現時点で死亡例が21例出ている」というもので、ゼプリオンと死亡との因果関係は不明としながらも、ゼプリオンを適正に使用するように
注意喚起するものでした。

「ゼプリオンを使用している患者さんのうち21名が死亡した」というニュースはその後メディアでも大きく取り上げられることになり、以降ゼプリオンが使用される頻度はめっきり少なくなってしまいました。

それから原因調査が進み、ゼプリオンと死亡例との関連も少しずつ解明されてきました。今日は、現時点で分かっているゼプリオンの情報をお話したいと思います。

また、現在ゼプリオンはどのくらい使われているのか、などもお話していきます。

1.ゼプリオンと死亡との関係

今回、ゼプリオンが問題となったのが、

発売してから半年経過した時点で、ゼプリオン使用患者が21名死亡している
(最終的には32名の死亡例)

という点です。

厚生労働省がこれを発表し、メディアも大きく取り上げた事で、患者さんはゼプリオンを怖がってしまい、一時的にあまり使われなくなりました。

その後、ゼプリオンと死亡との関連性が調査されました。

結論としては、ゼプリオンは他の統合失調症治療薬と比べて特に危険というわけではない、という結論になっています。

半年で32名が死亡しているのは事実であり、ゼプリオンとの因果関係は否定できないため、確かに注意しながら使用すべきおくすりではあるのですが、他の統合失調症治療薬と比べると、死亡率が特に多いわけではないということなのです。

今回の報告では半年でゼプリオン使用者のうち32名が死亡したため、単純計算で1年であれば64人が死亡した可能性があると推定できます。ゼプリオンを使用していた患者さんは当時で1万人弱いたとのことですので、1万人の患者さんにゼプリオンを1年使うと64人の死亡例がある、と言えます。

他の統合失調症治療薬の死亡率を調査した論文があるので紹介します。

〇 ジプレキサを使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと175人の死亡が認められる。
〇 セロクエルを使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと115人の死亡が認められる。
〇 リスパダールを使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと190人の死亡が認められる。
〇 エビリファイを使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと230人の死亡が認められる。

(Khan,A.,et al.:Mortality risk in patients with schizophrenia participating in premarketing atypical antipsychotic clinical trials:the Journal of clinical Psychatry 68:12,2007)

あくまで報告のひとつにすぎないため、単純比較することはできないかもしれませんが、少なくとも、ゼプリオンの死亡率は特段多くない事は言えると思います。

メディアで死亡数が取り上げられてしまい、ゼプリオンが危険なくすりだと誤解されたが、よくよく調査をしてみたら、死亡率は特に多いわけではなかった、ということのようです。

確かにこれは臨床医としては納得がいく説明ではあります。

臨床でゼプリオンを使っている印象としては、そんなに危険なおくすりだとは感じません。むしろ他の統合失調症治療薬よりも安全性は高い印象があるほどです。

また、海外でゼプリオンが使われている国はたくさんあります。平成21年から米国で、平成23年からは欧州で、またその後も中国、韓国、シンガポール、タイなどでも
承認され使用されていますが、特に死亡例が多いという報告はありません。

2.統合失調症治療薬の死亡率について

ゼプリオンが他の統合失調症治療薬と比べて特に危険でないことは分かったけど、統合失調症のおくすりって使うと死ぬ可能性があるの??

先ほどのデータを見ると、このように怖くなってしまう方もいるかもしれません。

統合失調症に限らず、どのおくすりも同じですが、おくすりは使い方次第で薬にもなるし毒にもなります。

危険がまったくないおくすりはありません。統合失調症のおくすりも、使い方を間違えれば毒になるのは間違いではありません。

でも、だからと言って「くすりを飲むのを止めよう」とは思わないでください。

統合失調症の患者さんを対象にした研究で、統合失調症治療薬を服薬している群と服薬していない群を比較した試験があるのですが、その試験によると、服薬していない群の方が死亡率が高いことが示されています

先ほど紹介した論文にも次のように報告されています。

抗精神病薬(*)を使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと205人の死亡が認められる。
偽薬(プラセボ)を使った統合失調症患者さん1万人を1年間みていくと810人の死亡が認められる。

(*抗精神病薬とは統合失調症治療薬のこと)

統合失調症という疾患は、その疾患自体にも死亡リスクがある疾患なのです。この報告によれば、くすりを使わないと、使って治療していた場合の約4倍の死亡率になってしまいます。

統合失調症のおくすりに危険がないわけではないけども、おくすりを飲まない方がもっと危険だという事です。

また、ゼプリオンを1万人の患者さんの1年使うとだいたい64名程度の死亡があると先ほどのデータから言えますが、これはそこまで高い値ではないという考え方もあります。

健常者を対象に、1万人を1年間経過を追っていけば、100人くらいは寿命などで亡くなるでしょう。あくまでもざっくりとした比較のため、これだけで結論づける事はできませんが、
少なくとも、この比較で考えると特に多いわけではないのです。

3.なぜゼプリオンにだけブルーレターが出たのか?

ゼプリオンは特に死亡率が多いおくすりではない。実は他の統合失調症治療薬も同じくらいの死亡率なんです。

このような説明を受けたら、

「じゃあなんでゼプリオンだけ、厚生労働省から安全性速報が出て、
ゼプリオンだけがあんなにメディアに取り上げられたの?」

という疑問が出てくると思います。

もし、他のおくすりと同程度の危険度なのであれば、安全性速報を出すのはおかしいですし、出すのであれば、他の統合失調症治療薬にもにも出ていないとおかしいはずです。

この点に関しては、製薬会社担当者に聞いてみたところ、ブルーレターはあくまでも厚労省が発表したものであるため、真意は厚労省にしか分かりませんが、「恐らく」ということで次のように説明がありました。

ゼプリオンは当初、死亡数というよりも「不適正使用が目立つ」という事で厚生労働省から「より適正使用を推奨するように」と勧告を受けていたそうです。

不適正使用とは、精神科のおくすりをたくさん飲んでいる方に使われたり、脱水などの方に使われたりという、推奨されていない使用法の事です。

ゼプリオンは注射製剤のため、患者さんが服薬できなくても治療者がおくすりを体内に入れることができてしまうという特性があります。

例えば、高齢者で認知症がひどく意志の疎通が出来ないような人は、くすりを飲むようにいくら説得しても理解はしてもらえません。でも注射であれば、少し強制的にはなってしまいますが、おくすりを入れる事ができます。ゼプリオンは注射という特性上、不適正使用をしてしまいやすいという背景があったのかもしれません。

製薬会社は厚生労働省から不適正使用が目立つという注意を受けたため、その後はこまめに厚労省に状況報告をしたそうです。

このこまめな報告が逆に死亡数を目立たせてしまい、またメディアも死亡数だけにくいついてしまい、死亡数について大きく報道したため、このようなことになってしまったのではないかという事です。(これは、あくまでも推測です)

しかし、しっかりと調査してみたら、死亡者がいるのは事実であり、決して軽視できない事に違いはないけれども、他の統合失調症治療薬と比べて特に危険というわけではない、という事が分かったとの事でした。

確かにブルーレターには次のように書かれています。

2013 年 11 月 19 日の販売開始より 2014 年 4 月 16 日までの間に,
21 例の死亡が報告されています(推定使用患者約 10,900 人)。

報告された死亡症例の死因に関する情報は不十分であり、現時点では本剤と死亡との因果関係は不明です。2014 年 4 月 4 日から「ゼプリオン®水懸筋注 25mg,50mg,75mg,100mg,150mg シリンジ-適正使用についてのお願い-」を配布して,本剤使用中に死亡が報告されていること,及びそれらの死亡症例の経過の概要について情報提供するとともに,適正使用についてのお願いをしていましたが,本剤のさらなる適正使用の徹底を図るべく使用上の注意を改訂することとしました

これを読むと、

〇 ゼプリオンと死亡の因果関係は不明
〇 適正使用を更に徹底してほしい

と書かれており、ゼプリオンが死亡する可能性のある危険なおくすりだという文面はなく、「死亡例も報告されているから、適正使用を更に徹底してくださいね」という文面です。

製薬会社からの上記の説明も納得がいくものです。

4.今後ゼプリオンはどのような事に気を付けて使えばいいのか?

調査の結果、死亡率が特に多いわけではないと分かりましたから、基本的には今まで通りの使用法で良いと思われます。

しかし、ゼプリオンに限らずおくすりというものは時に患者さんを死亡させてしまう事もある、という認識を改めてしっかりと持つ必要があると今回の件で感じました。

製薬会社が今回の死亡例を調査したところ、

〇 高齢者(具体的には50歳以上)の死亡割合が多いため、高齢者の投与は慎重に
〇 多剤を使っている患者さんで死亡割合が多いため、おくすりの量はなるべく少なく

という事でした。

新しい発見というよりは今までも言われていたことですが、改めて注意しながらおくすりを使っていかないといけませんね。

4.現在のゼプリオンの使用動向

では現在、ゼプリオンは臨床で使われているのでしょうか。ブルーレター発表後、メディアで取り上げられて以降は一時的に使用頻度が落ちましたが、徐々に使用頻度は以前の状況に戻ってきており、使われるケースはまた増えてきています。

ゼプリオンは一回の注射で1か月間効果が持続する、優秀なおくすりです。飲み忘れによる再発が多い統合失調症において、飲み忘れを確実に無くしてくれるというのは非常に画期的です。

患者さんのQOL(Quality of Life)を大きく上げてくる可能性のあるおくすりだからこそ、必要以上に怖がって避けるのではなく、必要だと判断される患者さんには、これからも慎重に使用していくべきおくすりでしょう。