神経性食欲不振症(AN:Anorexia nervosa)は、精神的な原因によって食事量が極端に減ってしまう疾患です。
いわゆる「拒食症」といった方がなじみがあるかもしれませんね。他にも「神経性無食欲症」「神経性やせ症」などと呼ばれる事もあります。
神経性食欲不振症では、特に胃腸などの摂食機能に問題があるわけではありません。身体は空腹を感じて食事を欲するのだけど、精神面で「食べて太るのがイヤだ」とブレーキをかけてしまい、食事量が減少してしまうのです。
一昔前までは、「ただのワガママ病」「一種の反抗期のようなもの」とあやまった認識がまかり通っていました。専門家ですらもこのように考える人もいて、そのために本人の気持ちを考えないような治療法が蔓延していた時代もありました。
しかし現在では、この疾患はただ食事が取れないだけでなく、その根底には自己評価の低下や過去の心的外傷などがある事が分かってきました。
神経性食欲不振症は、その根底を治すには時間のかかる疾患です。しかし治らない疾患ではありません。自分の根底にある問題と向き合い、1つずつ解決していけば必ず治す事ができます。
ここでは神経性食欲不振症という疾患について説明させていただきます。誤解されがちな疾患ですので、この疾患について正しく理解してくれる人が1人でも増えれば嬉しく思います。
1.神経性食欲不振症とは
神経性食欲不振症とはどのような疾患なのでしょうか。
神経性食欲不振症とは、精神的な原因によって(神経性)、食事量が異常に低下する(食欲不振)疾患です。
「摂食障害」に分類される疾患であり、摂食障害には他にも過食症(神経性大食症)もあります。摂食障害は厚生労働局が「難病」に指定している疾患の1つであり、専門家の元でしっかりと治療をしていく必要があります。
神経性食欲不振症を発症しやすいのは、
- 先進国の
- 若い(10~30代)
- 女性
が典型的です。
また発症のきっかけとしては、
- ダイエットに成功して
- 体型の事をからかわれて
などが挙げられます。
生きていく上で必要な最低限の食事量を下回ってしまうため、神経性食欲不振症の方の身体は栄養失調状態になります。
すると、
- 低体温
- 無月経
- 不整脈
- 骨粗しょう症
- 無気力、集中力低下
- 抑うつ、不安、イライラ
などといった症状が認められるようになります。また免疫力(身体がばい菌と闘う力)も低下し、感染症にかかりやすくなったり、最悪の場合は命を落とす事もあります。
神経性食欲不振症は、身体の機能的に食事がとれないわけではありません。例えば胃腸の調子が悪かったり、吐き気がひどくて食事がとれないといったものではないのです。
身体的には食事が取れないような原因はないのですが、「食べて太りたくない」という感情によって食事を取る事に強い抵抗が生じてしまうのが神経性食欲不振症になります。
一見すると目立つ症状は「食事を食べない事」ですが、これは表面的な症状に過ぎません。そのため「食べない事」に焦点を当てて治療をしてもまずうまくいきません。
例えば「食べる事の大切さを延々と講義する」「入院させて無理矢理食べさせる」といった方法だけをとっても症状が改善する事はまずありません。
神経性食欲不振症の方の根底にあるのは「食べて太りたくない」という強い感情であり、その結果現れているのが「食事を食べない」という症状なのです。
表面的な「食べない」という症状にも最低限、目を向ける必要はありますが、もっとも重視すべきは「どうして食べて太りたくないのか」という点です。その原因がどこにあるのかを患者さんと治療者が一緒になって見極め、ともにその原因を治していく事が大切です。
2.神経性食欲不振症はなぜ生じるのか
なぜ「太るから食べたくない」という強い気持ちが生じてしまうのでしょうか。
このような気持ちは女性であれば誰もが持っているものですが、神経性食欲不振症の方の「食べたくない」は、このような正常な方の「食べたくない」と比べて異質なものです。
明らかな痩せすぎていても、栄養失調状態になっていても「太るから食べたくない」と考え続けるのです。
神経性食欲不振症は「身体」に何らかの原因があって食事が摂れなくなるわけではありません。その原因は「精神(こころ)」にあります。
一般的にみれば食事を取るべき状況であっても、「食事を取るべきではない」と誤った認識をしてしまうようになっているのが神経性食欲不振症です。
では、なぜこのような誤った認識になってしまうのでしょうか。ここでは神経性食欲不振症が生じる原因をいくつか紹介します。
Ⅰ.痩せる事を正義とする環境
痩せる事が正しいといった風潮の環境は、神経性食欲不振症の発症に大きく影響します。
これは神経性食欲不振症を発症しやすい患者さんの傾向を見ても明らかです。
例えば神経性食欲不振症は圧倒的に女性に多く発症します。その性差は男性よりも女性の方が20倍も多いと報告されています。
これは男性は「痩せていた方が良い」という事はあまり言われませんが、女性は「痩せていた方が良い」と言われる事が多いためです。
テレビや雑誌を見れば、もてはやされている女性はスリムで痩せている方がほとんどです。男性も「スリムな女性」を好む傾向があり、「若い女性は痩せることが正しい」と理解せざるをえないような環境です。
また神経性食欲不振症は先進国に多く見られ、途上国や非文明国ではほとんど認められません。これも先進国の多くが「痩せていた方が良い」という暗黙の風潮があるためです。
反対に途上国ではそのような風潮はなく、反対に「太っていた方が良い」という風潮があるところもあります。そのため神経性食欲不振症の発症率も低いのです。
神経性食欲不振症は10~30代の若い方に発症しやすい傾向がありますが、これも同じです。「痩せていた方が良い」という風潮は、年配の方よりも若い方に向けられる事が多いためです。
もちろん痩せることのすべてが悪いわけではありません。しかし、このような環境が神経性食欲不振症の発症の一因となっているのは事実です。
また職業的にも「痩せた方が良い」仕事に付いていると、神経性食欲不振症の発症率が高いことも知られています。
例えば、
- ダンサー
- 女優、モデル
- スケート選手
- マラソン選手
- 体操選手
といった職業の方は神経性食欲不振症が発症しやすい傾向にあります。
これらの職業は、ある程度痩せていることが必要で、痩せていることが仕事のパフォーマンスにも影響します。つまり「痩せている事が正しい」という認識を持ちやすいため、神経性食欲不振症を発症しやすいのです。
Ⅱ.食事を制限した経験
実際に食事を制限するような行動がきっかけで神経性食欲不振症が発症してしまう事も少なくありません。
実際、神経性食欲不振症が発症するきっかけとして最も多いのが「ダイエット」です。
最初は適度なダイエットだったのに、だんだんと食事制限の歯止めがきかなくなっていき、神経性食欲不振症を発症するケースは多く認めます。
ダイエットは、そもそもが「痩せた方が良い」という考えがあって始められます。それに加えて、実際に痩せるための行動も行います。更に結果が出れば「痩せる事が出来た」という達成感を得られます。
この「痩せた方が良いという考え」「痩せるための行動した事」「痩せた事で得られた達成感」の3つがそれぞれ神経性食欲不振症を引き起こしやすくするのです。
Ⅲ.遺伝
神経性食欲不振症の発症には、多少の遺伝も関係していると考えられています。
摂食障害の方は、家族にも摂食障害の方がいらっしゃる率が高いことが報告されています。これはある家系において摂食障害は高い確率で発症するということで、遺伝性がある事を示しています。
また双生児研究でも、二卵性双生児と比べて同じ遺伝子を持っている一卵性双生児において有意に摂食障害の一致率が高いという報告があり、ここからも摂食障害には遺伝も関係していると考える事ができます。
具体的な原因遺伝子はまだ特定されていませんが、セロトニンやBDNF(脳由来神経栄養因子)に関連する遺伝子が原因になっているのではないかとも言われています。
Ⅳ.性格
神経性食欲不振症の発症には性格も影響します。
神経性食欲不振症の発症に特に影響するのが、性格に「自尊心の低さ」が認められる事です。
これは、
- 自分に自信がない
- 自分の事が好きではない
- 自分に価値があると思っていない
といった性格傾向のことで、幼少期に機能不全家族で育ったアダルトチルドレンの方や、虐待を受けた方、親から十分な愛情を受けることが出来なかった方に多い性格傾向になります。
自分に自信がないため、「せめて見た目だけでも恥ずかしくないようにしなくては」と考えてダイエットにのめり込み、発症してしまう事があります。
また、
- こだわりが強い
- 完璧主義
といった性格傾向も神経性食欲不振症に発展しやすい傾向があります。ダイエット時に過剰に体重にこだわりすぎてしまい、「もっと痩せなくては」という悪循環に陥ってしまいやすいのです。
Ⅴ.ストレス
ストレスも神経性食欲不振症の原因になります。
ストレスの中でも特に容姿に関するストレスが発症の原因になりやすく、「太っているとからかわれた」「太っていると言われ、恋人から振られてしまった」というストレスからダイエットにのめりこんでしまうこともあります。
この場合、ダイエットに成功して周囲から賞賛されるとさらに拒食がエスカレートしてしまうこともあります。
またダイエットというのは、自分の努力だけで完結します。自分が頑張れば頑張っただけ体重は落ち、周囲の協力は必ずしも必要ではありません。
そのため、何か自分の力だけではどうにもならないようなストレスがあった時、そのストレス解消として「食事を食べない」という行動を認めることもあります。食事を食べない事によって目標体重を達成するという達成感・満足感がストレス解消の役割を果たしてしまうのです。
3.神経性食欲不振症で認められる症状
神経性食欲不振症では「食事を食べない事」が主な症状になります。しかしこれはこの疾患の表面的な症状に過ぎません。
神経性食欲不振症の根本的な症状はもっと深いところにあり、その根本的な症状を正しく理解しないと、患者さんの本当の苦しみを理解する事は出来ませんし、また正しい治療方針に導く事も出来ません。
神経性食欲不振症について理解しようとする時、この疾患の「根底にある症状」と、その結果として「表面的に出てきている症状」の2つがある事を理解する必要があります。
じっくりと治していかないといけないのは「根底にある症状」であり、それが治るまでの間に応急処置的に治療するのが「表面的に出てきている症状」です。
この違いが分かっていないと、神経性食欲不振症はいつまで経っても改善しません。
では神経性食欲不振症の方に認められる代表的な症状について紹介します。
Ⅰ.根底にある症状
神経性食欲不振症の根底は、表面的には「食事を食べたくない」「もっと痩せたい」という症状が目立ちます。
この症状に目を奪われがちですが、これらの症状はこの疾患のいわば「うわべの症状」に過ぎません。根底にあるのはもっと別の症状なのです。
では神経性食欲不振症の方の根底にあるのはどのような症状なのでしょうか。
それは、
- 肥満恐怖
- ボディイメージの障害
- 自己評価の低下
の3つです。
何らかの契機によってこれらの症状が生じてしまうと、ここから「食べたくない」「もっと痩せたい」という神経性食欲不振症が始まるのです。
『肥満恐怖』は、太ることに対しての異常なまでの恐怖です。
女性であれば誰でも太ることがイヤだとは思いますが、肥満恐怖はそのような正常者が感じる「太りたくない」という感情とは全く異質のものです。
一般的に見れば十分に低い体重であっても「太るのが怖い」という考えが消えずに、さらに厳しい食事制限を続けます。
太ることへの恐怖から、カロリーを厳密に計算し、一日に何度も体重を測ります。わずかに体重が増えただけでも恐怖に襲われ、下剤を大量に飲んだり、口に指を突っ込んで吐いたりして何とか体重を落とそうとします。
『ボディーイメージの障害』は、自身の体型に対する認識を正しく行なえなくなってしまう事です。
客観的に見れば「痩せている」「痩せすぎ」と評価されるような体型になっても、「自分はまだまだ太っている」と本気で考えてしまいます。これは謙遜ではなく、本当にそのように認識してしまっているのです。
「もっと痩せないといけない」という気持ちが強すぎるあまり、自分を客観的に見る事ができなくなっているのです。他者がいくら「あなたは太ってない」と説得しても納得せず、妄想的なレベルにまで至っていることもあります。
ボディーイメージの障害は全身に生じますが、特に、
- 頬
- 二の腕
- 太もも
などで生じやすい傾向があります。
全体的に見れば十分に痩せていても、患者さんは「まだ二の腕がたるんでいるから」「太ももが太いのがイヤで仕方ない」と言い、更に体重を落とそうとします。
『自己評価の低下』は、自分を過剰に低く評価しているという事です。「自分なんてこの世にいなくてもいい存在だ」「自分は何もできない人間だ」と本気で考えている方もいらっしゃいます。
自分に自信がない事で、「痩せないと自分に価値はない」などと外から見える形で自分の価値を求めようとしてしまうのです。
神経性食欲不振症の根底にはこのような症状がある事が多く、これらに対してアプローチを行っていかないと、根本的な治療ははかれません。
Ⅱ.表面的に出ている症状
前項で紹介した根底にある症状によって、表面的にも様々な症状が認められるようになります。
行動としては、太る事を避けるために、
- 自己誘発性嘔吐(口に指をつっこんで吐く)
- 過活動(過度に動き回る)
- 下剤の乱用
などが認められます。
自己誘発性嘔吐は、胃腸に負担をかけるだけでなく、長期に渡れば歯が胃酸で溶けてしまったり、指に「吐きダコ」が出来てしまう事もあります。
また食事を取らない事によって身体は低栄養状態となるため、
- 無気力
- 集中力低下
- 抑うつ
- 不安の増悪
- イライラ
- 自傷行為・暴力・暴言
などといった精神症状が生じる他、
- 低体温
- 無月経
- 徐脈、不整脈
- 電解質異常(カリウム低下など)
- 骨粗しょう症
などの身体症状が出現することもあります。
一番怖いのは、栄養失調や免疫力の低下によって命に関わるような状態になってしまうことです。実際、神経性食欲不振症から栄養失調になってしまい、感染症に罹患して死亡してしまうということは十分に可能性のある話です。
4.神経性食欲不振症の診断基準
神経性食欲不振症は、精神的な原因によって食事の摂取量が過度に減少してしまう疾患です。
しかし一方で正常な方であっても「太っているからダイエットをしよう」と食事量を減らす事は往々にしてあります。
この正常な食事制限と、神経性食欲不振症の境目はどこにあるのでしょうか。
その判定は簡単に出来るものではなく、精神科医の診察が必要になります。そのため神経性食欲不振症が疑われたら精神科を受診し、精神科医にしっかりと診察してもらう必要があります。
精神科医が診断の一助に使うものとして「診断基準」があります。神経性食欲不振症にも診断基準がありますので、参考までに紹介させていただきます。
【神経性やせ症/神経性無食欲症】
A.必要量と比べてカロリー摂取を制限し、年齢、性別、成長曲線、身体的健康状態に対する有意に低い体重に至る。有意に低い体重とは、正常の下限を下回る体重で、子供または青年の場合は、期待される最低体重を下回ると定義される。
B.有意に低い体重であるにもかかわらず、体重増加または肥満になることに対する強い恐怖、または体重増加を妨げる持続した行動がある。
C.自分の体重または体型の体験の仕方における障害、自己評価に対する体重や体型の不相応な影響、または現在の低体重の深刻さに対する認識の持続的欠如。
(DSM-5の診断基準より)
以上A.B.C.を満たした場合、診断基準的には神経性無食欲症(いわゆる神経性食欲不振症)の診断を満たすことになります。
それぞれ簡単に説明させていただきます。
A.は食事量が極端に減り、一般的な水準と比べて明らかに低体重となってしまっているという事です。神経性食欲不振症では、太ることへの恐怖から食事の量が極端に減ります。その結果、健康を保つために最低限必要だと考えられる体重をも下回ってしまいます。
神経性食欲不振症に該当する、具体的な数値としては、
【BMI】 | 【重症度】 |
17以上 | 軽度 |
16台 | 中等度 |
15台 | 重度 |
15未満 | 最重度 |
とBMIによってある程度の目安が設けられています。
B.は「肥満恐怖」を認めるという事です。
女性であれば誰でも太ることに対して恐怖を感じるものですが、神経性食欲不振症の方に生じている「肥満恐怖」は、このような正常内の「太りたくない」「痩せたい」という恐怖とは異質のものです。
通常の「太りたくない」「痩せたい」という気持ちには限度があります。そのため一般的にみて十分に「スリム」「細い」という体型になれば、それ以上痩せることはしません。
しかし神経性食欲不振症では、その限度が破綻しています。
一般的にみれば十分に痩せている、あるいは不健康そうな外見になるほど痩せすぎていても、まだ「痩せなければいけない」「太るのが怖い」と考え、更に痩せようと過度に食事を制限したり、下剤を乱用したりと異常な行動を続けます。
肥満への恐怖によって、現状を正しく認知できなくなってしまったり、周囲からみたら明らかに理解不能なほどに痩せようとするのが肥満恐怖です。
C.はボディーイメージの障害と自己評価の低下です。神経性食欲不振症では肥満恐怖への過度なとらわれから、自己のボディーイメージが歪んでしまっていることもあります。
一般的には十分に痩せている体型であっても、鏡で自分の姿をみて「まだまだ太っている」「もっと痩せなければ」と認識してしまうのです。これは「太ることが怖い」という恐怖によって、自己の体型を客観的に評価できなくなってしまっていると考えられます。
またこのような神経性食欲不振症の方の考え方の背景には自尊心や自己評価が低いことが挙げられます。様々な理由によって自己評価が低下していると、「体重を落とさない自分には価値がない」「自分は何もできないのだからダイエットくらいは成功させないといけない」と考えてしまい、その結果として体重を落とすという行為に歯止めがきかなくなってしまうのです。
5.神経性食欲不振症を克服するために
神経性食欲不振症は、様々な精神疾患の中でも治療に時間がかかる疾患です。また疾患の本質が見えにくい疾患でもあり、専門家のしっかりとした診療を受けないと正しい治療が行われない可能性も高い疾患です。
そのため、神経性食欲不振症を克服するためには、精神科を受診して主治医と一緒に適切な治療方針を決めていく事が大切です。
残念ながら神経性食欲不振症の特効薬などはありません。
表面的には「食事を食べない」のが神経性食欲不振症の症状ですが、この表面的な症状にとらわれている限り、治療がうまく進む事はありません。
根底にある、
- 肥満恐怖
- ボディーイメージの障害
- 自己評価の低下
などに対してしっかりと向き合い、治療を行わなければいけません。
これにはある程度長い時間がかかります。
主治医の定期的な診察の他、
- 精神療法(カウンセリング):認知行動療法や対人関係療法、芸術療法など
- 家族や周囲の関わり方
- 環境調整
なども大切になってきます。
このような根本的な治療は、個々人でやり方や接し方が異なってきます。そのためここで画一的に「このような治療をすれば良い」と一概に言う事は出来ません。主治医とよく相談しながら地道に少しずつ治療を続けていく事が大切です。
一方で神経性食欲不振症は栄養失調によって他の疾患を合併したり、場合によっては命を落とす事もある疾患です。そのため、治療中もなるべく必要な栄養は摂取するように工夫しなければいけません。
神経性食欲不振症の方は
(食事を食べる大切さ)<<<(食べることで太ってしまう恐怖)
となってしまっています。
もちろん神経性食欲不振症の方も頭では「食事を取らないと栄養失調になってしまう」という事は分かっています。しかしそれ以上に太ってしまう恐怖が強くなってしまい、食べる事が出来ないのです。
神経性食欲不振症の方が食事を取れるようにするための方法は2つしかありません。
- 食事を食べる大切さの比重を上げる
- 太ることへの恐怖の比重を下げる
この2つの方向からのアプローチを根気強く行い、両者のバランスを適正に戻すことが大切です。
ではどのように考えれば食事を取ってもらえるようになるでしょうか。
ここでは専門的な治療法ではなく、少しでも抵抗少なく食事を食べれるようになるための日常的な工夫を紹介します。
Ⅰ.食事の大切さを再認識する
当たり前の事ですが、食事というのは生きていく上で欠かせないものです。当然、それを取らないという事は非常に危険な行為です。
しかし神経性食欲不振症の方は、この感覚が麻痺してしまっています。
頭では「食事は生きるために必要なもの」と分かってはいますが、「太るのが怖い」という恐怖にとらわれているため、この知識に対する感覚が麻痺してしまっているのです。
この場合、改めて「食事を取るという事は大切なことで、それをしないという事は自分の身体に大きなデメリットがあるのだ」という事を再認識する事には一定の意味があります。
「そんな当たり前の事を改めて伝えても意味がない」「そんな事を言ったら余計食べなくなってしまうだけだ」という方もいますが、それは違います。
改めて食べることの大切さ、食べない事の危険さを伝えるという事は、麻痺した感覚を徐々に取り戻すはたらきが期待できます。
ただし「食事を食べないことは悪い事だぞ!」「食べなきゃダメだ!」といった責めるような伝え方をしてしまうと逆効果になりますので注意しましょう。
患者さんが食事を食べていないことを「悪い事」といったニュアンスで伝えるのではなく、「あなたは今食べるのがつらいとは思うけど、このような危険がある事はあなたのためにも知っておいて欲しい」という姿勢で真剣に伝えれば、患者さんにもその気持ちは届きます。
Ⅱ.食事を数値化する
食事を取る時、漠然と「食べなきゃ」と考えるよりも、具体的な数値として「○週間で×××g増やそう」と考えた方が成功しやすくなります。
神経性食欲不振症は、真面目や几帳面・こだわりが強い方に発症しやすい傾向があります。そのため、食事制限の際も摂取カロリーを綿密に計算されます。計画を立ててその通りに体重が落ちるという事に達成感を感じられる方も多いのです。
という事は体重を増やす場合も、同じようにしっかりと計算してやった方が納得しやすいという事になります。
具体的に考えた方が予想以上の体重増加になりにくく、また「自分の体重をある程度自分でコントロールできる」という安心感も生まれやすくなります。「自分でコントロールできるのだ」という気持ちは肥満恐怖を和らげてくれます。
Ⅲ.食事を記録する
自分が食べた食事の内容を記録する事も、適切な食事摂取をするためには有効です。
神経性食欲不振症の方は、食べ物への偏ったこだわり・偏りがある方が少なくありません。
「自分はこの食べ物を食べると必ず太る」
「この食べ物だけは自分は絶対に食べたらダメ」
など、客観的にみれば根拠が乏しいことであっても、本人はかたくなに信じ込んでいることがあります。
この場合は記録することで、「これを食べると私は太ってしまう」という偏った考え方が修正出来ることがあります。
記録は嘘をつきませんので、「今までこの食べ物は太ると思っていたけど、そんなことはないんだ」と気づきやすくなり、そうなると食べれる食べ物の幅も広がります。
また記録した方が、ある程度予測内の体重の増加にとどまるため、「自分の体重をコントロール出来ている」という安心感につながり、これも太ることへの恐怖を和らげる作用も期待できます。
Ⅳ.1日3食食べる
神経性食欲不振症の方は1日1食などの極端な食事スタイルを取っている方が少なくありません。「体重を落とすために、なるべく食事回数を減らそう」と考えているのです。
しかし食事回数が少ないと、実は体重はかえって増えやすくなります。
食事の回数が少ないと、栄養が滅多に入ってこない状態となるため、身体はその栄養分を身体に脂肪として溜め込もうとします。
反対に食事の回数を多くすると、栄養が頻回に入ってくるため身体は栄養が簡単に入ってくる環境だと認識し、余分に栄養分を身体に溜め込むことをしなくなります。
同じ量を食べるのでも1日1食でまとめて食べるのと、1日3食小分けにして食べるのでは、実は後者の方が太りにくいのです。
Ⅴ.食べている自分を許そう
太ることに対して強い恐怖を持っていると、食欲に負けて食べてしまった自分に対して大きな罪悪感を感じるようになります。
本当は必要な量の食べ物を食べただけなのに、「これでまた太ってしまった。自分はなんてダメなんだ」と考えてしまうのです。
これは自己評価を更に低下させてしまうため、治療経過を悪くしてしまいます。
そのため、この考え方を多少無理矢理でもいいので変えてみましょう。
「食べることは悪い事」ではなく、「今日は必要な量を食べれた。自分なりに頑張ったじゃないか」と考えてみましょう。
いつもより多く食事を摂取できた日は、「今日の自分は頑張った。えらい!」と自分のことをほめてあげましょう。
Ⅵ.根気強く続けよう
太ることへの恐怖というのは、短期間でなくなるものではありません。時間をかけて少しずつ薄めていくものです。
そのため、食べることの大切さや食べないことの危険性を自分の中にしみこませていくにはどうしても時間がかかります。
すぐに良くなるものではなくて、時間をかけて少しずつじっくり治していくものだと考えるようにしましょう。
Ⅶ.体重が増えるメリットを考えてみよう
神経性食欲不振症の方は、体重が増えるメリットよりもデメリットばかりに目が向いています。
しかし実際は体重が増える事によるメリットだってあるのです。それを改めて意識することは、食べ物を食べる抵抗を減らすために役立ちます。
例えば、自分の夢や目標などから考えてみましょう。どんな目標でも、達成するためには体力がいるはずです。
そのためには「今よりも体重を増やさないといけない」「今よりも体力をつけないといけない」のだと気づけば、今までよりも食べる事に前向きになれるはずです。
例えば、「CA(キャビンアテンダント)になりたい」という目標があるとします。確かにCAはスタイルが良い方が多く痩せている方が多いでしょう。しかし実際は体力のいる仕事で栄養失調状態にある方にとても勤まる仕事ではありません。
そこで「CAにどうしてもなりたい。だからイヤな気持ちもあるけどもうちょっと食べなきゃ」という考えになれば、今までよりも食べやすくなるはずです。
Ⅷ.受け入れてもらえる環境も大切
神経性食欲不振症の方は、自分の症状を周囲に理解してもらえず苦しんでいる方が少なくありません。
孤独は不安や恐怖を増幅させてしまい、また自己評価を低下させてしまいます。これは治療に悪影響を来たします。
特に一番の理解者であるはずの家族に理解してもらえないと、治療はなかなかうまく行かなくなってしまいます。周囲の方にはぜひ、この疾患を正しく理解してもらい、自分の今の症状を包み隠さず言えるようにしたいものです。
神経性食欲不振症の方は「太ることへの恐怖」にとらわれてます。そして恐怖を和らげるために必要なものは「安心」です。
自分の事を受け入れてくれる場所がある事、自分の症状を隠さなくても良い場所があるという事は神経性食欲不振症の方に大きな安心感を与えてくれます。
そしてこの安心感が、食事を取る恐怖を和らげてくれるのです。