抗うつ剤で生じる「セロトニン症候群」とはどのような副作用なのか

身体に何らかの変化を引き起こす物質を「薬」を呼びます。

例えば降圧剤は「血圧を下げる」という変化を生じさせるお薬ですが、その変化の結果が好ましいもの(脳梗塞や心筋梗塞を予防する)であれば作用となりますが、好ましくないもの(ふらつき、めまい)であれば副作用となります。

身体に何らかの変化を引き起こすものである以上、どのようなお薬でも作用があれば必ず副作用もあります。

精神に作用するお薬(向精神薬)においてもこれは同様で、好ましい作用もあれば注意すべき副作用もあります。

向精神薬で知っておくべき副作用の1つに「セロトニン症候群」があります。セロトニン症候群は向精神薬の中でも、特に抗うつ剤で生じる事の多い副作用です。

セロトニン症候群はお薬の服用後の早い時期に認められる事が多く、また安全性が優れると言われている新しい抗うつ剤でも生じる可能性のある副作用です。

セロトニン症候群とはどのような副作用なのでしょうか。また、どのような時に生じやすくて予防策としてはどのような方法があるのでしょうか。

ここではセロトニン症候群について詳しく説明させて頂きます。

1.セロトニン症候群とは?

セロトニン症候群(Serotonin Syndrome)は、向精神薬の中でも特に抗うつ剤で生じる可能性のある副作用です。

まずはセロトニン症候群というものがどのような副作用なのかについて理解していきましょう。

セロトニン症候群は、身体の中のセロトニンの量が急激に増える事で生じます。そのためセロトニンを増やす作用を持つお薬を服用する事が発症のリスクとなります。

うつ病や不安障害といった疾患は、その原因の1つとして「脳のセロトニンが減少している事」が指摘されています。そして抗うつ剤は脳のセロトニンを増やす事でうつ病・不安障害を改善させるはたらきを持ちます。

抗うつ剤によって自然なレベルでセロトニンが増えてくれれば問題はないのですが、急に高用量の抗うつ剤が体内に入ると、身体のセロトニン濃度が急激に上昇してしまう事があります。

すると身体はびっくりしてしまい、今まで行っていた生体活動に一時的に支障が生じます。これによって生じるのがセロトニン症候群です。

セロトニン症候群について、その原因や症状、原因となるお薬などについて詳しく見ていきましょう。

Ⅰ.セロトニン症候群が生じる原因は

セロトニン症候群はどのような原因で生じるのでしょうか。

セロトニン症候群は身体のセロトニン濃度が急激に上昇する事で生じますので、セロトニンを増やす作用を持つお薬の服用が原因になります。

特にお薬の服用を始めたばかりの時に最も生じやすい傾向があります。

抗うつ剤をある程度服用している方は、身体がセロトニンが増えている事にある程度慣れているため、そこから更に増薬を行ってもセロトニン症候群が生じる頻度は高くありません。

しかしセロトニンを増やす要因がない状態からいきなり抗うつ剤が入ったり、またその増薬量が急激であったりするとセロトニン症候群は生じやすくなるのです。

またセロトニン症候群は、セロトニンの量が増えれば増えるほど発症するリスクは上がります。

つまり抗うつ剤を多剤服用しているような症例では発症リスクはより高くなります。

Ⅱ.どのようなお薬がセロトニン症候群の原因となるのか

精神科領域ではどのようなお薬がセロトニン症候群の原因となるのでしょうか。

前項で説明した通り、セロトニン症候群は身体のセロトニン量が急に増える事が原因です。そのためセロトニン症候群は、セロトニンを増やす作用が強いお薬ほど生じやすくなります。

ではセロトニンを増やすお薬にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的なものは「抗うつ剤」になります。

うつ病は脳の「モノアミン」の減少が一因であると考えられており、これは「モノアミン仮説」と呼ばれています。

モノアミンとは気分に関係する神経伝達物質で、

  • セロトニン
  • ノルアドレナリン
  • ドーパミン

などがあります。

抗うつ剤はこれらの物質を増やす作用を持つお薬になります。そして抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用が強いものはセロトニン症候群の原因となります。

抗うつ剤にも様々な種類があります。

近年主に用いられている新規抗うつ剤には、

  • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
  • SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
  • NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)

があります。

SSRIはモノアミンの中でもセロトニンを集中的に増やす作用に優れます。SNRIはセロトニンのみならずノルアドレナリンを増やす作用もあります。NaSSAもセロトニンとノルアドレナリンの両方を増やしてくれます。

いずれもセロトニン症候群を引き起こす可能性はありますが、この中でみるとセロトニンを集中的に増やすSSRIがセロトニン症候群を一番生じやすい抗うつ剤になります。

SSRIには、

  • ルボックス・デプロメール(一般名:フルボキサミン)
  • パキシル(一般名:パロキセチン)
  • ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)
  • レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)

などのお薬があります。これらのお薬は優れた抗うつ剤ではありますが、セロトニン症候群を起こしやすいという事は知っておく必要があるでしょう。

また一昔前に使われていた抗うつ剤に「三環系抗うつ剤」があります。三環系抗うつ剤は副作用の多さから現在のうつ病治療に中心的には使われてはいないものの、重症例などに今でも使用される事があります。

三環系抗うつ剤にはセロトニンを増やす作用の強いものとノルアドレナリンを増やす作用の強いものがあります。三環系抗うつ剤のセロトニン/ノルアドレナリン比

上図は三環系抗うつ剤のセロトニン・ノルアドレナリンへの作用の割合を示したものです。

これらの三環系抗うつ剤のいずれもセロトニン症候群を引き起こす可能性がありますが、中でもセロトニンを増やす作用の強いアナフラニール(一般名:クロミプラミン)が特にセロトニン症候群を起こしやすいお薬になります。

ただし三環系抗うつ剤とSSRIを比べれば、SSRIの方がセロトニンに集中的に作用するため、セロトニン症候群に限って言えばSSRIの方が頻度は高くなります。

また抗うつ剤以外にも、

  • セントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ)
  • トリプタン製剤
  • メジコン(一般名:デキストロメトルファン)

などでもセロトニン症候群が生じる可能性があります。

セントジョーンズワートはうつ症状を改善させるサプリメントとして販売されていますが、セロトニン活性を高める作用がある事が分かっています。

トリプタン製剤は偏頭痛の治療薬として使われているお薬で、脳血管のセロトニン受容体を活性化させる事によって頭痛を改善させるお薬です。セロトニン活性を高めるため、やはりセロトニン症候群が生じる可能性はあります。

メジコン(一般名:デキストロメトルファン)は鎮咳薬(いわゆる咳止め)のお薬です。面白い事にメジコンには抗うつ剤のようにセロトニンの濃度を上げる作用がわずかにあるため、頻度は多くありませんがセロトニン症候群が生じるリスクがあるのです。

また「ドラッグ」と呼ばれる違法薬物の中にもセロトニンを増やす作用が強いものがあり、これによってセロトニン症候群が発症する事もあります。

Ⅲ.セロトニン症候群ではどのような症状が生じるのか

セロトニン症候群ではどのような症状が生じるのでしょうか。

セロトニン症候群で生じる代表的な症状には、

  • 精神症状(イライラ、不安、意識障害など)
  • 自律神経症状(発熱、発汗、心拍数増加、呼吸促拍、腹痛など)
  • 神経症状(振戦、筋硬直など)

などがあります。

これらのすべてが必ず認められるわけではなく、一部しか症状が出ない事もあります。

セロトニン症候群の診断は、

  • セロトニンを増やすようなお薬を服用しているか、
  • セロトニン症候群に代表的な症状が認められているか

で総合的に判断されますが、診断基準もいくつか提唱されています。

ここでは、よく使われる診断基準の1つ「ハンターの診断基準(Hunter Criteria)」を紹介します。

【Hunter Criteria】

〇 セロトニンを増やすお薬の服薬歴

〇 下記の項目のうち、1つ以上に該当する
1.自発的なミオクローヌス
2.誘発クローヌスと興奮あるいは発汗
3.眼球クローヌスと興奮あるいは発汗
4.振戦と腱反射亢進
5.筋強剛
6.体温が38℃以上で眼球クローヌスないし誘発クローヌス

(*ミオクローヌス:突然生じる筋肉のピクッとした収縮)

このような診断基準には、セロトニン症候群で特に生じやすい症状が記載されています。

これに記載されているような症状を認める場合は、セロトニン症候群である可能性が高くなります。

Ⅳ.セロトニン症候群はどのような時に起こるのか

セロトニン症候群が生じるのはどのような時なのでしょうか。

セロトニン症候群は、ただセロトニンを増やすお薬を服用したら生じるというものではありません。例えセロトニンを増やすお薬を服用していたとしても、セロトニン症候群が生じにくいような服用の仕方をしていれば、生じる頻度を少なくする事が可能です。

セロトニン症候群が生じるのは、「身体のセロトニンの量が急に増えた時」と説明しましたが、より正確に言うと「セロトニン量の急激な増加に身体が対応しきれなかった時」に生じます。

つまりセロトニンを増やすお薬を服用していたとしても、少しずつ増やしていき、血中濃度が安定するように決められた用法通りに服用していれば、発症リスクを少なくする事が可能だという事です。

セロトニン症候群が一番生じやすいのは、「セロトニンを増やすお薬を飲み始めた時」です。お薬を初めて服用する時というのは、身体に変化が生じるため、いくら少量から始めても一定期間身体が対応しきれない事があります。

実際、セロトニン症候群はSSRIなどのセロトニンを集中的に増やす作用を持つお薬の服用をはじめて、24時間以内に発症することがほとんどである事が報告されています。

2.セロトニン症候群を起こさないための予防法

セロトニン症候群は可能な限り発症しないように予防しなくてはいけません。

セロトニン症候群の多くは発症しても重篤化せず、時間と共に自然と落ち着いています。しかし一部の症例ではイライラやソワソワ、興奮、不安などから自傷行為や自殺行動に至ってしまう事もあります。

またお薬の服用を始めてすぐにこのような心身にとって不快な症状が出てしまうと、「この薬を飲み続けて本当に大丈夫なのか?」とお薬に対してネガティブな感情が生まれてしまい、今後の治療にも支障を来たすようになります。

セロトニン症候群は身体のセロトニンの量が急に増え、それに身体が対応できない事で様々な症状が生じます。

これを引き起こさないためには、

  • セロトニンの量を急に増やさない(少しずつ増やす)
  • 身体が早く対応できるような服用法を守る(用法を守って服用する)

事が大切です。

精神科でお薬を処方されると、少量から処方され、少しずつ少しずつ増えていくことが多いと思います。これはセロトニン症候群を起こさないためでもあるのです。

患者さんとしては、調子が悪い時は「早くお薬を増やして気分を落ち着けて欲しい」と感じるかもしれません。

しかし焦ってお薬を増薬すると、セロトニン症候群を引き起こす可能性がある事は知っておいて欲しいと思います。

また1日の中でセロトニンの量が激しく増減すると、これもセロトニン症候群を引き起こしやすくします。お薬はそれぞれ薬効が続く時間が異なり、それに合わせて1日の適正な服用回数が決められています。

1日1回の服用で良い抗うつ剤は、1回の服用で1日を通してセロトニンの量を高め続ける事が出来るという事です。1日2回の服用が必要な抗うつ剤は、1回の服用では半日ほどしかセロトニン量の増加は保てないという事です。

にも関わらず、1日1回服用を推奨されている抗うつ剤を1日2回服用したり、あるいは服用する時間が日によってバラバラであったりすれば、身体のセロトニン量は1日の中で大きく上下してしまいます。これはセロトニン症候群のリスクとなります。

どんなお薬でも用法通りに服用する事が大切ですが、抗うつ剤もセロトニン症候群を起こさないよう用法通りの服用を守るようにしましょう。

4.セロトニン症候群の治療法は

もしセロトニン症候群が発症してしまったら、どのように治療していくのでしょうか。

セロトニン症候群は程度がひどくない場合は、そのまま様子を見ていれば自然と治まっていく事も少なくありません。しかし頻度は低いものの自傷行為・自殺行動などに至ってしまうリスクもゼロではないため、決して軽視してはいけません。

セロトニン症候群の治療の大原則としては、原因薬の中止が必要になります。

セロトニン症候群はお薬によってセロトニンが急に増えた事で生じていますので、原因となるお薬を中止すればセロトニン症候群は治まります。

しかしある程度高用量の抗うつ剤を服用している場合、急に中断するとセロトニン症候群は改善するものの今度はセロトニン濃度が急激に下がる事で「離脱症状」が生じる事があります。このような場合は主治医の判断にて、中止ではなく徐々に減量などの方法がとられることもあります。

また症例によってはセロトニンのはたらきを抑えるお薬(セロトニン拮抗薬)を用いる事もあります。

セロトニン症候群の治療に用いられるセロトニン拮抗薬には、

  • ペリアクチン(一般名:シプロヘプタジン)

などがあります。

ペリアクチンは本来は「抗ヒスタミン薬」と呼ばれるお薬で、花粉症などのアレルギー疾患や急性上気道炎(風邪)に伴うくしゃみ・鼻水などに用いられるお薬です。

ペリアクチンには抗ヒスタミン作用以外にも抗セロトニン作用(セロトニン拮抗作用)もある事が知られており、この作用を狙ってセロトニン症候群の治療に用いられる事があるのです。

また、

  • コントミン(一般名:クロルプロマジン)
  • インデラル(一般名:プロプラノロール)

などのお薬にも抗セロトニン作用があるため、セロトニン症候群の治療に使われる事もあります。ただしこれらのお薬はペリアクチンと比べると根拠が少なく、その使用はペリアクチンのみでは効果不十分であった例などに限られます。

またセロトニン症候群の根本治療となるわけではありませんが、症状としての不安やイライラなどを抑える目的で「抗不安薬」が用いられる事もあります。