バルプロ酸ナトリウムの効果【医師が教える気分安定薬の全て】

バルプロ酸ナトリウムは、1975年から発売されている「デパケン」というお薬のジェネリック医薬品になります。

ジェネリック医薬品は先発品(デパケン)と同じ主成分で作られています。効果・効能も先発品と同じですが、薬価が安く設定されているため経済的なメリットのあるお薬です。

バルプロ酸ナトリウムは様々な作用を持つお薬ですが、精神科領域では主に気分安定薬として用いられています。気分安定薬というのは、主に双極性障害(躁うつ病)に用いられる治療薬の事で、気分の高揚を抑えたり、気分の落ち込みを持ち上げたりといった気分の波を抑える作用を持つお薬の事です。

しかし実はそれ以外にもバルプロ酸ナトリウムは様々な作用を持っています。神経内科領域では抗てんかん薬(てんかんを抑える)、偏頭痛治療薬としても使われています。

気分安定薬にもいくつか種類があり、気分の上がりを抑える作用(抗躁作用)に優れるもの、気分の落ち込みを持ち上げる作用(抗うつ作用)に優れるものなど、それぞれ特徴があります。そのため患者さんの症状に応じて最適なお薬を選んでいく必要があります。

ここではバルプロ酸ナトリウムの効果や特徴、どんな作用機序を持っているお薬でどんな人に向いているお薬なのかを紹介していきます。

1.バルプロ酸ナトリウムの特徴

まずはバルプロ酸ナトリウムの特徴を挙げます。

バルプロ酸ナトリウムは、抗躁作用を持つ気分安定薬になります。

双極性障害の治療薬に求められる作用は主に3つあります。それは

  • 躁状態を改善させる作用
  • うつ状態を改善させる作用
  • 将来の異常な気分の波の再発を抑える作用

です。

バルプロ酸ナトリウムはこの3つの作用のうち、「躁状態の改善」と「再発予防効果」はしっかりと有しています。

抗躁作用はしっかりと有しており、双極性障害によく用いられる治療薬である「リーマス(一般名:炭酸リチウム)」とおおよそ同等の力があると評価されています。しかしリーマスには抗うつ作用も認められていますが、バルプロ酸ナトリウムは抗うつ作用は明らかではなく、あっても弱い作用だと思われます。

バルプロ酸ナトリウムは剤型が豊富だという利点もあります。具体的には、

  • バルプロ酸ナトリウム錠
  • バルプロ酸ナトリウムシロップ
  • バルプロ酸ナトリウム細粒
  • バルプロ酸ナトリウム徐放錠
  • バルプロ酸ナトリウム徐放顆粒

といった豊富な剤型があります。

ちなみに徐放製剤というのは、ゆっくり効く長く効くバルプロ酸ナトリウムだという意味です。バルプロ酸ナトリウムは薬効が短いため、1日2~3回に分けて飲まないといけません。これだと手間がかかるため徐放製剤が開発されました。R錠は1日1~2回の服薬で効果が安定する事が確認されており、また緩やかに効くため副作用も少なくなっています。

徐放製剤の方がメリットが大きいため、現状ではバルプロ酸ナトリウムは徐放製剤が多く用いられています。

バルプロ酸ナトリウムのデメリットとしては主に肝臓で代謝されるため、肝臓系の副作用に注意が必要なことが挙げられます。特に元々肝臓が悪い方は使用を慎重に考えないといけません。バルプロ酸ナトリウムの血中濃度が上がりすぎると傾眠や昏睡などが生じてしまい、これは特に肝機能の悪い方で生じやすくなります。これらの副作用は日常でバルプロ酸ナトリウムを処方していて滅多に見る副作用ではありませんが、注意は必要です。

そのためバルプロ酸ナトリウムを服薬中は定期的に血液検査を行い、血中濃度が適正か(適正濃度は40~120μg/mL程度)、肝機能障害が出ていないかを確認した方が良いでしょう。

またバルプロ酸ナトリウムには催奇形性(奇形児が生まれるリスクが増える)の可能性が指摘されているため、妊婦への極力投与すべきではありません、。双極性障害で治療中の女性が妊娠を予定する場合は、バルプロ酸ナトリウムは原則として中止すべきで、妊娠中の投与はどうしてもやむを得ない場合に限られます。

バルプロ酸ナトリウムのもう1つのデメリットとして、気分安定薬としての作用機序がはっきりと解明されていないという点も挙げられます。てんかんに対しての作用機序はある程度分かっていますが、躁状態に対する作用機序は特定されていません。

以上から、バルプロ酸ナトリウムの特徴として次のような事が挙げられます。

【良い特徴】

  • 抗躁作用を有する
  • 再発予防効果がある
  • 剤型が豊富

【悪い特徴】

  • 抗うつ作用は明らかではない
  • 作用機序が未だ明確に分かっていない
  • 催奇形性がある可能性がある
  • 副作用に注意(特に肝機能が悪い方)

2.バルプロ酸ナトリウムの作用機序

バルプロ酸ナトリウムは、双極性障害(躁うつ病)の治療薬として用いられ、躁状態をおさえる効果を持ちます。またそれ以外にもてんかんや偏頭痛を予防する作用も有しています。

  • てんかん
  • 躁状態
  • 偏頭痛

これらはいずれも「脳」に異常が生じている疾患であるため、バルプロ酸ナトリウムは脳神経に何らかの作用をもたらすと考えられます。ではバルプロ酸ナトリウムはどのような作用機序を持っているのでしょうか。

バルプロ酸ナトリウムの作用機序としては、GABA(ɤアミノ酪酸)という抑制系の物質のはたらきを強めることが挙げられます。GABAは神経をリラックスさせるはたらきがあります。

具体的には、GABAトランスアミナーゼというGABAを分解する酵素があるのですが、このはたらきをブロックするのがバルプロ酸ナトリウムになります。GABAトランスアミナーゼの作用をブロックすれば、GABAが分解されなくなるため、GABAの濃度が高まるというわけです。これにより神経の興奮が低下します。

更にバルプロ酸ナトリウムはグルタミン酸をGABAに変換させるGAD酵素を活性化させるはたらきもあります。これによりGABAの合成が亢進するため、GABA濃度は更に高まります。

また、神経細胞のナトリウムチャネルとカルシウムチャネルをブロックするはたらきもある事が知られています。チャネルというのはイオンが通る穴のようなものです。ナトリウムチャネルというのは、ナトリウムイオンが通れる穴だと考えて下さい。

チャネルと通って、神経細胞内にナトリウムやカルシウムが入ってくると、神経細胞は興奮します(これを脱分極と言います)。

バルプロ酸ナトリウムはこれをブロックするため、これも神経細胞の興奮を抑えるはたらきになります。

これらがバルプロ酸ナトリウムの主な作用機序になります。

しかし、以上の説明は「てんかん」におけるバルプロ酸ナトリウムの作用機序です。てんかんはこの機序である程度説明がつくのですが、躁状態の改善においても果たしてこの機序だけで抗躁作用を発揮しているのかは明らかではありません。神経の興奮を抑えることは、躁状態(気分高揚、多弁など)も改善させるとは考えられるため、このてんかんにおける作用機序は躁状態改善に一役買っている事は十分考えられます。

しかし恐らく、この作用以外にも何らかの作用があって躁状態を改善させているのだと思われます。バルプロ酸ナトリウムはドーパミンやセロトニンといった気分に関係する神経伝達物質にも影響をもたらしているという報告もあり、これが抗躁作用に関係しているのかもしれません。

またバルプロ酸ナトリウムを投与すると、βカテニンという物質が増えるという報告もあり、これも抗躁作用に関係している可能性もあります。βカテニンは神経系において、神経と神経をつなげたり、神経の分化の調節を行ったりする作用があることが考えられています。

いずれも「可能性」に過ぎず、躁状態におけるバルプロ酸ナトリウムの作用機序は今後の解明が待たれるところになります。

3.バルプロ酸ナトリウムの適応疾患

添付文書にはバルプロ酸ナトリウムの適応疾患として、

1.各種てんかん(小発作・焦点発作・精神運動発作ならびに混合発作)およびてんかんに伴う性格行動異常(不機嫌・易怒性等)の治療
2.躁病および躁うつ病の躁状態の治療
3.偏頭痛発作の発症抑制

が挙げられています。

精神科領域では、主に躁状態の改善のために用いられます。精神科でてんかんの治療を行うこともありますが、最近では神経内科医が行うことが多く、精神科でてんかん治療を行う機会はそう多くはないのです。

また偏頭痛の治療にも有効ですが、「現在生じている偏頭痛」を抑える力はなく、あくまでも「発症を予防する」という位置づけになります。

バルプロ酸ナトリウムは躁状態をしっかりと抑えてくれます。躁状態を抑えるお薬というと「リーマス(炭酸リチウム)」が代表的ですが、バルプロ酸ナトリウムはリーマスと並んで、躁状態を治療してくれるお薬になります。

4.バルプロ酸ナトリウムの歴史

バルプロ酸ナトリウムが初めて作られたのは1800年代の終盤だと言われていますが、当時はお薬としては用いられておらず、「溶媒(他の成分を溶かすために使われる物質)」として用いられていたそうです。

お薬としての効果があることが分かったのは1960年代で、偶然の発見になります。抗利尿剤(尿を出しにくくするお薬)の動物実験において、抗利尿剤の溶媒としてバルプロ酸ナトリウムを用いたところ、抗けいれん作用(痙攣を抑える作用)・筋弛緩作用(筋肉を緩める作用)がある事がぐ偶然発見されたのです。

その後バルプロ酸ナトリウムに対する研究が進められ、けいれんを抑える作用が確認され、「抗てんかん薬」として用いられるようになったのです。

その後、向精神作用(精神への作用)や偏頭痛に対する作用も気付かれるようになり、現在では躁状態と偏頭痛の治療薬としても用いられています。

バルプロ酸ナトリウムはこのように

  • てんかん
  • 双極性障害
  • 偏頭痛

といった「脳」の幅広い疾患に対して効果を発揮するお薬なのです。

5.バルプロ酸ナトリウムが向いている人は?

バルプロ酸ナトリウムの特徴をもう一度みてみましょう。

  • 抗躁作用を有する
  • 抗うつ作用は明らかではない
  • 作用機序が未だ明確に分かっていない
  • 催奇形性がある可能性がある
  • 副作用に注意(特に肝機能が悪い方)
  • 剤型が豊富

ということが挙げらました。

ここから、主に双極性障害の躁状態をターゲットにして用いるお薬だと言えます。一方で双極性障害というのは必ずしも躁状態だけでなくうつ状態も認める疾患です。期間的にはうつ状態の方が圧倒的に長く、経過中の8割程度はうつ状態だとも言われています。

そのため、うつ状態の治療をもするのであればバルプロ酸ナトリウムだけでは不十分な可能性があり、この場合は別のお薬の併用を検討する必要もあります。

注意点としては、妊娠中の方は極力用いてはいけません。催奇形性の可能性が報告されているからです。

また、

  • 妊娠の可能性のある方
  • 肝機能障害のある方

もあまり用いない方が良いお薬でしょう。

6.ジェネリック医薬品の効能は本当に先発品と同じなのか

安価なジェネリック医薬品があるのは嬉しい事ですが、一方で「ジェネリック医薬品は本当に先発品と同じ効果なの?」と心配になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ジェネリック医薬品に対して、

「安い分、質が悪いのでは」
「やっぱり正規品(先発品)の方が安心なのではないか」

と感じる方は少なくありません。

ジェネリックの利点は「値段が安い」ところですが、「正規品か、安い後発品かどっちにしましょうか」と聞かれれば、「安いという事は質に何か問題があるのかも」と考えてしまうのは普通でしょう。

しかし、基本的に正規品(先発品)とジェネリック(後発品)は同じ効果だと考えて問題ありません。

その理由は同じ主成分を用いていることと、ジェネリックも発売に当たって試験があるからです。ジェネリックは発売するに当たって、「これは先発品と同じような効果を示すお薬です」ということを証明した試験を行わないといけません。

これを「生物学的同等性試験」と呼びますが、このような試験結果や発売するジェネリック医薬品についての詳細を厚生労働省に提出し、合格をもらわないと発売はできないのです。

そのため、基本的にはジェネリックであっても先発品と同等の効果が得られると考えてよいでしょう。

しかし臨床をしていると、

「ジェネリックに変えてから調子が悪い」
「ジェネリックの効きが先発品と違う気がする」

という事がたまにあります。

精神科のお薬は、「気持ち」に作用するためはっきりと分かりにくいところもありますが、例えば降圧剤(血圧を下げるお薬)のジェネリックなどでも「ジェネリックに変えたら、血圧が下がらなくなってきた」などと、明らかに先発品と差が出てしまうこともあります。

なぜこのような事が起こるのでしょうか。

これは、先発品とジェネリックは基本的には同じ成分を用いておおよそ同じ薬効を示すことが試験で確認されてはいるけども、100%同じものではないからです。

先発品とジェネリック医薬品は、生物学的同等性試験によって、同じ薬効を示すことが確認されています。しかし「100%全く同じじゃないと合格しない」という試験ではなく、効果に影響ないほどのある程度の誤差は許容されます。この誤差が人によっては明らかな差として出てしまうことがあります。

また先発品とジェネリックは、「主成分」は同じです。しかし主成分は同じでも添加物は異なる場合があります。その製薬会社それぞれで、患者さんの飲み心地を考えて、添加物を工夫している場合もあるのです。

この添加物が人によって合わなかったりすると、お薬をジェネリックに変えたら調子が悪くなったりしてしまう可能性があります。

このため、「先発品とジェネリックは基本的には同じ効果だけども、微妙な違いはある」、というのがより正確な表現になります。

ジェネリックに変更したら明らかに調子がおかしくなるというケースは、臨床では多く経験することはありません。しかし全く無いわけではなく、確かに時々あります。そのため、そのような場合は無理してジェネリックを続けるのではなく、他のジェネリックにするか、先発品に戻してもらうようにしましょう。

ちなみに、「ジェネリックは安い分、質が悪いのでは?」と心配される方がいますが、これは基本的には誤解になります。ジェネリックが安いのは質が悪いからではなく、巨額の研究・開発費がかかっていない分が引かれているのです。

新薬を開発するのには莫大なお金がかかるそうです。製薬会社に聞くところによると数百億、数千億というお金がかかるそうです。先発品が高いのは、このような巨額の研究・開発費が乗せられているのです。

一方でジェネリックは研究・開発はする必要がありません。その分が安くなっているわけで、決して成分の質が悪いから安くなっているのではありません。