眠りたいので強い睡眠薬を下さい!という方に知って欲しい事

昔の睡眠薬である「バルビツール酸系」や「非バルビツール酸系」は、非常に強力な催眠効果(眠らせる力)があります。代表的なもので言うと、ラボナやベゲタミンなどです。

不眠でつらい思いをしている方は多く、日本では5人に1人は不眠を自覚しており、20人に1人は睡眠薬を使用しているという報告もあります。「何とか眠りたい・・・」と切に悩んでいる方は非常に多いのです。

眠れる方法をネットで調べると、「ラボナはすごく効く」「ベゲタミンが最強」などと書いてあるのを見かけます。これを読めば、「自分もこれを使いたい!」と思ってしまうのも無理はありません。

実際、診察で「ラボナを出してほしい」「ベゲタミンを下さい」と患者さん自ら薬物名を指定してくることもあります。サイトのメール相談でも、「ラボナが欲しいんです。出してくれる病院を教えてください」という内容の相談は時々来ます。

確かに、これらの睡眠薬が睡眠に対して強力な効果を持っていることは事実です。

しかし私たち医師は、これらのお薬は極力処方すべきではないと考えています。「絶対に処方しない」というわけではありませんが、これらのお薬はよほどのことがないと処方しません。

「そのお薬を出すことはできません」となると患者さんは不満に感じるでしょうが、私たちは別に患者さんを困らせるために処方しないのではありません。患者さんのことを考えれば、極力処方すべきではないから処方しないのです。

今日は、強力な睡眠薬を求める方にぜひ知っておいて頂きたいことをお話します。

1.バルビツール酸系と非バルビツール酸系睡眠薬とは

私がここで言う「強い睡眠薬」というのは、具体的には「バルビツール酸系」と「非バルビツール酸系」の2種類を指しています。

「バルビツール酸系睡眠薬」「非バルビツール酸系睡眠薬」というのは、具体的にはどんな睡眠薬なのでしょうか。代表的なバルビツール酸系、非バルビツール酸系の商品名を記載します。

【バルビツール酸系睡眠薬】

・ラボナ
・イソミタール
・バルビタール
・ベゲタミンA、ベゲタミンB

【非バルビツール酸系】

・ブロバリン

バルビツール酸系や非バルビツール酸系は、、睡眠薬の中でももっとも古いもので、1950年ごろより使われるようになった睡眠薬です。現在は、

・ベンゾジアゼピン系睡眠薬
・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
・メラトニン受容体作動薬
・オレキシン受容体拮抗薬

など多くの睡眠薬が開発されており、バルビツール酸系や非バルビツール酸系はほとんど使われなくなっています。

バルビツール酸系は、抑制性の神経伝達物質であるGABA(ɤアミノ酪酸)を受け取るGABA受容体のはたらきを増強することが主なはたらきです。GABAは抑制性の物質であるため、GABAが強まると私たちの脳は眠気を感じるようになります。

2.強力な睡眠薬の特徴と弊害

では、これらバルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬はどんな特徴があって、どんな弊害があるのでしょうか。どうして私たち医師は処方したがらないのでしょうか。

まず、良い特徴としては「強力な作用」が認められるのは確かです。眠らせる力は、他のどの睡眠薬よりも強力です。この強力な睡眠効果のため、これらの睡眠薬を希望する方がいるのです。

ただ効果が強い、という特徴を持つだけであれば私たちもそこまで処方を控えることはしません。問題はこれらの睡眠薬の副作用にあります。

バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬で特に問題となる副作用を挙げます。

Ⅰ.急速に耐性ができる

耐性とは、脳や身体がお薬に慣れてしまうことです。慣れてしまうと、次第にお薬の効きが悪くなってきます。

バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬は、急速に耐性が出来ることが知られています。

現在も使われている睡眠薬のうち、ベンゾジアゼピン系睡眠薬にも耐性があることが知られています。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は早ければ1か月で耐性が形成されると言われていますが、バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬はこれよりも早く耐性が形成されます。

バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬は強力な睡眠作用があるため、最初は確かによく眠れます。しかし、それは長続きしないという事です。すぐに効きが悪くなり、その後はまた眠れなくなってしまうのです。

耐性がついてしまった場合、以前と同じ効果を得るためには服薬量を増やすしかありません。しかしそれも一時しのぎに過ぎず、また少し経てば増やした服薬量にも耐性がついてしまいます。

バルビツール酸系・非バルビツール酸系は後述するように、大量に服薬すると危険なお薬なので、耐性がついてどんどん服薬量を増やしてしまうと重篤な副作用が生じてしまう可能性も出てきます。

また耐性が出来ると、その後の薬物療法にも支障を来します。バルビツール酸系睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬と一部同じ部位に作用するため、バルビツール酸系で耐性ができてしまうとベンゾジアゼピン系睡眠薬の効きも悪くなってしまうことがあるのです。

そうなれば、「他の睡眠薬を使っても眠れない」という状態になり、使えるお薬もどんどん少なくなってしまい、不眠症に対して打つ手がなくなってしまうのです。

Ⅱ.強力な依存性がある

バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬は強力な睡眠効果がある一方で、依存性も非常に強力です。

そのため、安易に服薬を開始してしまうと、止めることが困難になってしまいます。大袈裟な表現ではなく、「一生睡眠薬を手放せなくなってしまう」可能性も十分にあります。

無理して減薬・断薬を行うと反動で交感神経が過剰に興奮してしまい、けいれんなどの重篤な離脱症状を起こすこともあります。

Ⅲ.死亡に至ることもある

バルビツール酸系睡眠薬は、治療域と毒性域が近いお薬です(これを専門的には「治療指数が低い」と言います)。

これはどういう事かというと、治療のための摂取量と、「この量を飲んだら危険だよ」と指摘されている危険な量の差が少ないということで、過剰摂取してしまった時に危険な状態に至りやすいということです。

特に危険なのが呼吸抑制です。呼吸抑制とは「呼吸を止めてしまう」副作用のことで、これらの睡眠薬を多量に服薬すると、呼吸を浅くしたり、最悪呼吸が止まってしまう危険があります。頻度が多いものではありませんが、もし夜間睡眠中に呼吸が止まれば、死に至ることもあります。

うっかり量を間違えて大量に飲んでしまうと、最悪の事態を招く可能性があるのです。

同様に自殺の手段などに使われてしまう可能性もあるため、精神的に不安定な患者さんに処方することも危険です。

3.ガイドラインでも全く推奨されていない

日本睡眠学会が発表している不眠症の治療ガイドラインをみると、バルビツール酸系や非バルビツール酸系の投与については一切記述がありません。

推奨薬剤には入っておらず、これは要するに「不眠症に対して推奨されない」ということを意味しています。

その理由は前項に書いた通りです。

医学書によってはバルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬に対して、「決して用いてはならない」「これらの睡眠薬は現在の臨床においては必要のないものである」とまで書かれているものもあります。

どうしてもこれらのお薬が必要な患者さんもいるのが現状ですが、この記載は決して大袈裟ではないでしょう。

少なくとも、安易に処方することは許されないお薬だと言ってよいと考えられます。

4.安易に処方するのは楽な方法だけど・・・

手間だけで言えば、実は患者さんの要望通りのお薬を出す方が楽です。

「先生、ベゲタミンを出してください」
「はい、分かりました。出しときますね」

こう答えれば、診察はすぐに終わり労力もかかりません。患者さんもその時は満足してくれますから、トラブルなく診察が終わります。

しかし、それは本当に患者さんの事を考えている対応とは言えません。

私たち医師の仕事は、患者さんが欲しがる薬を出すことではありません。

患者さんの身体をなるべく害さないように安全に配慮しながら、病気を治療していくことが私たちがすべきことです。そのため、効果と安全性を総合的に考えて患者さんに必要と思われるお薬は処方しますが、そうでない場合はそのお薬の問題・危険やなぜ処方しない方がいいのかをしっかりと説明し、納得してもらいます。

バルビツール酸系・非バルビツール酸系は、眠らせる作用が非常に強力です。「一瞬で眠りに落ちる」と評する患者さんもいます。この話を聞けば、不眠で苦しんでいる方が欲しくなってしまうのも理解はできます。

しかし、一瞬で眠れたとしても、それは最初だけです。すぐに耐性がついてしまい、お薬は効かなくなってきます。そうなるとよりつらい状況が待っています。強力な睡眠薬で耐性がついてしまったため、ベンゾジアゼピン系など他の睡眠薬の効きも悪くなり、最終的にはどの睡眠薬を使っても眠れなくなってしまいます。

万が一、服薬する量を間違えてしまった時、取り返しのつかない結果を招く可能性もあります。

もちろん、現状ではやむを得ずバルビツール酸系・非バルビツール酸系を処方せざるを得ない患者さんが少数いらっしゃるのは確かで、そういった方には慎重に投与する事は仕方のない一面もあります。

しかし、患者さんの身体のことを考えるならば、患者さんの将来を考えるならば、極力処方すべきお薬ではないでしょう。

5.では、眠れない時はどうすればいいのか?

「そうは言っても眠れないのはとても辛いんだ」「ぐっすり眠りたいんだ」

不眠で苦しんでいる方はこうおっしゃるかもしれません。

長期的に睡眠の質を改善するのであれば、バルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬を使うよりももっと良い方法があります。

というのもバルビツール酸系・非バルビツール酸系睡眠薬は満足できる睡眠が得られるのは最初だけです。長期的に見れば、地道に不眠を治していった方が得られるメリットは大きいのは明らかです。

眠れないのはつらいことですが、どうか目先のメリットに目を奪われず、長期的に睡眠の質を上げることを目指してください。

具体的に方法については、診察の際に担当の先生に相談していただくのが一番ですが、当サイトにもいくつかヒントとなる記事を上げていますので参考にしてください。

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