日本は睡眠薬の処方量が多すぎる!これって本当なの?

日本における向精神薬の多剤処方・大量処方は以前より問題となっています。

特に依存性のあるベンゾジアゼピン系睡眠薬の大量処方は海外からも批判されることが多く、我が国も最近はこれらのおくすりの処方制限を促すような政策を導入し始めています。

最近ではメラトニン受容体作動薬(商品名ロゼレム)やオレキシン受容体拮抗薬(商品名ベルソムラ)など、ベンゾジアゼピン系以外の睡眠薬の開発も相次いでいますが、未だ睡眠薬の主流はベンゾジアゼピン系なのが実情です。

誤解してはいけませんが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は悪者ではありません。大量処方、依存、薬漬け・・・、このような問題がメディアに報道されることで睡眠薬が悪者のような扱いを受けていますが、これは大きな間違いです。

必要のある人が必要な分だけ使うのであれば、これは何の問題もありません。睡眠薬のおかげで救われた、と感謝しているという人も多いはずです。

問題は、本来は必要がない人にまで投与してしまったり、投与が必要な期間が過ぎているにも関わらず漫然と投与を続けているようなケースです。

日本はこれらに該当するケースが海外と比べて多いと考えられており、「安易に睡眠薬を処方しすぎだ!」「漫然と長期間投与しすぎだ!」という批判を受けています。

しかし、本当に日本の睡眠薬の処方量で海外と比べてそんなに多いのでしょうか?
具体的にどのくらい多いのか、根拠はあるのでしょうか?

問題となる事の多い、日本のベンゾジアゼピン系睡眠薬の過剰投与について、具体的に日本はどのくらい処方量が多いのかをみてみたいと思います。

1.ベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方量を国別に比較してみる

向精神薬の処方量については「国際麻薬統制委員会(通称INCB)」という機関が、データを算出しています。ベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方量のデータをみてみましょう。

INCBではS-DDD(Difined Daily Doses for Statistical purposes)という単位を用いて各国の処方量を比較しています。S-DDDは人口1000人当たりの1日の服薬量を表しています。そのため、S-DDD値の高い国は、国民一人当たりのベンゾジアゼピン系睡眠薬服薬量が多い、ということができます。

INCBが2010年度に報告した、2007~2009年度のベンゾジアゼピン系睡眠薬処方量トップ10は次のようになります。

各国の睡眠薬処方量比較

日本は2位に入っています。1位のベルギーほどではないにせよ、3位以降の上位国と比べて、その処方量が突出しているのが分かります。

(ちなみに1997年~1999年のベンゾジアゼピン系睡眠薬処方量のデータでは、日本がS-DDD:38台で1位でした)

しかし、お薬の効きは人種や体格によって異なることが予想されるため、単純に量を比較するだけでは、その国の処方量が適正なのかどうかを判断することはできません。そこで人種・体格が比較的近いアジア圏で比較してみましょう。

アジア圏でのベンゾジアゼピン系睡眠薬処方量の上位10か国はこのようになっています。

アジア圏の睡眠薬処方量比較

やはり日本は突出して多いことが分かります。人種的にベンゾジアゼピン系が効きにくいから処方量が多い、というわけでもなさそうです。

最後に代表的な主要先進国間で比較してみましょう。

先進主要国の睡眠薬処方量比較

主要先進国は、全体的にはベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方量は多めの傾向があります。

日本は先進国であり、24時間社会、ストレス社会だから不眠になる率が高いのでは、という意見があります。これは一部正解ですが、であれば他の先進国の睡眠薬処方量も多くなるはずです。

しかし実際は、他の主要先進国と比べても日本のベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方量は突出して多くなっています。先進国だから処方量が多いというわけでもなさそうです。

(参考文献:INCB2010年度報告書より)

2.私たち日本人が気を付けるべき事

INCBから報告されたこれらの資料を見れば、「日本はベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方量が多すぎる!」と批判されるもの仕方がないことだと分かります。人種・体格などを差し引いても、その処方量は明らかに諸外国と比べて多すぎです。

なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか。様々な原因があり、その原因を明確に断言することは困難ですが、いくつかの要因が推測されます。

近年は日本の風土も変わってきましたが、以前の日本は「泣き言を言うのは恥」「つらいことがあっても耐えるべき」という風潮がありました。ストレスを発散しにくい社会であるため、患者さんは、薬物に頼ってしまうのかもしれません。

日本が高齢社会であるのも一因でしょう。高齢者は眠りが浅くなり、不眠症を発症する確率も高くなります。

また、医療者側の不適切な投与の可能性も否めません。診察において、しっかりとお話を聞いて治すとの比べれば、「薬で治す」というのは楽で簡便な方法です。先生方も忙しくてなかなかお話を聞く時間が取れない状況は確かにあるのですが、「話を聞く時間がないから、てっとりばやく薬を使ってしまおう」という治療がこのような事態を招いた点はあるのではないかと考えます。

日本人はまだまだ精神科患者さんに対する偏見が強いというのも一因でしょう。宇都宮病院事件に代表されるように、昔は精神疾患の患者さんがひどい扱いを受けてしまうことがありました。少しでも何かを訴えると「この患者は、まだまだお薬が足りない」と判断されてしまい、お薬を増やされてしまう傾向もあったのかもしれません。

(*宇都宮病院事件・・・精神科病院看護師の暴行によって、精神疾患患者さん2人が死亡した事件)

ベンゾジアゼピン系というお薬の特性や位置づけについての理解が乏しかったのも一因かもしれません。ベンゾジアゼピン系は基本的には「補助薬」です。必要な時に使い、必要がなくなれば止めるべきお薬なのです。

しかし調子が良くなってきても「せっかく調子がいいんだからこのままの量で様子をみよう」「減らして前のひどい状態になるのは怖いからな」と考えてしまい、いつまでも服薬を続けている方は多いのではないでしょうか。医師も減薬を強く勧めず、患者さんも現状維持を希望すれば、ダラダラと服薬が続いてしまいます。

これらのデータを見る限り、「日本人はベンゾジアゼピン系の効きが悪いから大量投与が必要である」という可能性は極めて少ないと思われます。諸外国では、もっともっと少ない量で、日本に引けを取らない治癒率を保っているのです。日本人だけベンゾジアゼピン系に対して特異体質である、という可能性は低いでしょう。

ということは、日本人のベンゾジアゼピン系処方量は減らせるはずなのです。すぐに、というのは難しいでしょうが、これから少しずつ時間をかけて、ベンゾジアゼピン系の処方量は減らしていかなければいけません。

繰り返しますが、ベンゾジアゼピン系薬物は悪者ではありません。睡眠がとれずに苦しんでいる方、不安がつらくて苦しんでいる方をたくさん救ってきたおくすりです。

しかし、安易に、漫然と投与することは問題です。大量・長期投与は、効果よりも副作用が前景に立ってしまい、治療のためにお薬を飲んでいたはずが、いつの間にかお薬の副作用で苦しむという事態に陥ってしまいます。

私たち日本人は、このデータを見る限り、諸外国と比べてベンゾジアゼピン系を安易に漫然と使ってしまうやすい傾向があるようです。そのため、「ベンゾジアゼピン系は必要な時だけ!」と医療者も患者さんもしっかりと意識しながら治療を行うことが大切なのです。

医師とよく相談し、必要がある時は服薬をして、必要がなくなったら服薬は減らしていきましょう。医師から「そろそろ減薬の時期ですね」と言われたら、「減薬が心配だからこのままがいいです」と言うのではなく、医師としっかり相談して本当に減薬できないのかを考え直してください。そして減薬出来そうであれば医師の判断を信じて減薬してください。

調子が良いと感じているのに、医師がいつまでも処方を継続しているようであれば、「これはいつくらいに減らせますか?」と聞いてみるのも良いと思います。病気の経過は個人差がありますから、見通しがはっきり立たないこともありますが、漫然と投与を続けない意志を持って処方してくれているのかどうかを再確認することができます。

焦って急にベンゾジアゼピン系を止める必要はありません。

医療者・患者さんの両方がベンゾジアゼピン系の特性をしっかりと理解して、適正な処方量に治まるように、少しずつ少しずつ改善していきましょう。