セロクエルを認知症に使用する時の使用法と注意点

セロクエル(一般名:クエチアピン)は抗精神病薬に属するお薬です。

抗精神病薬は幻覚や妄想といった精神病症状に効果を発揮するお薬で、主に統合失調症の治療薬として使用されています。

セロクエルは精神病症状を改善させる以外にも様々な効果が期待できるため、双極性障害、うつ病など、様々な精神疾患に用いられることがあります。

セロクエルが検討される事がある疾患の1つに、認知症もあります。

セロクエルは保険的な適応疾患は「統合失調症」しかないため、認知症の方にセロクエルが投与されると、主にご家族の方から「どうして?」「私の父はそんなに悪い状態なのか?」と疑問を持たれる事があります。

実際に私も認知症患者さんの家族からこのような質問を受けることはあります。

認知症に対してセロクエルが用いられる事はおかしいことではありません。正しく使えばセロクエルは認知症に対しても良い効果をもたらすことが出来ます。

しかしセロクエルは認知症の治療薬ではないため、安易に用いて良いものではないのも事実で、その適応は慎重に判断する必要があります。

ここではセロクエルが認知症で用いられる理由と、使用の際の注意点をお話させて頂きます。

1.セロクエルが認知症に使われる理由

まずセロクエルがどのような作用を持つお薬で、認知症のどのような症状を改善する事が期待できるのかを簡潔に見ていきましょう。

セロクエルは第2世代抗精神病薬に属するお薬で、第2世代の中でもMARTA(Multi Acting Receptor Targeted Antipsychotics:多元受容体作用抗精神病薬)という種類に属します。

基本的に抗精神病薬はドーパミンのはたらきを抑えるお薬になります。

幻覚や妄想といった精神病性の症状というのは脳のドーパミンが過剰に分泌される事が一因だと考えられているためです。

そのためすべての抗精神病薬はドーパミンのはたらきを抑える作用を持ちます。

抗精神病薬にもいろいろありますがドーパミンだけに集中的に作用する抗精神病薬もあれば、ドーパミンにも作用するけれど、その他の様々なところにも作用するという抗精神病薬もあります。

セロクエルをはじめとしたMARTAは後者になります。

具体的にどのような部位に作用してどのような効果が期待できるのかというと、

【作用する部位】 【作用】 【副作用】
ドーパミン受容体 陽性症状(幻覚や妄想)の改善 錐体外路症状、高プロラクチン血症
セロトニン受容体 陰性症状(無為自閉、感情鈍麻)の改善 悪性症候群、食欲亢進、性機能障害
ヒスタミン受容体 不眠改善・鎮静・食欲改善 眠気・過食・体重増加
アドレナリン受容体 興奮抑制 ふらつき・血圧低下・性機能障害
アセチルコリン受容体 口喝・便秘・排尿障害

セロクエルは、このように様々な部位に作用し、様々な効果を発揮します。

セロクエルは特にヒスタミンやセロトニンといった心身を鎮静させたり穏やかにする受容体に強く作用する特徴があります。

これによって、

  • イライラや怒りっぽさを抑える
  • 不眠を改善させる
  • 食欲を上げる

といった効果が期待できます。

認知症の方は、認知機能が低下する事によってイライラしたり怒りっぽくなったりする事があります。また生活リズムが不安定になって昼夜逆転してしまったり、食欲が低下してしまう事も珍しくありません。

このような症状を認める認知症の患者さんにとってはセロクエルは相性が良いのです。

反対に、

  • 鎮静によるふらつきが生じる
  • 食欲が上がり高脂血症・糖尿病が悪化する

といった副作用が生じるリスクもあります。

セロクエルによって過度に脳を鎮静させてしまうと、ふらつきやそれによる転倒・骨折のリスクを高めます。また傾眠状態が続いてしまうと認知症も更に進行しやすくなってしまう恐れもあります。

食欲が上がり過ぎてしまうと、元々糖尿病や高脂血症を持っている方はこれらの疾患を悪化させてしまう事もありえます。

セロクエルを認知症に用いる場合は、このようにメリットもあればデメリットもあるわけです。

そのため、この両者をしっかりと検討し、総合的に考えてセロクエルを投与する意義があるのかを慎重に判断していく必要があります。

2.セロクエルを認知症に用いるメリット

セロクエルはその特徴から、症状によっては認知症に適している事があります。セロクエルを適切に用いる事で、認知症の患者さんが穏やかに生活できるようになるという事も期待できます。

具体的にセロクエルが適しているような状態について紹介します。

なお、セロクエルの細かい効果や特徴については「セロクエル錠(クエチアピン)の効果と特徴」をご覧ください。

Ⅰ.認知症に伴う不穏・興奮・攻撃性などに

認知症になると、怒りっぽくなったり、落ち着かず徘徊したりという症状が出ることがあります。ひどい場合だと、家族や介護スタッフに暴力を振るったり、家の外まで徘徊してしまい行方不明になってしまう事もあります。

セロクエルは優れた鎮静効果を持つため、認知症で不穏であったり暴力的な方には有効な事があります。気持ちが安定するため、穏やかになったり、ウロウロと歩き回ったり徘徊することの改善が期待できます。

更にセロクエルの特徴として、他の抗精神病薬と比べると、鎮静効果がある割には標的とする受容体にゆるく結合するため、そこまで強烈な効果・副作用は出にくくいという点があり、これは高齢者への使用に適しています。

また半減期(おおよその薬の作用時間)も短いため微調整がしやすい点もメリットです。

Ⅱ.認知症に伴う不眠に

誰でも年を取ると眠りが浅くなるものですが、認知症の方は生活リズムが乱れやすいため、夜間に不眠となる事があります。

眠れないだけでなく、そこから徘徊してどっかに行ってしまったり、ウロウロして転倒し骨折などをしてしまう事もあります。

夜間は日中と比べるとサポート体制はどうしても手薄になってしまいます。施設などであっても職員の数は少なくなりますし、自宅であれば家族は寝ているでしょう。

サポート体制が不十分な時間帯の行動や徘徊は問題となりやすく、先ほどもお話した転倒・骨折や行方不明の原因となります。

不眠の場合は睡眠薬なども検討されますが、セロクエルも眠くする作用があり、また眠りを深くする効果も期待できるお薬ですので有効な事があります。

Ⅲ.認知症に伴う食欲低下に

高齢の方は誰でも少しずつ食が細くなりますが、あまりに急激に食欲が落ちてしまうと問題です。

セロクエルは食欲を上げる作用もあるため、食事量が落ちてしまって衰弱が心配される患者さんにもある程度の効果が望めます。

しかし糖尿病・糖尿病の既往を持つ患者さんには禁忌(絶対に使ってはいけない)です。これは食欲を上げ過ぎてしまう事で糖尿病を更に悪化させてしまったり、急激な血糖上昇によって糖尿病性ケトアシドーシスや糖尿病性昏睡といった重篤な副作用が生じるリスクがあるためです。

3.セロクエルを認知症に用いるデメリット

セロクエルは認知症の患者さんに上記のような効果が期待できます。

しかし本来は認知症に対する治療薬ではないため、適応外に使用してしまう事でのデメリットももちろんあります。

ここではセロクエルを認知症患者さんに用いるデメリットをお話します。

Ⅰ.ふらつき・転倒の原因になる

セロクエルは鎮静作用を持つため、不穏や興奮・攻撃性の改善に有効だとお話しました。

しかし鎮静させるという事は、ボーッとしたりふらついたりしやすいという事でもあります

認知症の患者さんは高齢者がほとんどであり、元々筋力が衰えており転倒しやすいと言えます。そこにセロクエルなどのお薬を用いて更に鎮静をかけてしまうと、転倒や骨折の危険性は当然高まってしまいます。

Ⅱ.飲み込みを悪くし、誤嚥性肺炎の原因になる

ボーッとさせるという事は、飲み込みも悪くする可能性があります。

高齢者は飲み込む力(嚥下能)が低下していくため、食事の時にムセやすくなっています。その結果、食べ物を誤嚥してしまって生じる誤嚥性肺炎を起こしやすくなります。

セロクエルを使うと、ただでさえ低い嚥下能を更に低くしてしまう可能性があり、誤嚥性肺炎のリスクを更に上げてしまいます。

高齢者にとって肺炎は、死亡の原因にもなる怖い病気です。セロクエルを使う事で誤嚥性肺炎のリスクを上げてしまう事は、決して軽視してはいけないデメリットです。

Ⅲ.血糖・脂質を上げ、脳梗塞などのリスクを上げてしまう

セロクエルは血糖や脂質を上げてしまう作用があります。元々コレステロールが高かったり、血糖が高い方はセロクエルを用いることでこれが更に悪化し、脳梗塞や心筋梗塞などの血管系イベントが生じやすくなってしまいます。

そのため、セロクエルは糖尿病の方に投与する事は禁忌(絶対ダメ、という事)になっています。

4.認知症の方にセロクエルを用いる際の注意点

現状として、認知症の患者さんに対してセロクエルを使用することは珍しい事ではありません。

認知症に対して適応を持っているお薬ではないし、上記のようなデメリットもあるため、出来る限り使わない方が良いものではありますが、セロクエルのようなお薬を使う以外に方法がないケースが現実にはあります。

セロクエルを認知症に使うのは決しておかしい事ではありません。しかし安易に使うべきものでもなく、その適応は慎重に判断する必要があります。

ここでは認知症の方にセロクエルを使用する際に注意すべき事を紹介します。

Ⅰ.安易な処方は絶対にダメ

どんなお薬でも同じですが、安易に投与する事はいけません。

「最近、興奮がすごいんです」⇒「じゃあセロクエルを使いましょう」
「最近、眠れないみたいです」⇒「じゃあセロクエルを使いましょう」

と、安易に投与を始めるものではありません。セロクエルを認知症の患者さんに用いる事はメリットもありますが、デメリットも決して小さくありません。

セロクエルの認知症に対して効果を調べると、効果があるとする報告もあれば、プラセボ(偽薬)と比べてほとんど効果に差がなかったとする報告もあります。そもそもが認知症に対して適応を持っている「認知症のお薬」ではないため、安易な使用はすべきではないでしょう。

認知症に対してセロクエル投与する基準となるのは、

・お薬以外の方法を試しても効果が乏しい場合
・セロクエル投与のメリットがデメリットを上回ると判断される場合

に限ります。

認知症の患者さんが不穏・興奮を呈した時、まずは環境調整や、接し方の工夫などのお薬以外の対処法を試してみる事も大切です。意外と話しかけ方を工夫しただけで穏やかになったり、環境を落ち着くように調整しただけで改善するケースは少なくありません。

セロクエルのメリットとデメリットをもう一度見てみましょう。

【メリット】
・鎮静する事で、興奮・不穏が改善され、気分が落ち着く
・催眠作用により、夜間よく眠れるようになる
・食欲増進作用により、食欲が上がる

【デメリット】
・鎮静する事で、転倒・骨折リスクが上がる
・鎮静する事で、ムセ・誤嚥が増える
・食欲を上げ、脂質・血糖などを上げ、脳梗塞などのリスクが増える

認知症の患者さんにセロクエルを投与する事は、間違っているわけではありません。

しかしこのデメリットを見ると、命を落とす可能性のあるものもあり、決して軽視は出来ないことが分かります。

認知症の方にセロクエルを投与すると死亡率が上昇すると報告している研究もあり、実際に米国FDA(日本で言う厚労省のようなもの)からも、セロクエルのような抗精神病薬の高齢者への投与は死亡リスクを高める恐れがあるという勧告も出ています。

しかしそのデメリットを上回るメリットが期待できる時は、投与を検討しても良いでしょう。

例えば、日中の興奮や易怒性(怒りっぽさ)があまりに強く、ものを強く叩いたり壊したりするし、人にも暴力を振るう。家族に殴りかかるのはもちろんの事、見ず知らずの通行人にも「お前は泥棒だろ!」と叫んで殴りかかる。

このような認知症の方がいて、環境調整や他の認知症のお薬ではあまり改善が得られなかった場合などは、セロクエルを使うメリットはデメリットを上回るとも考えられます。

このまま放置していれば、破壊行動から自身の身体を傷つけてしまう可能性もありますし、家族を傷つけてしまう可能性もあります。また、見ず知らずの他者にいきなり暴力を振るってしまったらこれは大きな問題となってしまうでしょう。

特に高齢者の場合、不穏・興奮から衝動的な行動をすれば骨折をしたり、転落などから死亡してしまう事だってあり得ないことではありません。

十分に相談し、セロクエルを使うメリットが、デメリットを上回ると判断されるのであれば投与される事もあります。

Ⅱ.出来る限り少量に留める

セロクエルのデメリットは決して小さくない事をお話しました。そのデメリットは可能な限り最小限に抑える必要があります。

そのために大切な事は「服用量は必要最低限に留める事」です。

転倒・骨折のリスクを出来る限り少なくするため、
誤嚥のリスクを出来る限り少なくするため、
脂質や血糖の上昇を出来る限り抑えるため、

少量から開始し、十分な経過を診てから少しずつ増やしていく必要があります。

認知症で暴れている患者さんを介護する家族からすると「早く何とかしてほしい!」と感じるとは思いますが、患者さんの被害を最小限にするためには主治医の先生と相談しながらゆっくりゆっくり増やしていく事が理想です。

また、症状を完全に消す事を求めてはいけません。

不穏や興奮がまだ多少残っているけど、今くらいなら何とか周囲の工夫で対処できそう、というレベルまで落ち着いたら、それ以上は増薬はしない方が良いでしょう。また睡眠や食欲などは年齢を重ねれば健常であっても、ある程度低下するのが普通です。それを若い人と同じレベルまで改善させる必要などありません。

ざっくり言って「何とか様子を見れる程度」まで改善が得られたら、その量で維持するようにし、どんどん増薬する事は控えた方がよいと思われます。

Ⅲ.効果が乏しい場合は、漫然と続けない

セロクエルは興奮・不穏や不眠、食欲低下などに有効なお薬にはなりますが、全ての患者さんに効果があるわけではありません。中にはセロクエルを使っても、あまり症状の改善が得られなかったという患者さんもいます。

お薬は、効果が出るまである程度の時間がかかるため、数日待って効果が出ないからと言って「効かない」と決めつけるのは早計ですが、ある程度の期間使用しても、効果が乏しいようであれば、漫然と続けないようにしなければいけません。

効果が得られないのに投与を続けていると、デメリットしか残らなくなってしまうからです。

ではどの程度の期間様子を見て効果判定をすればいいのかというと、これには明確な決まりはありません。セロクエルの量にもよるしその人の状態にもよるでしょう。しかし、だいたいの目安としては2週間~4週間程度は効果判定までに様子をみるという先生が多いと思われます。

ある程度の期間使用しても効果が乏しいのであれば中止し、別の方法を考えるようにしましょう。