社会不安障害(社交不安障害)に使われるお薬にはどんなものがあるか

社会不安障害(社交不安障害)は、人前などの「他者からの注目を浴びるかもしれない状況」に対して、著しい恐怖を感じ、自分が恥をかくことを極度に恐れてしまう疾患です。その恐怖から人前や社会に出ることを避けるようになってしまい、生活に大きな支障を来します。

社会不安障害は、「緊張しやすいだけ」「ちょっとあがり症なだけ」と軽く扱われてしまうことがありますが、患者さんにとってはそんな簡単な話ではありません。人前や社会へ出る恐怖から、生活に必要な活動ができなくなり、最悪の場合「こんな自分なんて生きている価値がない」と考えてしまうことすらもあります。

しかし社会不安障害は、比較的お薬が良く効く疾患であり、適切なお薬で正しく治療を行えば、症状を改善させることが可能です。

今日は、社会不安障害で使われるお薬について、どのようなものがあるのかを紹介します。

1.抗うつ剤(SSRI)

社会不安障害の薬物療法の主役になるのは抗うつ剤です。

抗うつ剤というと、うつ病に対する治療薬というイメージが強いかと思いますが、実は抗うつ剤はうつだけでなく、不安や恐怖・緊張の改善にも優れた効果があります。社会不安障害は「不安障害(不安症)」に属する疾患であり、その根本にあるのは不安・恐怖であるため、抗うつ剤が有効です。

社会不安障害をはじめ、不安障害(不安症)に属する疾患は、その原因にセロトニンが大きく関係していることがほぼ間違いありません。

社会不安障害では、脳にある扁桃体という部位が過活動になっていることが多くの研究において示されています。抗うつ剤は、セロトニンを増やし、セロトニン受容体に作用することによって扁桃体の過活動を抑制し、不安や恐怖を軽減させると言われています。

そのため抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用に優れるものがよく使われます。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ剤は、セロトニンを選択的に増やす作用に優れるため、社会不安障害の治療薬の第一選択薬(一番最初に使用されるお薬)としてよく用いられます。

具体的には、我が国には現在4種類のSSRIがあり、このうちのいずれかが用いられます。

・フルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)
・パロキセチン(商品名:パキシル)
・セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)
・エスシタロプラム(商品名:レクサプロ)

このうち、どのSSRIが良いのかは患者さんによって異なるため、主治医とよく相談の上で選択していきます。しかし大きな視点で見ると、どれも有効率に大きな差はないとする報告が多く、極論を言えばどれを使っても間違いではありません。

しかし2015年5月現在において保険上、社会不安障害に適応を持っているのは、パロキセチン(パキシル)とフルボキサミン(ルボックス、デプロメール)のみですので、保険的に使えるSSRIというとこの2種類になります。もちろん医学上はどのSSRIも効果はありますので、この2種類が使えるというのはあくまでも保険上の話に過ぎません。

このように、社会不安障害に対する第一選択薬は原則としてSSRIになりますが、SSRIでは効果が不十分であったりSSRIがどうしても使えない時は別のお薬を使う事があります。SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)やNaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)の他、三環系抗うつ剤(TCA)という古い抗うつ剤も使用されることもあります。

三環系抗うつ剤にも、いくつか種類がありますが、特にセロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤がしばしば使われます。具体的には、クロミプラミン(アナフラニール)などです。ただし三環系抗うつ剤は、古いおくすりのため副作用も多く注意が必要です。

抗うつ剤は大きく分けると、「セロトニンを主に増やすもの」「ノルアドレナリンを主に増やすもの」に分けられます。このうち、社会不安障害はセロトニンの影響が大きいと考えられているため、治療もセロトニンを主に増やすものが用いられます。

ノルアドレナリンを主に増やすものは、セロトニンを主に増やすものと比べると社会不安障害に対する治療効果が低いと考えられるため、第一選択としてはあまり用いられません。ただし、ノルアドレナリンを主に増やすものにもセロトニンも増やす作用もあるため、症例によっては用いられることもあります。

抗うつ剤は、服薬初期には、吐き気や口の渇きといった副作用が出ることが多いため、少量から始めて徐々に量を増やしていきます。そのため、効果が出るまでに時間がかかるのが難点です。社会不安障害に対しての有効率は高く、しっかりと治してくれるおくすりですが、しっかりとした効果が出るまでに2週間~1か月程度は待たないといけません。

また、社会不安障害にSSRIを使用する際の注意点として、SSRIの注意事項を見ると、若年者への投与は慎重にすべきと書かれていますが、社会不安障害は社会不安障害は10代といった若年者に多い疾患であることが挙げられます。

若年の社会不安障害に対してもSSRIはもちろん有効なのですが、成人に使用する際と比べて、より慎重に使用する必要があるでしょう。10代などの若年者の方は、SSRIの適応を主治医先生によく見極めてもらってください。

2.抗不安薬(安定剤)

補助的なお薬として抗不安薬が用いられることもあります。抗不安薬は主にベンゾジアゼピン系抗不安薬というものが使われれます。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬はたくさんありますが、代表的なものには次のようなものが挙げられます。

・ロラゼパム(商品名:ワイパックス)
・アルムラゾラム(商品名:ソラナックス、コンスタン)
・ブロマゼパム(商品名:レキソタン、セニラン)
・ジアゼパム(商品名:セルシン、ホリゾン)
・クロチアゼパム(商品名:リーゼ)
・エチゾラム(商品名:デパス)
・ロフラゼプ酸エチル(商品名:メイラックス)

抗不安薬のメリットには「即効性」があります。先ほど紹介した抗うつ剤は効果発現まで数週間待つ必要がありますが、抗不安薬は早いものだと飲んで15分程度で効果が出るものもあります。

その即効性から、恐怖や緊張が高まってきた時に時にすぐ使えるのも利点です。

デメリットとしては、長期服薬による耐性・依存性があります。抗うつ剤には耐性・依存性はありませんが、抗不安薬には耐性・依存性があることが知られています。

耐性とは、ある物質を摂取し続けると次第に身体が慣れてきて、効かなくなってくる事です。抗不安薬は耐性を持っており、長期・大量に連用を続けているとだんだんと効きが悪くなってきて、必要量がどんどん増えてしまいます。

依存性とは、ある物質を摂取し続けていると次第にその物質なしではいられなくなることです。抗不安薬を長期・大量に連用をしていると、次第に抗不安薬なしではいられなくなってしまいます。

そのため抗不安薬の長期服薬はなるべく避けたいところです。

特に社会不安障害は、合併症の多い疾患であることが知られています。合併症としてはうつ病や他の不安障害などが主ですが、アルコール依存症や薬物依存症などもあります。これはつまり、社会不安障害の方は健常の方よりも依存に陥りやすいと考えることもでき、依存性物質であるベンゾジアゼピン系の投与は、慎重に行わなければいけません。

ベンゾジアゼピン系は、即効性などの有益性もあるため、上手に使えば治療をよりスムーズにしてくれます。どうしても人前で発表しなくてはいけない状況の時に、すぐに効くお薬があるのはとても心強いことです。そのため、抗不安薬を使用することは間違いではありません。

しかし上記の問題から、少なくとも第一選択となるお薬ではありませんし、ベンゾジアゼピン系のみで治療するのはあまり推奨される方法ではないでしょう。

3.漢方薬

漢方薬の中には不安に対して効果を示すものがありますので、漢方薬を使うこともあります。しかし効きは個人差も大きいため、第一選択として用いられることは少なく、SSRIが使えない場合(例えば患者さんがどうしても漢方薬以外の治療を拒否する場合など)に検討される治療薬です。

社会不安障害に対して漢方薬を使用する際は、即効性はなく、ゆっくり穏やかに効いてくるということを理解しておく必要があります。短期間での劇的な改善は期待してはいけません。

個人差もありますが、1か月程度かけて少しずつ効いてきます。効きの個人差も大きいため、漢方薬の適応かどうかは主治医とよく相談して判断してください。

社会不安障害をはじめ、不安の改善を目的に使われる代表的な漢方薬を紹介します。

半夏厚朴湯・・・気分が塞いで喉・食道部に違和感があり、時に動悸、めまい、嘔気を伴うものの諸症
・柴胡加竜骨牡蛎湯・・・比較的体力があり、心悸亢進、不眠、いらだち等の精神症状のあるものの諸症
・桂枝加竜骨牡蛎湯・・・下腹直腹筋に緊張があり、比較的体力の衰えているものの諸症
・柴胡桂枝乾姜湯・・・体力が弱く、冷え性、貧血気味で動悸、息切れがあり、神経過敏のものの諸症
・加味逍遥散・・・体質虚弱な婦人で肩が凝り、疲れやすく、精神不安などの精神症状、時に便秘傾向のあるものの諸症
・加味帰脾湯・・・虚弱体質で血色の悪いものの諸症

4.その他の薬物

その他、症例によっては抗てんかん薬や抗精神病薬を用いることもありますが、SSRIなどの抗うつ剤が効かない場合など、やむを得ないケースに限られます。

5.社会不安障害の薬物療法の流れ

社会不安障害の薬物療法は、症例によっても違いますし、医師によってやり方の違いがあります。また、お薬以外の治療法(精神療法など)もあるため、一概に「こうやって治療します」と断言することはできませんが、ここでは標準的な薬物療法の一例を紹介させて頂きます。

Ⅰ.SSRIを少量から始め、抗不安薬を併用する

社会不安障害の薬物療法の主体となるのはSSRIです。SSRIは副作用を軽減するため少量から開始し、徐々に増薬していきます。

一例としてパロキセチン(商品名:パキシル)を例に取ると、まずは少量の10mgから開始します。副作用が心配だという方は5mgなど更に少量から始めてもよいでしょう。

患者さんの「おくすりの副作用が心配だ」という不安を極力軽減するのは、治療的にも重要なことです。なぜならば、社会不安障害の根本にあるのは「不安」だからです。不安の病気の治療をするのに、投薬で更に不安にさせてしまったら本末転倒です。そのため場合によってはかなり少量から開始することもあります。ただし、少量から開始すればするほど効果発現が遅くなることは理解しておかなければいけません。

SSRIは効果発現までに数週間の時間がかかります。その間は抗不安薬を併用してもよいでしょう。抗不安薬は即効性があるのが利点ですので、飲み始めてすぐ不安が軽減されます。

しかし、抗不安薬には依存性などの問題もあるため、「SSRIが効いてくるまでの一時的なもの」という認識を持って服薬をしましょう。

SSRIは初期には吐き気や胃部不快感などの副作用が出ますが、その多くは時間が経つにつれ自然と改善します。どうしてもつらい場合は、胃薬などを併用しても良いでしょう。また、眠気、ふらつき、性機能障害などの副作用が生じる可能性もあります。副作用が出た場合は主治医に報告し、どのように対処していくかを相談してください。

Ⅱ.SSRIを十分量まで増やしていく

大きな副作用もなくSSRIが導入できたら、徐々に増薬していきます。

先ほどのパキシルの例で言えば、10mg⇒20mg⇒30mg⇒40mgと増薬していきます。

ここで、「どこまで増やすのか」という問題がありますが、基本的には「不安や恐怖が消えるまで」増薬することが良いと言われています。

まだ不安が残っているけど、ある程度改善されたからと言って「先生、この量でもう十分です。増薬は止めてください」と訴える患者さんがいます。お薬はなるべくならば飲みたくないものですから、患者さんがこう言う気持ちもよく分かります。

しかし、不安は「完全に消す」ことが良いと考えられており、「中途半端に消しただけ」というのはあまり良い状態とは言えません。なぜならば、不安は不安を呼ぶ、という性質を持っているからです。

みなさんも経験がありませんか。ちょっと不安な出来事があって、最初はあまり気にも留めていなかったけど、考えているうちにどんどん不安が強くなってきてしまった、ということが。

不安は十分に消しておかないと、勝手にどんどん増悪してしまう特性があるのです。ちょっとの不安でも残しておくと、その不安が不安を呼び、どんどんと強くなっていく可能性があります。

このため、SSRIの増薬は「不安・恐怖が十分に消えるまで」行うべきです。主治医先生とよく相談して必要な量までしっかりと増薬してください。

ちなみにSSRIを十分量使ったけども効果不十分である時には、

・本当に社会不安障害で診断が間違いがないのか再度見直す
・違うSSRIを使う
・SNRIやNaSSA、三環系抗うつ剤などを使う
・補助的に抗てんかん薬や抗精神病薬を使う

などの方法が取られます。

Ⅲ.抗不安薬を減らしていく

順調にSSRIの増薬が出来れば、1~2か月ほどで不安・恐怖は消えていきます。不安・恐怖が十分に消え、ある程度の自信もついてきたら、今度は抗不安薬を少しずつ減らしていきます。

これは、抗不安薬の耐性・依存形成を防ぐためです。

急に中止してしまうと、反動で不安が強くなったり離脱症状が起こったりしますので、慎重に少しずつ減らしていきますまた、どうしても減らせない場合は、半減期の長い抗不安薬や効果の弱い抗不安薬に切り替えます。半減期の長いもの・効果の弱いものの方が耐性・依存性が少ないからです。

Ⅳ.1年ほど服薬を続ける

服薬下で症状がほぼ消失している状態を「寛解状態」と言います。寛解状態になると、症状がほとんどないため「もう治ったのでは」と患者さんは感じます。

ほとんどの患者さんは出来るだけ早くお薬を止めたいと考えているため、症状が良くなるとすぐに「先生、そろそろお薬を減らせませんか?」と相談されますが、寛解状態に至ってからも最低でも6か月、できれば1年は服薬を続けた方が良いでしょう。

これは、寛解直後は再発率が多いためです。せっかく良くなったのに再発してしまうと、再び自信をなくしてしまいます。また、再発を繰り返すとだんだんと治りが悪くなり、難治性となっていくことも知られています。

早くお薬をやめたい気持ちは痛いほど分かるのですが、1年ほどはしっかりと服薬を続けてから治療終了とした方が再発の危険性も少なく安全に治療を終えることが出来ます。

時々、「先生はお金儲けのためにお薬を減らさないのではないか」と疑われてしまうこともあるのですが、そうではないのです。再発させないためなのです。

なお、再発を繰り返している方に関しては、1年以上服薬継続が必要な場合もあります。主治医先生とよく相談して下さい。

(注:社会不安障害は現在では「社会恐怖症」「社交不安障害」「社交恐怖」という名称になっています。しかし現場感覚ではまだ「社会不安障害」と呼ばれることも多いため、この記事では社会不安障害という呼び方に統一してお話しています)