うつ病への光トポグラフィー検査(NIRS)で分かることと3つの誤解

光トポグラフィー検査(NIRS)という検査が最近、知られるようになってきました。

2014年4月からうつ病に対して保険適応となったこともあり、導入しているクリニック・病院も増えてきているようです。うつ病患者さんにも光トポグラフィー検査は少しずつ知られるようになってきており、ちらほらと質問を頂くようになってきました。

しかし精神科領域においてはまだ歴史の浅い検査であるため、光トポグラフィー検査について誤解している方も多い印象を受けます。

今日は光トポグラフィー検査とはどんな検査で、どんなことが分かるのか、ということについてお話させていただきます。

1.光トポグラフィー検査(NIRS)とは

光トポグラフィー検査は、抑うつ状態の患者さんに対して行われる検査で、「抑うつ状態なんだけど、その原因がいまひとつはっきりしない」など鑑別が難しい症例に行われます。

抑うつ状態を起こす代表的な疾患はうつ病ですが、実はうつ病以外でも抑うつ状態は生じます。

例えば、双極性障害(躁うつ病)では、躁とうつの波が繰り返し生じる疾患で、うつ病相の時はうつ病の抑うつ状態との区別が困難です。統合失調症の慢性期も抑うつ状態を呈することはよくあることです。

このように抑うつ状態を起こす疾患には様々なものがあります。光トポグラフィー検査では脳の血流を計測することにより、抑うつ状態の原因が何病によるものなのかを判定します。

・うつ病によって抑うつ状態となっているのか
・双極性障害(躁うつ病)によって抑うつ状態となっているのか
・統合失調症によって抑うつ状態となっているのんか

をある程度の精度で判定することができるのです。

その精度は60~80%と考えられており、100%の精度で分かる検査ではありません。

長年うつ病と診断されて治療をしてきているけど、どうも治りが悪い。もしかしたらうつ病以外の疾患なのではないか。

このような時に有用な検査になります。

2.光トポグラフィー検査(NIRS)はどんな人が受けるべき検査か

光トポグラフィー検査を受ける適応のある方というのは、「抑うつ状態」にある方です。

正確には、

・抑うつ状態を呈している
・うつ病として治療を行っている
・治療抵抗性である(≒なかなか良くならない)
・統合失調症、双極性障害の可能性がある
・その他の器質的疾患(認知症など)が除外されている

を満たしていることが検査を受ける条件になります。

つまり、抑うつ状態があって、うつ病だと言われて治療をしているんだけども、どうも治りが悪い。もしかしてうつ病以外の疾患で抑うつ状態になっているのではないか。このように、抑うつ状態の原因が何病なのかの判断がつきにくい場合、光トポグラフィー検査を行うことで、原因をある程度の確率で判定することができるのです。

しかしその精度は60~80%程度であるため、「診断ができる検査」ではなく、あくまでも「診断の補助」に過ぎません。「光トポグラフィー検査を受ければ、抑うつ状態の原因がはっきりする」と誤解している方がいますが、そこまでの高い精度はありませんのでご注意下さい。

また光トポグラフィー検査は、「抑うつ状態の原因が何なのか判断に迷う」場合に行われるため、初診時にいきなり光トポグラフィー検査をすることはできません。

3.光トポグラフィー検査(NIRS)で分かる事

光トポグラフィー検査では、抑うつ状態を呈している患者さんの脳の前頭葉の血流を測定することで、抑うつ状態の原因が何の病気に由来しているのかを判定するものです。

血流パターンにより結果は4パターンに分類され、

・健常者(正常)パターン
・うつ病パターン
・双極性障害(躁うつ病)パターン
・統合失調症パターン

に分けることができます。

その精度は60~80%程度であるため、正確な診断ができる検査ではなく、あくまでも診断の補助をする検査になります。実際の診断は、診察の所見などが重視され、あくまでも光トポグラフィー検査は「補足資料」という扱いになります。

光トポグラフィー検査で分かるのはこれだけです。それ以外のことは現状では分かりません。

よく誤解される方がいるのですが、

・うつ病の重症度が分かるのではないか
・「この抗うつ剤が効く」など自分に合ったお薬が分かるのではないか
・どれくらいで治るのかが分かるのではないか

と考えている方がいますが、これらは分かりません。

あくまでも、原因が今一つはっきりしない抑うつ状態を呈している方に対して、「あなたは60~80%の確率で〇〇病ですよ」ということを教えてくれるのが光トポグラフィー検査なのです。

4.光トポグラフィー検査の流れ

光トポグラフィー検査は、おおがかりな検査ではなく、クリニックでも十分に施行可能な検査です。もちろん検査のために入院する必要もなく、外来で行うことができます。

検査自体は10~20分前後で終わりますし、その準備・説明などを合わせても1時間もあれば終わるものです。

検査は次のような流れで行われます。

Ⅰ.脳血流を測る帽子をかぶってもらう

脳血流を測るために、検査帽子をかぶってもらいます。

この帽子は、近赤外光という人体には無害な光を出す装置と、それを感知する装置がつけられており、これで脳血流を測定します。あまりにぶかぶかだとしっかりと測定できないため、軽く固定し、髪などが邪魔になる場合はかき分けてもらいます。

脳波のように頭に直接電極を取り付けたり、クリームを塗ったりする必要はありません。

Ⅱ.「あ、い、う、え、お」と30秒間言い続ける

前準備として、30秒間何も考えずにひたすら「あ、い、う、え、お」と言い続けます。

これは声を出しただけで起こってしまう脳の活性化反応を、あとで差し引くために必要になります。

Ⅲ.〇ではじまる言葉をなるべく多く答える(20秒×3回)

次に、「〇、ではじまる言葉を出来るだけ多く答えて下さい」と言われますので、一生懸命考えてひたすら答えましょう。一文字につき20秒で、三文字あるため、計60秒間、言葉を考えて発し続けることになります。

例えば、

(NIRS装置):「た、ではじまる言葉を出来るだけ答えてください」

(患者さん):「たぬき」「たんぼ」「たいむ」「たらこ」「たい」「たまごやき」・・・・・

(20秒経過)

(NIRS装置):「み、ではじまる言葉を出来るだけ答えてください」

(患者さん):「みどり」「みかん」「ミートボール」「ミシン」「みどりむし」・・・・

(20秒経過)

(NIRS装置):「り、ではじまる言葉を出来るだけ答えてください」

(患者さん):「リンゴ」「りす」「リアカー」「リアクション」「りか」「リール」・・・・・

(20秒経過)

(NIRS装置):「終了です」

このような感じになります。これは専門的には「言語流暢性課題」と言います。

ちなみに、この検査で大切なことは、たくさんの言葉を答えることではありません。言葉があまり浮かばなかったからと落ち込む方がいますが「何個以上答えられたら合格です!」というものではありませんので安心しましょう。

出来るだけ多くの言葉を答えてもらっているのは脳を活性化させることが目的です。「脳が活動しているときの血流パターン」を見るのが検査の目的なので、たくさんの言葉を答えるのが大事なのではなく一生懸命頭を使って考え続けることが重要なのです

言葉が浮かばないからと途中から諦めて、考えることをやめてしまうと、脳の血流が落ちるため正確な結果が出なくなります。気を付けてください。

Ⅳ.「あ、い、う、え、お」と70秒間言い続ける

最後にⅡ.と同じく、何も考えずにひたすら「あ、い、う、え、お」と70秒間言い続けて検査は終了になります。

5.光トポグラフィー検査(NIRS)の3つの誤解

患者さんから光トポグラフィー検査について聞かれた時、患者さんがよく誤解していることをまとめてみました。

誤解その1.検査すれば病名がはっきりする

検査の精度は60~80%ほどで、確定診断が出来る検査ではありません。

どの病気なのか、判断しずらい患者さんにとって大きな参考になるものではありますが、光トポグラフィー検査(NIRS)を受ければ100%診断がつく、というものではありません。

この誤解は多く、検査する前になって精度が100%でないことを知って落胆する患者さんもいらっしゃいますので、気を付けてください。

誤解その2.精神疾患に対する新しい治療である

光トポグラフィー検査(NIRS)は、あくまでも検査です。うつ病などの精神疾患に対する治療効果は全くありません。

「この検査を受ければ、私のうつ病も治りますかね?」と聞いてくる患者さんがいますが、あくまでも検査です。あなたの抑うつ状態が何病に由来しているのかが判定しやすくなるだけで、治療に関してはこの検査とは全く別の話になります。

誤解その3.保険が効かず非常に高額な検査である

2014年4月から光トポグラフィー検査は保険適応となりました。

保険を使って検査をするためには、病院がいくつかの条件を満たしている必要がありますが、保険を使えば約4,000円ほどで受けることができます。

保険適応になるかどうかは、事前に病院に問い合わせてみましょう。

ちなみに保険が効かない場合は、10,000~20,000円程度で行っている医療機関が多いようです。

6.光トポグラフィー検査の仕組み

光トポグラフィー検査がどのような仕組みで、抑うつ状態の原因を判定しているのかを紹介します。

光トポグラフィーは、近赤外光(波長が800~2500μm)という波長を用いて、脳の前頭葉という場所の血流を測定しています。

先ほど説明した言語流暢性課題を患者さんにしてもらうことで脳を活性化させ、その時の前頭葉の血流パターンから、抑うつ状態の鑑別を行うという仕組みです。

なぜ近赤外光を用いるかというと、近赤外光は「人体に無害」であり「血液中のヘモグロビンに吸収されやすい」という特徴を持っているからです。近赤外光が持つこの特徴のため、安全に検査を出来て、脳の血流を正確に測定することができるのです。

光トポグラフィー検査は最初は脳神経外科において利用されており、2009年から抑うつ状態の原因を調べる検査として精神科領域でも導入されるようになりました。当初は「先進医療」という位置づけでしたが、その実績が認められ2014年4月から保険適応で行える検査となりました。