治療に当たって忘れてはいけない「自然治癒力」とその高め方

こころの病気を発症してしまった時、それを治療をするにはいくつかの方法があります。

精神科の場合、もっとも代表的な方法は薬物療法でしょう。薬物療法は「お薬を飲んで治療すること」です。現在の精神科治療は薬物なしでは語ることはできません。近年では薬物療法にかたよりすぎているとの批判も多く、精神療法(カウンセリングなど)もより注目されるようになってきました。

このように、こころの病気を治すためには様々な治療法があります。私たち医師は、多くの治療法の中から最適なものを選び(あるいは組み合わせて)、病気と治していきます。

しかし様々な医学的な治療法があることで、つい見落としがちな治療法があります。

それは「自然治癒力」です。私たちは誰でも自然治癒力を持っており、これは病気を治すに当たって基礎となる治療力になります。

この自然治癒力を見落として、医学的な方法だけで治療とすると無理が生じ、むしろ治療経過を悪化させてしまうことすらもあります。

今日はこころの病気における自然治癒力を改めて見直してみましょう。

1.こころの自然治癒力とは?

私たち人間には誰にでも自然治癒力が備わっています。心身が傷ついた時、この自然治癒力は自然と発揮され、傷を治してくれます。

「自然治癒力」と書くとなんだか特殊な難しい能力のように感じてしまいますが、これは日常でもよく観察できるものです。

例えば、転んでしまってひざを軽くすりむいてしまった時のことを思い出してみて下さい。この時、医学的には「擦過傷」という疾患が発症したと考えます。

擦過傷を治療するにはどうしたらいいでしょうか。医学的に考えれば、表皮の一部が欠損してしまっているため、表皮の形成を促進するような軟膏を塗ることが挙げられます。また、欠損した表皮から細菌が侵入するリスクがありますので、欠損部の表皮が形成されるまでは抗生物質を服薬しておくことも検討されるでしょう。

このような医学的治療(薬物療法)を施せば、擦過傷は治癒していくことが期待できます。

しかしひざを軽く擦りむいた時、みなさんは必ずこのような医学的治療を施行していたでしょうか。そんな事をわざわざしなくても、自然と治っていったのではないでしょうか。

欠損した皮膚は、何もしなくても少しずつ小さくなっていき、やがて新しい皮膚が作られていきます。また、細菌が体内に侵入しないように私たちの体内では免疫系がしっかりと防御機構を作ってくれています。

医学的治療を施さなくても、軽い傷であれば私たちが元々持っている「自然治癒力」によって、自然と治ってしまうのです。

確かに薬物療法を施した方が、より早く・確実に治るかもしれません。しかし「異物」である薬物を投与することはリスクもあり、「副作用」が生じてしまうこともあります。その点、自然治癒力はゆっくりとした治り方にはなりますが、副作用が生じることもなく安全に治っていきます。

小さな擦過傷に対してわざわざ医学的治療(薬物療法)を導入することは、メリット(傷が少し早く治る)よりもデメリット(副作用が生じるかもしれない)の方が大きいと判断されることも多く、何もせずに自然治癒力に任せて治療することも少なくありません。

そしてこれは、こころの病気においても同様の事が言えます。

こころに小さな傷を負ってしまった場合、それをお薬で治すことも1つの選択肢ではありますが、お薬を使わなくても少しずつこころは自然治癒力で回復していきます。

日常生活の中で「ちょっと落ち込んでしまった時」のことを思い出してみてください。落ち込んでしまった直後は確かにつらかったけども、日が経つにつれて自然と落ち込みは軽減していったはずです。これは自然治癒力がこころの傷を治してくれているのです。

もちろん、こころの傷が小さくない場合は薬物療法や精神療法といった医学的治療を併用する事もあります。しかし、それは治療の基本である「自然治癒力」の存在を無視していいというわけではありません。医学的治療は、あくまでも自然治癒力を後押しするように使うべきであり、自然治癒力をむしろ打ち消してしまうような使い方をしてはいけないのです。

「医学の父」と呼ばれたヒポクラテスもこのように言っています。

自然こそが最良の医者である

人の身体は元々自然に治癒していく力を持っているのだ、ということを忘れてはいけません。医学的治療というのはそれを適切に「補助」しているに過ぎないものなのです。

現在では医学がどんどんと進歩したことによって、「病気」=「医学的治療で治す」という図式が常識となっており、自然治癒力の存在を忘れてしまいがちです。もちろん医学的治療を使う事は間違っていることではありません。ある程度重い病気であれば医学的治療「も」使って治していく必要はあります。

しかしそれは「自然治癒力がいらない」という事ではないのです。治療というのは、根本に自然治癒力があって、それを「薬物」「カウンセリング」などの医学的治療が補助的に後押ししてくれる、というのが正しい認識です。

2.こころの自然治癒力を高めるためには?

私たちは、身体やこころに傷を負った時、それをある程度自力で修復できる力を誰でも持っています。

これを「自然治癒力」と呼びます。

こころの病気を患ってしまった時、現代精神医学の常識では、「薬物療法」や「精神療法」といった医学的治療を中心に治療は行われます。医学的治療が「間違っている」「悪い」ということではありませんが、この時、医学的な治療を受けることばかりとらわれてしまい基本である「自然治癒力」を忘れてしまってはいけません。

近年では医学的治療を優先するあまりに「自然治癒力」をおろそかにしている事が少なくありません。治療の基本は自然治癒力であり、それを補助的に後押しするのが医学的治療なのです。

そのため医学的治療だけに着目するのではなく、自然治癒力が出来るだけ発揮されやすいように工夫することを意識すべきなのです。

では自然治癒力を高めるためには、どのような事に気を付ければいいでしょうか。

自然治癒力を高めるためには心身が「回復しやすい」ような状態を意識的に作ってあげる必要があります。それは特別な方法ではなく、一般的に「健康的」だと言われている活動を行うことになります。

具体的に重要なことをいくつか紹介します。

Ⅰ.十分な休養

自然治癒力を高めるために、十分な休養は絶対条件です。

睡眠不足であったり過労状態であったりすれば自然治癒力は十分に発揮されず、病気も治るはずがありません。心身の傷を治したい時は、普段以上に「しっかりと休むこと」を意識しましょう。

また、こころの病気の場合、休養というのは「身体を休める」ことだけではなく「こころを休める」ことが大切です。

ベッドで寝ていて身体は休めているけども、こころは常にざわついているようであれば、それは休養できているとは言えません。

「こころを休めること」については、「精神科・心療内科における「休む(休養)」の本当の意味」に詳しく書いていますのでご覧下さい。

Ⅱ.十分な栄養

自然治癒力を高めるためには、十分な栄養も大切です。これは特に身体の傷を治すために重要になりますが、こころの傷を治すためにも必要なものです。

実際にジャンクフードなどの栄養のかたよりが大きすぎるとうつ病になりやすいという報告もあります(「うつ病を予防・改善させるために良い食事とは?」を参照)

Ⅲ.適度な運動

適度に身体を動かす事は、自然治癒力を高めます。

「うつ病に運動が効果がある」という研究結果は多く報告されており、これはほぼ間違いのないと考えられています(「うつ病治療に効果的な運動とは。」参照)。

Ⅳ.笑顔

意識的に笑顔を作ることは自然治癒力を高めてくれます。

こころと身体はまったく別個のものではなく、お互いが深く影響しあっています。

気持ちが落ちていると、身体も痛くなってきたりだるくなってきたりすることがあると思います。これは、こころのマイナスに引きずられて、身体もマイナスの方向に向かってしまうからです。

反対に、多少無理矢理でも身体で「笑顔」を作ることを続けていると、気持ちも「明るく」なってきます。

こころが前向きになれないとき、まずは身体だけでも前向きに変えてみるのは有効な方法です。

3.お薬が自然治癒力を下げてしまう事もある

現在の精神科治療においてお薬は欠かす事のできない重要な位置づけを占めています。

お薬が必要な状態ももちろんあります。例えば、統合失調症の幻覚妄想などを改善させるには、現状ではお薬の力を借りる必要はあるでしょう。うつ病や不安障害などにおいても、重症度がある程度高い場合は、自然治癒力だけでの回復を待つのは難しいこともあります。

しかしお薬に過度に頼り切ってしまうと、かえって自然治癒力を下げてしまうことがあり、これは注意が必要です。

臨床でたまに見かける「医学的治療が自然治癒力をかえって下げている」ケースは、例えば向精神薬(精神に作用するお薬の総称)の大量投与によって、鎮静がかかりすぎていている場合です。

大量に投与すれば、気持ちは多少楽になるかもしれません(楽になるというよりは、「何も考えられなくなる」と言った方が正しいかもしれませんが・・・)。しかし、ふらふらして全く動けないような状態にしてしまえば、規則正しい生活もできず、適度に身体を動かすこともできません。自然な感情の波も抑えられてしまい、これは自然治癒力も下がってしまうでしょう。

こころの病気に対して、医学的治療が必要になるケースは少なくないのが現状です。

しかし医学的治療を用いる場合には、自然治癒力を打ち消さないような使い方をすべきであり、「医学的治療は自然治癒力を後押しするために使うのだ」という前提を忘れてはいけません。

これは精神科医として常に忘れないように気を付けていることです。

4.お薬を使ってはいけないという事ではない

「自然治癒力で治しましょう」

というと、極端にとらえてしまい、

「お薬を使うのは全て間違いだ」
「向精神薬は毒でしかない」

などという人もいます。

これはちょっと極端かもしれません。

精神科医としてはたらいていて感じることですが、精神科のお薬は多くの人を救ってきたのも事実です。お薬の力があったからこそ、その人の将来を守ることができたというケースもたくさん経験してきました。

ここでお話したいのは、

・治療の基本となる「自然治癒力」というものを忘れてはいけないよ
・お薬などの医学的治療は、自然治癒力を後押しするような使い方をすべきであり、自然治癒力を打ち消すような使い方をしてはいけないよ

ということです。

お薬ももちろん大切な治療法の1つですし、必要な治療法です。しかしその前に、自然治癒力という治療が始まっているということを忘れないで欲しいのです。

「お薬を飲んでいればそれで大丈夫」というあやまった考えから、

  • 生活リズムが不規則がち
  • 食生活もかたよっている
  • 身体を動かずに過ごしている

などといった生活をしていれば、いくら良いお薬を飲んでいても、自然治癒力が活性化されていないため、なかなか治らないでしょう。まずは自然治癒力を高めるようにし、その上で自然治癒力だけで足りないようであれば、お薬を使うのが正解です。

また、治療が難治化するとお薬の量が増えすぎてしまい、これはかえって自然治癒力を下げる方向にはたらいてしまうこともあります。

例えばだるさを取らなければいけない状態なのに、お薬を大量に投与してお薬で倦怠感が出現しているようでは、これは良いお薬の使い方とはいえません。笑顔を作ることで自然治癒力を高めるべきなのに、お薬を大量に投与して感情の波を抑えすぎてしまえば、これも良いお薬の使い方ではないでしょう。

お薬はただ教科書的に使えばいいということではなく、自然治癒力に添った作用をするように意識しながら使うべきなのです。