ナルコレプシーに使われるお薬にはどのようなものがあるのか

ナルコレプシーは、日中に非常に強い眠気が生じてしまう疾患です。

仕事中や会話中など、普通であれば眠らないような状況でも眠ってしまうため本人も苦しみ、生活にも大きな支障をきたします。しかし「日中に眠ってしまう」という症状から、周囲からは「気持ちがたるんでいる」「なまけもの」と誤解されてしまいがちです。

ナルコレプシーは脳を覚醒させる物質であるオレキシンが低下してしまう事で生じる疾患であり、決して気持ちのたるみや怠けが原因ではありません。

そしてナルコレプシーには有効なお薬があります。病院でしっかりと診断してもらい、適切なお薬を服用すれば普通の日常生活を十分に取り戻す事が可能です。

眠気が強くて生活に支障をきたしている方は、「気持ちの問題」「気合が足りてない」と考えるのではなく、ナルコレプシーの可能性も疑ってみても良いかもしれません。

ではナルコレプシーの症状を改善させるお薬にはどのようなものがあるのでしょうか。ここではナルコレプシーの治療に用いられるお薬について紹介します。

1.ナルコレプシーに有効な3つのお薬

ナルコレプシーでは、

  • 日中の耐えがたいほど強い眠気
  • 情動脱力発作(笑ったり泣いたり怒ったりすると力が抜けてしまう)
  • 入眠時幻覚(寝入りばなに幻覚が生じる)
  • 睡眠麻痺(金縛りが生じる)
  • 熟眠障害(夜に深い眠りが取れない)

などといった症状が生じます。

必ずこれら全ての症状が認められるわけではなく、患者さんによって症状に多少の違いがありますが、「眠気」と「情動脱力発作」はナルコレプシーの中核症状でありほとんどの方に認められます。

ナルコレプシーの治療は、これらの各症状に応じて症状を改善させるようなお薬を使っていきます。

具体的には、

  • 眠気に対しては「精神刺激薬」
  • 情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺に対しては「抗うつ剤」
  • 熟眠障害に対しては「睡眠薬」

この3種類が主に用いられます。

このうち、もっとも重要なお薬は「精神刺激薬」です。

日中の耐えがたいほどの眠気は「オレキシン」の欠乏が原因です。オレキシンは脳を覚醒させる物質であり、オレキシン量が低下しているナルコレプシーでは強い眠気が生じてしまうのです。

精神刺激薬は、中枢神経系のドーパミンやノルアドレナリンを増やす事によって脳の覚醒度を上げるお薬になります。精神刺激薬によって日中の眠気を改善させる事が出来ます。

またナルコレプシーでは「入眠時幻覚」「睡眠麻痺」といった睡眠中の症状が生じます。入眠時幻覚は寝入りばなに生々しい幻覚を見てしまう症状で、睡眠麻痺はいわゆる金縛り(頭は起きているのに身体が動かない状態)になります。

これらはいずれもナルコレプシーではレム睡眠に異常が生じるためだと考えられています。

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があります。両者の違いを簡単に説明すると、脳は起きているけども身体が寝ている状態がレム睡眠で、脳も身体も寝ている状態がノンレム睡眠です。

レム睡眠では脳は起きているため、眼の急速な運動(Rapid-Eye-Movement)が認められるのが特徴で、ここからレム(REM)睡眠と呼ばれるようになりました。

私たちが夢を見るのは、脳が起きているレム睡眠の時だと考えられています。またレム睡眠中に急に目が覚めてしまうと、身体はまだ寝ているため動かす事が出来ず、金縛りが生じると考えられています。

私たちは睡眠中にレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返す事で、脳と身体を効率的に休めているのです。

通常の睡眠はまずはノンレム睡眠から始まり、その後レム睡眠→ノンレム睡眠と繰り返されていきますが、ナルコレプシーでは最初がレム睡眠から始まってしまいます。

寝入りばなにレム睡眠が始まってしまうと、脳は起きている状態ですのでいきなり夢を見るような状態になり、これが入眠時幻覚を引き起こします。

また、眠りが浅い寝入りばなに、ちょっとした刺激で目覚めてしまうと、レム睡眠中ですので身体が動かずに金縛りが生じます(睡眠麻痺)。

これがナルコレプシーで入眠時幻覚や睡眠麻痺が生じる理由です。

ナルコレプシーでは「情動脱力発作」という症状も生じます。これは笑ったり、怒ったり、泣いたり、喜んだりと強く情動(感情)が動いた時に、身体の力が抜けてしまうというナルコレプシーに特徴的な症状です。

情動脱力発作の原因もレム睡眠の異常だと考えられています。情動が生じた際に発作的にレム睡眠が生じるため、身体が寝ている状態になってしまい脱力してしまうのです。

これらの「情動脱力発作」「入眠時幻覚」「睡眠麻痺」はレム睡眠の出現を抑えてあげる事が症状の改善につながる事が分かります。

一部の抗うつ剤にはレム睡眠を減らす作用が確認されているため、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺にはこのような抗うつ剤が用いられます。

またナルコレプシーでは「日中の眠気」「入眠時幻覚」「睡眠麻痺」などによって、夜間の睡眠の質が障害されてしまいがちです。

これにより夜間の睡眠で熟眠感を得られなくなると、日中の眠気は更に悪化してしまいます。夜間に良い睡眠をとる事は、日中の眠気を和らげる効果があるため、夜にしっかりと眠る事はナルコレプシーの症状の改善に重要な事です。

このような目的で「睡眠薬」が用いられる事もあります。

以上、

  • 覚醒度を上げる「精神刺激薬」
  • レム睡眠を抑える「抗うつ剤」
  • 夜の眠りを改善する「睡眠薬」

この3つがナルコレプシーで用いられるお薬になります。

2.精神刺激薬

それではナルコレプシーで用いられるお薬を1つずつ詳しく見ていきましょう。

精神刺激薬はナルコレプシーの治療薬として、もっとも重要なものです。

精神刺激薬は文字通り、精神(脳)を刺激するお薬の事で、脳の覚醒度を高めるお薬になります。ナルコレプシーは脳の覚醒度が低下している事によって眠気が生じているため、脳の覚醒度を上げてあげる事は症状の改善につながります。

具体的には、覚醒・興奮系の物質である「ドーパミン」「ノルアドレナリン」を増やす事によって中枢神経の覚醒レベルを上げます。

精神刺激薬はいわゆる「覚せい剤」と同じような作用機序になります。そのため乱用や依存の問題もありますが、あくまでも医療用に使われているものであるため、医師の指示のもとで正しく使えばそこまで怖がる必要はありません。

ナルコレプシーの治療薬として用いられる精神刺激薬を紹介します。

Ⅰ.モディオダール

モディオダール(一般名:モダフィニル)はナルコレプシーの眠気に対して、まず検討されるお薬になります。

モディオダールは、

  • 覚醒作用は穏やか
  • 依存性が低い
  • 薬効が長い

という特徴があります。

特に依存性が低く、乱用リスクが低いのはモディオダールの大きなメリットの1つです。ナルコレプシーは10~20代といった若い方に多い疾患ですので、なるべく安全性の高いお薬を選択するのは、非常に大切な事です。

この安全性の高さから、ナルコレプシーでお薬を用いる際には、まずモディオダールから始めるのが基本です。

依存性が低い理由として、他の依存性のある精神刺激薬はドーパミン系・ノルアドレナリン系に作用するのに対し、モディオダールはドーパミン系にも多少作用するものの、ヒスタミンやGABA神経にも作用する事で覚醒度を上げるためだと考えられています。

副作用としては、

  • 頭痛
  • 動悸
  • 吐き気

などが認められます。

中でも頭痛は頻度の多い副作用になります。

Ⅱ.リタリン、コンサータ

リタリン・コンサータ(一般名:メチルフェニデート)は、非常に強い覚醒作用があるお薬になります。主にドーパミン系に作用する事で覚醒度を上げます。

しっかりとした効果が期待できる一方で、いわゆる「覚せい剤」に近い強さがあり、依存性・乱用といった副作用のリスクも高くなります。

重度のナルコレプシーでは検討されますが、まずはモディオダールから始めるべきであり、モディオダールが効かない例などに限って使用すべきになります。

以前には、リタリンを不適切に処方しすぎていた医師が逮捕されるという事件もあり、現在ではリタリン・コンサータは「登録医」しか処方できないお薬となっています。

リタリン・コンサータの怖い面ばかりを書きましたが、モディオダールで効果が不十分な方にも効果が期待できる頼れるお薬でもありますので、必要な方は医師にしっかりと指導を受け使用して問題ありません。

薬効が4時間前後と短いため、1日1~3回に分けて投与されます。

副作用としては、

  • 頭痛
  • 胃腸症状
  • ほてり
  • 動悸

などがあります。

これらの副作用は特に服用初期に生じやすいと報告されています。

また服用時は依存性をなるべく形成させないような工夫が大切で、眠気が出ても良い休日などはお薬を服用するのをお休みするなどの指導を受ける事もあります。

Ⅲ.ベタナミン

ベタナミン(一般名:ペモリン)も強い覚醒作用を持つお薬です。リタリン・コンサータよりは弱いですが、モディオダールよりは強い作用を持ちます。リタリン・コンサータと同様にドーパミン系に作用する事で覚醒度を上げます。

リタリン・コンサータと同様に依存性・乱用リスクがある他、肝臓に負担をかけて肝機能障害が発症するリスクもあります。

このようなリスクから、アメリカなどいくつかの国では発売が中止となっています。

リタリン・コンサータと違い、登録医などはなく、医師であれば誰でも処方は出来ますが、安易に処方して良いお薬ではありません。

薬効はまずまず長く、1日1回の服用になります。

3.抗うつ剤

ナルコレプシーの症状のうち、

  • 情動脱力発作
  • 入眠時幻覚
  • 睡眠麻痺

などといったレム睡眠に関連した症状がある場合、レム睡眠を抑制する作用を持つ抗うつ剤が治療薬として用いられます。

なお、入眠時幻覚と睡眠麻痺を抑えるだけであれば夜にだけ効かせればよいため、主に睡眠中に効果が発揮されるように服用しますが、情動脱力発作も抑える場合は日中にも効果が発揮されるように服用する必要があります。

Ⅰ.SSRI・SNRI

レム睡眠を抑える治療薬として、まず検討されるのが、

  • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
  • SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)

です。

これらの抗うつ剤から検討される理由は、副作用が少なく安全性に優れるためです。

SSRIはセロトニンを増やす作用があり、SNRIはセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用があります。

これらのお薬がどのようにレム睡眠を抑えるのかははっきり解明されているわけではありませんが、恐らくセロトニン・ノルアドレナリンがレム睡眠の抑制をするのではないかと考えられています。

SSRI(主にセロトニンを増やす)としては、

などが用いられます。

またSNRI(主にセロトニンとノルアドレナリンを増やす)としては、

などが用いられます。

Ⅱ.三環系抗うつ剤

三環系抗うつ剤(TCA)は1950年ごろから使われている古い抗うつ剤です。

SSRIやSNRIといった新しい抗うつ剤と比べると副作用が多いため、最初から用いられる事はありませんが、レム睡眠を抑制する力はSSRIやSNRIよりも強力です。

レム睡眠を抑える機序としては、SSRI・SNRIと同様の機序の他、抗コリン作用(アセチルコリンのはたらきをブロックする作用)も関係しているのではないかと考えられています。

用いられる三環系抗うつ剤としては、

などが用いられます。

4.睡眠薬

夜間の睡眠で熟眠感が得られていない(熟眠障害)場合は、夜間の睡眠を改善させる事もナルコレプシーの治療として有効です。

夜間に良い睡眠が取れていれば、日中の眠気も軽減しやすいからです。

夜間の熟眠障害のためには主に睡眠薬が用いられます。

ただし「ベルソムラ(一般名:スボレキサント)」は用いてはいけません。ベルソムラはオレキシンのはたらきをブロックする事で眠気を感じさせるお薬であり、オレキシンが低下しているナルコレプシーに用いるとナルコレプシー症状をかえって悪化させてしまいます。

ナルコレプシーの熟眠障害には主に、「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」が用いられます。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬には、

  • 服用してからお薬が効くまでの時間
  • お薬の作用時間の長さ

によって様々な種類がありますので、自分に合ったものを主治医を相談して選びましょう。

睡眠薬最高濃度到達時間作用時間(半減期)
ハルシオン1.2時間2.9時間
マイスリー0.7-0.9時間1.78-2.30時間
アモバン0.75-1.17時間3.66-3.94時間
ルネスタ0.8-1.5時間4.83-5.16時間
レンドルミン約1.5時間約7時間
リスミー3時間7.9-13.1時間
デパス約3時間約6時間
サイレース/ロヒプノール1.0-1.6時間約7時間
ロラメット/エバミール1-2時間約10時間
ユーロジン約5時間約24時間
ネルボン/ベンザリン1.6±1.2時間27.1±6.1時間
ドラール3.42±1.63時間36.60±7.26時間
ダルメート/ベジノール1-8時間14.5-42.0時間

最高血中濃度到達時間は、服用から血中濃度が最大になるまでの時間で、そのお薬の「即効性」を知る1つの指標になります。

半減期は、お薬の血中濃度が半分に下がるまでにかかる時間の事で、そのお薬の「作用時間」を知る1つの指標になります。