空の巣症候群が生じる原因とその予防・治療法について

今までテキパキと家事や子育てをこなしてきた女性が、子育てが終わった途端にまるで燃え尽きたかのように無気力になってしまう。

これは40~50代の女性に認められる、「空の巣症候群」と呼ばれる現象です。

子育ては大変ですが、一方でやりがいも感じられるものです。「子供を立派な人間に育てたい」「将来、苦労しないように育ててあげたい」というのは親であれば誰もが持っている気持ちでしょう。そのため子育てに自分の人生の多くを費やす方もいらっしゃいます。

しかし子育ては永遠に続くものではありません。子供は成長し自立していくものですので、子育てにもいつかは終わりがやってきます。

子育てに自分の全てを捧げている方は、いざ子育てが終わってしまうと自分の生きがいを見失ってしまう事になります。家の中はまるで空の巣のように寂しくなり、また自分の心もまるで空の巣のようにぽっかりと穴が開いてしまいます。

これが空の巣症候群です。

空の巣症候群は正式な医学病名ではありません。精神科や心療内科を受診しても、「空の巣症候群」という診断名を付けられる事はなく、「うつ病」「うつ状態」や「更年期障害」と診断されるでしょう。

しかしその発症の背景が「空の巣症候群」に該当するものであった場合、通常のうつ病や更年期障害とは一部異なった治療法が必要になります。

ここでは空の巣症候群について、発症してしまう原因とそこから抜け出すための方法について紹介させていただきます。

1.空の巣症候群とはどのような状態か

空の巣症候群とはどのような状態なのでしょうか。

まずは空の巣症候群の全体像について見ていきましょう。

空の巣症候群は「燃え尽き症候群(Burn out Syndrome)」の一型だと考えられます。

燃え尽き症候群、別名「バーンアウト症候群」というのは、典型的には精力的・活力的に取り組んできた事に対して、期待・目標とかけ離れた結果が続くことで、これ以上頑張れなくなってしまう状態です。

仕事を一生懸命頑張っていたけど、いくら一生懸命やっても一向に状況が改善せず、ある日突然、まるで炎が消えたかのように動けなくなってしまう。これが典型的な「燃え尽き症候群」です。

またこれ以外にも、目標を達成してしまった事で人生の生きがいを見失ってしまったという状態も燃え尽き症候群に該当します。

これはオリンピック選手など、偉業を成し遂げた方でしばしば見受けられます。

オリンピックで華々しい活躍をして、人生の目標だったメダルを受賞した。そこまでは良いのですが、人生の目標であった「オリンピック出場」「メダル受賞」を達成してしまったがためにその後燃え尽きたように無気力になってしまうのです。

これは人生の目標を達成してしまった事で、人生の目標がなくなってしまい、自分はこれから何のために生きていけばいいのか(=生きがい)が分からなくなってしまっているのです。

空の巣症候群もこれと似ています。自分の全てをかけて精力的・活力的に取り組んできた「子育て」が終了してしまう事で、自分の中での自分の存在意義が崩れてしまった状態だと言えます。

空の巣症候群は、「子育てが自分の全て」となってしまっている方に生じやすい傾向があります。

子育てに夢や希望を持ち、一生懸命に頑張る事は素晴らしい事です。しかしそれが高じてしまい「子育てが自分の全て」とまでなってしまうと、これは精神衛生上は良い事とは言えません。子育てをしている間はまだ良いのですが、いざ子育てが終わると自分の存在意義が全くなくなってしまうためです。

子育てというのは必ず終わりが来ます。子供はやがて大人になり、親の世話にならなくても自立して生きていけるようになります。多少の個人差はあるものの、子育ての期間はおおむね20年前後であり、人生全体の中で見ると、人生の全てを捧げられるような長い期間とは言えません。

子育ての終了とともに子供が家から巣立っていき、家が「空の巣」になる事で、今まで自分を形成していた「子育て」という生きがいが燃え尽きてしまうのが空の巣症候群なのです。

2.空の巣症候群になりやすい人は?

空の巣症候群になりやすい人にはどのような傾向があるのでしょうか。

空の巣症候群はくつかの要因が合わさって発症すると考えられています。そして、この要因を多く持っていればいるほど発症しやすくなります。

どのような傾向を持つ方が空の巣症候群になりやすいのかを紹介します。

Ⅰ.人生における「子育て」の比重が高すぎる方

空の巣症候群になりやすい一番の要素は、「自分の生きがいが子育てに偏り過ぎている」事です。

通常、私たちは様々な生きがいを持って生きています。

仕事も生きがいの1つ、休日に楽しむ趣味も生きがいの1つだし、子育てや夫婦の時間も生きがいの1つ。このように通常、生きがいは1つではありません。

しかし「私の生きがいは子育てだけ」という場合、これは要注意です。この場合、その生きがいが消失してしまった時、自分の存在意義を自分の中で保てなくなってしまうためです。

私たちは皆、社会の中で様々な「役割」を持っています。この「役割」は私たちが社会の中で自分の居場所となり、社会の中で自信と安心感を与えてくれます。

例えばある人は、家では子供たちにとっては「優しい母親」であり、夫にとっては「大切な妻」であり、職場にとっては「頼れる課長」であり、昔からの仲良しグループの中では「しっかりもののリーダー」であったりします。

そして、それぞれ集団の中でのその人の役割が、自分の社会の中での存在意義を示してくれ、自信と安心を与えてくれます。

このように役割が複数ある場合、特定の役割にのみ執着する事がないため、穏やかな気持ちで過ごしやすくなります。何らかの原因によって役割の1つが消えてしまっても、それだけで自分の存在意義がおびやかされる事はありません。

しかしこれが1つしかない場合、自信や安心はとてももろいものとなります。その1つの役割が消失してしまったら、自分の存在価値がないように感じられてしまうためです。そのため、その1つの役割に過剰に執着してしまうようになったり、その役割が消失してしまった時に大きく精神が不安定になってしまうのです。

Ⅱ.夫とのコミュニケーションが不足している方

様々な役割の中で、もっとも長期に渡って持続しうる役割は「妻」という役割です。

子育ては20年ほどで終わります。また若いうちは仕事に役割を見出す事もできますが、年を重ねるとこれもいつかは限界がきます。

結婚している女性にとって、一番最後まで続きうる役割は「妻」という役割なのです。仮に夫が先に亡くなったとしても、本人の気持ち次第で「私はいまでもあの人の妻なのだ」と役割は続けられるものです。

この一番核となる役割である「妻」が機能していない、つまり夫と良い関係が築けていない場合は空の巣症候群に発症リスクとなります。

自分の中での「妻」としての役割がもろくなっている分、それを補おうと子育てにのめり込みやすくなるためです。

逆に言えば夫との関係が良好であれば、子供が巣立っていっても自宅は「空の巣」ではないため、空の巣症候群を発症しにくくなると言えます。

Ⅲ.社会との交流がにあまり出ない方

社会とあまり交わらず、専業主婦として自宅で過ごしている時間が多い方も要注意です。

別に専業主婦が悪いのだと言っているわけではありません。

専業主婦であっても近所の方々とコミュニケーションを取ったり、サークルに参加したりと社会の中での役割があるのであれば問題ありません。

反対に「家庭が自分の世界の全て」となってしまうと、家庭外での自分の「役割」がないため、家庭内での「子育て」という役割が減る事が空の巣症候群発症のリスクになってしまいます。

3.空の巣症候群で生じる症状

空の巣症候群ではどのような症状が生じるのでしょうか。

空の巣症候群は、診断的には「うつ病・うつ状態」や「更年期障害」になるため、これらの疾患の症状が認められます。

しかし空の巣症候群の根底にあるのは「子育ての燃え尽き」による「生きがいの喪失」になります。

これにより、

  • 無気力、気力低下
  • 無関心、興味と喜びの喪失
  • 無価値感
  • 抑うつ気分
  • 疲労感
  • 不眠
  • 食欲低下

などといった症状が認められます。

また自律神経系や女性ホルモンの乱れから、

  • 動悸、めまい
  • ほてり
  • 発汗
  • しびれ
  • 過呼吸

などといった身体症状が出現する事もあります。

4.空の巣症候群から抜け出すためには

空の巣症候群にならないようにするためにはどのような事に気を付ければいいのでしょうか。

また空の巣症候群になってしまった場合、どのような治療法があるのでしょうか。

空の巣症候群の予防法・治療法について紹介します。

Ⅰ.冷静に状況を見つめる

空の巣症候群を予防・治療するにあたって一番大切な事は、「子供が成長して巣立っていく事は喜ばしい事」である事を改めて再確認する事です。

自分の生きがいの喪失という視点で考えると、子供が巣立っていく事は悲しい事に感じられるかもしれません。しかしあなたが一生懸命子育てを今まで頑張ってきたのは、子供に立派に成長してもらいたかったからのはずです。

そして子供が巣立っていったのは、その一生懸命頑張ってきた事が実を結んだからなのです。

子供が巣立ってしまい、寂しく感じるのは何もおかしい事ではありません。しかしそれは同時にとても喜ばしい事でもあるんだという事を忘れないで下さい。

Ⅱ.生きがいを見直す

空の巣症候群が発症する原因は「生きがいの喪失」です。

しかしもっと言えば、そもそも「子育てが私の生きがいの全て」という極端な生きがいがおかしかったのです。

極端に偏った生きがいにしてしまっていたからこそ、空の巣症候群が発症してしまったのだと言えます。

そのため、ここから抜け出すためには生きがいを見直す必要があります。

子育ての真っ最中で忙しい時は、「子育て以外の生きがい」などを考える時間はないかもしれません。しかし自分の大切な人生なのですから、時間を何とか作ってでも考えるべきです。

また空の巣症候群を発症してしまった方も、改めて「私の生きがいって何だろう」と考えてみる事が大切です。

子育てはあなたの大切な生きがいの1つでしょう。それは間違いではありません。しかしそれはあなたの生きがいの「全て」ではありません。あなたは子育てをするためだけに生まれてきたのではないはずです。

自分は他にどんな事をしたかったのか。どんな時に楽しいと思えて、どんな時に幸せと感じられるのでしょうか。

時間がかかっても構いませんので、ゆっくりと考えてみる事です。

重要な事は、あなたの生きがいは、あらかじめ決まっていたり、誰かが教えてくれるようなものではないという事です。生きがいは自分で自由に決めてよいものであり、自分が「この事のために頑張りたい」「これをやっている時に本当の自分になれていると感じる」と思えるものであれば何でもいいのです。

生きがいは、自分で見つけていかなければいけません。

とは言っても、自分ひとりではなかなか答えが出せない場合は、精神科・心療内科で診察を通して少しずつ見つけていったり、よりじっくりと探すのであればカウンセリングなどを利用するのも方法です。

Ⅲ.他の家族とも向き合おう

空の巣症候群を発症してしまう方は、高い確率で子供以外の家族との関係があまり良好ではありません。中には子供との関係すら不良の事すらあります。

他の家族との関係が不良であるからこそ、一層「子育て」に打ち込むのかもしれません。

しかし子育てはいつか終わりがきます。子育てのあとも子供との親子の関係は続いていくとは言え、巣立っていった子供も若いうちは仕事や新しい家庭などで忙しく、なかなか親子の時間を十分には取れないものです。

このような時、他の家族とも良好な関係を築けていないと、自分の役割を見いだせなくなってしまいます。

そうならないために大切なのは、普段から夫や自分の両親など、他の家族とも良好な関係を築いていく事です。

家族は毎日顔を合わせる事も多く、お互いイヤなところばかりが目についたり、次第に会話の量も減ってくるものですが、お互いを尊重し、「大切な夫」「大切な妻」「大切な家族」という関係を作っていくことは、自分の役割を作り、こころが安定して過ごしていくために大切な事です。

Ⅳ.一時的にお薬を使う事も

空の巣症候群ではお薬を使用する事もあります。

今までⅠ.~Ⅲ.で紹介したような考え方が空の巣症候群を克服するための基本ではあるのですが、そうは言っても考え方というのは一朝一夕で変わるものではありません。

自分の生きがいを見直すのにだって時間はかかります。家族との関係性を構築するのにだって時間がかかるのが普通でしょう。

根本の治療に時間がかかるため、それまでの間の気分の安定を図るという意味でお薬を用いる事は有用です。

空の巣症候群に特化したお薬というのはありませんが、空の巣症候群で認められるのは、生きがいの喪失による抑うつ・不安が主になります。

用いられるお薬は様々ですが、

  • 抗うつ剤
  • 抗不安薬
  • 漢方薬

などが用いられる代表的なお薬になります。

抗うつ剤は、脳のモノアミン(セロトニン、ノルアドレナリンなど気分に影響する物質)を増やす事で落ち込みや気力低下などを改善させるお薬です。

即効性はありませんが、服用を続ける事で2~4週間ほどで少しずつ効果が出てきます。空の巣症候群によってうつ状態・うつ病にまで至っているような時に検討されます。

抗不安薬はいわゆる「安定剤」と呼ばれるお薬で、「GABA受容体」という部位を刺激する事で心身をリラックスさせ、不安を和らげたり筋肉の凝りをほぐしたりするお薬です。

即効性がありますが、持続性は乏しく、一時的に気分を安定させたい時に用いられます。ただし漫然と長期間続けていると、耐性や依存性が生じる事もありますので長期服用には注意が必要です。

また漢方薬の中には自律神経のバランスを整えたり、ホルモンのバランスと整えるものがあり、そのような漢方薬はしばしば空の巣症候群の治療に用いられます。

漢方薬は即効性は乏しく、じんわりと効いてくるようなイメージですが、副作用も少なく安全に治療するのに適しています。

それぞれ一長一短ありますので、主治医とよく相談して自分にあった治療薬を見つける事が大切です。